『ワールド・ウォーZ』ペプシコーラが示すアメリカの現在地

ゾンビ映画といえば、低予算でも作りやすいジャンルの映画でもある。のちにゾンビ映画の巨匠として知られるジョージ・A・ロメロのデビュー作、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はロメロが新聞社に勤めながら、友人たちと作り上げた作品だ。その予算、わずかに11万ドル。
しかし、今回紹介する『ワールド・ウォーZ』はゾンビ映画でありながら超大作なのだ。その制作費2億ドル。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の約2000倍である。

『ワールド・ウォーZ』

『ワールド・ウォーZ』は2013年に公開されたゾンビアクション映画。監督はマーク・フォースター、主演はブラッド・ピットが務めている。
原作はマックス・ブルックスによる同名小説『WORLD WAR Z』だが、映画版はそれとは全く別の作品になっていると言っていい。

タイトルのZはゾンビを表しているが、日本の予告編では本作がゾンビ映画だということは極力伏せられていた。おそらくはゾンビ映画=ホラー映画と認識されて、客足が遠のくのを避けるためではないか(同じくウィル・スミス主演の『アイ・アム・レジェンド』もゾンビ要素は全く見せない予告編だった)。
個人的にはソンビにはどうしてもB級映画的なイメージがある。いくら大作映画であろうと、まさかブラッド・ピットがゾンビ映画に出演していると知って驚いた。

ブラッド・ピットが演じるのは元国連職員のジェリー・レイン。現在はフィラデルフィアに住み、妻と子供と平穏な暮らしをしている。
だがある日、子供と妻を車で送っていく際に、人々何かから逃げているのに気づく。その先には大量のゾンビが全速力で人々を追いかけ襲っていた。襲われた人間がゾンビになるまでには12秒。こうしてゾンビは爆発的に増え、都市部はいずれも壊滅。ゾンビは世界規模のパンデミックとなっていたのだ。
ジェリーは家族の安全の保障と引き換えに国連へ復帰し、ゾンビ・パンデミックの調査を行うように依頼される。

破格のスケールのゾンビ映画

それまでのゾンビ映画と言えば、限定されたシチュエーションで襲い掛かるゾンビとの攻防を描いたものが多かった(だからこそ低予算でも製作できた)のだが、『ワールド・ウォーZ』はそうではない。主人公自ら韓国やイスラエルへ趣き、感染についての情報を集めていく。
また、劇中のニュース映像でもロシアやモスクワなど世界各地の様子が映し出される。ゾンビ映画としては破格のスケールだと思う。
その一方でゾンビ映画にありがちな人体破壊などのゴア描写、流血描写はほぼ描かれない。年齢制限などのレイティングに配慮したのだろうが、それによって本作はゾンビものではあるものの、ホラー映画というより、むしろパニック映画や災害映画のような描かれ方をしている。

今日においても様々なゾンビ映画が作られているが、その原点とも言える『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』には公民権運動や人種差別を描いていると評されている(ロメロはそれを否定しているが)。そして、以後に量産されるゾンビ映画の背後には冷戦の激化による世界の終わりへの恐怖が刻まれている。
では、冷戦も終わって20年以上が経った『ワールド・ウォーZ』には何が込められているのだろうか。

2000年代以降のゾンビ映画の歴史

まずその前に、2000年代以降のゾンビ映画について簡単に見ておこう。
岡本健氏の著作『大学で学ぶゾンビ学~人はなぜゾンビに惹かれるのか~』によると、ゾンビ映画は1990年代に一旦下火になるものの、2003年から盛り返し、その年には26作のゾンビ映画が劇場公開されたという。
岡本氏はその理由として2002年に公開された『バイオハザード』のヒットと、『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『28日後…』で描かれた「走るゾンビ」という新しいゾンビ像を挙げている。だが、個人的にはバイオハザードがヒットしたから、というのは浅慮でないかと思う。本当に問うべきは「なぜ『バイオハザード』がヒットしたか」だ。

それは時代背景がどうというよりも、エンターテインメントとして優れていたからだろう。こちらも予告編ではアクションを強調し、ホラー要素は少なかったものの、映画自体はホラーならではの刺激やスリルもあり、かつアクション映画の爽快さも持ち合わせていた(これについてはマリリン・マンソンのスコアも大いに貢献していると思う)。言わばマニア向けではない、洗練されたゾンビ映画だったのだ。まぁホラーが苦手な私は『バイオハザード』『アイ・アム・レジェンド』のどちらも予告編に騙されて映画館で泣きそうな思いをしたのだが。

基本的には『ワールド・ウォーZ』の土台も同じだろう。『バイオハザード』のように洗練されたゾンビ映画であれば、ビジネスとしてヒットする可能性も大いにある(実際、『ワールド・ウォーZ』はブラッド・ピットの主演映画史上No.1のヒット作となった)。

このことを踏まえたうえで、『ワールド・ウォーZ』には何が込められているのだろうか。

ノアの方舟

おそらく、作品全体のモチーフになっているのはノアの方舟だろう。

ノアの方舟は『旧約聖書』の創世記に書かれた物語だ。人間の堕落を怒った神が、地上から生物を一掃するために大洪水を引き起こす。しかし、神は善良だったノアただ一人に、事前にその計画を伝える。
神の啓示を受けたノアは巨大な方舟を作り、家族と雌雄一対のすべての動物を舟に乗せる。
そして洪水が収まった後に、ノアは神からの許しを得て舟を出た。そして祭壇を築き、献げ物を焼いて神に捧げた。
神はこれに対して、もう今回のような大洪水は決して起こさない事を約束し、その証として空に虹をかけた。

『ワールド・ウォーZ』ではゾンビが洪水の役割を果たしている。そう考えると、ゾンビがまるで自然災害のように描かれているという見方はしっくりくる。また、映画の中で完全に安全な場所は沖に浮かぶ巨大な軍艦だけだ。そこにはジェリーの家族や、ゾンビ・パンデミックを収めるための人材が乗っている。まさにノアの方舟ではないか。
加えて、ゾンビと国家の関係も注目したいポイントだ。『ワールド・ウォーZ』のストーリーの続きを簡単に見ていこう。

ゾンビの調査でジェリーは韓国へ向かうが、そこで出会ったCIAの男から北朝鮮では将軍様の命令により、全国民の歯を抜く事でゾンビを完全に食い止めることに成功したとの情報を得る。
また、ジェリーは更なる情報を求めて、安全な場所であるエルサレムへ向かう。しかし、高い壁を築いてゾンビの侵入を防いでいたエルサレムも、避難民の歌声が外のゾンビを刺激した結果、ゾンビが壁に群がり、とうとうエルサレム内への侵入を許してしまう。

だが、エルサレムでジェリーはある少年をゾンビたちが無視するかのように走り去っていく様子を目撃する。ジェリーはイスラエルで知り合った女兵士のサガンとともに、ウェールズのWHO研究センターを目指す。
ジェリーの仮説は、少年は致死性の病気であり、ウイルスにとっての宿主にはふさわしくない、だからゾンビは少年を無視したのではないかというものだった。
その仮説を検証するには、実際に試すしかない。ジェリーは研究所へ向かう飛行機内でゾンビに襲われるというアクシンデントに遭遇、重傷を負いながらも、研究所へたどり着く。

しかし、致死性のウイルスが保管してある場所はゾンビが跋扈するエリアだった。ジェリーは絶体絶命の状況の中で、自らにウイルスを投与。するとゾンビたちがジェリーを無視するようになった。ジェリーの仮説は証明されたのだ。安堵するようにペプシ・コーラを飲むジェリー。自販機の音を聞きつけた多数のゾンビが走り寄ってくるが、皆ジェリーを避けていく。ジェリーは、ゾンビの間を悠然とした表情で歩く。そして、ジェリーか見つけた対処法は、ゾンビからの攻撃を防ぐワクチンとして世界中に配布されるようになった。

北朝鮮とイスラエル

ペプシ映画か?と思うほどにペプシ・コーラがカッコよく描かれているが、先に注目したいのは北朝鮮とゾンビに陥落したイスラエルだ。
ここで描かれているのは当時のアメリカの状況ではないのだろうか。アメリカの仮想敵国である北朝鮮はゾンビに勝利し、アメリカが実質的に建国したイスラエルはゾンビに負けた。

当時の大統領はバラク・オバマ(※)だが、外交面においては厳しい評価を与えられることも多い。
例えば、オバマは北朝鮮に対しては「戦略的忍耐」として積極的な関わりを避けた。結果、その間に北朝鮮は核開発能力を向上させてしまった。
オバマ政権の第一期目は、イスラエルとパレスチナの紛争である「ガザ紛争」から幕を開けたわけだが、各国がイスラエルを批判する中で、アメリカは一貫してイスラエルに肩入れし続けた。その結果、イスラエルは国際社会から孤立し、パレスチナとの和平交渉は停滞、オバマの中東政策は「手詰まり」との評価もあった。ガザ紛争において、イスラエル側の死傷者はほぼいなかった一方で、パレスチナ側の死者は約1300人。その多くが民間人であり、女子供、幼児まで含まれるという。
『ワールド・ウォーZ』では安全だったはずのイスラエルが一瞬にしてゾンビに壊滅させられるわけだが、それは当時の国際社会のイスラエルへの批判を反映でいるのではないかと思わずにはいられない。

ちなみに映画評論家の町山智浩氏は『町山智浩のシネマトーク 怖い映画』のなかでゾンビについて「吸血鬼のように十字架や聖水では倒せない、神なき時代のモンスター」と述べている。
イスラエルは創世記において神がエイブラハムに与えた約束の地でもある。その場所は「神なき時代のモンスター」によって壊滅させられるという物語は、いかにも「現代」を象徴している気がしてならない。

※余談だが、バラク・オバマとブラッド・ピットは遠い親戚。これに関してオバマは「美男の遺伝子がすべて彼のほうに行ってしまった」とコメントしている。

ペプシコーラが示すアメリカ

しかし、そのような現実にも最終的にアメリカが勝利するという意思をジェリーのペプシ・コーラは象徴しているように思う。『ワールド・ウォーZ』はまだ見ぬ未来のアメリカへ贈られた「勝利の美酒」なのだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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