『007/慰めの報酬』水戦争と民営化の罠

created by Rinker
ポニーキャニオン

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の考察で、ダニエル・クレイグ版の『007』がそれまでの『007』と比べどう変化してきたのかを自分なりに書いたつもりだ。
『007』もまた時代に合わせた作品になっており、ボンドガールも強い女性として描かれることが多くなったと書いたのだが、基本的には今作においてもその通りだと思う。(もちろんストロベリー・フィールズを演じたジェマ・アータートンの言うように女性の描き方に批判がなかったわけではないが。)

『007/慰めの報酬』は2008年に公開されたダニエル・クレイグ版の『007』シリーズ2作目にあたる作品だ。

前作『007/カジノ・ロワイアル』はイアン・フレミングの原作の映画化だが、本作は映画オリジナルのストーリーになっている。時系列的には前作とストーリーがそのまま繋がっており、合わせて一つの物語とも言えるだろう。

たが、『007/慰めの報酬』の出来映えは『007/カジノ・ロワイアル』には及ばないとの評価が一般的だ。3代目ジェームズボンドを演じたロジャー・ムーアも本作については「長くてまとまりのないコマーシャルのようだった」と述べている。
『007』シリーズのプロデューサーのバーバラ・ブロッコリは今作が脚本も完成していないまま撮影に入ったことがその原因だと述べている。
『007/慰めの報酬』の作品自体の評価はこれくらいにして本題に入ろう。

本作は現実の社会問題を映し出しているという点で興味深い。
マチュー・アマルリック演じる環境保護NPO「グリーン・プラネット」のCEO、ドミニク・グリーンは表向きは実業家だが、裏の顔は犯罪組織クォンタムの幹部である。ドミニクはボリビアのメドラーノ将軍が主導する軍事クーデターを支援し、その見返りとして水資源の独占を画策していた。一方、前作『007/カジノ・ロワイヤル』でヴェスパーを失ったボンドは、唯一の手がかりであるミスター・ホワイトに逃げられてしまう。ミスター・ホワイトを追う中でカミーユと知り合ったボンドは彼女の目的がメドラーノ将軍への復讐であると知る。そしてドミニクらの計画を知ったボンドはカミーユと協力してドミニクの計画を阻止しようとする。以上が『慰めの報酬』のあらすじだが、これは1999年にボリビアで起きた水戦争に着想を得ている。

1999年に世界銀行はボリビア政府の債務600万ドルを免除する代わりに水道の民営化を迫った。

ボリビアは80年代から新自由主義の流れであらゆるサービスを民営化していた。
コチィバンバ市の水道は公社であるSEMAPAによって運営されていたが、急激な人口の増加によってサービスを受けられない人は同市の43%にも及んだ。しかもSEMAPAは財政的にも厳しい状態にあり、いずれ破綻するのは誰の目にも明白だった。ボリビア政府はコチャバンバ市の水道局への融資を世界銀行に頼んだが、その際の条件はSEMAPAを民営化することだった。

ボリビア政府は世界銀行の意向を呑み、SEMAPAを米国最大の建設会社であるベクテル社に管理させることにした。
ベクテルは「適切な価格で水道サービスが受けられるようになる」と喧伝していたのだが、水道代は最大で4倍にも値上がりした。ボリビアは最貧国のひとつでもあり、国民の月収は1万円ほどだが、水道代だけで3000円も徴収したのだ。
水道代を払えない家庭に関しては水道の供給を容赦なくストップした。

水道代を払えない人々は仕方なく井戸水を飲むしかないのだが、ベクテルはその井戸水の料金まで引き上げた。

その結果、浄水を飲むことのできなくなった貧困層が次々に命を落としていくこととなった。

水道料金が値上げされた翌年の2000年に「水と生活を防衛する市民連合」が結成され、数百万人のデモ参加者が水道民営化の廃止を訴えた。

ベクテルはたのだが、結局は市民が

水道事業の国営化を行ったのはボリビアだけではない。

1998年に南アフリカで水道の民営化が行われた。
経費を抑えるために、上水道に関するコストを住民たちに負担させたのだが、その結果水道料金は4年で140%も上昇した。

そうなると貧しい貧困層は水道の利用ができない。南アフリカでは1000万人を越える貧困層が川や湖や小川の水を飲まざるを得なかった。
しかし、そこには汚水も流れ込んできていた。こうして引き起こったのが2002年のコレラの大流行だ。
このときには25万人を越える感染者と300人を越える死者を出す惨事になった。
南アフリカの住民は水道民営化を「金持ちしか水道の水を飲めなくなった」といい、暴動に発展した。

今最も石油だが、水が将来的に最も大きな資源ビジネスになるのではないかと言われている。

『007/慰めの報酬』では、グリーンの部下に追われたボンドとカミーユは、飛行機からパラシュートでボリビアの荒れ地にある洞窟に落ちる。二人はそこで地下水を発見する。

ボンドとカミーユはグリーンの本当の狙いが石油ではなくて水であることを知る。

オリバー・ストーン監督の映画、『ブッシュ』では、イラク戦争の開戦の背後に中東の石油資源を独占したいアメリカの真意が描かれるが、水資源もまた超大国の支配下に置かれてしまうという現実がボリビアや南アフリカの事例から見ることができるだろう。

事実、ベクテル、スエズ、ベオリア、テムズウォーター、パイウォーター、この5つの会社が世界のほとんどの水道を支配していると言われている。

また、ベクテルはアメリカの会社だが、その経営者にはも加わっており、

政府との癒着も指摘されている。

まだ、世界銀行のには水道事業も加わっており、

水道民営化は途上国だけの問題ではない。
フランスのパリではに水道を民営化したが、1985年から2009年の間に水道料金は約3倍に跳ね上がった。

アメリカのアトランタでは、水道を運営する民間企業がコストカットを徹底したために、水道管の破裂や水質悪化が相次いだ。こうしたケースはあくまでも異例だ。

もちろん、こうしたケースは異例ではあるが、民営化のリスクとして拭いきれないものでもある。
世界的な流れにおいては民営化された水道事業は再び公営へと戻る流れにある。
公営へと戻る流れのなかにあるという。

先に述べたアトランタでは民営化が始まって4年後には

民営化による高料金や水質悪化、漏水などは途上国ばかりか先進国でも不満を呼び起こし、15年間で37カ国235都市が再公営化したのだ。

だが、日本では年に水道法が改正され、世界と逆行した動きをしている。
この水道法改正は水道事業の民営化とイメージされることもあるが、その実態はであり、氏は「民営化よりタチが悪い」と断じている。

『007/慰めの報酬』の原題はquantum of solaceで直訳すると「慰めの分け前」となる。

今回、ボンドには『007/カジノ・ロワイヤル』で失ったヴェスパーの復讐があり、カミーユには家族を奪ったメドラーノ将軍への復讐がある。
愛する者を奪った者への復讐はひとつの慰めとなるだろう。

だが、(クァンタム)はグリーンが属する犯罪組織の名前でもある。

その意味で言えば慰めの分け前とは他でもない水になる。

『007/慰めの報酬』の脚本にはポール・ハギスが担当した。『ミリオンダラー・ベイビー』や『クラッシュ』もポール・ハギスが脚本を担当している。

created by Rinker
ポニーキャニオン
最新情報をチェックしよう!
NO IMAGE

BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

CTR IMG