『バッドボーイズ RIDE OR DIE』

ウィル・スミスによるクリス・ロック殴打事件

ウィル・スミスが妻であるジェイダ・ピンケット・スミスを侮辱されたとしてアカデミー賞の授賞式でコメディアンのクリス・ロックに平手打ちをお見舞いしたのは2022年だった。その授賞式ではウィル・スミス自身も初となる主演男優賞を授賞した記念すべき日であったがこの騒動により、ウィル・スミスは映画芸術科学アカデミーを辞職し、オスカーを含むすべてのアカデミー行事への出席を10年間禁止されるという処分になった。

この事件に対してアメリカでは「いかなる場合も暴力は許されない」という考え方のもと、ウィル・スミスの方を糾弾する動きが強かったが、日本では逆にウィル・スミスを擁護する声のほうが圧倒的だった。この違いについて、日本では「言葉の暴力」という言葉もあるように、言葉であっても肉体的な暴力と何ら変わらないという考えが一般的であることと、また日本における侮辱罪の概念がアメリカにはないことも考えられるだろう。

一時はハリウッドでのキャリアの危機にも瀕したウィル・スミスだが、2024年に公開された『バッドボーイズ RIDE OR DIE』で大作映画への復帰も果たしたことになる。
特に日本ではウィル・スミス人気が根強い(私自身も大好きな俳優だ。ハリウッドスターの中でもトップクラスにサービス精神旺盛な人柄の良さには多くの人が賛同するだろう)。今後のウィル・スミスの活躍を占う上でも『バッドボーイズ RIDE OR DIE』は重要だ。

そもそもウィル・スミスがエンターテインメントの業界に入ったとき、彼はミュージシャンだった。DJ・ジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスでフレッシュ・プリンスの名でラッパーとしてデビューしたのだ。1992年からは俳優としても活動するようになったが、当時はコメディ俳優のような役が多かった。そんなウィル・スミスの転機となったのが1995年に公開された『バッドボーイズ』だ。
コメディアンとして活動してきたマーティン・ローレンスと共に麻薬取締局の警察官(ウィル・スミスはマイク・ローリー、マーティン・ローレンスは)を演じ、今作以降、クールなアクション俳優としてそのイメージを一新させる。

『バッドボーイズ RIDE OR DIE』

そんな『バッドボーイズ』シリーズの最新作となるのが『バッドボーイズ RIDE OR DIE』だ。1作目の『バッドボーイズ』と2003年に公開された2作目の『バッドボーイズ2バッド』ではマイケル・ベイが監督を務めたが、2020年に公開された3作目の『バッドボーイズ フォー・ライフ』ではベルギー出身のアディル・エル・アルビとビラル・ファラーがメガホンを撮っている。
かつてのヒット作の続編を作ったり、リバイバルさせることは近年のハリウッドでは珍しくない。まぁそれだけ映画が芸術から失敗できないビジネスへと変わってきたということでもあるのだろう。特に数百億を投下するブロックバスターであればなおのことだ。しかし、ヒット作の続編だからといって興行収入が保証されるわけではない。『ターミネーター:ニュー・フェイト』『マトリックス レザレクションズ』など、数字で見れば失敗だと言わざるを得ない作品も多い。

続編の成功に必要なもの

例で挙げたこの2作については、オリジナル版を作成した監督がそれぞれ復帰している。何よりも作品を知り尽くしたオリジネイターが製作したはずなのになぜ?
個人的には製作者が見せたい部分とファンが観たい部分にズレがあるからなのだと思う。
実は長いブランクを挟んだ続編の成功に必要なのは監督自身が一観客としてそのシリーズのファンであることではないのか?
例えば2007年に公開された『ダイ・ハード4.0』で監督を務めたレン・ワイズマンは『ダイ・ハード』シリーズのファンで主人公のジョン・マクレーンのセリフは全て覚えているという。
また『バッドボーイズ フォー・ライフ』の監督を務めたアディル・エル・アルビとビラル・ファラーも『バッドボーイズ』シリーズの熱狂的なファンだったという。

私自身も『バッドボーイズ フォー・ライフ』は映画館で観たが、続編映画として確かに満足できた。シリーズの魅力であるコメディとアクションはさらに洗練され、かつそれまでになかったマイクの影の部分が描かれている。それまでのマイクと言えばリッチでプレイボーイというキラキラした一面のみがクローズアップされていたが、『バッドボーイズ フォー・ライフ』の頃にはマイクを演じるウィル・スミスも50代を超えている。ファンにもマイクの人生の影も違和感なく受け入れられやすい年齢ということだろう。マイクというキャラクターにより深い人間味を与えることに成功している。そして、マーカスは警官からの引退を考え始めるなど、全体に「老い」を意識させる設定であるのも良かった。確実に時は経っているのだ。

『バッドボーイズ フォー・ライフ』はシリーズの中でもシリアスな展開も目立った作品ではあったが、シリーズのお約束やキャラクターの押さえるべきポイントをしっかり押さえた上で、2020年のアクション映画にふさわしいアップグレードもなされていた。だからだろう、『バッドボーイズ フォー・ライフ』は第1作目である『バッドボーイズ』と2作目の『バッドボーイズ2バッド』の合計興行収入を超える興行収入を1作品のみで叩き出した。
今回の『バッドボーイズ RIDE OR DIE』の製作は『バッドボーイズ フォー・ライフ』の好調な滑り出しから、公開直後には既に決まっていたという。

ハワードの汚職疑惑

プレイボーイとして多くの女性と交際してきたマイクだが、ついに理学療法士のクリスティーンと結婚することに。
結婚式ではマーカスが、涙ぐみつつも今までのマイクの女性遍歴をスピーチしてしまうのだが、ここで『バッドボーイズ2バッド』のときの恋人だったマーカスの妹のシドにも言及される。シリーズのファンには嬉しいところだろう。
だが、結婚式の場でマーカスは心臓麻痺を起こし、倒れてしまう。その夢枕に立ったのは殉職した上司のハワードだった。
ハワードはマーカスにまだ死ぬときではないという言葉と、嵐が来るという警告を残す。
目覚めたマーカスは不死身になったかのような振る舞い、マイクを辟易させる。
そんな中、ハワードの口座に麻薬密売組織からの送金が行われていることが判明、麻薬取締局の一大スキャンダルとなってしまう。上司の無実を信じるマイクとマーカスは独自に捜査を進める。
前作『バッドボーイズ フォー・ライフ』でハワードを殺害したマイクの息子のアルマンドがハワードの殺害を依頼した人物の顔を知っているとのことから、アルマンドを安全な場所に移送し、犯人の面合わせをしようとするマイクとマーカス。だが、そこには敵の罠が既に張り巡らされていた。

「新しい要素」

ウィル・スミスは続編には「新しい要素」が必要だと本作に関するインタビューで述べていた。ウィル曰く、それはバッドボーイズが容疑者になることだという。
敵の罠にハマり、輸送中のヘリの操縦士を殺し、連続殺人犯であるアルマンドを脱走させたとして、マイクとマーカスも容疑者となり、さらに懸賞金までかけられてしまう。
これによって警察のみならず、街中のギャングたちまでが二人を狙うことになった。その中には『バッドボーイズ2バッド』で銃撃戦を繰り広げたギャングも姿を見せている。
は早くもヒットをしているが、その理由の一つはアディル・エル・アルビとビラル・ファラーが、キャラクター一人ひとりをとても大事にしているのが伝わる。これがファン目線での映画づくりというものだろう。
前作で亡くなった設定のハワードに対しても、生前の映像やマーカスの臨死体験の際のイメージという形で新録での出演となり、ハワードのファンに対してもしっかり満足感を得られるように細かく計算されている。

またマーカスの娘婿のレジーの成長も目覚ましい。『バッドボーイズ2バッド』でカメオ的なキャラクターとして初登場したレジー。彼はマーカスの娘のメーガンのボーイフレンドという役で当初は内気で大人しいキャラクターだった。演じるデニス・グリーンも当時は俳優ではなく素人だったようで、マイクとマーカスにからかわれる場面での困った表情は演技ではなく素の表情だという。
レジーは『バッドボーイズ フォー・ライフ』ではメーガンとの間に子供を儲けるが、『バッドボーイズ RIDE OR DIE』ではアメリカの海兵隊に所属する若き父親になっており、なんとマーカス邸に侵入した敵組織の部隊員15名を圧倒的な強さで倒している。これはファンには嬉しいサプライズだろう。

また、前作の敵キャラクターだったアルマンドも今作ではバッドボーイズに並んで活躍するキャラクターのひとり。
今作では家族に対する複雑な思いを見せながらも、マイクとマーカスに協力し、ハワードの孫のキャリーを敵組織から奪還し守り抜くという大活躍をする。だが、キャリーの母親でFBI捜査官のジュディにとってはアルマンドは殺したいほど憎んでいる男だ。
アルマンドのキャラクター自体もそうだが、因果応報という印象が『バッドボーイズ RIDE OR DIE』には根強い。

問い直される「男らしさ」

『バッドボーイズ フォー・ライフ』からマイクの人生における「影」が描かれるようになったと述べたが、それまでのマイクは「男らしさ」に満ち満ちたキャラクターでもあった。しかし、今作ではマイクの「弱さ」が描かれる。パニック発作の原因はマイク自身のハワードを死なせてしまったトラウマや、家庭を持ち、守るものができたことから生まれた恐怖だろう。
だが、マイクはその事実を頑として認めようとはしない。
だが、亡きハワードの「お前は間違ってない」という言葉によって、マイクは発作を乗り越える。
ウィル・スミスのクリス・ロックへの平手打ちとは逆にここではマーカスがマイクに平手打ちを食らわせ、正しい道へ引き戻そうとしている。
『バッドボーイズ RIDE OR DIE』はウィル・スミスにとって平手打ち騒動があってから初めて撮影された映画だそうだが、マイクのキャラクターの変化にそのままウィル・スミスの騒動後の歩みを重ねてしまうのは私だけだろうか。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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