ドナルド・トランプはハリウッド映画をどう変えたのか?

2017年1月、ドナルド・トランプが大統領に就任した。だが、ハリウッドの名優たちはこぞってトランプに反発した。
例えば、メリル・ストリープはゴールデン・グローブ賞の受賞式で、明言は避けながらもドナルド・トランプについて「無礼は無礼を招き、暴力は暴力を招く。権力者がその地位を使って他者をいじめたら私たちは全員負け」とスピーチした。また、ロバート・デ・ニーロは、2018年のトニー賞の授賞式で「一言言わせてほしい、トランプはクソ野郎だ!」と述べた。
トランプはそれぞれメリル・ストリープには、「メリル・ストリープはハリウッドで最も過大評価された女優の1人で、私のこともよく知らないのに昨夜のゴールデン・グローブ授賞式で私を非難した」と返し、デ・ニーロには「知能指数の低いデ・ニーロは映画で本物のボクサーに殴られすぎた」と返してみせた。

ちなみにトランプ自身も映画を話題にしたことがある。ニューヨーク・タイムズのインタビューの中でトランプは「私が一番好きな映画の中の大統領は『エアフォース・ワン』で飛行機の中でテロリストと戦ったハリソン・フォードだ。彼は私の建物に住んでいる上、アメリカのために立ち上がった」と発言したのに対してハリソン・フォードは「あれは映画。現実の人生とは全く違うものだよ、ドナルド」とその発言を牽制し、「彼がプレジデント(大統領)? 私はレジデント(見習い)だと思った」と皮肉を加えることも忘れなかった。

言葉での批判だけではない。ジョニー・デップは2016年の大統領選挙の際に『The Art of the Deal』という作品を製作し、自らトランプを演じ、風刺してみせた。また、ミュージシャンのマリリンマンソンの『SAY10』のミュージックビデオでは、首を切られた赤いネクタイのスーツの男が登場する。顔こそわからないものの、これはトランプを指しているのではないか?と話題になった。

もともとハリウッドにはリベラルな風土がある。もともとハリウッドが誕生したのはエジソンの訴訟から逃れるためでもある。発明王と同時に訴訟王としても知られるエジソンは映画製作会社にも多くの特許使用料を請求した。これに中小の映画会社が反発、エジソンの目の届かないロサンゼルスで映画製作を行ったことでハリウッドは映画の中心地になった。そういう成り立ちもあり、ハリウッドは元来リベラルな文化を持つ。
では、そんなハリウッドはトランプ政権誕生以降どうトランプを描いてきたのだろうか?

2017年1月にアメリカ合衆国大統領に選出されたドナルド・トランプは「アメリカをもう一度偉大に!」のキャッチフレーズで選挙を勝ち抜いた。当初は民主党代表のヒラリー・クリントンが勝つという見方が圧倒的だっただけに、トランプの勝利は驚きをもって迎えられた。トランプは選挙中はおろか、大統領選就任後もツイッターや演説で人種差別発言を繰り返した。トランプの支持者は主に南部の保守的な白人層だ。彼らは押し寄せる移民や情報化の波のせいで仕事や賃金が減っており、ゆえにメキシコとの間に壁を作り、イスラム教徒の入国を禁止したトランプを支持した。当時のアメリカは協調よりも自分達のために排除を選んだ。その世界が行き着く果ては?

『LOGAN/ローガン』排除が行き着く世界

2017年に公開された『LOGAN/ローガン』にそのヒントはある。『LOGAN/ローガン』はミュータントがほとんど絶滅した世界を描いている。主人公は老人となったウルヴァリンだ。ウルヴァリンはもはや不老不死の存在ではない。最強の戦士だったウルヴァリンも、自らの爪に含まれるアダマンチウムの毒が自分自身を蝕み、死期が迫っている。かつてウルヴァリンを導いたミュータントたちのリーダーであったプロフェッサーXは認知症で介護が必要な状態になっている。ウルヴァリンはリムジンの運転手として生計を立てている。そこには様々な客が乗り込む。ある若者たちはサンルーフから身を乗り出し、「U.S.A!U.S.A!」と叫んでいる。その姿はドナルド・トランプの支持者を思わせる。
コラム「世界の終わりから雪解けまで ハリウッドは、冷戦をどう描いてきたのか」でも書いているが、かつて世界の終わりとは核戦争や自然災害、疫病が多かった。だが、『LOGAN/ローガン』で世界を終わらせるものは排除だ。

そもそも『X−メン』はホロコーストや公民権運動から生まれた。原作者のスタン・リーはユダヤ系の家庭に生まれ、『Xーメン』は公民権運動が盛り上がりを見せていた1963年に誕生した。
ホロコースト、公民権運動、どちらにも共通するのは差別と排除だ。2013年に公開された『大統領の執事の涙』では当時の公民権運動の熾烈さが描かれる。白人と同等の権利を行使しようとすれば、容赦なくリンチを受け、命まで奪われる。
奪った側が白人であれば、大した罪にも問われることはない。
ドナルド・トランプは統領選挙期間中からでも再び差別と排除が行われた。

「メキシコは、最も優れた人は送ってこない。彼らが送り込んでくるのは問題だらけの人間で、その問題を我々の国に持ち込んでくる。ドラッグを持ち込み、犯罪を持ち込む。そして彼らはレイピストだ」とトランプ氏は述べ、メキシコとの国境に壁を作ると宣言した

『帰ってきたヒトラー』に見るトランプ政権誕生前夜のヨーロッパ

しかし、この排除は何もアメリカだけの話ではない。トランプ政権誕生前夜のヨーロッパを見てみたい。
次に紹介するのは2015年に公開された問題作、『帰ってきたヒトラー』だ。現代にヒトラーが甦ったら、という「もしも」を描いたコメディなのだが、半ドキュメンタリーとも言える作品でもある。
それはヒトラーが現代の街を散歩するという場面。実際にヒトラーの格好をした役者が本物の市民の前に姿を表すというゲリラ撮影だ。
もしもの事態に備えてボディーガードも付けられたというが、果たして現代に現れたヒトラーを待っていたのは熱狂的な市民の支持だった。多くの人が携帯をヒトラーに向ける。ヒトラーは街を移動しながらドイツの政治への不満を市民に尋ねていく。

「何か言えば外国人排斥だと言われる」
「原理主義者さ、帰ってもらいたいよ」
「外国人の流入よ うれしくはないわ」
「アフリカ人のIQを調べたとする。ドイツに来るアフリカ人はIQの平均が40~50でドイツ人は80以上だった。今は高くても60だ。外国人が増えてる」

上記は市民の声の抜粋だが、ドイツの政治の問題として外国人の流入を少なくない人が挙げている。そしてこれはドイツだけの問題ではない。

2016年6月にはイギリスのEUからの離脱が決定した。2019年にはEU離脱派だったボリス・ジョンソンが首相に就任する。国民投票で52%がEU離脱を支持したことを受けて2020年1月にイギリスはEUを脱退した。EUからの離脱を主張していたイギリス独立党2014年5月の欧州議会議員選挙では労働党・保守党を抑え第1党になったこともその機運の高まりを証明していただろう。
EUからの離脱の理由としては欧州移民のイギリスへの大量の流入が一因にある。EUの域内での移動であれば自由移動が認められているが、その結果2004年~2015年までの11年間で欧州移民の数は100万人から300万人へと3倍に増えイギリスの社会保障の負担は増大することとなった。
果たしてこのEUからの離脱が果たして正しい選択だったのかどうかはまだ誰にもわからないだろう。

話を戻そう。『帰ってきたヒトラー』である家族にヒトラーはインタビューを試みる。おそらくは祖母と孫であり、祖母は本当のヒトラーの時代を経験している。
「昔も悪いことばかりではなかった」そういうヒトラーに祖母は「その通り」と同意する。
孫は「政治が悪かった」「過去を繰り返さないために歴史から学ぶんだ」という。そんな彼の言葉に祖母は「お前はめでたいわ」と返す。

何が正しくて、何が悪なのか。私たちはその判断が本当にできるのか?
だが「真実」だけには変わらずに価値はあり続けるだろう。その真実さえも歪めてしまったのがトランプ政権だった。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』トランプ時代へのメッセージ

「この映画はわたしたちにとってツイートのようなものだ」
スティーヴン・スピルバーグは『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』についてこう述べた。
その時の気持ちを短く率直に吐き出した、ということなのだろう。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は2017年公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督、メリル・ストリープ、トム・ハンクス主演のドラマ映画。ジャーナリズムの在り方を示した作品だ。

ペンタゴン・ペーパーズとはベトナム戦争時にアメリカ政府が作成した極秘文書を指している。
ちなみに原題は『The Post』で、ワシントン・ポスト紙のことだ。

しかし、なぜスピルバーグは50年も前のことを今ツイートしたのだろうか?
スティーヴン・スピルバーグは『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』について「この物語は現代と通じる部分がとても多いと感じた。だからすぐに作って公開したかった」とインタビューで語っている。

その言葉通り、この映画は驚異的な早さで製作された。もともとスピルバーグは早撮りで知られているが、この映画は脚本執筆から完成までわずか9ヶ月という短さで、スピルバーグの作品のなかでは最も短期間で作られた映画でもある。
報道は自由であり、権力に従うものではない。それが今作に込められた一貫したメッセージだろう。

ペンタゴン・ペーパーズには歴代政権がベトナム戦争を行うために不正を繰り返してきたこと、またアメリカがベトナムに勝てないなどの分析が載せられていた。
そのような不都合な事実は隠蔽され、多くの若者がベトナムへと向かっていった。

最初にペンタゴン・ペーパーズの存在をスクープしたのはニューヨーク・タイムズだったが、ワシントン・ポスト紙も後に続き、その全文を入手。ペンタゴン・ペーパーズは政府が国民に向けて嘘を吐き続けていたことの証明であると同時に国家の最高機密文書でもある。

果たして報道における正義とは何か。

トランプは自身に批判的な報道をことあるごとに「フェイクニュース」として切り捨ててきた。スピルバーグは「言論の自由はいま、崖っぷちに立たされている。報道機関は自分たちは『フェイクニュース』ではないと弁解を迫られている。真実を伝えていることを分かってもらうために苦労している。歴史上、市民と報道機関の間にこれだけの煙幕が張られたことはない。」と本作についてのインタビューで答えた。
もしペンタゴン・ペーパーが公開されていたら、ベトナムへ向かう兵士たちの数も減ったであろうし、ベトナム戦争ももっと早く終結していたかもしれない。

ドナルド・トランプに期待したオリバー・ストーン

もちろん、ハリウッドの全員がトランプに反対していたわけではない。
プラトーン』や『ウォール街』で知られる映画監督のオリバー・ストーンはトランプに期待を寄せていた一人だ。
オリバー・ストーンは2016年の選挙戦において民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントンよりもトランプを支持している。ヒラリーは真の意味でのリベラルではないとオリバー・ストーンは言う。「アメリカによる新世界秩序を目指しており、そのために他国への介入が必要だと信じている」と述べている。共和党と言えばタカ派のイメージだが、戦争そのものは民主党政権下で起きたケースの方が多い。その点、トランプはアメリカ・ファーストを掲げ、自国の経済の回復を重視した。

ストーンは第二次世界大戦以降の戦争はすべて無駄だったという。また、トランプもイラク戦争は不要の戦争だったと明言している。だが、実際のトランプ政権では新型コロナウイルスの対応などの問題やアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件も起きているのは事実だ。

2024年、大統領選挙を控えた中でオリバー・ストーンはトランプにも、現大統領のジョー・バイデンにも投票しないと明言した。
「バイデンには絶対に投票しない。なぜならバイデンは戦争屋だからだ」

ベトナム戦争に従軍経験のあるオリバー・ストーンだからこそ、彼の戦争批判は重く響く。

ハリウッドの悪役

これまでハリウッドの悪役として君臨してきたのはウォーターゲート事件で失脚したリチャード・ニクソンだ。
大統領の陰謀』『フロスト×ニクソン』『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』『ニクソン』など、様々な映画にニクソンは登場する。
ニクソンはその評価において賛否両論の激しい人物であるが、ハリウッドから見るとニクソンがいかにキャラクターとして魅力的だったかがわかる。

果たしてハリウッドは映画にもならないくらいにトランプを毛嫌いしているのだろうか?
ハリウッドがトランプをどう描くか、それもまた評価の一つとして待っておきたいと思う。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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