ジョージ・A・ロメロの代表作である『ゾンビ』には様々なバージョンが存在する。
北米公開版やディレクターズカット版など様々な細かいバージョン違いがあるが、その中に日本公開版というバージョンもある。
『ゾンビ』日本公開版
日本公開版の特徴は、映画の冒頭に人々がゾンビ化した原因として、惑星イオスが爆発し、その放射線が地球に降り注いだという独自の設定が追加されている点だ(冒頭に「19XX年 未知の惑星から不思議な光線が地球に到達 この謎の光線は地上の死者をよみがえらせた」というテロップが追加されている)。
日本の怪獣映画や特撮では、巨大化や突然変異の原因によく放射能が使われていた。いくつか例を挙げてみよう。
1954年公開『ゴジラ』のゴジラ
1963年公開『マタンゴ』のマタンゴ
1965年公開『フランケンシュタイン対地底怪獣』のフランケンシュタイン
1964年公開『宇宙大怪獣ドゴラ』のドゴラ
そのいずれもが放射能によって巨大化や突然変異している。公開年をみるとその起源を『ゴジラ』に求めることができる。
ゴジラが戦争や原爆のメタファーであるのは有名だ(詳しくは「『ゴジラ』シリーズに見る核・原子力のイメージの変遷」のコラムを参照されたい)。そういう意味では上記で挙げたキャラクターはいずれも広い意味では核兵器への恐怖を表しているとも言える。
放射能を都合よく利用したポップカルチャー
放射能によって怪獣化した彼らは人類を危機に陥れる(フランケンシュタインは違うが)。そこでは間接的にせよ、放射能が人類の危機に一役買っているのだ。
そして偶然にも、上に挙げた作品はすべて本多猪四郎監督の作品であった。
本多猪四郎は8年間を軍隊で過ごし、実際の戦場を経験した。また、中国から日本へ復員する際には原爆投下直後の広島の惨状を目の当たりにしている。
一方で放射能や被曝が突然変異や巨大化を簡単に引き起こせる「魔法の道具」になったとも言えるだろう。
なぜならば、先に挙げたモンスターたちで放射線障害に苦しむものはいないからだ。
確かに放射能によって、異常に成長した植物はある。ただ、当時の(映画を含む)ポップカルチャーは、放射能を都合よく利用したのだ。
冒頭の『ゾンビ』もその一つだろう。
未来を明るくするこれからのエネルギー
かつては、原子力は核兵器とは切り離され、未来を明るくするこれからのエネルギーとして、ポジティブに捉えられていた。有名どころでは『鉄腕アトム』がそうだ。メディアや著名人も核技術を平和利用すべきだという論調が強かった。
もちろん、スリーマイルやチェルノブイリという原発事故も起きたが、それでも日本では大きな反原発運動が起きることもなかった。かつては、原子力は核兵器とは切り離され、未来を明るくするこれからのエネルギーとして、ポジティブに捉えられていた。有名どころでは『鉄腕アトム』がそうだ。
だが、実際は原発建設への地域の反対運動も起きている。加えて、チェルノブイリやスリーマイルの原発事故によっても、決して原子力が魔法のエネルギーではなく、危険と隣り合わせという認識は大きくなっていったことだろう。
今の時代へ、なぜ変わったのか?
原爆についてもそうだ。今の時代はお笑いコンビ「8・6秒バズーカ」への誹謗中傷でも分かるように、少しでも原爆を連想させるものは不謹慎であるとか、原爆被害をバカにしているなどで袋叩きになりやすい。それほど過敏になっているのが今の時代だが、戦後すぐの時代は原爆はサブカルチャーの中でも主人公の技のネーミングキャラクターのニックネームなども多く使われていた言葉だった。
なぜこの流れが変わったのか。個人的には戦後民主主義の教育を受けていた世代が社会で活躍するようになってからだろう。そう考えるとおそらく1970年代中盤から、「原爆」というコンテンツの扱われ方は「悲惨」であるとか「恐怖」「残酷」などの文脈で扱われ、かつてのようにサブカルチャーにおける魔法の道具とは認識されなくなっていったのだろう。
それから日本でも重大な原発事故が発生している。、一番記憶に残っているのは東日本大震災の原発事故だが、
なぜゴジラは許されるのか?
今、怪獣映画で怪獣誕生のきっかけを放射能にした作品はほとんどないだろう。に公開されたギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』にはその名もkaijuと呼ばれる怪獣たちが多く登場するが、怪獣たちは放射能を受けたわけではなく、からやって来たという設定であるし、『ランペイジ 巨獣大乱闘』はそのタイトル通り巨大化した動物たちが暴れまわるが、その原因は遺伝子サンプルに感染したことで、放射能とは関係ない。
しかし、そんな中でもゴジラは頑なに放射能によって誕生した設定を崩さない。
2014年に公開されたギャレス・エドワーズ監督の『GODZILLA ゴジラ』ではゴジラは核攻撃で死ぬどころか、そのエネルギーを吸収し、更に大きな怪獣へと変わっていった。
また2016年の作品である『シン・ゴジラ』はゴジラは放射性の廃棄物を摂取したことによって生まれたという設定になっている。2023年に公開された『ゴジラ-1.0』も核実験によって変異して生まれた生物になっている。
なぜゴジラは放射能による突然変異が未だに許されるのか。それは『ゴジラ』には、明確な核兵器の恐怖が描かれていたからだ。
逆に今の時代であれば、核兵器の恐怖が描かれない『ゴジラ』であれば品のテーマを台無しにしたと低評価の嵐がつくことだろう。
今現在、世界には1万2000発の核爆弾が存在するという、これは地球を10回絶滅させられる量の核爆弾だそうだ。
今後、またいつか、放射能が魔法の道具として語られる時代が来てしまうのだろうか。