最近のJ-POPはイントロが短くなっており、サビ始まりの曲も増えているという。
ショート動画や、サブスクで、できるだけスキップを避け、より多くの人の耳を惹きつけるには最初のツカミこそが大事だということだろう。
地上最大のショー
今回紹介する『グレイテスト・ショーマン』もそんな映画だ。
闇の中で呟くように歌うヒュー・ジャックマン。だが、すぐに舞台は華やかなサーカスに移る。そこは様々な人々が歌い踊り舞い上がる、正に夢のエンターテイメント。
「これが地上最大のショー!」
全員がそう叫び、歌う。
地上最大のショー、それはP.T.バーナムが設立したサーカスのキャッチコピーだ。
『グレイテスト・ショーマン』
『グレイテスト・ショーマン』は、実在した興行師であるP.T.バーナムを描いたドラマ映画だ。監督はマイケル・グレイシー、主演はヒュー・ジャックマンが務めている。
私も公開当時、映画館で本作を観たが、このオープニングはまさに圧巻だった。
2015年に公開された『ラ・ラ・ランド』はミュージカル映画が再流行するきっかけを作った作品であり、やはり冒頭からのミュージカルで観る者を圧倒する。『グレイテスト・ショーマン』も『ラ・ラ・ランド』の冒頭の構成を意識したのだろう(本作の音楽を務めたベンジ・パセクとジャスティン・ポールは、『ラ・ラ・ランド』の音楽も担当している)。
『グレイテスト・ショーマン』は日本でも50億円を超える大ヒットとなった。本作が自宅のテレビやPCモニターではなく、映画館でこそ醍醐味が味わえる映画だったからだろう。
だが、個人的には評価に悩む作品だった。ヒュー・ジャックマン演じるバーナムのキャラクターにイマイチ共感できなかったからだ。
序盤はバーナムの子供の頃を描いている。
父は仕立人として、上流階級の家柄であるハレット家に仕えており、バーナムはそこの娘のチャリティに恋をする。
チャリティの父からは猛反対を受けながらも、バーナム大人となってチャリティと結婚する。2人の娘にも恵まれたバーナムだったが、家族を幸せにしたいという願いは未だに叶えられずにいた。おまけに勤めていた貿易会社は倒産し、バーナムは沈没した貿易船を担保(!)に銀行から融資を得て、バーナム博物館をオープンさせるが、評判は芳しくなかった。
娘たちの「行きているものを見せないと」という言葉をきっかけにバーナムは小人症やシャム双生児、多毛症の人物など、ユニークな外見の人を多く募集する。
「もう、コソコソ隠れて生きる必要はない、君は人気ものになる」
そして、彼らを見せ物としたショーを開催、これが大衆たちの評判となるが、バーナムは上流階級からは決して認められることなく、「成金」「インチキ」「下品だ」との評価が覆ることはなかった。
バーナムは社交パーティに参加し、そこで新進気鋭の若手の劇作家であるフィリップ・カーライルと知り合う。
カーライルを仲間に引き入れることで、上流階級への足がかりを得て、自らを認めさせようとしたのだ。カーライルのつてでエリザベス女王にも面会するチャンスを得たバーナムは、その後のパーティでロンドンで絶世の人気を誇る歌姫、ジェニー・リンドと知り合う。バーナムは観客に「本物」を見せたいと熱望し、リンドのアメリカツアーをプロデュースする。
一方でパーティにはサーカスショーの人々は招き入れず、サーカスショーもカーライルに任せきりになり、バーナムの劇場の観客は減っていく。
実際のバーナム
『グレイテスト・ショーマン』では、バーナムの成功欲の根本には家族を幸せにしたいという想いがある。だが、中盤からは「上流階級に認められたい」という、自分自身のトラウマの克服が行動の源泉となっているようにも見受けられる。
だが、それでも『グレイテスト・ショーマン』はバーナムを過度に美化している。
実際のバーナムはより詐欺的であり、成功欲が強く、残酷だった。『グレイテスト・ショーマン』をバーナムの伝記映画にするより、全くの架空の物語にした方がよかったのではと思うほどに。
『スミソニアン』誌は『グレイテスト・ショーマン』を以下のように評している。
「P.T.バーナムは『グレイテスト・ショーマン』が読者に思い込ませようとしているようなヒーローではない」
161歳でジョージ・ワシントンの乳母
そうだ。映画にはバーナムの経歴におけるダークサイドとも呼べる部分がすっかり欠落している。
バーナムが最初に「バーナム博物館」をオープンしたのは1841年だが、バーナムは見世物において、それより以前の1835年に最初の成功を収めている。
その見世物とは、年老いた盲目の黒人奴隷だった。名前はジョイス・ヘス。バーナムはこの女性を「購入」し、「161歳でジョージ・ワシントンの乳母であった」と宣伝した。
「ジョイス・ヘスは紛れもなく世界で最も驚くべき、そして興味深い珍品だ! 彼女はオーガスティン・ワシントン(ワシントン元帥の父)の奴隷であり、まだ意識のない幼児に初めて服を着せた人物である。彼女の言葉を借りれば、この国の輝かしい父を『彼女は育てた』のである。ジョイス・ヘスは1674年に生まれ、現在161歳という驚異的な年齢に達している」
既に体も動かず、目も見えない彼女にバーナムはジョージ・ワシントンの思い出を話させるようにした。
だが、それから半年後にジョイス・ヘスは亡くなる。
するとバーナムはヘスの遺体を1500人の観客の前で公開解剖したのである。
しかし、『グレイテスト・ショーマン』はそんなバーナムを決して描かない。
バーナムは確かにどんな外見の人間でも受け入れ、愛することができただろう。
だが、彼は人々の奇異な部分に価値を見出したわけではない。そこに「商品価値」を見出したに過ぎない。
ジェニー・リンドとの本当の関係
ジェニー・リンドとの関係についても、『グレイテスト・ショーマン』は脚色が多い。劇中では、リンドがバーナムにパートナー以上の関係を求めたことがきっかけでバーナムはツアーのプロデュースから降りたように描かれている。
しかし、実際はむしろ逆であり、バーナムの露骨な商業主義に嫌気を差したリンドがバーナムと袂を分かったのだ。
リンドの全米公演が大成功したのは事実だが、バーナムは「リンドマニア」と呼ばれる熱烈なリンドファン相手にチケットをオークション形式で販売した。
映画の中ではバーナムを誘惑し、スキャンダルを仕立てる「魔性の女」としても描かれるリンドだが、実際にはリンドは莫大な収益の多くを慈善団体に寄付している。
もうひとつ、『グレイテスト・ショーマン』ではカーライルとサーカスのダンサーであるアンとの肌の色を超えたラブストーリーが描かれる。
バーナムと彼を取り巻く人々が物語のメインではあるのだが、当時の世間では許されない、この二人の純愛は作品の持つメッセージとも相まって、観る者の胸を熱くしたはずだ。
しかし、カーライルもアンも実在しない架空のキャラクターだ。
バーナムの伝記映画?
こうも脚色や創作が多いのであれば、これはもうはや「P.T.バーナムの伝記映画」と言えるだろうか。こうした事実を無視できれば、あるいは知らなければ確かに『グレイテスト・ショーマン』はヒットするだろう。圧巻のオープニングに、素晴らしい音楽と練り上げられたミュージカルとハッピーエンド。
正にハリウッドらしい作品だ。
だが、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』で、ジョン・メリックを見世物にしていた男と、バーナムは同じなのだ。
もちろん、障害者福祉などなかった時代、見世物小屋が彼らの経済的な自立の数少ない選択肢の一つであったことは認める。それを無くせということは死ねということと限りなく同義だろう。
ただ、『エレファント・マン』のメリックの雇い主に嫌悪感を感じ、『グレイテスト・ショーマン』のバーナムに感じないのであれば、それはあまりに鈍感なのではないか。
公平を期すために言えば、バーナムもまた慈善事業に取り組み、奴隷制にも反対したという事実はある。だが、現代のアメリカにおいてもバーナムは毀誉褒貶激しい人物であることもまた確かだ。
映画のエンドロールでは、バーナムの次の言葉が紹介される。
「最も崇高な芸術とは人を幸せにすることだ」
個人的にはその言葉に次のように問いかけてみたい。
「何を犠牲にしてもか?」