スコット・ピーターソンの事件は本当に『ゴーン・ガール』の元になった実話なのか?

『ゴーン・ガール』

2015年に公開された、デヴィッド・フィンチャー監督のスリラー『ゴーン・ガール』。

仲睦まじい夫婦であるニックとエイミーだが、5回目の結婚記念日に、エイミーは忽然と姿を消す。家の中にはエイミーの血痕があり、何らかの事件に巻き込まれた疑いが強くなる。夫のニックは妻の無事を願う記者会見を開くが、その際の些細な言動により、世間はやがて「夫が妻を殺したのではないか?」とニックに疑いの目を向け始める。

ネットを調べると、この『ゴーン・ガール』にはモデルとなった実際の事件があるそうだ。
それが2002年に起きたスコット・ピーターソン事件である。

スコット・ピーターソン事件

2002年のクリスマスイブ、気立てもよく、人気者だった27歳のレイシー・ピーターソンは突如自宅から行方不明となった。
当時レイシーは妊娠8ヶ月。すでに子供には「コナー」という名前をつけることを決めていたという。

夫のスコットはその朝、サンフランシスコ湾で魚釣りをするためカリフォルニア州モデストの自宅を後にしている。
夕方、帰宅したスコットは、自宅に妻の姿がないことに気づく。
レイシーの家族は捜索のための集会を開き、最初の数日で数百人もの人がレイシーの捜索に加わった。

美男美女の夫婦を襲った突然の悲劇。事件は全米の注目を集め、毎晩のようにメディアを賑わせた。はじめは誰もがスコットを無実であり、悲劇の夫だと信じていた。
だが、マッサージセラピストのアンバー・フレイが、スコットと不倫関係にあったことを警察に告発すると、事態は急変する。
それまでスコットの無実を信じていたレイシーの家族は、スコットへの支持を撤回すると発表した。
さらに警察はスコットが後に妻の妊娠後に25万ドルの保険に加入していたことを突き止めた。一方、スコットはレイシーの車を売却し、自宅も売却を検討していた。

レイシーの兄であるプロントは次々と出てくるスコットのゴシップに対し「彼が答えていない疑問があまりにも多く、私はもう彼を支持しない」とさえ述べている。
事件翌年の4月、警察は、レイシーの遺体を発見する。その場所は、クリスマス・イヴにスコットが釣りをしに行った場所の近くだった。
警察はスコットを逮捕し、裁判の結果、スコットはレイシーの殺害で第一級殺人罪、胎児の息子の殺害で第二級殺人罪で終身刑となった。
彼は現在、サン・クエンティン州立刑務所の死刑囚監房に収監され、無実を訴え続けている。
弁護団は再審請求を申し立てているが、2022年12月に再審請求は却下され、スコットは現在も仮釈放なしの終身刑に服している。

以上が事件のあらましだ。確かに『ゴーン・ガール』と近寄っている部分は大きい。
だが、ネット上には、ギリアン・フリンがそれを元に小説をかいたという証言はどこにもない。
唯一、日本版のWikipediaのピーターソンの項目で『ゴーン・ガール』の元になったという記載があるくらいだ。しかし、英語版のウィキペディアの『ゴーン・ガール』の記事(原作小説)では「フリンは、2002年にカリフォルニアで起きたレイシー・ピーターソン殺人事件にインスピレーションを受けてこの小説を書いたという説を否定」という記載がある。果たして正しいのはどちらだろうか?

『ゴーン・ガール』は実話を元にした映画なのか?

ギリアン・フリンは2012年の『エンターテインメント・ウィークリー』誌のインタビューで、この小説は実際に起きた犯罪に基づいて書いたわけではないと述べている。
インタビュアーの「『ゴーン・ガール』は特定の実際の事件をモデルにしたのか?」という質問に対して、以下のように答えている(以下原文からの意訳含む)。

「特定の事件を扱いたくはなかった。(『ゴーン・ガール』のモデルとして)スコットとレイシー・ピーターソン夫妻を例に挙げる人もいるでしょう。確かに彼らは美男美女のカップルだった。しかし、テレビに取り上げられるカップルはいつも美男美女ばかり。信じられないほど醜い人が行方不明になってセンセーションになるなんてことは普通ではありえない。私が興味を持ったのはそこで、同様の事件はいくつも起きているけれども、どのような悲劇がメディアに選ばれて、演出されるのかというところから。実際にマスディアの興味を煽るような事件とはどんな事件なのか、どんな事件であればメディアの関心が高まるのか、読者にこれならメディアが殺到すると思わせる、信ぴょう性のある事件にしたかった」

つまり、スコット・ピーターソン事件との類似は認めつつも、それが『ゴーン・ガール』に影響した事件というわけではないようだ(個人的には映画版の『ゴーン・ガール』のベン・アフレックはスコット・ピーターソンの外見に明らかに寄せてきているように見えるのだが)。

『ゴーン・ガール』に影響を与えたもの

一方でフリンはニックというキャラクターには、自分自身を投影している部分があるという。

ニック・ダンというキャラクターに、自身の一部を重ね合わせたことを認めている。ダンと同じく、彼女もポップカルチャーライターだった(実はフリンは『エンターテインメント・ウィークリー』誌でライターを10年間務めていたが、解雇されている。その経験もニックの経歴として活かされている)。
フリンは「これから一生をかけてやっていくつもりだった仕事の可能性を奪われるという感覚を、私は確かにニックというキャラクターに織り込んだ」と述べている。

他にもフリンは『ゴーン・ガール』に影響を与えたものとして、『あるスキャンダルの覚え書き』とエドワード・オールビーの『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』、『ローズマリーの赤ちゃん』を挙げている。
『あるスキャンダルの覚え書き』は1997年に起きたメアリー・ケイ・ルトーノーの事件(メアリー・ケイ・ルトーノーという当時36歳の教師が13歳の生徒と関係を持った事件)を元にした作品だが、作品の核は主人公である新人教師生徒との関係ではなく、むしろ主人公に極端な愛想を向ける上司の狂気だ。
フリンは『あるスキャンダルの覚え書き』の不吉な結末と、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』で描かれる不幸な結婚に影響を受けたという。

そもそも『ゴーン・ガール』については結婚というテーマが先にあったようだ。

「結婚について書きたかった。最初の2冊では、主人公たちはほとんど独身で、この世の誰にもほとんど執着しない状態だった。『ゴーン・ガール』はその逆、つまり、自ら進んで誰かと生涯を共にすることになった時、そしてそれがうまくいかなくなった時に何が起こるのかを探求したかったの」

加えて、フリンは学生時代の頃は犯罪についてのジャーナリストを志望していたとも述べている。

「カンザス大学でジャーナリズムを学び、ノースウェスタン大学で修士号を取得した後、犯罪記者になりたいと思っていたわ。しかし、すぐに自分には犯罪記者になる素質がないことに気づいたの。私はあまり積極的ではなく、少し弱気なところがあったから。ただ、犯罪を扱うジャーナリストにはなれなくても、ジャーナリズムは大好きだったの」

だからだろう、フリンは犯罪を扱ったドキュメンタリーに夢中であると告白している。

「私は犯罪ドキュメンタリーに夢中なの。特に自慢できることではないけど、やめられない。みんなと同じように、そういう番組を見ているの。妻が行方不明になったら、夫がやったんだと決めつける。私にとって、あれはとても興味深いアイデアだった」

ここまで見てもらえば、『ゴーン・ガール』の元になったのは、特定の事件ではなかったのがお分かりいただけたかと思う。しかし、おそらく数多の犯罪事件がフリンの脳裏にはあっただろう。「メディアを最も惹きつける事件」として、その中にあった実在の事件が無意識に作品に影響を与えたであろうことまではわからないが。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
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