「エレファント・マン」の生きた時代 ジョゼフ・メリックの真実

※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています


今回はデヴィッド・リンチ監督の映画『エレファント・マン』でも取り上げられた、ジョゼフ・メリックと彼の生きた時代に目を向けてみようと思う。
平等主義や人権主義は近年も盛り上がりを見せる現代だが、ジョゼフ・メリックの人生からそれらを改めて振り返ることもできるだろう。

エレファントマン

「エレファントマン」。そう呼ばれた実在の人物、ジョゼフ・メリックとその人生は今なお多くの人を惹き付けてやまない。
全身のほとんどにおびただしい奇形を発症し、その風貌から「象男(エレファントマン)」と呼ばれたジョゼフ・メリック。

エレファントマンの名は、彼の容姿に由来する。メリックの母親が彼を妊娠中、象に踏まれかけた夢を見たことで、メリックはあんな容姿になった。それがエレファントマン(象男)の名前の由来となった。もちろん、この理由は全くの非科学的なものであり、当時メリックが働いていた見世物小屋が客の興味を引くために使っていたものだ。(しかし、後述の理由もあり、メリック自身は生涯にわたってこの理由を信じていたという)。

その数奇に満ちた人生と外見により、彼は現在においても広く知られており、医学的にも研究対象として、今なお彼の病状については新説が発表され続けている。

ジョゼフ・メリックとは

誕生~困難の日々

ジョゼフ・メリックは1862年8月5日にイギリスのレスター市内のリー・ストリートでジョセフ・ロックリー・メリックと妻メアリー・ジェーンの間に生まれた。
出生時、メリックの体は最初は何もおかしいところはなかったが、生後21か月の頃から徐々に変形を現し始める。4歳の時には転倒して左の腰を痛め、関節炎の発症により歩行も困難になるなど、苦難の人生が始まっていく。

メリックは12歳の時に学校を卒業し、葉巻を製造するメッサーズ・フリーマンズ葉巻製造会社に就職。
しかし2年後には右腕の変形が進んで離職せざるを得なくなり、次に父の支援を受けて行商人の免許を取得、行商人として働き始めるも、やはり病気の進行によって営業は困難になってしまう。ついにはメリックが街頭に立つと周囲にパニックが発生するほどにまでなった。

メリックの症状について、家族は、母のメアリー・ジェーンが彼を妊娠中に遊園地の象に突き飛ばされて驚いたことが原因だと説明していた。女性が妊娠中に受けた感情的な経験は胎児に永続的な身体的影響を与える可能性があるという概念は、当時のイギリスではまだ一般的なものとして受け入れられていたのだ(メリック自身も生涯にわたってこの理由を信じていた)。

救貧院~見世物の世界へ

働くこともままならなくなったメリックは父とのいさかいの後に家を飛び出し、レスターの路上でホームレスとなる。
叔父チャールズ・メリックが、メリックの境遇を聞きつけ、彼を探し出して自宅に住まわせた。
メリックはその後2年間レスターで行商を続けたが、行商人免許も剥奪されることになり、チャールズもエリックを養う余裕がなくなってしまう。窮まったメリックは17歳でレスター・ユニオン救貧院に入所する。

しかし、ここでの生活環境は過酷だったようで、メリックは一度は救貧院を出ている。だが、外の世界で職を見つけることができずに再度救貧院に戻ったようだ。結局メリックは見世物の世界へ入るまで、4年間を救貧院で過ごした。

1884年、メリックは22歳の時に興行師・コメディアンのサム・トーへ自らの身の上をしたためた手紙を送る。
サム・トーはエリックを迎え入れ、エリックは見世物小屋の一員として巡業生活に入る。
エレファント・マン』ではこのサム・トーはどちらかと言えば冷徹な人物として描かれるが、実際には寛大な人物であったそうだ。

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後年、メリックは見世物小屋の主人を悪く言うことはなかったが、救貧院に話が及ぶと激しい怒りをあらわにしたと言われている。

冒頭でのエピソード(母親が彼を妊娠していた頃に象に踏まれかけた夢を見たことから、半人半象の容姿になった)ともにジョゼフ・メリックは「エレファントマン」として観客に紹介されるようになる。

フレデリック・トレヴェスとの出会い

メリックはロンドン公演の巡業中に医師のフレデリック・トレヴェスと出会う。
トレヴェスはメリックの印象を「私がこれまで見た中で最も忌まわしい人間の標本だった。この孤独な人物が示したような、堕落した、あるいは歪んだ人間に会ったことは一度もなかった」と回想している。
彼はこの時メリックを「皮膚弛緩症および神経腫性象皮病」と診察し、ロンドン病理学会でメリックの症状について発表している。

苦難の時代

一方のメリックは所属していた見世物小屋の閉鎖により再び苦難の時が始まる。
2018年の映画『グレイテスト・ショーマン』では、ほぼ同時代の見世物小屋をテーマとしている。そこではメリック同様、身体に奇形や不具合があり、社会の日陰で生きていた人物にスポットライトが当てられる。
しかし、またしても彼らの居場所が奪われる様が描かれる。それは「人権派」による、障害を見世物として扱うのは相応しくないという考えによってだった。
一見するとそれは良識に見える。障害を面白可笑しく扱うのはいかがなものかという意見も分かる。だが、当時はそこ以外に彼らの社会はなかった。見世物小屋の「スター」であることに誇りを持つ者もいた。それは不都合かもしれないが、真実でもあったはずだ。

1932年の映画『フリークス』の興行的失敗はそのことを端的に示している。
監督のトッド・ブラウニングは自らも見世物小屋で働いた経験があり、見世物小屋を題材にした映画をとること、そしてそこに実際の見世物小屋の出演者をキャスティングすることは彼にとってごく自然なだった。
しかし、興行的には「不親切かつ野蛮である」「猥褻で、グロテスクで、異常」などの酷評が集まり、大失敗の結果になり、公開当時にはこの作品はほとんど受け入れられることはなかった。

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ロンドン病院での日々

「エレファントマン」ジョゼフ・メリックに話を戻そう。

メリックはトレヴェスと面会していた時に渡された名刺を頼りに、トレヴェスに保護を要請し、ロンドン病院に収容されることになる。
しかしロンドン病院も慢性患者であるメリックをいつまでも置いてはおけるはずもなかった。病院理事長のフランシス・カー・ゴムは『タイムズ』紙にメリックへの寄付を求める投稿を行っている。
その結果、メリックのロンドン病院での収容には延長措置が取られ、ロンドン病院の地下にはメリックの部屋が用意されることになった。この部屋はメリックに合わせて改装され、トレヴェスの配慮によって鏡は置かれなかったという。

メリックの知性について、最初は不明瞭な発声もあって、白痴かと思われていたが、トレヴェスはメリックと交流を重ねるうちに、彼が高い知能と純粋さを持ち合わせた青年であることを理解していく。

一方のメリックも心を開き始め、トレヴェスを友人として迎え入れていく。メリックはここで模型作成や読書をして暮らしており、彼が作ったマインツ大聖堂の模型は今でも現存している。

上流階級での人気

「タイムズ」紙へ投稿が掲載されて以降、メリックの存在は次第に上流階級の人間たちの間で人気の存在となっていった。メリックへ支援や面会希望が多く寄せられるようになり、その中には女優のマッジ・ケンドール、イギリス皇太子のエドワード7世と、その妃・アレグザンドラなども含まれていた。

ジョゼフ・メリックの最期

しかし、病気の進行は止まったわけではなく、穏やかな生活を得てからも、メリックの頭部の腫れは止まらず、頭部は次第に大きくなっていった。体力も徐々に衰え、晩年は正午までベッドから起き上がれずにいるのが常だった。
そして1890年4月11日にメリックが亡くなっているのが院内の外科医によって発見される。死因は横になった際の頭の重みによる頸椎の脱臼あるいは窒息による自然死とされ、当初は自殺説もささやかれたが、今日では事故死との見方が有力だ。
トレヴェスはメリックは常に座ったまま寝ていたが、その時は「普通の人のように」横になって寝ようとして「実験」をしたに違いないと結論付けた。

27歳での死だった。

メリックの死についてトレヴェスは次のように振り返っている。

「彼はよく私に、『他の人のように横になって眠れたらいいのに』と言っていた・・・彼はきっと、強い意志を持ってそれを試みたに違いない・・・こうして、彼の死は、彼の人生を支配していた欲望(『他の人のようになりたい』という、哀れだが絶望的な欲望)によって引き起こされたのである」

メリックの死後、トレヴェスがまとめた回想録が戯曲化されたことで、ジョゼフ・メリックは「エレファントマン」として著名になる。
メリックを「エレファントマン」たらしめた症状だが、現在ではメリックの症状は特定の遺伝的疾患群をさすプロテウス症候群ではないかという見方が有力になっているようだ。

メリックは次のような言葉を残している。

確かに私の姿は奇妙かもしれないが、私を責めるのは神を責めることと同じだ。
もし私が自分自身を新たに創造できるなら、あなたを喜ばせることに失敗はしないだろう。

もし私が極から極まで手を伸ばしたり、大海原を掴むことができたとしても、私の価値は魂によって測られるだろう。
精神こそが人間の基準なのだから。

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