
あれが人生最後の・・・
今回は個人的な話から。
今年(2026年)の3月の末に、医者から糖尿病だと宣告された。
まさに青天の霹靂!
今まで親類などに糖尿病の人はいなかったし、遺伝的にも自分とは全く関係のない病気だと思っていたからだ。今は気持ち的にも落ち着いて、糖尿病患者としてできるだけバランスの取れたヘルシーな食生活を続けているが、宣告された時はとてもショックだった。
「今思えば、あれが人生最後のケンタッキーだったのか…」
「今思えば、あれが人生最後のコカ・コーラだったのか…」
「今思えば、あれが人生最後のラーメンだったのか…」
あらゆる「大好物」がいきなり「人生最後」になってしまった。
今でこそ、1日の摂取カロリーと栄誉バランスに気をつけてさえいれば、「人生最後」にしなくてもいいと分かったのだが、その時は人生の一部である食生活という楽しみが死んだような気持ちだった(今は糖尿病の悪化を考えるとでケンタッキーもコーラも一怖くて手が出せなくなっています…)。
『グッバイ、リチャード!』
今回紹介する『グッバイ、リチャード!』は糖尿病どころか、末期ガンを宣告された男の物語だ。
監督はウェイン・ロバーツ。主人公のリチャードをジョニー・デップが演じている。
物語はリチャードが医者から余命宣告を受ける場面から始まる。リチャードが背中の痛みで来院したところ、医師からそれは転移した肺ガンのものであり、余命は治療した場合、1年から1年半、治療しなければ半年だと告げられる。
「映画が始まってすぐに主人公リチャードが死を宣告されてしまうが、その後、彼はとても特殊な方法で事態に対処していく。そこがこの脚本に惹かれた理由の一つだね」
そうジョニー・デップは語っている。
リチャードは死を宣告された時から自分に正直に生きようとする。それはこの手の物語によくあるような、自暴自棄とは少し違う。
『僕の死に対してのアプローチの仕方はとても現実的であると同時に不誠実だ。絶対に感傷的になりたくない。もし僕が「なぜ自分なんだ?」と言い出したらハンマーで殴ってほしいね。そんな質問意味がないからね。人が死ぬのは特別なことではない。単純にここにあるものがある日無くなるだけだ。僕もたくさんの友人を亡くしてきた。子供の支援団体などを通じて知り合った心優しく勇敢な子供たちの死も見てきた。僕から伝えられることは、これでみんな終わりではないということだ。人はいつ終わるんだろう?存在というものは特に理由がない。自分でコントロールできないのだから。ただありのままそこに存在すればいいんだ』
「泣かないでくれ」劇中でリチャードは彼の余命を知った周囲の人々に度々そう言う。死にゆく人間として哀れんで欲しくはない。悲しんで欲しくはない。死は誰にも平等に必ず訪れるのだから。その死生観はジョニー・デップ自身の死生観とも重なる。
もっと言えば、死生観のみならず、『グッバイ、リチャード!』でジョニー・デップが演じるリチャードには、ジョニー・デップの自身がそのまま役柄になったような印象さえ受ける。
『グッバイ、リチャード!』は、それまでジョニー・デップが出演してきた『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや『ローン・レンジャー』『ツーリスト』『トランセンデンス』、『アリス・イン・ワンダーランド』など、いわゆる大作映画とは対極にあるような小作品だ。
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アンバー・ハードとの離婚訴訟
の背景には元妻アンバー・ハードとの離婚訴訟が泥沼化し、ハリウッドから干されてしまったという事実がある。
アンバー・ハードは2016年5月にジョニー・デップに対して離婚申請を行う。結婚からわずか1年ちょっとだ。その内容は、ジョニー・デップによるDVがあったというもので、ジョニー・デップがアンバー・ハードを怒鳴りつける動画などがリークされた。
もっとも、離婚に関しては当初ジョニー・デップから持ちかけたものであり、その原因もアンバー・ハードのワガママや暴力(アンバーがデップのベッドに人間の大便を置くなどした件も含めて)にあったという。
この申請に対してジョニー・デップはアンバー・ハードを訴え、離婚裁判は泥沼化した。元妻のヴァネッサ・パラディや子供たちがジョニー・デップを擁護したものの、どうしてもイメージの悪化は避けられず、ディズニーは『パイレーツ・オブ・カリビアン』からジョニー・デップを降板させるまでになった。
だが、裁判の行方はアンバー・ハードの提出した数々の証拠に捏造や噓が含まれていたことが明らかになり、ジョニー・デップの勝訴に終わっている。この結果を受けて、ディズニーも『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズへのジョニー・デップの復帰を認めたが、ジョニー・デップはディズニーの手のひら返しに不信感を抱いているようだ(近年は復帰説がささやかれるなどその動向は不透明だが)。
しかし、勝訴後、ジョニー・デップ自身もかつてのキャリアを取り戻せてはいない。
2018年には破産のニュースが報じられるなど、セレブとしての華々しいキャリアはゴシップやスキャンダルに食い荒らされてしまったようだ。
実生活では、ハリウッドスターとしてのキャリアは「死」を宣告されたようなものであった。
『グッバイ、リチャード!』のジョニー・デップ
『グッバイ、リチャード』でのジョニー・デップは、そんな「運命」についての物語でもある。理不尽にのしかかる、不条理な運命。
リチャードはセックスを楽しみ、マリファナを吸い、酒を浴びるように飲む。死を早めるためではない、人生を楽しむためだ。
『グッバイ、リチャード!』は批評家から酷評された。確かにジョニー・デップ演じる主人公のリチャードはその真の内面が見えづらく、終盤に至ってもなお、それが「改心」したのか、単に「ふり」をしているのかが判然としない。
また、リチャードが反フェミニズム的な言動を繰り返すのも、批評家ウケは良くなかっただろう。
もっともジョニー・デップ自身は映画のビジネス的な成功にはあまり関心がないようで、『チャーリー・モルデカイ』や『ローン・レンジャー』などの主演作が興行的に失敗していることを指摘されても「知ったことか」と思えるようになったと語っている。
個人的には『グッバイ、リチャード!』は楽しんで気楽に観ることのできたコメディであった。ジョニー・デップの演技に全く気負いがなく、ありのままのデップ自身をそこに見ることができたからだ。
裁判の終結後、アンバー・ハードは次のようなコメントを出した。
「今日私が感じている失望は、言葉で表せません。今日私が感じている失望は、言葉で表せません。山のような証拠も、ずっと大きなパワー、影響力、支配力をもつ私の元夫に立ち向かうには十分でなかったことに、心が打ち砕かれています。
この判決が女性たちにどんな意味をもたらすのかということに、私はもっとがっかりしています。これは後戻りです。声を上げる女性が公に批判され、侮辱された時代に後戻りしたのです。女性に対する暴力を真剣にとらえなくていいという時代に戻ったのです。
ジョニーの弁護士は、言論の自由をいう大事な問題と、イギリスでの裁判を勝利に持ち込んだしっかりした証拠を、陪審員が見逃すようにすることに成功したと私は信じます。
この裁判に負けて悲しいです。でも、アメリカ人として自分がもっていたと思っていた権利を失ったことに、もっと悲しみを覚えます。自由に、オープンに語る権利を」
まるでアンバー・ハードがフェミニストの女性代表として裁判を戦っていたかのようなコメントだが、実際にジョニー・デップの元にもアンバーの主張を鵜呑みにしたフェミニストらからの攻撃も少なくなかっただろう。
『グッバイ、リチャード!』でリチャードはフェミニストの学生をこき下ろすが、これも案外ジョニー・デップ自身の本心だったのかもしれない。
裁判の終結後、ジョニー・デップは以下のコメントを出している。
「6年前、僕、僕の子供たち、僕に最も近い人たち、長年僕を支え、信じてくれてきた人たちの人生が、永遠に変わりました。
瞬きをする間に。
僕は、メディアにより、嘘の、とても深刻な犯罪を問われ、そこから嫌悪のコメントが延々と寄せられるようになりました。僕は何も告発をされていないというのに。それはすごいスピードで世界を2周し、僕の人生とキャリアに多大なる影響を及ぼしました。
そして6年後、陪審員たちは僕の人生を取り戻してくれました。そのことに心から感謝をします。
この件を追及するという決断は、熟考に熟考を重ねた上で下しています。法的なハードルがとても高いことや、自分の人生が世界にさらされるのが必至であることがわかっていたからです。
最初から、訴訟を起こす上での僕の目的は、結果がどうなろうとも、真実を伝えるということでした。僕の子供たちのためにも、揺るがずに僕のことをずっと支え続けてくれた人たちのためにも、僕には真実を伝える必要がありました。ついにそれを達成した今、心に安らぎを覚えています。
世界中から押し寄せてきた愛とサポート、優しさに、僕は圧倒されました。今も圧倒されています。真実を伝えようとした僕の行動が、男性であれ、女性であれ、僕と同じ状況にいる人たちや、彼らを支えている人たちを諦めさせないためのお手伝いができたことを願います。また、裁判においても、メディアにおいても、有罪になるまでは無罪という姿勢に戻ることも願っています。
立派なお仕事をしてくださった判事、陪審員、裁判所のスタッフ、保安官の方々にお礼を言わせていただきます。ここに至るために、彼らは自分の時間を犠牲にしてくれました。そして、勤勉で揺るぎない僕の弁護士チームにも。僕が真実を分かち合えるよう、彼らはすばらしい仕事をしてくれました。
最高のことはこれから起こります。新しいチャプターがようやく始まりました。
Veritas numuquam perit.
真実は決して滅びません」