『プラトーン』ベトナム戦争でオリバー・ストーンが体験したもの

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※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


ベトナム戦争をテーマにした映画は枚挙に暇がないが、その中でも『プラトーン』は特別な作品と言えるだろう。
監督のオリバー・ストーンは実際にベトナムの戦場を経験したからだ。

『プラトーン』

『プラトーン』は1986年に公開されたオリバー・ストーン監督の戦争映画。主演はチャーリー・シーンが務めている。
タイトルの『プラトーン』とは30名から60名の兵士からなる小隊を意味する。

チャーリー・シーンが演じるのはクリス・テイラーという新米兵士だ。テイラーは黒人や貧困層ばかりが金と職のために命懸けでベトナム戦争に志願する現実に憤り、大学を中退してベトナム行きを志願した。
テイラーはオリバー・ストーン自身を投影したキャラクターと言える。

オリバー・ストーン

オリバー・ストーンは1946年にニューヨークで生まれる。父はウォール街で働く株の仲買人であり、ストーンに自らの後を継がせるためにイェール大学に入学させるが、ストーンはそれに反発して大学を中退する。その後に訪れたのがベトナムだった。サイゴンで半年ほど英語教師として生活した後に大学に復学。だが、その大学も小説家になるために再び中退している。ストーンは自らの半生をモチーフにした小説『ア・チャイルズ・ナイト・ドリーム』を書き上げるが、どこの出版社からも相手にされなかった。
絶望したストーンは衝動的に軍隊へ志願し、ベトナムに兵士として赴く。死ぬためにだ。所属先の部隊は特殊部隊的な側面があり、死亡率が最も高かった部隊だ。
「本当はこの手で自分を殺したかった。その代わりに戦闘に出た。」そうストーンは語っている。

人間性とは何か、正義とは何か

オリバー・ストーンの過酷なベトナムでの経験が『プラトーン』には刻み込まれている。
本作はベトナム戦争を描いた作品ではあるものの、敵であるベトナム兵との戦いというよりも、隊の内部の対立や戦争の狂気、不条理などに視点が置かれている。
『プラトーン』で描かれるのは隊内に蔓延する麻薬や一般市民への虐殺、情報伝達のミスによる同士討ちなど、戦争の負の部分だ。誰もが戦争の狂気に飲み込まれていく。

かつてのオリバー・ストーンもまたその一人だった。
ストーンは二人の人物に分かりやすく善悪の役割を負わせた。テイラーのベトナムでの上官となるバーンズ軍曹とエリアス軍曹だ。
エリアスは戦場でもまだ人間らしさを残していたが、バーンズは戦争に取りつかれ、民間人ですら容赦なく撃ち殺す。
このエリアスとバーンズという名前は実際にベトナムでストーンの上官だった人物から取られている。実際のエリアスとバーンズに面識はなかったというが、ストーンは彼らにそれぞれ善と悪という役割を持たせ、反目させた。
エリアスとバーンズを通してテイラーは善悪の狭間で葛藤することになる。
エリアスというキャラクターは狂気の戦場でも人は人間の尊厳を保ち続けられるという希望であり、理想を具現化してもいる。比べてバーンズは戦争の現実を投影させたキャラクターだろう。
そこにはオリバー・ストーンの「人間性とは何か、正義とは何か」という問いがある。
『プラトーン』は以下の台詞で終わりを迎える。

「今から思うと、僕たちは自分自身と戦ったんだ。敵は自分の中にいた。僕の戦争は終わった。
だけど、思い出は一生残るだろう。エリアスとバーンズの反目は、いつまでも続くだろう。
時として僕は、彼らの間の子のような気さえする。
ともかく、生き残った僕らには、義務がある。戦場で見たことを伝え、残された一生、努力して、人生を意義あるものにすることだ」

これはテイラーの独白だが、オリバー・ストーン自身の言葉でもあるだろう。

リアルなベトナム戦争映画

『プラトーン』の脚本は1976年にはすでに書き上げられていたが、その描写から製作には至らなかった。
「戦争に対する視点が厳しすぎると思われたようだ。残酷すぎる、リアルすぎるとね。どこに持っていっても却下された。」
ストーンはこう語っている。ベトナムでの敗北がまだ生々しい現実だった当時に非アメリカ的な物語は受け入れられなかったのだろう。
だが78年に『ディア・ハンター』、翌年に『地獄の黙示録』、82年には『ランボー』が公開され、いずれも高い評価と人気を得た。どれもがベトナム戦争をテーマにし(『ランボー』は正確にはベトナム帰還兵の話だ)、主人公は非英雄的なキャラクターだった。ここに来てアメリカはベトナムの狂気と敗北を受け入れる心境に達したと言えるだろう。

かくして『プラトーン』の製作は決定した。『ディア・ハンター』も『地獄の黙示録』も原作はベトナム戦争とは関係のない物語だ。『ディア・ハンター』の原作はラスベガスを舞台にしたルイス・ガーフィンクルとクイン・K・レデカーが書いた『The Man Who Came to Play』という脚本だ(そのせいもあり、「ベトナム戦争当時にロシアン・ルーレットがあったのか?」という点はたびたひ議論を呼んでいる)。『地獄の黙示録』の原作はジョセフ・コンラッドの『闇の奥』という19世紀のアフリカを舞台にした小説だ。
ちなみにストーンは小説家を目指していた時にジョセフ・コンラッドが憧れの作家だったという。また、『地獄の黙示録』の主人公であるを演じたのは『プラトーン』でクリスト・テイラーを演じたチャーリ・シーンの父親であるマーティン・シーンだ。

『ディア・ハンター』、『地獄の黙示録』と比べると、そういう意味では『プラトーン』は紛れもなくリアルな作品だ。中盤、ベトナムの農村を訪れたテイラーが、怯える農民の足元に銃を乱射する場面がある。それはストーン自身がベトナムで行った行為だという。またテイラーが村人を強姦しようとしている兵士を止める場面もストーンの実体験をそのまま描いたものだ。

ストーンは俳優たちにもリアルさを求めた。軍人を演じるのではなく、俳優を軍人にしようとした。
『プラトーン』の撮影前に俳優たちは二週間の訓練を受けた。実際の軍隊と全く同じ生活を体験させられたのだ。38度を超えるジャングルの中で実際の兵隊と同じ格好・荷物を背負い、俳優たちは自らの掘った穴の中で眠った。食事も温かなケータリングではなく、冷たい配給食だった。ホットドッグにスープ(出演したジョニー・デップ曰く「豆のような何か」)などのものだ。
撮影を控え、訓練を終えた役者がボロボロで現れたとき、オリバー・ストーンは満足そうに笑ったという。そこにいたのは紛れもなくベトナム戦争の時の自分自身だったからだ。

ベトナムでの体験はストーンのそれまでの価値観を大きく変えた。オリバー・ストーンの父は第二次世界大戦での従軍経験もあり、愛国心の強い男だった。息子のオリバー・ストーンも父の影響から保守的な人物だったが、ベトナムでの日々はストーンに政府への疑念を植えつけた。

オリバー・ストーンのベトナム

ストーンは1989年にもベトナム戦争をテーマにした『7月4日に生まれて』という映画を発表している。主人公は実在の反戦運動家、ロン・コーヴィックだ。コーヴィックは幼い頃からパレードで凱旋する軍人の姿に憧れ、自らも愛国心からベトナム戦争へ志願する。
英雄さながらに戦場へ飛び込んだコーヴィックだが、そこは善も悪もなく、絶えずゲリラに悩まされる地獄だった。
コーヴィックは極度の緊張の中、赤ん坊を含む民間人を殺してしまう。さらにその事実に動転したコーヴィックは同僚の姿をベトナム兵と勘違いし、誤射して殺害してしまう。
コーヴィック自身も重傷を負い、半身不随となるが、アメリカへ帰って来たコーヴィックを待ち受けていたのはベトナム帰還兵への世間の冷たい眼差しと蔑みだった。

オリバー・ストーン自身もアメリカへ帰還兵として帰国した際には無視のような冷たい仕打ちを受けたという。
掲げていた勝利はつかめず、それどころかなんの報道規制もされていなかったベトナム戦争では、アメリカ軍による残虐行為が連日報道され、若者を中心に反戦運動も活発だった。
「戦争を経験したことのない奴等が俺たちを人殺し呼ばわりするのか?」
『7月4日に生まれて』のコーヴィックは実在の人物だが、コーヴィックのこの言葉はオリバー・ストーン自身の言葉でもあるのだろう。
「戦争に行ったことのない人間の語る『愛国心』にはうんざりするよ。」
ベトナムで監禁・拷問されたジョン・マケイン上院議員と、戦争経験はないが他国への軍事介入に熱心なリンジー・グラハムを比較して、ストーンは上記の言葉を述べた。

ストーンは一貫して政府に批判的な映画を作り続けている。
近年においてもジョージ・W・ブッシュ元大統領の在任中の2008年に『ブッシュ』、2016年には元CIA職員であり、アメリカによる盗聴の実態や機密情報を暴露したエドワード・スノーデンをテーマにした『スノーデン』を製作した。
また、ベトナム戦争もストーンの中で大きな位置を占め続けている。2007年にはブルース・ウィリス主演でベトナム戦争の虐殺事件であるソンミの虐殺の検証をテーマにした映画『ピンクビル』の製作が報じられた。
だが、『スノーデン』ではその内容ゆえに大手配給会社からの配給が得られなかったこともあり、オリバー・ストーンは『スノーデン』が最後の商業映画になるかもしれないと述べている。
『ピンクビル』の製作の話も何の続報も出ていない。

それでも『プラトーン』に始まるベトナム戦争の総括はオリバー・ストーンの中で続いていくのだろう。

最後にもう一度、テイラーの独白を見てみよう。

「今から思うと、僕たちは自分自身と戦ったんだ。敵は自分の中にいた。僕の戦争は終わった。
だけど、思い出は一生残るだろう。エリアスとバーンズの反目は、いつまでも続くだろう。
時として僕は、彼らの間の子のような気さえする。
ともかく、生き残った僕らには、義務がある。戦場で見たことを伝え、残された一生、努力して、人生を意義あるものにすることだ」

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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