※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています
ディオタティ荘の怪奇談義
1816年5月、詩人のパーシーと恋人のメアリーは不倫という道ならぬ恋のために駆け落ちし、スイスへ向かう。二人はバイロン卿のもとに集まり、同様にバイロン卿の元に集った人達と計5名でそれぞれ怪談を書き上げることにする。
これが有名なデオタティ荘の怪奇談義だ。
この一夜にメアリー・シェリーは有名なホラー小説『フランケンシュタイン』の着想を得る。この小説の正式なタイトルは『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』。
しばしば混同されるが、フランケンシュタインとは人造人間の名前ではなく、人造人間を作った人間の名前だ。
ではプロメテウスとは?プロメテウスはギリシャ神話に登場する神で、天の火を盗み人間に与えたと言われる。しかし、火を与えられた人間はそれで文明を発展させるのではなく、戦争を始めてしまった。そしてプロメテウスは火を盗んだ罪により、3万年もの間、拷問に苦しむことになる。
以上を踏まえて、今回は『プロメテウス』を解説していこう。
『プロメテウス』
『プロメテウス』は2013年に公開されたリドリー・スコット監督、ナオミ・ラパス主演のSF映画。『エイリアン』シリーズとしては5作目であり、『エイリアン4』以来、15年ぶりの続編となる。
時系列としては『エイリアン』の前日譚に当たる。
物語の冒頭、ある惑星に巨大な人形の生物が降り立ち、持参した黒い液体を飲む。

すると彼の体は崩れていき、黒い粒子となる。それは新たに細胞を生み出し、その星に生命をもたらすことになる。そう、これははるか昔の地球で生命が誕生した場面なのだ。
人類の起源
進化と神話
大きく分けて、人類の歴史は二つの捉え方に別れる。進化と神話だ。
進化に関してはチャールズ・ダーウィンが1859年に発表した『種の起源』に代表されるように人間は猿から進化したという考え方だ。
人間が猿から進化したことが明らかになる以前は、人類の起源について多くの人は神話にその答えを見つけていただろう。例えばキリスト教、ユダヤ教、イスラム教では「神はご自分にかたどって人を創造された」と人間のルーツを定義している。確かに姿形をみれば人と猿は似ているが、その知性には大きな隔たりがある。生物学が発展する以前は猿と人が生物的に繋がりがあるとは誰も考えなかったのだろう。
猿から進化したことを信じない人たち
先ほど見たように『プロメテウス』も進化論を否定してみせる。進化論の否定というと一見、突飛な考えのように思えるが、現在のアメリカでは「人は猿から進化した」という進化論を否定する人々も増えているという。
2019年の調査では、いまだに4割のアメリカ人が神による創造説を人類の起源として信じているという。そこにはキリスト教が大きく影響を与えている。旧約聖書では神が自らの姿に似せて人間を作ったと書いてあるからだ。
本作の監督であるリドリー・スコットも進化論には懐疑的だ。
「30年前に『エイリアン』を作った時には、我々人間が必ずしも生物学的な偶然ではないという事実を私は認めていた」
そう述べている(もっともリドリー・スコット本人はあまり宗教には熱心ではなかったと語っているが)。
地球からLV-223へ
創造主からの招待
冒頭から時代は西暦2089年の近未来の地球へと移り変わる。
考古学者のエリザベス・ショウ博士とチャーリー・ホロウェイ博士はスコットランドである壁画を見つける。それは巨大な人形の生物を多数の人が囲んでいる絵だった。その生物は空を指さしている。その先に何があるのか。他にも遠く離れた複数の場所からの壁画はぴったりと重なり、ある星図を示していることがわかった。

エリザベスはそれをその生物からの招待状ではないかと推測する。そしてその生物を「人類を創造した」という仮説に基づいてエンジニアと名付ける。
そして巨大企業のウェイランド・コーポレーションが巨費を投じて、エンジニアの星を目指すプロジェクトが実行された。
ウェイランド・コーポレーション
『エイリアン』シリーズのファンならウェイランドの名に黙ってはおれまい。『エイリアン』、『エイリアン2』、『エイリアン3』とシリーズを通してエイリアンを生物兵器として活用しようとしていた企業だ。ウェイランドは『エイリアン』シリーズにおいては邪悪な企業として存在し続けたが、今回はそうではない(破滅のきっかけを作ったという意味では悪かもしれないが)。
ここまで話して、『エイリアン』シリーズのファンならこう思うだろう。「ウェイランド社じゃなくて、ウェイランド・ユタニ社では?」そう、まだ『プロメテウス』ではユタニ社とウェイランド社は合併していない。そもそも『エイリアン』におけるウェイランド・ユタニ社は当時日本企業が世界的に勢いを増していた状況を反映したものだ(『エイリアン』の公開は1979年)。
ちなみにリドリー・スコットによると、『プロメテウス』で乗組員が箸を使っていたり、草履を履くなどの描写は日本文化が浸透しつつあることを示したのだという。
デイヴィッドの人間らしさ
2091年、エンジニアの星へ向かうためにエリザベス・ショウ、チャーリー・ホロウェイ、プロジェクトの責任者であるヴィッカーズ、船長のヤヌックらはプロメテウス号で地球を出発する。目的の星、LV-223は地球から34兆キロメートル。
2年間は冷凍睡眠で、その間の仕事の一切をアンドロイドのデイヴィッドが受け持つ。ここではデイヴィッドの「人間らしさ」が見え隠れする。機能的にもそうだ。本来アンドロイドに食事の機能は不要ではないかと思うが、デイヴィッドは一人で食事をし、スポーツをして余暇を潰す。

この行動はアンドロイドにしては過度に人間的すぎるというべきだろう。この人間過ぎる行動は『プロメテウス』から続編となる『エイリアン:コヴェナント』までの大きな伏線となる。
さて、もうひとつ注目したい点はデイヴィッドが観る映画についてだ。デイヴィッドは『アラビアのロレンス』を観ている。

これに関してリドリー・スコットは「デイヴィッドは時間を潰すためにあらゆる映画を観ているが、繰り返し観ても飽きない映画とし『アラビアのロレンス』を選んだ」と述べている。
事実、『アラビアのロレンス』はデイヴィッドのお気に入りで、ピーター・オトゥール演じるロレンスの髪型や台詞を真似したりしている。
なぜデイヴィッドは『アラビアのロレンス』を観るのか?
なぜデイヴィッドは『アラビアのロレンス』がお気に入りなのか?ここでは『エイリアン:コヴェナント』のワンシーンも交えて考察しよう。
『アラビアのロレンス』のコレンスは第一次世界大戦の時代にオスマン帝国からのアラブの独立戦争を率いた実在の人物だ。
また、そもそもデイヴィッドという名前に関して、デイヴィッドは自分自身でその名を選んでいる(これは『エイリアン:コヴェナント』の冒頭で確認できる)。そのきっかけはミケランジェロの作ったダビデ像だ。

ダビデは古代イスラエルの王であり、新約聖書ではキリストは「ダビデの子孫」だとされている。
ここから見えることはデイヴィッドのリーダーへの憧れ、変革者への憧れだ。
他にもデイヴィッドは冷凍睡眠中のエリザベス・ショウ博士の夢を盗み見たりしている。
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エンジニアとの邂逅
そして2093年、目的のLV-223が近くなり、乗組員は睡眠から目覚める。
エリザベスとホロウェイから乗組員に今回のプロジェクトの目的が伝えられる。それは人類の起源を探る事だった。
そしてたどり着いたLV-223には巨大な遺跡とマスクのようなもの、複雑なレリーフなどがあった。このマスクは『エイリアン』にも登場したものだ。
スペースジョッキーの正体は誰なのか?
『エイリアン』シリーズは1997年に公開された『エイリアン4』を最後に途絶えていたが、2002年にリドリー・スコットと『エイリアン2』を監督したジェームズ・キャメロンの間で続編に関しての話し合いが持たれたという。そこで生まれたのが「エイリアンの誕生を描く」というアイデアだ。だが、リドリー・スコットはあえて『プロメテウス』と『エイリアン』の結び付きを弱くしている。
「『エイリアン』シリーズが出発点ではあるが、創造のプロセスのなかで、新たな神話と宇宙へと進化した」
その代わり、『プロメテウス』は『エイリアン』に残された謎を解き明かしている。
『エイリアン』では巨大な人形の生物の遺体(スペースジョッキー)が登場する。スペースジョッキーの胸部は破かれており、『エイリアン』のようにチェストバスターが飛び出したように見える。だが、スペースジョッキーの正体は『エイリアン』では明かされなかった。

今回、『エイリアン』の前日譚を作るためにリドリー・スコットが目をつけたのはまさにその部分だった。『プロメテウス』ではそれがエンジニアであるという可能性が示唆されている。スペースジョッキーの顔にあった象の鼻のような意匠はエンジニアのマスクであることが明らかになったからだ。
だが、なぜスペースジョッキーからチェストバスターが生まれることになったかまでは明かされていない。
乗組員たちはエンジニアの死体を発見するが分析中に頭部は爆発してしまう。エンジニアのDNAを調べると、人間と全く同じであることが判明する。
人類はなぜエンジニアの怒りに触れたのか?
メアリー・シェリーの書いた『フランケンシュタイン』は自分の作り上げた人造人間に復讐される創造主の物語でもある。生命を研究している学生のヴィクター・フランケンシュタインは苦労の末に人造人間を作り出すことに成功するが、その風貌のあまりの醜さに人造人間を見捨て、その場から逃亡する。
『プロメテウス』も同じだ。目覚めたエンジニアは自らが創り出したはずの人類を殺そうと襲ってくる。それは人類の外見ではない醜さのためだ。
『プロメテウス』とキリスト教
エンジニアはキリストだった
『プロメテウス』はキリスト教などの宗教的なモチーフが作品にちりばめられている。
『プロメテウス』の最初の脚本ではイエス・キリストの正体はエンジニアであったとされている。イエス・キリストは当時のユダヤ教に反発し、弟子たちと先々様々な奇跡を起こした。しかし、人間たちはイエス・キリストを異端者として磔刑にしてしまった。そのことがきっかけでエンジニアは人類を見限ったというのだ。
LV-223にあったエンジニアの遺体は2000年前のものだった。つまり、エンジニアたちは2000年前に人類を滅ぼすために黒い液体をこの惑星に取りに来たのだ。しかし、何らかの手違いで事故が起き、この惑星に来たエンジニアたちは冷凍睡眠状態のエンジニアを残して絶滅してしまう。
そう考えると冷凍睡眠から目覚めたエンジニアが人間を襲うのも納得できる。愚かな種が自分達の生存圏までやってくるほどの科学力を身に付けたのだ。この時のエンジニアはまさにプロメテウスを追放するゼウスの気持ちだっただろう。
他にも宗教的なモチーフが『プロメテウス』には色濃い。神の誓いデイヴィッドの名前の由来に関しては前に述べた通りだが、主人公であるエリザベス・ショウにも由来がある。もともとエリザベスという名前はヘブライ語で「神の誓い」という意味らしい。
それを証明するかのように彼女は十字架のネックレスを着けている。つまり、エリザベスは神の僕であり信徒とも言える。

また、エリザベスは妊娠できない体という設定だ。そこに聖母マリアのような処女性を感じることはできないだろうか。
だが、ホロウェイとセックスするときだけその十字架を外している。ホロウェイはセックスの前にあの黒い液体入りのシャンパンを飲んでいた。
デイヴィッドが密かにシャンパンに黒い液体を混入したからだ。なぜホロウェイに黒い液体を飲ませたのか。エリザベスの夢を覗くほど彼女に執着していたデイヴィッドにとってホロウェイは邪魔な存在だったのだろうか。
ウツボカズラの花言葉
『プロメテウス』という作品全体を通してみると、エリザベスは信仰を一時的にせよ外したからこそ、悪魔と交わったとも言えるだろう。
ホロウェイとセックスしたエリザベスは本来妊娠できない体であったであったにも関わらず、妊娠してしまう。だが、エリザベスの体から生まれたものはタコのような未知の生物(トリロバイト)だった。英語でタコはdevil fish(悪魔の魚)と呼ばれている。ちなみにホロウェイとエリザベスがセックスした部屋にはウツボカズラの花が置かれている。その花言葉が意味するところは「危険」だ。

黒い液体の正体とは
ではこの惑星に貯蔵されていた黒い液体とは何なのだろうか。
『エイリアン:コヴェナント』ではエンジニアの母星へ向かったデイヴイッドが上空から黒い液体を散布し、エンジニアを絶滅させる。

『プロメテウス』の舞台であるLV‐223は、実験のための星であると同時にあまりに危険な黒い液体を貯蔵しておく貯蔵庫のような役割もあったのだろう。
生物兵器
『プロメテウス』の冒頭では黒い液体を摂取したエンジニアはDNAレベルで分解されていく。その一方でその後、水の中で新たな生命が生まれていく。この黒い液体は一言で言ってしまえば生物兵器だ。

『プロメテウス』のノベライズ版にはクルーの1人が黒い液体の正体を推理する場面がある。それによると、黒い液体は人間それぞれの闘争本能に合わせて、人間を兵器に変えてしまうものらしい。確かにミミズ状の生物が黒い液体に浸ったことでキングコブラのように成長し、恐るべき凶暴性を身に着けていた。
また、ホロウェイと性交したショウ博士が産んだ怪物もエンジニアを凌駕するほどの力と攻撃性を持っている。加えて、エンジニアにとっては触れるだけで死ぬよう危険な液体でもある。
明確な答えは『プロメテウス』では明かされない。しかし、削除された当初の脚本にその答えはあった。
『プロメテウス』の初期の脚本では、エンジニアが飲む黒い液体はディーコンの血であったという。ディーコンとは、トリロバイトに襲われたエンジニアから生まれたエイリアンに似た生物のこと。エイリアンと同じ二重になった顎を持ち、全く同じではないものの、エイリアンに似た外見を持っている。

物語の序盤でLV-223のレリーフには頭の長い人型(というよりもほぼエイリアンやディーコンだが)が描かれていたことに気づいただろうか?

つまり、エイリアンは人間やがかかわって生まれた生命体ではなく、そのはるか以前からエンジニアによって生み出されていたことが示唆されているのだ(詳しくは「ゼノモーフは誰が作った?『プロメテウス』の黒い液体の正体。エンジニアとエイリアンの本当の関係とは?」で考察している)。
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死の星 LV-223
プロメテウス号の唯一の生き残りとなったデイヴィッドとエリザベスは謎の答えを求めて、死の星となったLV-223を後にする。
「プロメテウス号より最終報告。計画は失敗し本船は爆発、全乗務員は死亡。
LV-223は死の星であり、このメッセージを聞いても決して発信源を探してはならない。
私はエリザベス・ショウ、プロメテウス号最後の生存者。
今日は2094年1月1日、新年。以後通信を絶ち調査を続行する」
(エリザベスのナレーションで終わるこの場面はいうまでもなく『エイリアン』のオマージュでもある)。
本来であれば『エイリアン:コヴェナント』に続く新作(『エイリアン:アウェイクニング』)が製作されるはずであったが、その計画は『エイリアン:コヴェナント』の興行成績が振るわなかったことから中止になっている。