『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の元になった実話は何か?

ナチュラル・ボーン・キラーズ』は1994年に公開された、オリバー・ストーン監督、ウディ・ハレルソン主演のバイオレンス映画だ。無差別に殺人を繰り返すカップルとそれを追うテレビリポーターを描いている。

ストーリーの原案はクエンティン・タランティーノ。タランティーノがまだレンタルビデオ店の店員だった頃に本作の脚本は書かれている。

『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のモデルは誰か?

なぜ本来は脚本としてクレジットされるはずのタランティーノが原案扱いなのかは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の解説を見てもらうとして、今回考察したいのは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のモデルは誰か?ということだ。
現実の世界でもミッキーとマロリーのような殺人カップルは実はそう珍しいものでもない。

だが、ここでは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』に影響を与えたと思われるカップルたちを見ていきたい。

実在の殺人カップル

ボニーとクライド

もはやあらゆる殺人者の中で、彼ら以上に有名な人物はそう多くはないだろう。
ボニーとクライドは1930年代に銀行強盗や殺人を繰り返したカップル。
ボニー・パーカーは1910年、テキサス州ローウェナで生まれた。4歳の頃に父親が亡くなり、ダラスに転居。幼い頃は成績も優秀だったが、一方では逆上すると手がつけられなくなる一面もあったという。
クライド・バロウズは1909年にテキサス州エリス郡の貧しい農家に生まれた。クライドは17歳のときにレンタカーを定められた時間に返却しなかったことで初めて逮捕される。その後も金庫破りや銀行強盗、車泥棒などを行っていた。

1930年1月に、ボニーとクライドは共通の友人を通じて出会った。しかし、その後クライドご自動車窃盗の罪で刑務所に入ることとなった。

刑務所内でクライドは性的暴行を受け、その復讐として加害者を殺害している。出所後、ボニーとクライドは再会し、犯罪を繰り返すようになる。
1967年に公開されたアーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』はボニーとクライドを描いた、アメリカン・ニューシネマの傑作だ。
彼らは少なくとも9人の警察官と4人の一般人を殺した。にもかかわらず、大衆からの支持を集めていた。当時は禁酒法と大恐慌の時代だ。酒で憂さを晴らすこともできず、また銀行はつぶれ、預金を失うものも少なくなかった。そんな中でボニーとクライドが銀行強盗を重ねていく姿は、自分たちの代わりに正義の鉄槌を下す義賊のようにも見えたことだろう。また、同時代には「大衆の敵No.1」と呼ばれたギャング、ジョン・デリンジャーもやはり銀行強盗によって大衆からの人気を獲得していた(こちらは2009年に『パブリック・エネミーズ』としてジョニー・デップとクリスチャン・ベイルの主演で映画化されている)。
ボニーとクライドはそれぞれ24歳、25歳という若さで亡くなる。その最期もあまりに劇的だ。車での逃走中に待ち構えていたレンジャー達に150発以上の銃弾を浴びせられ、絶命する。
あまりに出来過ぎたその生涯のためだろうか、ボニーとクライドはアメリカ犯罪史にとどまらず、国境を越えて様々なカルチャーの中にその名前を見つけることができる。
先に述べた『俺たちに明日はない』もそうだが、日本の音楽でも、例えば宇多田ヒカルのモンスターアルバム『first love』に収録されている『B&C』はボニーとクライドを意味しているし、毛皮のマリーズのデビューアルバムの一曲目を飾ったのは『ボニーとクライドは今夜も夢中』という楽曲だった(相変わらず音楽のセレクトが自分のシュミ全開で申し訳ありません)。

チャールズ・スタークウェザーとキャリル・アン・フューゲート

実際にミッキーとマロリーの物語はこちらを参考にしていると思ったほうがいいだろう。

なんと犯行当時二人は19歳と14歳。

チャールズ・スタークウェザーは地元でも有名な不良だった。一方のキャリル・アン・フューゲートは優等生。当然彼女の家族は二人の交際に反対する。
キャリルの両親がチャールズと鉢合わせたとき、両者は口論となり、チャールズは彼女の両親と妹を殺害する。
これは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』でマロリーが自身の両親を殺害したシーンと重なる。

その後チャールズ・スタークウェザーとキャリル・アン・フューゲートは10日間で合計11人の犠牲者を出した。
ただ、キャリルは逮捕後「逃げるのが怖かったためチャールズと一緒にいた」と供述。チャールズは死刑を宣告されるが、キャリルは終身刑の判決をうけたのち、18年後に出所している。

『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のモデルについての考察

冒頭でタランティーノは脚本を書いたにも関わらず、原案扱いだと書いた。その理由は監督のオリバー・ストーンが脚本を書き換えてしまったからだ。
タランティーノは本作を殺人カップルの痛快な冒険活劇として描くつもりだったが、ストーンはそれだけでなく、犯罪とメディアの関係を描こうと思った。
確かにそうであればメディアによってはやし立てられた、ボニーとクライドのほうがモデルとしてはふさわしいかもしれない。

実際にストーンは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を「新しいボニーとクライドの物語」ととらえ、『俺たちに明日はない』からも大いに影響を受けたという。

だが、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の過激さはその真っ当なメッセージすらかき消してしまった。今作の公開後、全米各地でミッキーとマロリーに影響を受けた模倣犯が多く現れたのだ。あのまたコロンバイン高校銃乱射事件の犯人もミッキーと同じ服装で犯行に及び、映画のセリフを叫んでいた。

オリバーストーンはこの事態に「俺の映画にパワーがある証拠さ」とうそぶいていたと言うが、なんとも皮肉な結末ではないか。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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