『アバター』は本当に名作なのか?

映画監督ジェームズ・キャメロン

ジェームズ・キャメロンはハリウッドでもトップのヒットメーカーであることに異論はないだろう。何しろ、歴代興行収入の上位5作品のうち、3つをキャメロンの監督した映画が占めているのだ。ただ、個人的にはジェームズ・キャメロンの作品は『タイタニック』以降、精彩を欠いているようにも感じている。

キャメロンの作風とは

宇野維正氏は著書『ハリウッド映画の終焉』の中でキャメロンの作風を、物語の舞台となる世界の構築には創意工夫を凝らす一方で、ストーリー自体は極めてシンプルだと評している。
確かにそうだ。映画『タイタニック』は当時の世界興行収入記録を塗り替えるヒットになったが、その物語自体は極めてありふれた悲劇のラブストーリーだった(よく見れば女性の自立を描いた作品でもあるが、表面的には、ということだ)。

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ブレイクのきっかけとなった『ターミネーター』は低予算で作られたB級映画であったが、設定の斬新ささに比べると、ストーリーはやはり敵に追われる男女というオーソドックスなものではある。ちなみにこのストーリーはジョン・コナーの出生の秘密や、最後の戦いの舞台となった工場がサイバーダインのものであったなどのヒネリも加えてあるが、ストーリーは完全にオリジナルではなく、ハーラン・エリスンの『38世紀から来た兵士』『ガラスの手を持つ男だ』を参考にしている(その件でエリスンに訴えられており、キャメロンはエリスンに80万ドルを支払うことになった)。

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その後に続編の『ターミネーター2』もキャメロンは手掛けるが、映画評論家の町山智浩氏によると『ターミネーター2』は『ターミネーター』の実質的なリメイクとのことで、そう言われるとシュワルツェネッガーのポジションチェンジという大きな設定変更はありつつも、基本的なストーリー展開は『ターミネーター』をなぞっている。さらに言えば、キャメロンが『ターミネーター』シリーズに28年ぶりに復帰したことで話題になった『ターミネーター:ニューフェイト』もやはり未来ではなく現代を舞台にして敵ターミネーターに追われる主人公たちという『ターミネーター』『ターミネーター2』と同じ事をやり続けている。

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キャメロンは『ターミネーター2』を公開したのちは1994年に『トゥルーライズ』、そして1997年に『タイタニック』を監督している。
『タイタニック』が当時のを塗り替えるほどのヒットとなったことは今更説明する必要もないだろう。だが、『タイタニック』以降はキャメロンは極端に寡作になる。
その後のフィルモグラフィにおいて、監督作は『アバター』とその続編である『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』のみだ。
今回はその『アバター』について見ていくことにしよう。

『アバター』

『アバター』は2009年に公開されたSF映画。監督はジェームズ・キャメロン、主演はサム・ワーシントンが務めている。本作は本格的な3D映画として、大きな話題となった。公開当時のキャッチコピーは「観るのではない。そこにいるのだ。」であり、3Dならではの没入感を全面にアピールしたものとなった。
本作のストーリーもそれまでのジェームズ・キャメロン作品同様にシンプルなものだ。

主人公のジェイクは下半身不随の元海兵隊員。「アバター」プロジェクト1週間前に強盗に撃たれて亡くなった兄の代わりに、惑星パンドラへ向かっていた。パンドラの地下には地球のエネルギー枯渇問題を解決できる希少鉱物アンオブタニウムがあり、地球からその採掘のためにRDA社が派遣されていた。ジェイクは兄の代わりにRDA社の一員としてパンドラに向かっていたのだ。
RDA社にも強硬派と穏健派がおり、ジェイクの参加する「アバター」プロジェクトは穏健派のグレイス博士が進めているプロジェクトで、地球人とパンドラの先住民族であるナヴィそれぞれのDNAを掛け合わせた人造生命体を作り、それに捜査員の神経と意識をシンクロさせるアバターを用いて、ナヴィとの接触を図り、友好関係を作ろうとしていたのだった。
一方、強硬派の大佐はナヴィの文化や暮らしを理解しようとせずに、力すくでアンオブタニウムの採掘を進めようとしていた。

下半身の欠損

ジェイクにはアバター計画に参加することによって、戦闘により下半身不随となった体を治療する目的があった。ジェームズ・キャメロンの作品には下半身を無くしたキャラクターが登場することがある。
例えば『ターミネーター』でT‐800はカイル・リースの仕掛けた爆弾によって下半身を失う。また、『エイリアン2』のクライマックスではビショップがクイーンエイリアンによって真っ二つにされる。下半身の喪失とはまた違うが、『トゥルーライズ』のサイモンは強い恐怖に襲われると所構わず失禁してしまう。
ビショップやT‐800についての下半身喪失描写は、改めて彼らが人間ではないことを示すものだ。ショックを観る者に与え、それでもなお活動することで、決定的に人間とは違うことを印象付けている。T‐800は上半身だけになりながらもサラ・コナーを殺そうと執拗に追ってくる。ビショップもまた、上半身だけでニュートを守ろうとする。
彼らとは違うが、サイモンの失禁もそうだろう。男らしく、プレイボーイを気取るサイモンだが、銃を突きつけられ、その中身が本当は臆病な小心者であることが明らかになる。
ここから見えてくる、キャメロンの下半身の喪失描写が示すものは人間性と男性性の否定だ。このことをジェイクに当てはめると、アバター計画はジェイクにとって最後の希望でもあったに違いない。

ナヴィの青

ジェイクはアバターとなり、久々に自らの足で走り回る喜びを実感する。だアバターでの動きにも慣れてきた頃、ジェイクはフィールドワークの最中に仲間とはぐれ、猛獣に襲われたところをネイディリというナヴィ族の少女に助けられる。
ナヴィのリーダーでもあるネイティリの父母から、ナヴィの生き方を学ぶように勧められたジェイクは、ネイティリを、通してナヴィの文化に触れていく。そしていつしか、ネイティリとジェイクは互いを愛するようになっていた。
ナヴィの体色は美しい青色をしているが、このキャラクターについて、キャメロンは次のように述べている。

「青は好きな色だし美しいし、このキャラクターにあっていると思ったんだ。それから、実はいまから20数年前に、母が3メートルくらいの大きな女性が出てくる夢を見たという話をしてくれたことがあって、僕がそれを絵に描いたことがあった。その時のことを覚えていて、今回のナヴィをデザインする時に使ったということもある。さらにもうひとつ、“アバター”はヒンズー語の“アバタール”という神の名前が語源で、その神様が時々人間のかたちをとる時、必ず青い色をしているんだ。それもあるね」

『アバター』の構造

宇野維正氏は著書『ハリウッド映画の終焉』の中で『アバター』の構造は『ラストサムライ』や『ダンス・ウィズ・ウルブズ』と同じだと述べている。いずれの作品も敵対する未開の地に一人の白人が入っていき、そこに住む人々と交流を深めていく話だ。『ラストサムライ』では、明治になって間もない日本がそれにあたり、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』では、スー族がそれにあたる。そこで異文化に触れた白人は、そこのリーダー格となって元々自分が属していた組織と戦うのだ。

実際『アバター』もそれらの映画と同じく、敵対する組織の中のひとりの白人が相手方の文化に触れ、寝返り、相手方の指導格となって、元々の組織と戦うという物語だ。
今作では原始的な暮らしをしているナヴィの住む惑星、パンドラにに地球人がやって来る。友好を謳いながらも、その本当の目的はパンドラの地下にある資源の獲得だった。

アメリカの侵略史

その様はイラク戦争を思わせる。
オリバー・ストーン監督の『ブッシュ』ではイラク戦争の開戦理由として、表向きにはフセインの独裁政治と大量破壊兵器の存在を挙げていたが、その裏側には中東の石油の利権を得ようとした狙いがあると描いている。

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ナヴィは劇中で地球人から青猿とも呼ばれていた。
確かに前述のように『アバター』をイラク戦争に対する自省的な映画とする解説も多い。RDI社の中も一枚岩ではなく、穏健派も強硬派も存在している。イラク戦争の開戦前に、アメリカの世論が二分されていたことを思い出させる。

それだけではない。ナヴィの高い戦闘能力を見ると、ナヴィがアメリカ先住民族のようにも思えてくる。
2015年に公開された『レヴェナント:蘇りし者』では、白人の歴史の犠牲者としてのネイティブ・アメリカンだけではなく、白人たちにとってどれだけネイティブ・アメリカンが恐ろしい存在であったのかが描かれている。いきなりの奇襲、自然を味方につけた戦い方。白人たちは次々に殺されていく。しかし、ネイティブ・アメリカンも白人たちに容赦なく奪われていく。家も財産も家族も生命もだ。

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実際にキャメロンもアメリカ先住民への思いを『アバター』に込めている。

「人類の歴史は侵略の歴史でもある。植民地時代には欧州の列強がアメリカ大陸やアフリカ大陸を侵略し、自分たちが欲しいものを現地人から勝手に奪い取っていった。
では、その侵略される側はどういう気持ちになるのかということを、この映画は描いている。被害を受ける側からね。多勢に無勢で襲われた時、どんな気持ちがするか。
映画の中で無数の軍用ヘリコプターが襲ってくる場面がある。私もたまにヘリを見ると、もしあれが襲ってきらどうしようと恐ろしく思うことがある。そういうことを見る人に自問させたいんだ。
いまの地球を見て、政治家たちがしていることを見て、目を開きなさいと言いたい。軍隊というのは建前としては正義のためにあって、私も別に軍隊を否定はしていない。守るための力は必要だ。でも、それが間違った使われ方をしてはいけないということを伝えたかったんだ」

なぜ『アバター』はヒットしたのか?

今作はある意味ではそれまでのアメリカの歴史を批判した自省的な作品だと言える。
テーマとしてはヒットしづらい内容でもある。同じくアメリカを否定的に描いた作品といえば、2003年に公開された、『ラスト サムライ』がある。同作は渡辺謙のアカデミー賞助演男優賞のノミネートをはじめとして、多くの日本人俳優の出演もあり、日本で130億円を超える大ヒットとなった。また、ハリウッド映画でありながら、それまでのありがちな誇張された日本文化の描写を極力避け、真正面から武士道と日本を描こうとした点も高く評価された。
もちろん本国アメリカにおいても、だが、興行収入は1.3億ドルと日本も同程度に留まり、大ヒットと言えるほどの成績は収められずに終わっている。
なぜか。トム・クルーズ演じる主人公のはアメリカ独立戦争の英雄でもあるが、一方ではをがトラウマとなっている。つまりはアメリカ建国の歴史を否定するキャラクターでもあったからだ(いうまでもなくネイティブ・アメリカンの虐殺なくして、今日のアメリカは成立しない)。

もう一つ、見ておきたいのは2007年に公開された『アイ・アム・レジェンド』だ。こちらの劇場公開版のエンディングは『ラスト サムライ』とは異なりアメリカ賛美のエンディングになっている。主人公のロバート・ネビルは人類がウイルスのせいでゾンビのような存在(ダークシーカーズ)になってしまった中、ニューヨークで唯一生き残った存在だ。彼はダークシーカーズを治療し人間に戻す研究を行っているが、その研究は失敗が続いていた。中盤で初めて他の生存者の親子に出会うが、母親であるアナの不用意な行動で、ネヴィルの自宅の場所がダークシーカーズに突き止められてしまう。エンディングではダークシーカーズの群れがネヴィルの家に襲いかかるさなか、ネヴィルは治療していたダークシーカーズが人間に戻りつつあることを知る。そのダークシーカーズから血清を取り出すと、アナにそれを手渡し、彼女たちを守り、そして人類に希望を繋ぐために自らを犠牲にしてダークシーカーズを道連れに英雄的に死んでいく。
ここで問題にしたいのは公開版の内容ではなく、未公開版の内容だ。

未公開版のエンディングは公開版と真逆だと言ってもい。
ネビルは治療していたダークシーカーズが人間に戻りつつあることを知るのは同じだが、ダークシーカーズの群れのリーダーのサインから、治療していたダークシーカーズは彼の恋人であったこと、そしてネヴィルは実験の果てに多くのダークシーカーズを死なせてもいるが、それはネヴィルにとって実験で死んだマウスのような存在だったが、ダークシーカーズにとって、ネヴィルに殺されたのはかけがえない仲間であったことが示されている。
つまり、ネヴィルはダークシーカーズをただの化け物としか見ていなかったが、彼らにも知性や愛情をもつ生物であったということだ。彼らにとっては、仲間を捕らえ、人体実験で殺し続けたネヴィルこそが化け物なのだ。
それに気づいたネヴィルは、人間に戻りかけていたダークシーカーズを、あえてダークシーカーズのままにし、リーダーの元へ返す。
するとリーダーはネヴィルへの襲撃を止め、仲間とともに去っていく。

この価値観の逆転を描いたエンディングは今でこそ高い評価を受けている高い評価を得ているが、試写の段階ではそうではなかった。そこで急遽撮影されたのが公開版のエンディングだ。
『ラストサムライ』も『アイ・アム・レジェンド』も、主人公の自己批判という点で共通している。それはすなわち、アメリカの自己批判ということでもある。
当時はイラク戦争の真っ只中。「テロの黒幕はイラクである」という意見はイラク戦争開戦当時のアメリカ世論では7割、それから4年たった2007年の時点でも3割となっていた。『アイ・アム・レジェンド』が公開されたのは2007年。当時の世論からすると当初のエンディングは受け入れられないものだったのだろう。

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しかし、『アバター』のヒットにはアメリカの戦争への厭世観が反映されているように思えてならない。

アメリカ同時多発テロ事件時、ブッシュは「アメリカにつくのか、それともテロリストにつくのか、いずれか決めよ」と国際社会に呼びかけた。その単純すぎる善悪二元論に、国民は辟易していたのではないか。
のヒットにはもちろん革新的な3D技術と映像美もあっただろう。しかし、いささか単純に過ぎるストーリーでも人気になったのは、「世界の警察」として行動してきたアメリカに対する人々の疲れが反映されてうるように思えてならない。

作品情報

『アバター』
公開年:2009年
上映時間:162分

スタッフ

監督
ジェームズ・キャメロン
脚本
ジェームズ・キャメロン
製作
ジェームズ・キャメロン
ジョン・ランドー
製作総指揮
コリン・ウィルソン
レータ・カログリディス

キャスト

サム・ワーシントン
ゾーイ・サルダナ
シガニー・ウィーバー
スティーヴン・ラング
ミシェル・ロドリゲス
ジョヴァンニ・リビシ
ジョエル・デヴィッド・ムーア
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映画から「時代」と「今」を考察する
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