これを書いているのは、『ジュラシック・ワールド 復活の大地』の公開を約2ヶ月後に控えた2025年5月だ。
ディストートゥス・レックス
数日前に第二弾となる予告編が公開され、かねてより発表されていた新恐竜ディストートゥス・レックスの風貌が明らかになった。
監督を務めるギャレス・エドワーズは新恐竜のデザインについて、『エイリアン』のゼノモーフと『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』に登場したランコアをモチーフにしていると公言していたが、まさにその通りの不気味としかいいようのない恐竜の姿はたった数分の予告編の中でも抜群のインパクトを放っていた。
しかし一方でここでいくと、いよいよ恐竜である必要性はないんじゃないかとも思ってしまう。いっそのことモンスター・バースでゴジラの敵怪獣として登場させてほしいものだ(ギャレス・エドワーズは『GODZILLA ゴジラ』の監督も務めている)。
自然を人間が支配することはできない
実を言うと個人的には『ジュラシック・ワールド』シリーズに登場した、インドミナス・レックスやインドミナス・ラプトル(インドラプトル)などの人造恐竜には否定的だった。極論、それをやってしまうと「何でもあり」になってしまうのはもちろんだが、シリーズの原点である『ジュラシック・パーク』のテーマの一つ、「自然を人間が支配することはできない」というテーマが薄らぐように感じたからだ。
『ジュラシック・ワールド』と、その前作となる『ジュラシック・パークⅢ』には14年ものブランクがある。当然、シリーズのファンも高齢化しているわけで、新規のファンの獲得が『ジュラシック・ワールド』の成功には不可欠だった。
そのために今までにないインパクトを持つ恐竜を登場させたかったのだろうと想像するのだが、インドミナス・レックスにはそんなビジネス的な理由以外にも、作品におけるある「役割」を担っているのではと個人的には考えている。それは何か、今回は『ジュラシック・ワールド』がそれまでの旧三部作と何が違うのかも含めて考察してみたい。
『ジュラシック・ワールド』
『ジュラシック・ワールド』は2015年に公開されたコリン・トレボロウ監督、クリス・プラット主演のSF映画。『ジュラシック・パーク』シリーズとしては4作目になる。
旧三部作では、実際にジュラシック・パークがオープン、運営されることはなかったが、『ジュラシック・ワールド』ではすでに毎日二万人を超える入場者数を記録する、大人気のテーマパークとなっている。運営はインジェン社を買収したマスラニ社。場所はジュラシック・パークが建設されたのと同じイスラ・ヌブラル島だ。
入場者は恐竜と触れ合ったり、T・レックスを間近で観察できたり、モササウルスの捕食シーンをショー形式で楽しむことができる。
ザックとグレイの兄弟もそんなジュラシック・ワールドにやってきたひとりだった。弟のグレイは根っからの恐竜好きで、自宅の部屋にもフィギュアが所狭しと置かれている。逆に兄のザックは大人びており、恐竜を見ることよりも旅行のために恋人と離れてしまう方が気がかりになっている。
彼らは『ジュラシック・パーク』に登場したレックスとティムの姉弟のオマージュだろう。弟は恐竜マニアなのに対して、兄はそうではない、むしろ修理などのエンジニアの能力が高いという設定はレックスとティムそのままだ。もう一つ、レックスとティムはパークを運営するハモンド社の社長、ジョン・ハモンドの孫という「高い地位にいる人の身内」という設定だったが、ザックとグレイも同じで、彼らの叔母はパークの最高責任者であるクレアだ。二人は施設内をクレアとともに過ごす予定だったが、クレアは新種の恐竜の公開を控えており、その準備のために多忙で、甥まで手が回せず、彼らの世話を助手のジアに頼んでいた。
その新種の恐竜こそが、インドミナス・レックス。T・レックスをベースにあらゆる動物や恐竜のDNAを組み込まれて誕生したキメラ恐竜だ。インドミナスとは暴虐を意味する。
人間と恐竜のハイブリッド
もともと『ジュラシック・パークⅢ』の続編となる『ジュラシック・パーク4』の企画は『Ⅲ』の公開翌年の2002年には存在していた。
そこでは、人間と恐竜のハイブリッドとなる存在が登場する予定だったらしい(コンセプト・アートもネット上で見ることができるが、『エイリアン:ロムルス』に登場したオフスプリングに比肩する気持ち悪さだ)。
インドミナス・レックスのそもそもの発想の原点はここにあると言っていいだろう。インドミナスは恐竜というレベルを超えて高い知能と、最大の肉食獣であるT・レックスをも凌ぐ大きさを誇る存在だ。
ちなみに補足だが、T・レックスを上回る大きさということで、『ジュラシック・パークⅢ』に登場したスピノサウルスもそうではないかと思われた人がいるかもしれないが、スピノサウルスがT・レックスと双璧をなすようなハンターであるという説は近年否定されており、水棲で主に魚を食べる恐竜だったというのが現在の主流の説でもある(『『ジュラシック・ワールド 復活の大地』では現在の説に則って、『Ⅲ』とは設定が変更されている)。
クレアはそんなインドミナスへの安全対策として設けられている防壁対策のチェックをオーウェンに依頼する。
オーウェンはパークで一番の恐竜調教師であり、あのヴェロキラプトルを唯一手懐けることのできる人物だ。恐竜の生態に詳しいという意味では『ジュラシック・パーク』におけるマルドゥーンのようなキャラクターでもある。
インドミナス・レックス
オーウェンがインドミナス・レックスの飼育施設を視察するが、インドミナスは姿を現さず、施設内に生体反応もない。オーウェンらは施設に入り、調査を開始す。すると、壁にはおびただしい数の爪痕があった。まさか12メートルもの壁を登って外へ逃げたのか?
しかし、すべてはインドミナスの罠だった。GPSでインドミナスの場所を確認すると、まだ施設の中にいることが分かった。インドミナスには赤外線を遮断し生体反応を偽装する能力があり、あえて外に逃げたと思わせて扉を開けさせ、外の世界への脱出を目論んでいたのだ。
かくして職員を殺し、脱出に成功したインドミナスは島の恐竜たちを自らの楽しみのために殺していく。当初はインドミナスはその商業的価値のために生け捕りを指示されていたが、そのあまりの暴虐ぶりに、インドミナスは銃撃されることとなり、クレアは行方不明になったを探し、オーウェンとともに救出に向かう。
以上が『ジュラシック・ワールド』の簡単なあらましだが、旧三部作と決定的に違うのは、「恐竜の存在自体は否定されていない」ということだ。
存在を否定できる恐竜
『ジュラシック・パーク』では、恐竜の復元に驚愕し、思わず感激の表情を見せてしまうアラン・グラント博士とは対照的に複雑な表情をみせ、一貫して恐竜と人類との共存には懐疑的な姿勢を崩さない(このあたりは『ジュラシック・パーク』の記事で詳しく解説している)。
『ジュラシック・ワールド』の次作『ジュラシック・ワールド 炎の王国』では、イスラ・ヌブラル島で火山活動が悪化、取り残された恐竜たちを保護するか否かで世論が分かれている。
しかし、マルコムは強硬に「恐竜たちを保護する必要はない」と訴える。恐竜たちは本来であれば6500万年前に絶滅しているはずの生物だからだ。
だが、このマルコムの視点が『ジュラシック・ワールド』には希薄だ。無理もない。すでにパークはオープンし、世界中の人々が恐竜の存在を受け入れているのだから。旧三部作でも恐竜の存在は知れ渡っていたが、あくまで恐竜の住む環境と人間社会は隔絶されていた。
ジョン・ハモンドは『ロストワールド/ジュラシック・パーク』の中でこう述べている。
「恐竜たちをそっとしておいて欲しい。そこに人間の存在は不要だ。私たちは一歩下がって自然を信じていれば、生命は続いていく」
この考えが旧三部作を貫く思想と言えるが、『ジュラシック・ワールド』では恐竜はすでに人間にとって安全な動物なのだ。
そんな時代を暮らす今の子供は恐竜を動物園の象程度にしか思っていないとクレアも発言している。
そんな環境の中で恐竜を作ったことそのものを否定するのは難しいだろう。だからこそインドミナス・レックスという「存在を否定できる恐竜」が登場したのではないかというのが私の考えだ。
現実的な脅威
『ジュラシック・ワールド』におけるインドミナスは存在してはいけない生物だ。
ザックとグレイはインドミナスの襲撃を受け、間一髪で振り切ることに成功するが、専門部隊によるインドミナスの殺処分はいずれも失敗。それどころかマスラニ社のCEO自身が先頭に立ちインドミナスの翼竜園のドームが破壊され、中の翼竜たちがパーク内に飛来、客を次々に襲い始めてしまう。
一方、パークではCEOを失ったマスラニ社の代わりにインジェン社が再びパークの実権を握ろうとしていた。かねてからラプトルの軍事利用もを目論んでいたはホスキンスラプトルを使ってインドミナスの狩りへ向かう。
オーウェンもその作戦に渋々従うが、インドミナスと邂逅したラプトルは、インドミナスに唆され、逆に人間を襲い始めてしまう。
『ジュラシック・ワールド』シリーズはいずれも遺伝子操作で新種の生物を作り出すという部分は共通している。マイケル・クライトンが原作を書いた1988年当時とは異なり、今は琥珀の中から恐竜のDNAを取り出すのは不可能というのが明らかになっている。
つまり、現実的な脅威としては、遺伝子操作された生物の脅威の方が実際の恐竜復元によって引き起こされる脅威よりもはるかに高い。2022年に公開された『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』ではバイオシン社によって遺伝子操作された巨大イナゴが登場する。
現実世界においても農作物において遺伝子組み換えは珍しくないが、この巨大イナゴはバイオシン社以外の作物を食い荒らすように設計されている。
もちろんそんなことが起きれば、世界の食料供給バランスは崩れてしまい、人々は飢えに苦しむことになるだろう。
そう、遺伝子操作という意味でもインドミナス・レックスはその危険性を象徴したかのような存在だと言える。
人間の欲望
『ジュラシック・ワールド』のクライマックスはT・レックスがラプトルと共闘し、インドミナス・レックスに立ち向かう。『ジュラシック・パーク』のクライマックスで死闘を繰り広げたラプトルとT・レックスが協力しあうという点も象徴的だが、いわば、自然と人工物の戦いにも思えてしまう。『ジュラシック・パーク』では、野生での繁殖ができないように、恐竜たちの性別はすべて雌に設定されていた。だが、カエルの遺伝子の影響で恐竜のいくつかは性転換し、野生での繁殖能力を得た。
人間の科学技術を自然は凌駕していく。「生命は道を見つける」のだ。
科学技術の粋であるインドミナスもまた、自然に凌駕されるのか。ラプトルとT・レックスによって、満身創痍になるも、なおも咆哮を上げて闘志をむき出しにするインドミナス。
しかし、海中から突如姿を現したモササウルスに襲われ、そのまま海中へ引きずり込まれる。
次作ではインドミナスの遺骨からDNAが採取され、軍事用の恐竜、インドミナス・ルプトルが作られる。
インドミナス・レックスは自然に勝てなかった。だが、それ以上に人間の欲望は終わりなく肥大していくのだ。