
※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています
初めて『ルパン三世 カリオストロの城』(以下『カリオストロの城』)を観たのはいつだったか、もはや覚えていない。おそらく小学生の頃、『金曜ロードショー』で放映されていたのをたまたま観たのが、『カリオストロの城』に最初に触れた瞬間だったと思う。
『カリオストロの城』が邦画史上に残る名作なのは今さら言うまでもないが、今作を『ルパン三世』映画として見るか、宮崎駿作品として見るかで印象は異なってくる。
すでに公開から50年近く経ち、もはや古典の域にすら達しつつあるが、今回は『カリオストロの城』を解説していこう。
『ルパン三世 カリオストロの城』
『ルパン三世 カリオストロの城』は1979年に公開された宮崎駿監督のアニメ映画。声の出演は山田康雄らが務めている。
『ルパン三世』の劇場版作品としては2作目、宮崎駿の映画監督作品としては処女作となる作品だ。
最初に『カリオストロの城』を観た時は、『ルパン三世』の劇場版作品の一つとして観た。それからも何回か観返してはいるのだが、今回解説を書くために、ゲオに足を運んでDVDを借りてきた(サブスクも加入はしていますが、返却期限のあるDVDの方がしっかり観る気になれるので・・・)。
さて、ゲオで『カリオストロの城』を探しても見当たらず。小さな店舗なので『ルパン三世』シリーズ自体がそもそも取り扱いがないのか?と思って見たら、なんとスタジオジブリのコーナーにあるではないか。
世間も『カリオストロの城』だけは『ルパン三世』シリーズの一作ではなく、宮崎駿作品として認識しているということだろうか?
宮崎駿作品としての解説は後に回して、最初は『ルパン三世』シリーズから見た『カリオストロの城』の解説に入ろう。
『ルパン三世』シリーズの一つとして見た『カリオストロの城』
『カリオストロの城』は1978年の『ルパン三世 ルパンVS複製人間』に続くルパン三世の劇場版第2作目として制作された。
今作はルパンと次元、五ェ門が国営カジノから大金を盗み出す場面から始まる(五ェ門の姿こそ見えないものの、国営カジノの追っ手の車が真っ二つにされていたりと斬鉄剣で斬られたと思しき描写が存在する)。
しかし、大量に盗んた金が、すべて精巧に作られた偽札だということが判明する。その偽札は通称ゴート札と呼ばれ、古来より、ナポレオンの資金や、世界恐慌のきっかけになるなど歴史を動かしてきたいわく付きのシロモノだった。
その流通元は「カリオストロ公国」いう小国であった。ルパンは次元とともにカリオストロ公国へ向かい、ゴート札の謎を突き止めようとする。
ちなみに国営カジノですら見破れず、広く紙幣として流通しているのであれば、もはやゴート札であっても「本物の紙幣」として使ってしまってもよかったのではと思うが、偽札を決してルパンに使わせないのが、宮崎駿がルパンに求めたヒーロー像であり、モラルなのだろう。
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ルパンの年齢
本作がそれまでの『ルパン三世』と決定的に異なることの一つに「年齢設定」がある。たびたびルパンがクラリスに対して自身を「おじさん」と何度も自称することと、からも分かるように、おそらく30代中盤あたりの年齢だろう。
今の令和の基準からすると、そうおじさんでもない年齢かもしれないが、おそらく1979年当時は結婚してそれなりの子供もいるというのが一般的な30代男性の姿だったのではないか。大人として求められる分別や態度は今よりも成熟していたはずだ。
「お宝」が存在し得ない時代
監督を務めた宮崎駿は『カリオストロの城』のルパンに対してこう述べている。
「ルパンがイキイキした時代、共感と存在感を持って生きたのは、まぎれもなく一昔前なのだ。(中略)今や行き当たりバッタリの銀行強盗は花ざかり。ハイジャック、テロ、飢饉、戦争が地球のあっちこっちで火を吹き、石油は際限なく値上がりし、何よりも地球そのものに限界があることが明らかになってしまった。
ルパンの世界より、現実の世界のほうが、はるかに騒がしくなってしまったのだ。(中略)情報過多はとどまるところを知らず、書店の本棚に兵器の写真集がいくらでもころがり、いまさらワルサーでもないものだ。射ちたきゃ、アメリカに行けば、なにがしかの金でいくらでも射てる。膨張するGNPにのっかって倦怠を楽しみ、罪もなくミニカーレースに夢中になれたルパンの時代はすぎ去ったのだ。
ルパンになにを盗ませていいのか分からない。ワッ、いいものがあるぞ、という風には物を盗めない。豊かになりすぎてそういう必然性がないんです。自分なりにルパン像をつからなければならない羽目になったときに、60年代末から70年代頭に一番生き生きしていた男が、今、生き恥をさらして生きているというふうに構えるしか手がなかったんです」
ちなみに『カリオストロの城』の舞台設定は、劇中の新聞の日付から1968年とわかる((フランスの新聞であるル・モンドの記事の切り抜きで、その日付は「12 septembre 1968」))。つまり公開当時の1979年にはすでに日本が豊かになっていて、ルパンが焦がれるような「お宝」という価値のあるものは存在し得なくなっていたのだ。
押井版ルパン三世
ちなみに本作の次に劇場版『ルパン三世』の監督をオファーされた押井守も宮崎駿と同じく、ルパンがお宝を盗むという行為が現代では成立しなくなったと考えていた。「これ以上見るに耐えないっていうか、死人を踊らせるに等しいのは見るに耐えない」として「ルパンは最初から存在しなかった」という案を元にいわゆる『押井守版ルパン三世』を制作したが、あまりに難解であるということで、完成を見ることなく頓挫している。
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宮崎駿作品の一つとして見た『カリオストロの城』
『カリオストロの城』に話を戻そう。ここからは宮崎駿作品の一つとして『カリオストロの城』を見ていく。
『カリオストロの城』と『天空の城ラピュタ』
個人的な考察としては、まず本作と『天空の城ラピュタ』の関連である。
『天空の城ラピュタ』自体は宮崎駿が幼い頃に空想した物語が元になっているとは言われるが、実際は『カリオストロの城』が『ラピュタ』のプロトタイプではないかと思っている。
なにしろ、この2作は設定がよく似ている。ヒロインはどちらも王女であり、敵は体制側であり、それなりに地位の高い人物で、王女との結婚を望んでいる(それも個人的な欲望のためにだ)。また物語が進むにつれて、主人公が敵対していた人物と手を組むという流れも同様だ。『カリオストロの城』ではルパンは銭形と一時休戦し、『ラピュタ』ではパズーはドーラ一家と手を組む。
ちなみに今作の悪役であるカリオストロ伯爵だが、髪の色や服装は『ラピュタ』の悪役ムスカに酷似している。また、カリオストロ公国のレストランの店員曰く「伯爵って有名な女たらし」とのことだが、個人的にはその風貌のモデルは同じく「イイ男」の代名詞であったチャールズ・ブロンソンだと思うのだがどうだろうか。
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宮崎駿という映画監督はヒットメーカーであると同時に実は非常に作家性の強い人物でもある。
その一つが「飛行機への憧れ」であり、作品のほとんどには空飛ぶ乗り物が出てくる。
『風の谷のナウシカ』のメーヴェ
『天空の城ラピュタ』のゴリアテ、タイガーモス、フラップター
『となりのトトロ』のコマ
『魔女の宅急便』の飛行船
『紅の豚』のサボイアS.21
などが挙げられる。
『カリオストロの城』にも現在のヘリコプターの前身とも言えるオートジャイロが登場している。操縦の描写など、クルマの運転などのシーンに比べるとやはり細かく描かれており、宮崎駿のこだわりを感じさせる。
ちなみに、作品の舞台となった1968年にはすでにヘリコプターは実用されていたにもかかわらずオートジャイロを登場させたり、逆にまだ発売されていないカップラーメンを銭形が食べていたり、使い捨てライターが登場するなど、他の宮崎駿作品同様、とりわけファンタジー要素のある作品での時代考証は割といい加減だ。
「宮崎駿」自身の投影
もう一つの宮崎駿の作家性としては、どんな作品にも「宮崎駿」自身が登場してしまうことである。
ちなみにヒットメーカーとは言ったものの、それは単純に「宮崎駿」自体がブランドとして力を持ってしまったためであり、作品の出来不出来がヒットの第一条件でなくなってしまっていることには注意が必要だ。
先ほど述べた「宮崎駿」が投影されているキャラクターとしては、『紅の豚』のポルコ・ロッソ、『となりのトトロ』のサツキとメイの父親、『天空の城ラピュタ』のロボット(飛行機好きという意味ではパズーも)などが挙げられる。
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映画監督の押井守は、『天空の城ラピュタ』のロボットについて、「あれは宮さん自身だから。宮さんによる自分の定義はエスコートヒーロー、大切な女の子を守るモンスターです」と著書『誰も語らなかったジブリを語ろう』の中で語っている。
大切な女の子を守るエスコートヒーロー、まさに本作のルパンではないか。
実は『カリオストロの城』のルパンの年齢設定がそれまでの『ルパン三世』よりも高めなのは、『カリオストロの城』のルパンが宮崎駿自身の自己投影だからではないかと思ってしまう。『カリオストロの城』製作当時、宮崎駿は37〜8歳。ちなみにクラリスは16歳という設定なので、二人のロマンスはなかなか危ない設定でもあったわけだ。
宮崎駿は人間と自然との対立をどう動いてきたのか、それをジブリ作品の変遷から考察した記事を書いた(「宮崎駿は自然をどう描いてきたのか?『ラピュタ』から『千と千尋の神隠し』まで」)。 今回の考察はその姉妹編と言っていい。今回考察するの[…]
『カリオストロの城』の名場面と言えば、エンディングでルパンを見送ったクラリスに銭形がかけた「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました……あなたの心です」というセリフだが、実はその前のシーン、「私も連れてって。泥棒はまだできないけどきっと覚えます」そう言ったクラリスをルパンが抱きしめようとしても、どうしてもそれができない葛藤・・・それこそが宮崎駿の本音ではないかと思う。
作品情報
『ルパン三世 カリオストロの城』公開年:1979年
上映時間:100分
スタッフ
監督宮崎駿
脚本
宮崎駿
山崎晴哉
原作
モンキー・パンチ
製作
藤岡豊
キャスト
山田康雄増山江威子
小林清志
井上真樹夫
納谷悟朗
島本須美
石田太郎