
子供の頃からゴジラが大好きだった。理由なんてない。男の子がティラノサウルスに夢中になるのと同じようなものだ。大きくて強くてかっこいい怪獣。それがゴジラだった。
だが、大人になってからはゴジラそのものというよりも、ゴジラの持つメッセージ性に惹かれてしまう。
ただの怪獣ではなく、反戦・反核を背負った、どこか哀しい生き物。それこそが私が大人になってからゴジラに感じるイメージだ。
というのも、幼い頃あれほどリアルに感じた特撮も、CGに見慣れた今はどれもチープに見えてしまうようになった。いくらゴジラが街を蹂躙し、暴れ回ろうとも、もはや子供の頃のように興奮することは難しい。
だからこそ、撮技術よりも作品のテーマに目が向いてしまう。子供の頃には気づかなかった「深み」は大人になってからゴジラをより魅力的に映し出してくれた。
さて、今回紹介する『ゴジラ』はまさにそのようなゴジラ映画だ。
『ゴジラ』
『ゴジラ』は1984年に公開されたゴジラ映画としては第30作目となる作品だ。監督は橋本幸治、主演は田中健、沢口靖子らが務めている。
奇しくも、1954年に公開された第一作目『ゴジラ』と同じタイトルを持つ今作は、1975年公開の『メカゴジラの逆襲』を最後に長い休止期間に入っていたシリーズの復活作でもある。
『メカゴジラの逆襲』について、監督を務めた本多猪四郎は「ゴジラ再生につながる物語にしたい」と語っていた。
昭和のゴジラ映画は本多猪四郎に始まり、本多猪四郎に終わったと言っていいだろう。 1954年に公開された第一作目の『ゴジラ』、そしてシリーズが一旦休止となった『メカゴジラの逆襲』、どちらも監督を務めたのは本多猪四郎だ。 しかし、そ[…]
本多猪四郎は第一作目の『ゴジラ』の監督も務めているが、水爆や核兵器の象徴であったはずの「怖いゴジラ」が、シリーズが進むごとに子どもたちのアイドルに変貌していったことに抵抗があったのだろう。
1984年に公開された『ゴジラ』は本多猪四郎の言う「ゴジラ再生」となる作品だったのか、今回はここを見ていきたいと思う。
物語は三原山の大噴火から始まる。すべてを焼き尽くす灼熱のマグマのオープニングは、今作が今までの子供向けのゴジラではないことを予感させる。
噴火から3ヶ月後、近海サバ漁船に乗り込んでいた大学生の奥村は、噴火する大黒島から咆哮とともに巨大な影が現れるのを目撃する。
翌朝、付近をヨットで航海していた新聞記者の牧は、奥村の乗っていた漁船「第五八幡丸」を発見する。人の気配のない、その船に牧は乗り込む。そこで彼が見たのは乗組員のミイラ化した遺体だった。その時、牧に奇怪な生物が襲いかかる。それは1メートルはあろうかという巨大化したフナムシ「ショッキラス」だった。
牧とともに日本へ戻った奥村だが、彼の「ゴジラを見た」という証言により日本中がパニックになることを恐れた政府は奥村を軟禁状態にしてしまう。
政府のやり方に反発を覚えた牧は奥村の妹である尚子に「兄は生存しているが、病院に軟禁されている」と伝える。
尚子は兄と再会するが、牧はその様子を「取材」してしまい、尚子の反感を食らう。
その頃、ソ連の原子力潜水艦が撃沈されるという事件が起きる。ソ連はアメリカの仕業だと断定するが、自衛隊の分析によって、潜水艦沈没の原因はゴジラの襲撃であると判明。
日本政府は冷戦対立が再び深刻化しかねない事態に、ゴジラ情報の公開に踏み切る。
その頃、ゴジラは静岡県の井原原発に姿を現す。原発から発生した放射能をエネルギーとして吸収したゴジラは、本格的に日本に上陸するかと思われたが、渡り鳥を見て海へと引き返す。
尚子のアルバイト先の研究室の教授である林は、ゴジラの行動を見て、ゴジラにも動物として帰巣本能があるのではないかと仮説を立てる。
なぜ今ゴジラなのか
今作『ゴジラ』の企画は『メカゴジラの逆襲』の3年後である1978年には既に始まっていたという。会議の中では「なぜ今ゴジラを出さねばならないのか」という部分まで踏み込んで、緻密な理論づけが行われていった。1985年に発売された本作のメイキング本『MAKING OF GODZILLA 1985』では、監督の橋本幸治が作品のリアリティを高めるために、各界の専門家に意見を求めたと述べている。
例えばゴジラの最期をどうするかという部分では地球物理学の竹内均氏に、また島の磁性体にゴジラが誘導されるというアイデアはSF作家の児玉隆一氏によるものだと言う。他にも軍事評論家の青木日出雄氏に意見を求めるなど、徹底して「ゴジラが我々の社会に登場したらどうなるか」というリアリズムを重視している。
中途半端なゴジラ
ところがである。ゴジラ関連の書籍をつぶさに見ていくと、『ゴジラ』の評価は賛否両論なのである。実際に今作の興行収入も当初の目標には届かず、次の『ゴジラvsビオランテ』まで5年もの空白が生まれることだなった。
それを証明するかのように 『ゴジラ』で特技監督を務めた中野昭慶は、書籍『ゴジラ・デイズ』の中で本作を「中途半端だ」と述べている。
『メカゴジラの逆襲』までのゴジラの身長は55 メートルだったが、超高層ビルが増えた1980年代の東京に合わせて、ゴジラの身長も80メートルにまで伸びた。
しかし、実際にジオラマの中にゴジラを配置してみると、ゴジラの身長よりもビルの方が高い事態になっていた。
昭和のゴジラはそれまで荒野で戦うことが多かった。その理由としては、映画産業が斜陽になるな中で予算がかさみがちな特撮映画のコストを下げるためであった。
一方で、その間に日本社会は目覚ましい経済発展を遂げていたということになるのだろう。
巨大化したはずのゴジラが高層ビルに埋もれてしまったことに関して中野は、「迫力に欠けるゴジラになってしまった」と漏らしている。
ゴジラの造形も後の平成シリーズと比較すると、まだ昭和ゴジラの面影をひきずつているのか、目もやや大きめでどこかに可愛らしさを残している。
現実的なゴジラ
だが、個人的に本作は2016年に公開された『シン・ゴジラ』に次いで、本作は現実的な対応を描こうとしている点で評価したい作品でもある。
個人的には本作はゴジラ映画のなかでも五指に入るほどの傑作だと思っている。正直に言うと観る前は「また作りもの感満載の着ぐるみとジオラマを観なければならないのか」と思っていた。
だが、その思いは杞憂であった。
確かに着ぐるみやジオラマはチープだ。だがそれ以上にゴジラに対する人間側の反応が非常にリアルだった。それまでのゴジラ映画に登場したSFチックな超兵器の類はほとんど登場しない(例外としてスーパーXがあるが)。
ゴジラ映画の精神
それどころか、国際社会からゴジラ撃退のために核兵器の使用を迫られる。
ゴジラのような「不死身の大量破壊兵器」が存在すれば、そのような要求が起きることも容易に想像がつく。
そこに対して、それでも非核三原則を貫こうとする日本の立場と、苦し紛れに核のボタンを押してしまうソ連、核ミサイルを迎撃するアメリカなど、1954年の『ゴジラ』とはまた違った意味で核の脅威が描かれている。
「ゴジラを倒すには各攻撃しかない」
「安全な核兵器などあり得ません。一度使ってしまうと核の抑止力は崩れてしまう。
非核三原則を日本のエゴイズムだと言うのなら、それはそうでしょう。しかし、核と使いたいというのも、またあなた方のエゴイズムではないでしょうか」
ここまで明快かつストレートに核兵器について語ったセリフを私は知らない。
現実では、日本がアメリカに対してここまで強い態度でノーを言うことは難しいだろう。だが、ゴジラ映画の精神はここにある。被爆国として、核兵器を絶対に使わない、反核への強い意志と決意。
橋本幸治は「非核三原則があることで、日本が平和なことを観客に感じてほしかった」と述べている。今の日本はどうか分からないが、当時は非核三原則を声高に叫んで通る時代でもあったのだ。
当時は冷戦が終焉に向かっており、かつてのような核戦争による世界の破滅などの危機は過去のものとなったのも事実だ。1954年の『ゴジラ』が象徴していた核の恐怖はすでに存在しなくなっていたのだ。
その代わりにゴジラが選んだものは原子力発電所だった。
ゴジラと原子力
『ゴジラ』から『ゴジラvsデストロイア』に至る平成ゴジラシリーズでは、ゴジラは原子力発電所などから放射能をエネルギーとして吸収するという設定が採用されている。
今作『ゴジラ』は、ゴジラは三浜原子力発電所を破壊し、その放射能を吸収する。
原子炉を抱えたゴジラの姿はその象徴ともいえる。
この原発の核の恐怖は今作の公開から30年近く後の東日本大震災で現実に日本全体を覆うことになる。
そのイメージは206年に公開された『シン・ゴジラ』がそのまま再現している。
『シン・ゴジラ』を生んだもの
今作のゴジラのリアリティとエンターテインメントのバランスについて監督の橋本幸治は「中途半端だった」と述べている。
本当にそうだろうか?個人的には、それを観客に受け入れるだけの土壌がなかったのだろうと考えている。同時期に公開された『ブレードランナー』も哲学的な内容で当時の「SF映画」を観に来た客の期待するものではなかった。
だが、その後、日本は「失われた30年」と言われる長期的な不景気となり、否応なしに世代を問わず政治への注目度は高まっている。SNSの発達もあり、今や誰もが「プチ政治評論家」のようや状態だ。
1984年版の『ゴジラ』以上に『シン・ゴジラ』は政治的なゴジラ映画だった。家族愛もなければ、ラブロマンスもない。あるのは日本が国家としてゴジラにどう立ち向かうのかということだけだ。だが、そんなゴジラ映画でも興行収入80億円という大ヒットを記録したのが、今の日本なのだ。
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1984年版『ゴジラ』に『シン・ゴジラ』で監督を努めた樋口真嗣は、特撮スタッフの一員として参加しており、「俺ならこう撮るのに!」という想いを強めたという。
また、『シン・ゴジラ』でゴジラを生んだキーパーソンの名前は「牧悟郎」だが、これは明らかに『ゴジラ』へのオマージュだろう。
未だに『ゴジラ』の評価は芳しくないものが多いのは事実だが、『ゴジラ』が時代を先取りし過ぎていたのもまた事実だろう。
シン・ゴジラのラストシーンは、凍結されたゴジラの尻尾の先から複数の人型の生命体が誕生しかけている様が映し出されて幕が下りる。
『ゴジラ』もまた『シン・ゴジラ』という傑作を生みだした。今こそ再評価されるべき作品ではないだろうか。