『プロジェクト・ヘイル・メアリー』異星人ロッキーの意味するものとは?

※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています


昔から「宇宙モノ」は映画の定番のジャンルの一つだ。1902年に公開された映画史上初のSF映画と言われる『月世界旅行』からして宇宙モノなのだ。
だが、『月世界旅行』と今のSF映画では、その背景も大きく変わっている。

『月世界旅行』から現在まで

『月世界旅行』は単純に冒険というか科学的な好奇心から天文学者らが月に向かう。
もちろん、『月世界旅行』が公開された時代はまだ飛行機すら実用化されていない時代だ。月へ行くこと自体、あり得ない夢のような話だっただろう。
『月世界旅行』では大砲からそのまま月へ飛んでいくなど、まだ宇宙のことが未解明だった時代ゆえの描写が多い。

 

『月世界旅行』のワンシーン。もっとも有名なThe Man in the Moon
『月世界旅行』のワンシーン。もっとも有名な「The Man in the Moon」と呼ばれる月面描写だ

実際に宇宙開発が最高潮に盛り上がりを見せた1960年代にはスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』が公開されている。本作も基本的には冒険モノであり、異星人が置いていった「モノリス」を調査すべく、木星探査の旅が行われる(モノリスの調査は途中まで秘められているが)。

たが、現実社会で宇宙開発が落ち着き、冷戦も終焉すると、「宇宙モノ」にも変化が訪れる。
主人公らが雨中へ向かう動機が、「人類の生存のため」へと変わるのだ。

1998年に公開された『アルマゲドン』では、テキサス州レベルの大きさの小惑星が地球へ墜落するのを避けるために石油掘削のプロが宇宙へ向かう。恐竜絶滅を引き起こした隕石は直径10キロと言われている。テキサス州の大きさだと確実に人類は死に絶える。

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2014年に公開された『インター・ステラー』では、人類の絶滅をもたらすのは隕石ではなく、気候変動と設定されている。異常気象による、作物の枯死、それにも伴う人類の絶滅を防ぐために、主人公らは恒星間有人航行(インター・ステラー)を行い、人々が移り住める、新しい星を探しに行く。
2019年に公開された『アド・アストラ』では、冥王星付近からの大量のサージの発生を止めるために主人公は一人で冥王星へ向かう。

今回紹介する『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も大まかにはこの流れのなかにある。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は2026年に公開された、 フィル・ロード&クリス・ミラー監督、ライアン・ゴズリング主演のSF映画だ。原作は2015年に公開されたリドリー・スコット監督の『オデッセイ』の原作(『The Martian』)で知られるアンディ・ウィアーの同名小説。

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本作では、太陽からの光度が太陽と金星を結ぶ赤外線帯「ペトロヴァ・ライン」によって減少し、地球は数十年以内に寒冷化することが明らかになる。
事態への対応を任されたESA長官エヴァ・ストラットは、金星に送り込んだ探査機からペドロヴァ・ラインを構成する粒子を回収する。それはあらゆるエネルギーを吸収する生命体のような物体だった。

 

アストロファージによって太陽光は減少し、地球には氷河期が訪れる
© 2026 Sony Pictures Entertainment Inc.
ペトロヴァ・ラインによって太陽光は減少し、地球には氷河期が訪れる

本作の主人公は中学校教師のライランド・グレースだ。グレースはかつて博士号まで取った生物学者だったが、「生命は水なしでも生きられる」という主張が異端扱いされ、排斥された過去を持つ。
だが、かつてのグレースの主張が、この粒子生命体の特徴と合致する可能性があることから、ストラットはグレースをこの生命体の研究に当たらせる。
グレースの研究した結果では、この生命体はあらゆるエネルギーを吸収し、自身から赤外線を放射し惑星間を超速で移動していることが明らかになる。
そして、さらにこの生命体は太陽のみならず、ほかの惑星まで侵食していることが明らかになる。グレースはこの生命体をその特性から「アストロファージ(星を喰うもの)」と命名する。

 

ライアン・ゴズリング演じる中学校で教鞭をとるグレース
© 2026 Sony Pictures Entertainment Inc.
中学校で教鞭をとるグレース。かつては博士号まで取った生物学者だった

人類を守るために、アストロファージへの対応策として、アストロファージに唯一汚染されていないとされる惑星、タウ星への調査計画が実行される。
計画名は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。ヘイル・メアリーは「アヴェ・マリア」の英語読みで、「神頼み」「いちかばちか」という意味も持つ。

このいちかばちかの計画は、宇宙船ヘイル・メアリー号の燃料を微量でも爆発的なエネルギーを出すことのできるアストロファージとする一方で、往復の燃料の生成を待つ時間はなく、片道の燃料だけで、一度出発すると二度と帰還できないプロジェクトでもあった。

グレースは気がつくと、タウ星へ向かうヘイル・メアリー号の中にいた(ここが映画の冒頭部分でもある)。
長い昏睡から覚めたグレースは記憶喪失状態に陥っており、ここがどこかはおろか、自分の名前すら思い出せない。しかも、船内には他の乗組員の死体もある。
グレースは計算能力を発揮し、ここがタウ星に向かう宇宙船の中であること、そして「プロジェクト・ヘイル・メアリー」と自らの使命を思い出す。

『オデッセイ』と『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

この「宇宙に一人」というシチュエーションは『オデッセイ』とも共通する。『オデッセイ』は火星探査中に事故に見舞われ、乗組員から神魔とみなされて取り残された男が主人公だ。その彼、マーク・ワトニーは植物学者としてのスキルを発揮し、再び有人探査船が火星に来る4年後まで、火星にあるものを利用してジャガイモ栽培を行う。

だが、『オデッセイ』が火星に取り残されたマークと、国境を越えて彼を救おうとする人々の奮闘を描く作品とすれば、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の人間への視点はややシニカルだと言える。
その象徴がエヴァ・ストラットだ。彼女はヘイル・メアリー計画について、未曾有の危機に直面しても、人類が1つになって協力し合うことには悲観的だ。食料も国家同士で奪い合いになるだろうと述べている。

 

ザンドラ・ヒュラー演じるエヴァ・ストラット
© 2026 Sony Pictures Entertainment Inc.
ザンドラ・ヒュラー演じるエヴァ・ストラット。一貫して現実主義者として描かれている

また、これは作中のクライマックスで明らかになるが、本来ヘイル・メアリー号に乗るはずだったクルーと予備クルーは地球上での実験中のアクシデントで死亡、代替案としてグレースがヘイル・メアリー号に搭乗せざるを得なくなる。それはグレースにとっては「自殺」を強要されたのと同じだ。何としてでも搭乗を拒否しようとするグレースに対し、ストラットはグレースに記憶を消す薬と昏睡薬を投与し、彼を強制的にヘイル・メアリー号に乗せてしまう。

『オデッセイ』の公開は2016年。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はそれから10年後の2026年だ。この間に現実の世界はどうなったか。それを思うと、人間という存在へのシニカルさは、現実社会の変化を反映したものだとも言える。

アンディ・ウィアーとテクノロジー

では『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はグレースが孤独に戦う話なのか?
そうではない。

グレースには相棒が現れる。それが「ロッキー」と呼ぶ異星人だ。
グレースはロッキーとボディランゲージに始まり、次に簡単な翻訳機を開発し、コミュニケーションを試みる。
その結果、ロッキーもまた故郷の星がアストロファージの脅威に晒されていることを知る。そして、ロッキーもまたクルーを失い、ロッキーが唯一の生存者となっていた。こうして二人は協力し合って、それぞれの故郷を絶滅から救おうとする。

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の異星人ロッキー
© 2026 Sony Pictures Entertainment Inc.
ロッキーの名前はその岩のような見た目とロッキー・バルボアに由来する

アンディ・ウィアー作品の特徴は、テクノロジーを悪として描かないことだ。
こうしたSF映画では、テクノロジーが悪になることも多い。例えば冒頭に挙げた『2001年宇宙の旅』のHAL 9000や『エイリアン』におけるアンドロイドのアッシュなどがそうだろう。

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2020年代になって、AIが現実的になると、その脅威もまたリアルになってくると思うが、ウィアーはあくまで楽間的だ。

ウィアーは父が物理学者で母は電気エンジニアという環境で育った。幼い頃はSF小説に親しみ、得意科目は数学と理科だったという。大学の専攻もコンピューターサイエンス。
作家になる前の25年間はプログラマーとして働いていた。ウィアーは「プログラミングは科学であり技術」だと話す。
科学がもたらす不確かな脅威よりも、ウィアーは科学技術が実際に生活にどれだけの恩恵を与えているかを肌で実感してきたのだろう。それは『オデッセイ』にも『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にも共通するメッセージだ。

また、この2つの映画におけるポップカルチャーへの言及も見逃せない。
『オデッセイ』ではワトニーが「船長の音楽の趣味は最低」というほど、1980年代のディスコソングが随所に散りばめられている。またワトニーを指して「『アイアンマン』か?」というセリフもある。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ではそもそもグレースが出会った異星人の「ロッキー」というネーミングからしてそうだ。元々は岩のような見た目からロッキーと名付けられたのだが、ロッキーがタウ星の惑星のネーミングを「エイドリアン」とするなど、映画の『ロッキー』も無関係ではない。他にもグレースがロッキーと出会った際に「寄生されたわけではない」と映像記録に語る場面があるが、寄生する異星人と言えば『エイリアン』だろう。

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「タウメーバ」の発見

二人はロッキーの星のテクノロジーである、キセノナイトという物質を使い、「エイドリアン」の大気を採取する。
すると、その中からアストロファージを食べるアメーバ「タウメーバ」を発見する。だが、タウメーバは窒素に弱く、わずかでも窒素に触れるとすぐに死んでしまう。金星にも、またロッキーの故郷の大気にも窒素は含まれている。グレースはタウメーバを培養を繰り返し、徐々に窒素の割合を増やし、窒素に耐性を持ったタウメーバの培養に成功する。

 

グレースとロッキー
© 2026 Sony Pictures Entertainment Inc.
グレースとロッキー。本作にはバディ・ムービーとしての魅力もある

これで故郷を救える!二人はパーティーを開き、グレースとロッキーは別れる。
だが、窒素に耐える力を得たタウメーバは、キセノナイトも透過できる能力まで身につけていた。タウメーバは燃料であるアストロファージを食べてしまう。ロッキーの宇宙船はキセノナイトでできている。

そのことに気づいたグレースは、ロッキーを助けに行くことを決める。グレースはロッキーから地球へ帰れるだけのアストロファージを分けてもらっていたが、ロッキーを宇宙船から助け出し、故郷まで送り届けると地球への帰還は先ず不可能だ。
だが、タウメーバは「ビートルズ」と呼ばれる専用のポッドで地球に送っている。

ロッキーの救出

グレースがロッキーの船にたどり着くと、すでにタウメーバは燃料を食い尽くし、ロッキーが一人で宇宙船に残っていた。
グレースはロッキーを故郷へ送り届け、ロッキーの側も惑星全体でグレースをなんとか生かそうとし続ける。

そして16年後。もはやグレースとロッキーは翻訳機なして話せるようになっていた。グレースは専用のドーム内で、可能な限り地球を再現した環境のなかで暮らし、そこにロッキーが訪ねてくる。
だが、その日ロッキーはある知らせを持ってきた。それは太陽の輝度が元通りに戻ったというニュースだった。
グレースは地球が無事だったこと、そして自分の人生が意味のあるものになったことを悟り、涙する。

 

グレースはロッキーの故郷で暮らしている
© 1990 20th Century Studios, Inc.
ロッキーの故郷で暮らすグレース

地球へ帰ることも頭をよぎるが、グレースはいつものように教壇に立つ。
目の前にはロッキーの星の子どもたちが並び、グレースの質問に手を挙げている。

映画はここで幕を下ろすが(ただ、エンドロールの映像も美しいのでお見逃しなく)、このラストシーンは『オデッセイ』と全く同じだ。
『オデッセイ』では地球へ帰還したワトニーがNASAの訓練生相手に講義を行い、「何か質問は?」というワトニーの問いに訓練生たちが一斉に手を挙げたところで終わる。が、実はこのラストシーンは『オデッセイ』の原作には存在しない。言わば『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のラストは映画からの逆輸入と言って良さそうだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の脚本を手がけたドリュー・ゴダードは本作のテーマを思いやり(compassion)と共感(empathy)と述べている。
2026年3月アメリカはイスラエルとともにイランを攻撃し、ウクライナとロシアの戦争もまだ終結の気配を見せない。トランプは相変わらず国際協調よりも、自己の利益を第一に考えているようだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は異星人とのバディ・ムービーだが、なぜ異星人(ロッキー)なのだろうかと映画を観てからずっと考えていた。なぜ人間ではダメだったのか。
それは社会が排斥や差別を主張し、自己利益ばかり考えるようになってしまったからか?いや多分違う。
なぜ異星人とでも強い絆を築けるのに、人間同士ではそれができないのか?恐らくそう言いたかったのではないだろうか。
映画の『ロッキー』はそれまでの陰惨なアメリカン・ニューシネマの流行にピリオドを打ち、再びアメリカに希望を与えた。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もそんな作品になれば良いのだが。

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