『シャイニング』結末の意味は?写真の男はジャックなのか?

『シャイニング』が今やホラーの偉大なる古典であることに異議を唱える人はいないだろう(スティーヴン・キングを除いては)。

スタンリー・キューブリックの『シャイニング』

スタンリー・キューブリックが監督を務めた『シャイニング』はスティーヴン・キングの原作とは大きく変わり果て、原作というよりは原案とした方が正しいほど、大きく改変されている(スティーヴン・キングは映画版の『シャイニング』を猛批判した挙句、自分自身でドラマ版として再映像化を果たした程だ)。

そんな映画『シャイニング』はキューブリックならではの芸術性はもちろんのこと、一方では非常に難解な作品となっている。一つ一つの疑問点を一度に解決したら、『ブレードランナー』の解説記事の記録を抜き、本サイトでもダントツで最長の長さになってしまうだろう。
そこで今回は『シャイニング』のエンディングに絞って、考察してみたい。

『シャイニング』エンディングの謎

『シャイニング』のエンディングでは、オーバールックホテルの迷路園で息子のダニーを追いかけてきた迷子になったジャックが凍死する。その後、カメラはホテルの一角にズームインしていく。その中央にはいくつかの写真があり、1921年の舞踏会の様子を写した写真に、ジャックとそっくりな男が写り込んでいるという結末だ。

 

『シャイニング』のエンディングでジャックとそっくりな男が写り込んでいる写真
©1980 Warner Bros. Entertainment Inc.
ジャック・ニコルソンの顔は合成だが、それ以外は実際に1921年に撮影された写真をそのまま使っているという

スティーヴン・キングの原作では、ホテル自体が邪悪な意志を持っていて、ホテルの幽霊を利用して、ジャックを誘惑していく。

私は『シャイニング』について、初めの頃は「ジャックはホテルに取り込まれたのだ」と解釈していた。
もちろんそれもあり得ることだろう。だが、その写真の日付が7月4日になっていることに気づいたときに、違う解釈が浮かんだ。

「ジャックは何度も転生してはオーバールックホテルに導かれているのではないか?」

そもそも、オーバールックホテル自体がネイティブ・アメリカンの土地(埋葬地)に建てられた土地であることが指定されている(ネイティブ・アメリカンの埋葬地が「呪われた土地」だという設定は同じくキングが原作の『ペット・セメタリー』でも登場する)。

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オーバールックホテルで起きた確実な凶行は、ジャックらがホテルを訪れる10年前に、前任の管理人であるチャールズ・グレイディがホテルで妻と2人の幼い娘を殺害し、その後自殺したということのみだ。
しかし、彼もまたジャック同様にホテルに選ばれ、呪いの犠牲となったのではないか。ジャックがホテルのバーで亡霊たちと酒を飲む場面で、ジャックはグレイディとも会話を交わす(すでに正気を失いかけているジャックは、グレイディが自殺した前任者と気づいても平然と会話を続けている)。
その中でグレイディはジャックを「ずっと昔から知っている」と言う。この言葉でエンディングの写真には「ホテルに取り込まれた」以上の解釈が存在することがわかる。

そして7月4日。この日はアメリカの独立記念日だが、それはアメリカに住むアングロサクソンの話であって、黒人やネイティブ・アメリカンにとっては、独立も何も関係のない日だ。特にネイティブ・アメリカンにとってアメリカ人と名乗るアングロサクソンは、真のアメリカ人である自分たちを虐殺し、土地や資源を奪った張本人でもある。その犠牲なしにアメリカの独立も何もあったものではない。
エンディングの独立記念日の舞踏会の写真の中央で微笑むジャックらしき男は、ある意味ではそんなアングロサクソンが支配するアメリカの象徴でもある。

その支配者の象徴として、ジャックは「選ばれて」何度も転生し、オーバールックホテルへ向かい、家族を殺し、自殺していたのではないか。
家族を殺すということは、血を絶やすということだ。それはかつてアメリカ政府ががネイティブ・アメリカンの女性に対して強制的に不妊手術を施していたことを思い出させる。

キューブリックの作風

加えて、スタンリー・キューブリックの作風もある。キューブリックはその撮影技術や画の美しさ、また演技への徹底したこだわりがクローズアップされることが多いが、実は「人間の愚かさの普遍性」を繰り返し描いた映画監督ではないかと個人的には思っている。
キューブリックの映画の主人公たちは物語が進むにつれて、地獄巡りをしていくが、結局彼らは物語のエンディングで、より善良で完璧な人間となるわけではない。むしろ、彼らが脱却しようとしていた負の側面を受け入れる、諦観とでも言うべき世界観が示されるのだ。

暴力を否定しきれず、回帰していく『時計じかけのオレンジ』。
逆に『フルメタル・ジャケット』では、ごく普通の人々が海兵隊の厳しい訓練によって殺人マシンへと変貌していくのだが、それでも実際の戦場において、人間性を捨てきれない主人公を描いている。

繰り返される愚かさ

これを『シャイニング』に当てはめると、ジャックは弱さや愚かさの象徴であると考えることができる(アルコール依存症の克服中でありながらもバーで酒を飲んでしまう描写や、終盤でダニーの機転によって道が分からず凍死してしまう場面など)。

そして、人間は昔から未来まで愚かさを繰り返していく。その象徴が、あの1921年、独立記念日のジャックではないかと思うのだ(ちなみにキューブリック自身はあの写真について「ラストシーンの舞踏会の写真が、ジャックの生まれ変わりを暗示している」と述べている)。

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