『28日後…』2000年代のゾンビ映画は何を描いているのか

ソンビ映画ブーム

ゾンビ映画の歴史を紐解いていくと、何度かのソンビ映画ブームとも呼ぶべき時期があることに気づく。
まず最初は1920年代。狼男や吸血鬼といった古典的なテーマのホラー映画がヒットしていた時代だ。そうしたモンスターに並んでゾンビは初めてスクリーンに姿を現す。
次に1970〜80年代を中心とした第二次ゾンビ映画ブーム。ここではジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』を代表として、噛むことによって仲間を増やしていくという現在世間一般にイメージされるゾンビの姿が確立される。
そして2000年代の第三次ゾンビ映画ブームだ。個人的にはこの第三次ゾンビ映画ブームのきっかけとなったのは『バイオハザード』、そしてこの『28日後…』ではないかと考えている。

『28日後…』

『28日後…』は2002年に公開されたダニー・ボイル監督、キリアン・マーフィー主演のホラー映画だ。

物語はある研究施設に動物愛護団体の過激派が侵入する場面から始まる。
彼らはそこに捕らえられていたチンパンジーたちを解放しようとするが、研究員に見つかってしまう。彼はチンパンジーは「全て感染している」という。しかし、過激派のメンバーはその言葉に耳をかそうともしない。そして、一人の女性が檻を開けた瞬間、チンパンジーは女性に襲いかかり、彼女もまたウイルスに感染してしまう。

テロへの恐怖

2000年代のゾンビ映画には、ゾンビ発生の原因をウイルスに求める作品が多い。前述の『バイオハザード』や『アイ・アム・レジェンド』、『ワールド・ウォーZ』もそうだ。
1970年代の第二次ゾンビ映画ブームの背景には当時の冷戦の激化による、世界の終焉への恐怖があった。では冷戦が終結し、10年が経過した2000年代のゾンビ映画には何が反映されているのか。
個人的にはそれはテロの恐怖ではないかと思う。実際に2001年にはアメリカで炭疽菌が入った封筒がマスメディに送られ、5人が命を落とす炭疽菌デロが起きている。このような生物兵器によるテロの恐怖は今でも消え去った訳では無い。また、テロではないが、同じ2001年には家畜の伝染病である口蹄疫がイギリスで流行した。

物語に戻ろう。事故から28日後、一人の青年が病院で目を覚ます。彼の名前はジム。配達員をしていたが、ある事故に遭い、昏睡状態のまま眠っていたのだ。
目覚めて病院を徘徊するジム。しかし、そこには誰もいない。「誰か?」叫んでみるが反応はない。散乱していた自販機からいくつかの飲物をバックパックにいれると、ジムは病院をあとにし、街へ出る。しかし、町中もまた人の気配がない。教会には「悔い改めよ、終わりの時はクソ近い!」の言葉とともに大量の人々の死体で溢れている。これはこの先に描かれる物語の暗示でもある。神に助けを求めても、神など存在せず、救われることもない。教会のシーンは象徴でもあるのだろう。

『28日後…』とキリスト教

『28日後…』には宗教的なイメージを感じさせるものが多い。
ゾンビ映画とキリスト教についてはこちらのコラム(『ゾンビという名の夢 欧米人はなぜゾンビ映画が好きなのか』)でも書いているが、『28日後…』にはそれが顕著だ。

誰もいないと思われた教会だが、神父がよろめきながらジムの方へ近づいてくる。神父は既にウイルスに感染しており、ジムに襲いかかる。
全力で逃げるジムを感染者の群れが追いかけていく。生存者のセリーナとマークに助けられたジムは、2人とともに自宅へ向かうが、そこでは既に両親が自殺していた。遺書にはジムあてに「どうか目覚めないで」と記してあった。
悲しみに浸るジムだが、そこにも感染者が襲いかかる。そして、マークがウイルスに感染してしまう。命乞いをするマークをよそに、セリーナはマークを殺害する。セリーナは生き延びるために、たとえどんなに親しい人が感染したとしてもためらわずに殺すと宣言する。
家を出て、感染者から逃げる最中にセリーナとジムはフランクとハンナの親子のアパートを見つける。
フランクはゾンビから追われていた彼らを助け、家にも宿泊させるが、セリーナはそんなブランクを逃亡には邪魔になると切り捨てる。
フランクはイギリスのどこかに安全地帯があるという。にわかにはその話を信じられないセリーナだが、一行はクルマに乗ってその場所を目指す。

ゾンビより本当に怖いもの

このあたりまでは物語としてはオーソドックスなゾンビ映画と言えるだろう。だが『28日後…』はここから別の恐怖へと向かっていく。
ジム、セリーナ、フランク、ハンナはその場所へとたどり着くが、そこはバリケードで構築されただけの無人の地だった。そんな中、フランクがウイルスに感染してしまう。フランクがゾンビ化しようとするその刹那、フランクは何者かに射殺される。その正体は、イギリスの兵士たちだった。
フランクの言葉通り、本当に安全地帯は存在していたのだ。生存者として温かく迎えらるジムやハンナであったが、兵士たちには本当の目的があった。

それは女性たちを利用して人間を繁殖させること。
極限状態で人間という種を維持するためには、それも必要なことなのかもしれない。しかし、それ以上に彼らにとってはレイプそのものがが報酬となっている。
『28日後…』は私たちに「ゾンビより本当に怖いのは人間なのだ」と伝えているようだ。
この場面ではセリーナは兵士たちにレイプされる被害者として描かれるが、先に述べたようにここへたどり着くまでの道のりでも、彼女の冷酷さはしばしば描かれてきた。

『28日後…』の着想

『28日後…』の脚本を務めたアレックス・ガーランドは本作の着想を1951年に公開された『トリフィドの日』から得たと述べている、『トリフィドの日』は1962年に『人類SOS!トリフィドの日』として映画化もされている。流星群の夜、多くの人が空を見上げたが、流星群を見た人は翌朝盲目となった。時を同じくして、トリフィドと呼ばれる植物が盲目となった人々を襲い始める。
それに加えてガーランドはジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』からも影響を受けているという。ガーランドの提案した脚本をダニー・ボイルが気に入り、『28日後…』の製作が始動することとなった。

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

アレックス・ガーランドは自ら監督を務めた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の中でも、極限状態に陥った時の人間性を描いてきた、
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、独裁を強めた大統領の下で、アメリカが二つに分かれて内戦化した世界が舞台だ。連邦政府と、テキサス・カリフォルニアの西部同盟が対立して戦争状態になっている。そこでキルスティン・ダンスト演じる戦場カメラマンのリー・スミスをはじめとしたジャーナリストらが大統領のインタビューを敢行するためにニューヨークから1000キロ以上離れたワシントンDCまで内戦状態のアメリカを旅するロードムービーだ。途中で一行がガソリンスタンドに立ち寄る場面があるが、そこでは住民らが裏で略奪者を凄惨なリンチにかけており、2日間にわたって手を縛られ吊るし上げられていた。

続いて訪れたウエストバージニアでも銃撃戦が昼夜続いていた。戦争はイコール無法状態ではない。戦争とはあくまで外交手段の一つであり、戦争もまた国際法の支配下にある。むろん、内戦であってもそうだ。しかし、『シビル・ウォー』はそうではない。民間人だろうが、丸腰だろうがとにかく兵士は相手を殺していく。

秩序が崩壊し、弱肉強食の世界になった時、そして自身の正義を疑わなくなった時に人は残酷になれるのだろう。そういう意味では『28日後…』と『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は兄弟作のような関係と言えるかもしれない。
アレックス・ガーランドは『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は「トランプの再選を阻止するために作った」と述べていた。だが、トランプは再選してしまう。

2025年には『28日後…』シリーズの最新作となる『28年後…』が公開される。監督と脚本にはそれぞれダニー・ボイルとアレックス・ガーランドが復帰する。『28年後…』では今の社会はどのように描かれるのだろうか。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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