フィルム・ノワールとは何か

フィルム・ノワールとは

フィルム・ノワールとは一般に1940年代から1950年代後半にかけて、ハリウッドで製作された犯罪映画のジャンルを指す。
ただ、先に伝えておきたいのは、フィルム・ノワールは映画の分類の一つだが、それに明確な定義はないということだ。ただ、一般的には黒を基調としたコントラストを際立たせた映像や、「ファム・ファタール(運命の女を意味する)」と呼ばれる悪女の存在、犯罪者や腐敗した警察官など反社会的な男性の主人公、そして、一人称のナレーションなどが挙げられる(フィルム・ノワールの「ノワール」とはフランス語で「黒」を意味する)。

また、フィルム・ノワールの作品がハードボイルドの犯罪小説に大きな影響を受けている。そのために、作品の舞台も閉塞感の漂う現代の大都市で、孤独な男が主役の作品が多かった。
主な作品を挙げると『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、『深夜の告白』、『拳銃貸します』、『三つ数えろ』、『狩人の夜』、『現金に体を張れ』などが挙げられる。

ちなみに「フィルム・ノワール」の名付け親は、フランスの批評家のニーノ・フランクだそうだ。

フィルム・ノワール流行の理由

フィルム・ノワールの流行には2つの理由が考えられる。一つはドイツを初めとするヨーロッパの映画製作者がナチスの迫害を逃れてアメリカへ亡命してきたこと。ドイツは映画大国であり(ホラー映画の最初期の傑作『カリガリ博士』もドイツ映画)、ハリウッドとはまた違った映画手法を持っていた。それはそのままフィルム・ノワールの特徴としてハリウッドでも発揮された。

もう一つは戦争による厭世観によって、従来のハリウッドで盛んに作られていた明るくハッピーエンドの物語が受け入れられにくくなっていたことだ。
映画監督のフランク・キャプラは戦前「キャプラスク」と呼ばれる独自のヒューマニズムとハッピーエンドの作風でハリウッドの巨匠として活躍していた。
ファシズムの脅威がアメリカにも迫っていた1941年には『群衆』というややシリアスな作品も撮っているが、戦後間もない1946年に公開された『素晴らしき哉、人生!』はかつてのキャプラスクのようなヒューマニズムとハッピーエンドにあふれた作品だった。
しかし、同作は興行的・批評的に惨敗。キャプラのキャリアを事実上閉ざしてしまうこととなった(今日では『素晴らしき哉、人生!』は映画史上の傑作として再評価されている)。

この後、1950年代には再びハッピーエンドがハリウッドの主流となる。その背景にはアメリカが戦勝国として目覚ましい経済発展を遂げたことが挙げられる。好景気によって生活水準は上昇し、テレビやラジオによってライフスタイルは大きく変化した。

だが、この時代のアメリカが不都合な真実を隠していたのも事実だ。それは1960年代に一挙に吹き出す。1950年代に普及したテレビは次々に真実を映し出した。無辜のベトナム市民を虐殺するアメリカ兵、生中継の途中に暗殺されたケネディ、非武装の黒人を武力で制圧する警官隊・・・1960年代にアメリカの真実に絶望した若者たちを中心に旧来の価値観に対抗する「カウンターカルチャー」が勃興する。
それは若者たちを中心にした親世代への反抗だった。しかし、彼らが髪を伸ばし、反戦を唱えてもベトナム戦争は止まらなかった。

ネオ・ノワール

社会への挫折はアメリカン・ニューシネマという映画ジャンルを生み出した。それは1950年代の幸せな時代への反動であり、個人が体制に逆らい、自由を求めていても、やがては体制によって潰されるというアンチ・ハッピーエンドとリアリズムを持っていた。
そして、フィルム・ノワールもまた、暗い世相を反映して再び活発になっていく。
それらはネオ・ノワールと呼ばれ、『コールガール』、『カンバセーション…盗聴…』、『チャイナタウン』、『タクシードライバー』などが挙げられる。ネオ・ノワールにおいてはモノクロの映像は重視されておらず、テーマもその時代に沿ったものとなっている。その意味では、『タクシードライバー』や『チャイナタウン』などアメリカン・ニューシネマともジャンル的には被る作品も少なくない。

現代のフィルム・ノワール

また、現代においても、フィルム・ノワールを意識した作品は作られ続けている。
2022年に公開された『ナイトメア・アリー』は監督のギレルモ・デル・トロが自分なりのフィルム・ノワールに挑戦したと認めている。

「ノワールの雰囲気や情緒が好きなんだ。あの時代の手法を学んだよ」

2018年に公開された『ストレイ・ドッグ』はその公式サイトに「衝撃のネオ・ノワール」の文字が並ぶ。

フィルム・ノワールは一過性のブームでなく、今なお映画界に息づいているのだ。

最新情報をチェックしよう!
NO IMAGE

BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

CTR IMG