
『トイ・ストーリー』の解説で、『トイ・ストーリー』のルーツには日本にある「ブリキのおもちゃ博物館」の存在があると書いた。
これを書いている2026年は『トイ・ストーリー』日本公開30周年だという。アメリカで『トイ・ストーリー』が公開されたのは1995年だが、日本では翌年の1996年に公開されたのだ。2026年には『トイ・ストーリー5』が公開された。[…]
解説の方ではざっくりした説明に留まってしまったが、今回は『トイ・ストーリー2』を取り上げて、日本と『トイ・ストーリー』シリーズとの関係を改めて洗い出してみたい。
『トイ・ストーリー2』
『トイ・ストーリー2』は1999年に公開された、ピクサーのアニメーション映画。監督は前作に引き続き、ジョン・ラセターが務めている。声の出演はトム・ハンクスとティム・アレンらが担当。日本語吹替版も前作から唐沢寿明と所ジョージが続投している。
前作では、いわゆるバディものとして、バズとウッディの関係性の変化に焦点が当てられていた。二人は古めかしいカウボーイ人形と最新鋭のスペースレンジャーという設定からもわかるように、対照的な存在として描かれており、バズのバックグラウンド(悪の皇帝ザーグを倒すために宇宙船に乗ってやってきたスペースレンジャー)ははっきりしていたものの、すでにおおもちゃとしての自覚を持っていたウッディのバックグラウンドは描かれることがなかった。
今作はウッディに焦点が当てられており、またおもちゃであるがゆえに「いつか捨てられることになったらどうするのか」という後の『3』や『4』につながる問題提起もなされている。
物語はアンディがサマーキャンプへウッディを連れて行こうとするところから始まる。いつものようにおもちゃで遊ぶアンディだが、ちょっとしたアクシデントでウッディの腕が千切れてしまう。
これは監督のジョン・ラセターの実体験が元になっている。ラセターには子供の頃から大事にしていた人形があった。それがキャスパーだ。
キャスパーは『トイ・ストーリー』シリーズのウッディのインスピレーションとなった。キャスパーの頭の部分は固く、身体は布地で柔らかく、紐を引っ張ると声が出るというギミックもウッディと共通している。
キャスパーとの思い出はウッディのみならず『トイ・ストーリー』そのものの下地にもなった。第一作目で描かれた「新しいおもちゃが出てくると、古いおもちゃがおざなりになる」というストーリーもそうだ。
『トイ・ストーリー2』では、ラスターが小さい頃、キャスパーの腕が千切れてしまった経験が反映されている。
「キャスパーの左手は、僕が小さい時に取れてしまったことがある。それを僕は自分で縫い付けたんだけど、『トイ・ストーリー2』でもウッディの手がもげてしまうシーンがあるよね。そこでアンディが最終的に縫うわけだけど、そのアイディアは僕の経験が基になっている」
アンディはウッディを置いてキャンプへ出かけていく。アンディとのキャンプを楽しみにしていたウッディは落胆する。
さらに悪いことに、アンディの留守中に彼の母がおもちゃ仲間のペンギンを不要品としてヤードセールに出してしまう。救出へ向かうウッディだが、そこで玩具店「トイ・バーン」の店主であるアルに見つかってしまう。アルはウッディが価値の高い希少な玩具であることを見抜くと、アンディの母に売ってくれるくれるよう頼むが、断られると隙をついてウッディを密かに強奪する(ちなみにディズニー・アドベンチャーズ誌によると、アルがおもちゃに夢中になったのは、幼い頃に両親が彼におもちゃで遊ぶことを許さなかったことへの反動らしい)。
ウッディの危機を察したおもちゃたちは、バズ・ライトイヤーを中心に救出チームを結成。トイ・バーンへウッディの救出へ向かう。
一方のウッディはアルの自宅へ連れサられる。そこでウッディはカウガールのジェシーとその愛馬であるブルズアイ、そして、箱に入ったままの老人、プロスペクターと知り合う。
彼らから、ウッディは自分が何者なのかを知らされることになる。
ウッディの正体
ウッディはかつて人気を博していたテレビ人形劇『ラウンドアップ』の主役だったのだ。部屋にあふれる様々なウッディグッズにウッディは感激する。
「見ろよ、このヨーヨー、俺だぜ!」
『ラウンドアップ』での自らの活躍を興奮しながら食い入るように見入るウッディ。
だが、その最後の放送は尻切れトンボのように最高潮の時にプッツリ途切れてそのまま。
最終回を待たずに、『ラウンドアップ』は打ち切りという結末を迎えたのだった。
なぜか。
理由はスプートニク・ショックだ。
スプートニク・ショック
1957年、ソ連は人類史上初となる人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた。この件は当時科学技術ではソ連に勝っていると認識していたアメリカ社会に衝撃を与えた。
ピクサーの創設者の一人であるエド・キャットムルはその時のことをこう振り返っている(エド・キャットムル著『ピクサー流 創造するちから』より引用)。
「12歳のとき、ソ連が初めての人工衛星、スプートニク1号を地球の軌道上に打ち上げた。科学や政治の世界だけでなく、私の6年生の教室でも大ニュースになった。いつもの朝会が校長先生の訪問で中断された。校長先生は我々の生活は永遠に変わってしまったと険しい顔で告げた。それ以前から共産主義者は敵であり、ボタン一つで核戦争が始まる可能性があると教わっていたため、宇宙競争で先を越されたことはかなり恐ろしいことだった。主導権を握られていることの証だからだ」
昔の古き良きアメリカを懐古している場合ではない。技術を駆使して目の前の敵を倒さねば。
これによって多くの人の関心が宇宙へ向いた。子どもたちとて例外ではない。
ウッディとバズのモデル
ウッディの名前の由来は西部劇で活躍した黒人俳優のウディ・ストロードだが、バスの由来は宇宙飛行アポロ計画において、「2番目」に月に降り立った人物として知られているバズ・オルドリンだ(ちなみにアメリカ合衆国の宇宙飛行士あの月面の足跡の有名な写真はニール・アームストロングのものではなく、バズ・オルドリンのもの)。
2018年に公開されたデイミアン・チャゼル監督の映画『ファースト・マン』では コリー・ストールがバズ・オルドリンを演じている。ライアン・ゴズリング演じるニール・アームストロングが内省的でセンチメンタルなキャラクターとして描かれているのに比べて、オルドリンは明るく、快活とした人物として描かれている。
本サイトでも西部劇の衰退については『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で詳しく解説している。
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アルはウッディの破損や劣化箇所を修復させ、ジェシーやプロスペクターと、セットで日本の博物館に高額で買い取ってもらう算段だった(しかし.いくら希少とは言え、アンディにガンガン遊ばれていたウッディと新品同様のデッドストックだったプロスペクターとそれほど差があるとは思えないが)。
アルのモデルは誰?
アルは今作におけるメインヴィランだが、そのモデルは「ブリキのおもちゃ博物館」館長の北原照久だと言われている。
北原照久がヴィランのモデルというのいまいちイメージが結びつないが、アルのおもちゃに対する見識はたしかに北原照久を彷彿とさせる。だが、個人的にはこの「アルのモデルは北原照久」説には首を傾げざるを得ない。この説に関して、Wikipediaには確かにそう記載があるものの、そのソースを辿ると、XやインスタグラムなどのSNSが根拠となっている。
そもそも、本当に北原照久がアルのモデルであるならば、北原照久のインタビューで『トイ・ストーリー』に関するときに、そのことに触れておくのが当然だろう。
いくつか北原照久のインタビューも確認したが、彼の博物館が『トイ・ストーリー』のインスピレーションの元になったことには触れてあっても、北原照久自身がアルのモデルだとはどこにも何も載っていなかった。
ちなみに、アルはウッディをはじめとするラウンドアップの人形たちを、高値で日本の博物館に売ろうとしているが、その博物館の担当者の「KONISHI」という名前は、ピクサーに在籍する唯一の日本人アニメーター、小西園子氏から採られている。
だが、それでも『トイ・ストーリー2』が、作品のインスピレーションを与えてくれた日本への返礼であることは疑いようがない。
少なくとも「日本の博物館」は北原照久氏の「ブリキのおもちゃ博物館」を連想させるし、そこはおもちゃにとって「天国のような場所」とも設定されている。
おもちゃにとっての天国
ただ おもちゃにとっての天国とは何かという点についてはまだ突き詰めていく余地がある。
実際、ジョン・ラセターは『トイ・ストーリー2』のストーリーの着想のきっかけとして、おもちゃにとっての幸せについて述べている。
「レアもの、コレクターの方が集めているようなレアなおもちゃであれば、棚に飾られたりガラスケースの中に入れられ、一生、子供たちに遊んでもらえないし、触ってももらえないと思う。
果たして、それはおもちゃにとってどういう人生なんだろうと思ったんだ。そして、これは、自分で素晴らしいアイディアだと感じた。そして、ウッディが、もしもレアなおもちゃならば、話はどうなるんだろうと思ったんだ」
まずこれは1つの事実だろう。『トイ・ストーリー』シリーズではほぼ一貫してこのことを「幸せ」として描いている。
一方で、おもちゃを飾るのはおもちゃにとって不幸せなのか?という疑問も残る。おそらくラセター自身も不幸せとは思っていまい。大切に飾って楽しむこともおもちゃの役割だからだ(そうでなければブリキのおもちゃ博物館に感銘など受けはしない)。また、おもちゃにしても遊び相手がシドのような少年なら地獄だろう。
加えて、アルがおもちゃを飾るだけのコレクターであればヴィランとして描くことはできない。なので本質的にはレアなおもちゃそのものへの愛着ではなく、おもちゃの資産的な価値にしか目を向けずに、手に入れるためには窃盗も辞さない男として描くことで、ようやくヴィランとしての体裁を整えた・・・そんな気がする。
結局おもちゃはどんな形であれ「大切にされること」が幸せなのだ(ラセターも実際にはおもちゃを飾ってもいることだろう)。その意味で確かに日本の博物館は天国に違いない。
この設定こそ『トイ・ストーリー』シリーズから、日本への最大限のリスペクトではないかと思う。
困難を極めた製作過程
ちなみにこの『トイ・ストーリー2』はその製作過程も困難を極めている。最後にその道のりも紹介しよう。
『トイ・ストーリー2』は製作途中で1年かけて作成したしたアニメーションデータが全て消失するというアクシデントに見舞われている。スタッフの一人が「rm -r -f *」コマンドという、参照しているディレクトリ以下の全てのファイルを消去するコマンドを実行してしまったからだ。
これにより『トイ・ストーリー2』プロジェクトフォルダの内容はほぼすべて消失。なんと全データのうち約90%が消えてしまったという。
その後、バックアップから2ヶ月前のデータを復旧。、また。他のスタッフがたまたま2週間前のバックアップデータをPCのローカルに保存していたことがわかり、0から作成し直すという最悪の事態こそ避けられたものの、約3万もあるデータを一つ一つ目視で比較して検証するという作業を行わねばならなくなった。
しかし、やっとの想いで完成までめどをつけた『トイ・ストーリー2』もプロダクションサイドの役員たちから「作り直し」の判断を突き付けられる。
は公開後、多くの批評家から前作を上回ると絶賛された。例えばハリウッド・リポーター誌は次のような総評を載せた。
『トイ・ストーリー2』は、続編としてはほとんど見られないようなことを成し遂げている。ジョン・ラセター監督率いる制作チームは、以前の映画を単にリメイクして続編とするのではなく、オリジナル映画の楽しい精神を保ちつつ、キャラクターをより深く掘り下げている」
実は私も、『トイ・ストーリー』より『トイ・ストーリー2』の方が好きだ。そこにはのちのシリーズにつながる要素が全て詰め込まれており、子供向けの作品からは脱皮しかかっている。
そしてシリーズは『トイ・ストーリー3』でさらに大きな高みへと到達していく。