『踊る大捜査線 THE MOVIE』は何が違ったのか?シリーズの原点に映し出されたもの

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


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フジテレビのイメージの凋落が止まらない。1990年代後半から2000年代に10代を過ごした私にとってはフジテレビはまず間違いなく一番面白い、攻めたテレビ局だったのになぁ。
『ワンナイR&R』や『HEY HEYHEY』『クイズミリオネア』、『IQサプリ』、『めちゃイケ』、『笑っていいとも!』・・・学校から帰った夜や土日の昼間によく観ていたのは本当にフジテレビの番組が多かった。
この時代はフジテレビの黄金時代だっただろう。

だからこそ、『室井慎次 敗れざる者』が公開されるというニュースを聞いた時には、過去の遺産で食いつなぐ気なのかと感じた。あの攻めの姿勢はどこへ行ったのだろうか?

『踊る大捜査線』の人気

しかし、『踊る大捜査線』は確かに面白かった。『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は公開から20年経った今でも邦画の実写興行収入記録の一位をキープし続けている。また、2001年に織田裕二主演の『ロケット・ボーイ』というドラマが放送されていたのだが、撮影中に織田裕二がヘルニアを発症して、4週間ドラマの放送がストップした事件があった。当時フジテレビはその穴埋めとして『踊る大捜査線』を再放送来たのだが、なんと『ロケット・ボーイ』よりも穴埋めだった『踊る大捜査線』のほうが高視聴率を取ってしまったのだ。
また、『室井慎次 敗れざる者』の公開が間近に迫った今(2024年10月一日にこのレビューを書いてます)、X(旧ツイッター)のトレンドにはしばしば『踊る大捜査線』が上がっている。
いずれもその人気の高さが伺い知れるエピソードだと思う。

だが、個人的には『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』以降の劇場版はとてもではないが評価できない。7年ぶりに公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』は酷かった。ではそれまでの歴代犯人が一挙に登場するのだが、「こうしておけばある程度売れるでしょ」という制作陣の薄っぺらい計算が見え隠れしていて全く面白くなかった。
超大ヒットした『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』にも個人的には否定的だ。それは真矢みき演じる沖田のキャラクターがいかにも一般的な女性の悪いイメージを集約したような薄いキャラクターだったからでもある。高圧的で、ワンマンかつ尊大、そのくせに自分に対処できない事態になると途端にヒステリックになる。「嫌な女」のわかりやすいテンプレートみたいな設定だ。

しかし『踊る大捜査線』そのものは好きだ。
テレビドラマはリアルタイムで観ていたわけではないが、夕方にやっていた再放送でその面白さにハマった。まだ小学生だったので、当時何がどう面白いかったかは今でもうまく言葉にはできない。
刑事ドラマとしての面白さはもちろん、織田裕二演じる青島俊作と、柳葉敏郎演じる室井管理官との男の友情にも胸を熱くさせるものがあった。
だが、大人になって振り返ると、刑事ドラマは数あれど、なぜ『踊る大捜査線』はあれほどの人気作になったのかが見えてくる。

刑事ドラマの顔を借りたサラリーマン劇

『踊る大捜査線』は刑事ドラマの顔を借りたサラリーマン劇だからだ。
ドラマ『踊る大捜査線』はそれまでの刑事ドラマでは当たり前だった過剰演出を取り払ったという意味で画期的なドラマだった。それまでの刑事ドラマというとダーティ・ハリーのように犯人逮捕のためには(現実の法手続きを無視して)なりふり構わず行動するアクションが主体の作品がメインだったが、『踊る大捜査線』は所轄と捜査一課、ノンキャリアとキャリアの対立を描き、警察組織も会社組織とそう変わらないという部分を中心に描いていた。
組織の中で働くストレスや、個人の理想を貫けない難しさややるせなさは、同じく組織の中で働くサラリーマン達の心を打っただろう。

『踊る大捜査線 THE MOVIE』

そして、ドラマ最終話の視聴率が20%を越えたら映画化してもいい」という条件をクリアし、映画化されたのが1998年に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE』だ(前置きがとても長くなってしまってスミマセン)。監督は本庄克行、主演は織田裕二が務めている。邦画実写歴代興行収入No.1の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』には及ばないまでも、こちらも同記録の3位という大ヒット作なのだ。
個人的には圧倒的にこちらの方が傑作だと思っている。

吉田副総監誘拐事件

青島は署長らとともにある男を見張っていた。その男は警視庁の吉田副総官。青島たちはゴルフコンペのお迎えのために吉田副総監が家から出てくるのを待っていたのだ。
その頃、湾岸署では水死体が見つかる。当初はただの自殺かと思われた事件だったが、司法解剖の結果、胃の中からぬいぐるみが見つかる。
同時に署内では窃盗事件が発生、さらに吉田副総監が誘拐されたとして、署内に捜査一課の捜査本部が置かれることになった。
水死体の事件は、被害者が使用していたパソコンの履歴から、架空の殺人事件を創作するサイトが見つかる。被害者はここに頻繁にアクセスしていたのだ。真下らは雪乃とともにこのサイトで管理人とチャットすることで手がかりを見つけようとする。
そして雪乃はチャットを重ね、カフェで管理人と会うことになる。

当時の世相を反映した事件

『踊る大捜査線THE MOVIE』で特筆すべきは、事件の内容が当時の世相を反映したものであるという点だ。
例えば、犯罪のきっかけがインターネットからであるという点。
映画が公開された1998年当時は爆発的にウインドウズ95の後継OSであるウインドウズ98が発売された年だ。
この当時でさえ、日本のインターネット普及率はわずか11%だった。しかし、加速度的に普及率を増していくインターネットを取り上げたのはやはり時代を象徴していると言える。
ちなみに劇中のこのサイトの参加者のハンドルネームは、マンソンやバンディなど、実際のシリアルキラーが元になっている。マンソンはカルト教団の指導者、チャールズ・マンソンから、またバンディはシリアルキラーという言葉が生み出される原因となった連続殺人犯のテッド・バンディから名付けられている。

ストーリーに戻ろう。
雪乃が管理人の女と会うタイミングが吉田副総監誘拐の身代金の受け渡しと同じタイミングだったため、混乱に乗じて女は雪乃の手を切りつけて逃走。
結局、誘拐事件の犯人を見つけることも、会社員殺人の重要人物を確保することもできずに青島らは署に戻る。

日向真奈美

だがその後、湾岸署に銃とメスとぬいぐるみを持った女が現れる。彼女の名前は日向真奈美。目的は自らを死刑にしてもらうことであった。署内が騒然となる中、一人の男が日向を確保する。しかし、その男こそが署内で盗みを働いた窃盗犯だったのだ。
吉田副総監の事件捜査は難航する。上の人間たちは捜査のミスがあれば、すべてを指揮を執っている室井に押し付けようとしていた。
青島は凶悪事件のマニアである日向に、すみれとともに意見を聞きに行く。

ここは完全に『羊たちの沈黙』である。拘束具をつけられ、口にマスクを付けられた日向はどこからどうみてもハンニバル・レクター博士の影響下にある。
この当時はサイコホラー系の映画が人気だった。他に代表的なものだと1995年に公開された『セブン』。どちらも猟奇的な連続殺人犯を追うドラマだ。
特に『羊たちの沈黙』はその年のアカデミー賞主要5部門を独占した。この作品以降、同様の快挙を成し遂げた作品は表れていない。
さてこの『踊る大捜査線』での尋問劇だが、日向がレクターとすれば尋問する青島はクラリスかというとそうではない。
凶悪犯への尋問という行為に呆れ気味のすみれこそがクラリスだ。

「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」

日向は犯人たちの電話の声を聞かせろという。
音声を聞いた日向は青島に言う。「お前は先入観を持たずにこれを聞けないのか」
すみれが気づく。「わかったかも」「犯人はガキね」
そう、吉田副総監を誘拐したのは少年たちだった。彼らもまた日向のサイトのユーザーであり、架空の誘拐計画を実行に移したのだ。

現場へ急行する青島は、室井に犯人確保の許可を得る。だが、上層部は青島の単独行動に反対する。一方で犯人はすぐ目の前のマンションにいる。
業を煮やした青島が叫ぶ。「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」
室井は独断で青島を確保へ向かわせる。少年たちの部屋に押し入る青島、だが少年たちを確保しようとした瞬間、青島は母親に刺される。

少年犯罪の時代

この少年たちによる犯罪と、彼らを過保護に甘やかす親も当時の世間を賑わせていた。とりわけ少年犯罪については1995年に14歳の少年が逮捕された事件は日本に衝撃を与えた。その後も立て続けに起きた少年犯罪はいつしか「キレる17歳」とマスコミに呼ばれるようになった。2000年くらいの頃だったと思う。
現場に駆けつけた室井によって青島は救出される。そして室井の運転で病院に向かうのだが、付き添いのすみれの膝の上で青島は血まみれになりながら目を閉じる。
室井とすみれは無念の思いで青島の名前を叫ぶ。だが、もう青島は目を覚まさない。

ほんじなっす!

しばらくあと、車内にいびきが響く。
「死んだんじゃないのか」「そう言えば青島くん、三日寝てないって」
ここで室井は呆れたように「ほんじなっす!」と言う。実はこれ秋田の方言で「大馬鹿者」という意味。柳葉敏郎が秋田出身のことから、室井も故郷は秋田という設定がされている(ちなみに大分県出身の深津絵里だが、恩田すみれは両親が大分出身で、すみれ自身は東京出身という設定だ)。
最後は青島が職場復帰を目指す場面で本作は幕を閉じる。

優れた映画は現実社会を反映させている

エンディングテーマは 織田裕二の『Love Somebody』だが、今回改めて作品を観るとテーマソングがやや本編内容に対して軽すぎるようにも感じられた。
だが、個人的にはそれくらいでいいのだと思う。優れた映画は何処かに現実社会を反映させているものだ。加えて、人間ドラマの部分の組み立てや、日向真奈美を代表として、それぞれのキャラクターも際立っている。今思うと『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』はキャラクターの質ではなく、量で勝負したから間違えたのだと思う。
『室井慎次 敗れざる者』には日向真奈美の娘が登場する。『踊る大捜査線 THE MOVIE』はもう30年近く前の作品になりつつあるが、今後も名作として存在し続けるのだろう。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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