「我は死神なり、世界の破壊者なり」
このセリフは『オッペンハイマー』で原爆を開発したロバート・オッペンハイマーが、世界初の核実験であるトリニティ実験の成功の際に口にした言葉である。
第二次世界大戦終結後の世界
アメリカの原子爆弾開発には2つの理由があった。一つは戦争を早期に終わらせるためだ。だがこれは実際には建前の可能性が高い。実際には原爆が完成する前にナチス・ドイツは降伏してしまった。また、原爆があろうとなかろうと日本の敗北は確実視されていた。
では、アメリカが原爆開発をやめなかった理由は何か。第二次世界大戦終結後の世界でソ連よりも圧倒的に優位になるためだ。
原爆はそれまでの兵器とは比べ物になりらない破壊力を有していた。量産化すれば、まさに世界を破壊できるほどの威力だ。
そして原子爆弾の効果を検証し、かつソ連にその威力を見せつける必要があった。だから日本に原爆を投下する必要があったのだ。つまり、戦時中には既に世界大戦終結後の世界において、ソ連との対立は予想されていたのだ。
ちなみにアメリカの国務長官であるオースティンとブラウン統合参謀本部議長は2024年5月8日、連邦議会の公聴会において、原爆投下が第二次世界大戦を終わらせるために必要だったという認識を示したのは記しておきたい。
冷戦の始まりと赤狩り
『オッペンハイマー』では、オッペンハイマーが戦後には打って変わって赤狩りの対象となり、厳しい尋問を受ける様子が描かれる。
赤狩りとは共産主義者、または共産主義者と思われる者を社会から排除することだ。
戦後、第二次世界大戦中は協力関係にあったソ連とはヤルタ会談を始まりとして対立構造が激化、いわゆる冷戦へと突入する。1947年に当時の合衆国大統領だったトルーマンはトルーマン・ドクトリンを宣言する。それはこれまで世界のリーダーであったイギリスに代わり、アメリカが世界のリーダーとなり、共産主義と戦っていくという宣言でもあった。そんな中でアメリカ国内の共産主義者たちは「国家転覆を目論むソ連のスパイ」と目された。
こうした中でオッペンハイマーにも共産主主義者ではないかという疑いがかかる。これはオッペンハイマーの失脚を狙うルイス・ストローズの策略でもあったが、オッペンハイマーの大学時代の恋人であるジーン・タトロックが共産党であったり、原爆開発チームの中にソ連のスパイが混ざっていたのは事実だ。
2024年3月10日に開催された第96回アカデミー賞で『ゴジラ -1.0』が日本映画としては初の視覚効果賞を受賞した。このアカデミー賞で作品賞をはじめ7部門でオスカーを獲得したのが『オッペンハイマー』だ。 『オッペンハイマー』は映[…]
2016年に公開された『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』では実際に共産党員であることを認めた脚本家のダルトン・トランボの実話を元にした作品だ。それまでハリウッドでもトップクラスの脚本家として活躍していたトランボだが、共産党員であることを認めると、刑務所に収監され、出所してももはやハリウッドに彼の居場所はなく、偽名を用いて二束三文で脚本を量産するという生活を余儀なくされた。
1953年に公開された『ローマの休日』も脚本を手掛けたのはダルトン・トランボだったが、前述の理由からだが、公開当時の脚本のクレジットはイアン・マクラーレン・ハンターとなっている。
今日ではそこにハンターと並んでダルトン・トランボの名前を見ることができるだろう。
赤狩りに関しては「赤狩りとハリウッド」の記事に詳しくまとめているので、そちらを参照されたい。
今回はハリウッドと赤狩りについてその始まりと終焉までを見ていきたいと思う。赤狩りとは共産党員、またはそのシンパを追放する動きのことだ。 赤狩りについては『波止場』の解説でも触れてはいるが、今回はそれも含めた複数の映画から改めて赤狩[…]
オッペンハイマーは日本での原爆の惨禍を知ると、戦後は一転して核の国際的な管理の枠組みと水爆の開発縮小を訴え続けた。
オッペンハイマーは当時の大統領であるトルーマンにも直接会談し、核軍縮を訴えたが、トルーマンはそんなオッペンハイマーを「泣き虫」と呼び、二度と会わなかったという。
世界の終わり
やがてソ連との間で水爆など核の開発競争が激化してくると、映画の中にも核戦争による世界の終わりを描いたものが多く作られるようになってくる。
1959年に公開された映画『渚にて』はまた核戦争による世界の終わりという意味では(ネタバレになってしまうのだが)1968年に公開された『猿の惑星』が知名度から言ってもその代表的な作品だと言える。
チャールトン・ヘストン演じる宇宙飛行士のテイラーが不時着した惑星は原始人同然の人間を知性を獲得した猿が支配する惑星だった。テイラーは人間の女性であるノヴァを連れて、猿の支配を逃れ「禁断地帯」へ向かう。そこでテイラーが知る真実は猿の惑星は冷戦の果てに核戦争によって荒廃し、文明を失くした地球の未来の姿だったのだ。
『猿の惑星』はフランスの作家であるピエール・ブールの小説が原作となっているが、映画版の結末は映画オリジナルなものだ。今もその衝撃的な結末は語り草になっているが、それはその意外性のみではなく、当時の冷戦対立への強烈な皮肉でもあったからだろう。
実際に『猿の惑星』の5年前である1963年にはキューバ危機が起き、あわや核戦争が勃発する水際まで切迫した事件があった。
核戦争の脅威は『猿の惑星』以後もくすぶり続けた。1984年に公開された『ターミネーター』ではAIであるスカイネットが自我に目覚め、人類を敵と認識し、核攻撃を仕掛けることで30億人もの人々が命を落とすという設定がある。スカイネットが核攻撃を仕掛けた日は「審判の日」と呼ばれるが、その日付は8月29日。これはソ連が核実験に成功した日でもある。
1980年代のアメリカの大統領はロナルド・レーガンだ。レーガンは共和党出身であり、「アメリカを再び偉大に」のスローガンで大統領選を勝ち上がった。レーガンの前任者はカーターだが、人権外交と呼ばれたカーターのハト派な姿勢とは対称的に、レーガンはスター・ウォーズ計画に代表されるように、ソ連への強い敵対心を抱いていた。
1980年代は雪解けの時期でもある一方で、そんなレーガン政権の姿勢を反映してか、反共産主義、反社会主義が作品のベースにある映画も多い。例えば『コマンドー』は娘を救うためにアーノルド・シュワルツェネッガー演じる元コマンドーの主人公、ジョン・メイトリックスが社会主義の独裁者によるクーデターを阻止、彼らを皆殺しにしていく。この物語も「強いアメリカ」に則った筋書きだ。なんと『コマンドー』は92分の本編の中でメイトリックスが74人を殺す。
ソ連とアメリカの雪解け
一方で1988年に公開された『ロッキー4/炎の友情』ではソ連の非人道性や冷徹さが強調される一方で、国家の枠を超えた協調も描かれている。
ドルフ・ラングレン演じるソ連のアマチュア・ボクシング王者のイワン・ドラゴ。アメリカに乗り込んできたドラゴをロッキーの親友で元世界ヘビー級王者のアポロが迎え撃つ。しかし、ドラゴアポロを圧倒し、一向に拳を止めない。そしてついに敗北したアポロはロッキーの腕の中でそのまま亡くなる。しかし、それでもドラゴは決してアポロを哀れんだり、罪悪感を抱くこともない。
アポロの敵を討つべく、ロッキーはソ連でドラゴとの試合を行うことになった。
最新鋭のコンピュータやマシンで、科学的なトレーニングを積むドラゴと、ソ連の厳しい大自然の中で昔ながらのトレーニングを行うロッキー。
試合は一進一退の攻防を見せるが、何度打ち込まれても倒れないロッキーにドラゴは初めて恐怖を覚える。ロッキーの戦いぶりにソ連の観客たちも心を動かれされていき、会場にはロッキーへの声援も増え始める。
『ロッキー4/炎の友情』では、ソ連とアメリカの雪解けが表現されている。
ロッキーは試合後のインタビューでこう言葉を発する。
「最初は観客の自分に対する敵意に戸惑い、自分も観客を憎んだ。しかし戦いの末に互いに気持ちが変わっていった。もし俺が変わることができるなら、みんなも変わることができる。誰でも変わることができるんだ」
ちなみに『ロッキー4/炎の友情』ではゴルバチョフも登場している(演じているのはそっくりさんだが)。レーガンはゴルバチョフが書記長になってから、ゴルバチョフとは親密な関係となり、ゴルバチョフがソ連の改革を推し進めるに伴い、レーガンもソ連への強硬姿勢を軟化させていくことになった。
そして、ソ連崩壊の年である1991年に公開された『ターミネーター2』では、T-800によってスカイネットがソ連に核ミサイルを撃ち込んだのが「審判の日」の始まりであることが明かされる。
その話を聞いたジョン・コナーは「なぜソ連に?今は仲が良いのに」と尋ねるが、T-800は「ソ連が報復攻撃することをスカイネットは予測していた」と答える。
『ターミネーター2』はソ連崩壊直前の作品であるが、そこには子供の視点から見ればソ連は友好国だが、大人の目から見れば未だに警戒すべき国という違いも感じることができるだろう。いずれにせよ、冷戦の時代とは比べ物にならないほど、ソ連との距離は縮まっていたということだ。
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そして1991年の12月、ソ連は解体される。
だが、2022年、ロシアがウクライナに侵攻し、再びロシアは国際社会の「敵」になりつつある。