『Michael/マイケル』なぜパリス・ジャクソンは本作を批判したのか?

マイケル・ジャクソンが亡くなったとき、私は21歳だった。誕生日の2日前だった。

個人的にはマイケル・ジャクソンはスーパースターのイメージよりも、スキャンダラスなセレブリティというイメージの方が強い。2003年ごろには子供たちへの性的加害疑惑や、2007年にはネバーランドの売却など、マイケルを取り巻く話題はネガティブなものばかりだった。

だが、2008年には最後のツアー『THIS IS IT』の開催を発表。ミュージシャン、パフォーマーとしてのキャリアの復活と共に、 THIS IS IT =これで終わり」とのタイトルの通り、そのキャリアのひとつの区切りも感じさせるものだった。『THIS IS IT』のチケットは発売から5時間で売り切れたという。

だがそのツアーが開催されることはなかった。

マイケル・ジャクソンが亡くなって17年が経つ。今の大学生にとっては「物心ついた時には亡くなっていた人」だろう。私にしてもマイケル・ジャクソンを知った時にはすでにその人気のピークは過ぎていた。

『Michael/マイケル』

今回紹介する『Michael/マイケル』は、そんなマイケル・ジャクソンのキャリア全盛までの前半生を描いた伝記映画だ。「キング・オブポップ」と称され、音楽、エンターテインメントの歴史に数々の金字塔を打ち立てた男の物語に迫ってみよう。

『Michael/マイケル』の中では、音楽に対して天賦の才能を持つマイケル・ジャクソンがアイドルからトップアーティストへと上り詰めると同時に、幼年期から続く孤独とトラウマに苛まれる姿が描かれている。

ジャファー・ジャクソン

マイケル・ジャクソンを演じたジャファー・ジャクソンは、ジャクソン5のメンバーでもあったマイケルの兄、ジャーメイン・ジャクソンの実の息子だ。演技に関してはは未経験だったが、撮影までの2年間、ダンスや演技を必死で磨いていた。しかし、もっとも意識したのはマイケル・ジャクソンの人間性だという。

「どこかの瞬間で映画を観る人にマイケルを感じてもらいたい。そのレベルに近づこうと努力したんだ。毎日リハーサルをおこたらず、何時間も音楽を聴いて、何も考えなくても役になりきれる境地に達すること。無意識に動いているのに、“あぁ、これはマイケルだ”と思ってもらえれば成功だからね。そのためにはマイケルの人間性と本質も確実に捉えたかった」

2018年に公開された『ボヘミアン・ラプソディ』以来、こうしたミュージシャンの伝記映画は絶え間なく作られ続けている。映画館ならではの音響やすでに知名度や人気のあるミュージシャンを取り上げることで、ある程度の成功も見込みやすいのだろう。

中でもマイケル・ジャクソンは世界でも最高のトップスターであり、その成功のレベルも他に比肩する人物はいないと言っていい。
貧乏黒人の家庭に生まれ、父親からの虐待にも等しい厳しいレッスンの日々を経て、スターの座をつかむも、一方で自分を一人の人間としてではなく「アイドル(虚像)」としてしか見ない周囲への孤独、そして成功後もなお続く父親からの干渉や束縛に苦悩する姿が映し出される。

成功者としての幸福よりも見世物として消費される人生の哀しさ。生前マイケル・ジャクソンは見世物小屋で人目に晒されていた奇形の男性、通称「エレファントマン」について「自分自身について考えさせられる。他人事だとは思えず、涙が出てくる」と語っている。

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父ジョセフ・ジャクソンとの確執

映画のわずか2時間の時間の中でマイケル・ジャクソンという人物を描き切るのは不可能だろう。

『Michael/マイケル』の当初の内容は、その後の1993年に起きた性的虐待などの疑惑にまで踏み込んだものだったらしいが、性的虐待疑惑に関して、法的和解の中で条項が発見されたため、疑惑への言及が削除されたという。

『Michael/マイケル』の中ではマイケルと父親の関係に大きく焦点が当てられ、父からの解放がひとつのテーマとなっている。そのためにやや歪曲された部分も見受けられる。

例えば映画の中では、マイケルは成人してから幼少期に父から「鼻デカ」と呼ばれていた過去のトラウマを乗り越えるように鼻の整形に踏み切るように描かれるが、実際は整形のきっかけはコンサートで鼻を怪我したことであり、またその後も鼻の整形は数回繰り返されている。

本作でマイケルの父代わりと言えるのはボディ・ガードのビル・ブレイだ。
ビル・ブレイに関してはマイケルのボディ・ガードを25年間も務め、マイケルとも親密であったにも関わらず、その記録映像は極端に少ない。ビル・ブレイは2005年に80歳で亡くなるが、マイケルは彼を悼み、こうコメントしている。

「父のジョセフは僕に時間を全く割いてくれなかった。彼は僕のことを金儲けの手段としか見ていなかった。君も知っての通り、母は完璧な母親だったけれど、一緒に過ごす時間はなかった。僕の子ども時代は母から引き離され、ステージの上で過ごした。
僕が言いたいのは、父親でいてくれてありがとうということ。あなたがいなかったら、僕はどうなっていたか分からない。愛しているよ」

そのコメントにもあるように、金儲けのためには家族の利用も厭わない父ジョセフに対して、慈善事業をライフワークとして、数十億円もの賠償金さえも全額寄付してほしいと言い切るマイケル・ジャクソン。このあたりの善悪のやや極端なコントラストは父ジョセフが2018年に亡くなっているからこそ描けた部分もあるのだろう。

ジャファー・ジャクソンは役作りを進めるなかで慈善活動がマイケル・ジャクソンの大きなモチベーションであることに気づいたという。

「ジャクソン5の時代からジャクソンズを経てソロのアーティストになるまで、すべてのアルバムを聴き、自伝や関連本を読み、ツアーのドキュメンタリー映像なんかを観まくった。
その過程でマイケルの芸術性を深く理解したけど、同時に人間性や、彼の慈善活動への思いに感銘を受けた。慈善活動がキャリアの原動力だとわかり、演じるうえで助けになったね」

実娘による『Michael/マイケル』への批判

さて、本作はマイケルの息子であるプリンスがエグゼクティブプロデューサーを務め、ジャクソン5などのマイケルの兄弟たちが深く関わっている。
マイケルの母親でジャアファーの祖母であるキャサリン・ジャクソンもこの映画を肯定的に認めている。

一方、ジャネット・ジャクソンやマイケルの実の娘であるパリス・ジャクソンは本作には否定的だ。
パリス・ジャクソンは本作について以下のようにコメントしている。

「この映画の大部分は、いまだに幻想の中に生きている父のファン層のごく一部に媚びを売っている。彼らはそれで満足するだろう。
物語は操作されていて、不正確な部分が多く、真っ赤な嘘もたくさんある。結局のところ、私には到底受け入れられない」

具体的にどこに噓があるのか、パリスは明言していないものの、一つはマイケルの弁護士でもあったジョン・ブランカについてだろう。

ジョン・ブランカ

ジョン・ブランカは劇中ではマイケルの内面に鋭く気づき、また弁護士として雇われてからは、マイケル・ジャクソンの最も親しい友人であるかのように描かれている。
だが、実際にはブランカはマイケルの資金を指摘流用した疑いで2003年に解雇されている。マイケルとの関係を再開したのは2009年、マイケルの死のわずか一週間前であった。つまり、パリス・ジャクソンが物心つく頃にはジョン・ブランカとマイケルの関係はリセットされ、二人には何の繋がりもなかったことになる。それが映画ではマイケルの親友のごとき扱われ方をしているわけだ。それは噓だとパリスが感じても無理はない。

その上、ブランカが唯一の遺産管理人でありながら映画資金にマイケルの遺産を流用し、自身はエグゼクティブ・プロデューサーを務めたこと、さらに自身の配役に高額なギャラのかかるハリウッドの一流俳優を起用したことをパリスは「自分を富ませ、名声を高めようとしている」と非難している。

ジャクソン5の兄弟仲

また、映画の中では兄弟仲は良好であるかのように描かれているが、少なくともジャファーの父でありマイケルの実兄でもあるジャーメインの間には、ある時期に確執は存在していた。ジャーメインは1991年にマイケルをディスした楽曲『Word to the Badd!!』をリリースしている(もちろん映画の中で描かれるのはそれよりもっと前の時代の話だが)。

マイケル・ジャクソンは「どんなことがあっても仲良し家族を演じる必要があった」と語っているが、そのコメントこそが兄弟間の関係がどれだけ複雑なのかを伺わせる。

これは完全に個人的な邪推だが、『Michael/マイケル』という映画を通して、ジャクソン5の存在を美化し、彼らがもうひと儲けすることも充分に可能なはずだ。パリスのほかにジャネットジャクソンも本作には批判的だが、マイケルの次に大きな成功を得たジャネット・ジャクソンはそこに加担する必要がなかったとも考えられる。

これは『THIS IS IT』の解説でも書いているが、マイケル・ジャクソンの死語、おかしい位に手のひら返しが始まった。
2003年の少年への性的虐待疑惑の際、誰もマイケル・ジャクソンを擁護せずに沈黙した。日本でもそうだ。今回の、『Michael/マイケル』の宣伝に参加し、口々に「ずっと憧れていた」「以前からファンだった」と語る。だったら、生前からもっと言葉にするべきではなかったのか。それだけファンだと言うのなら、なぜマイケル・ジャクソンを信じ、擁護しなかったのか?

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ちなみに先に述べたジャーメイン・ジャクソンは2003年にマイケル・ジャクソンが逮捕された際、弟の疑惑に対してこう述べている。

「マイケルは無実だ。俺達のことを知りもしない連中が弟について語っているのを見るのはウンザリだ。弟は変人じゃない。俺達は素晴らしい子供時代を共に過ごしてきた。警察は弟が手錠をかけられた姿が見たかったんだろ。これは現代における集団リンチだ。こんな状況が長続きするはずがない。もう本当にウンザリだ。俺達はマイケルを1,000%支持する」

マイケル・ジャクソンの真実

『Michael/マイケル』は、多くの人を高揚させ、熱狂させる作品だ。だが、そこに一人の人間としてのマイケル・ジャクソンはどれだけの正確性を持って描かれているのかはわからない。

果たして、『Michael/マイケル』に私たちが求めたのはスーパースターとしてのマイケル・ジャクソンだけだったのではないか。聖人の如きマイケル・ジャクソンだけだったのではないか。詰まるところ、私たちは見たいものしか観たくないのではないか?
確かに、『Michael/マイケル』はスーパースターとしてのマイケル・ジャクソンを余すところなく再現し、堪能させてくれる。

しかしパリス・ジャクソンやジャネット・ジャクソンの本作に対する態度を見ると、まだまだマイケル・ジャクソンの本当の真実の姿は私たちから遠いところにあるのではないかと思う。

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