『果てしなきスカーレット』竜(ドラゴン)の正体とは

※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています


細田守監督の『果てしなきスカーレット』が賛否両論の烈しい評価を浴び続けている。
私も映画館へ足を運んだが、美しい画や、ディテールに感動し、スカーレットの魅力を堪能しながらも、ストーリーの稚拙さやその他のキャクターの造形の浅さには思うところもあった。
『果てしなきスカーレット』は作品の解説も書いてみたのだが、読み返してみれば気になる点だったり、納得できないばかりの指摘となってしまった感じは否めない。果たして、私の指摘が妥当かどうか、ぜひ実際に作品を観て確かめてほしい。

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竜(ドラゴン)の正体

さて今回は『果てしなきスカーレット』の謎を一つ考察してみたい。

それはスカーレットが目覚めた地獄の世界に出現する竜(ドラゴン)である。
地獄の主のようなこの竜だが、一体その正体はなんだろう?

 

『果てしなきスカーレット』の竜(ドラゴン)
© 2025 Sony Pictures Entertainment Japan
竜の正体とは一体?

細田守自身の書いた原作小説でもこの竜に関する記載はほぼ無かった。だが、登場する以上は何かしらの意味があるはずだ。

この竜だが、気まぐれに姿を見せては、死者の上に容赦なく雷を落としていく。その姿は顔をはじめ、全身にびっしりと弓矢が突き刺さった異様なものだ。

 

『果てしなきスカーレット』の竜(ドラゴン)
© 2025 Sony Pictures Entertainment Japan
竜にはいくつもの矢が刺さっている

この竜だが、最初は盗賊団の一団に雷を落としている。次はクライマックスで描かれるクローディアスへの落雷だ。クローディアスを落雷によって死に至らしめた後、竜は鳥の群れとなって飛び去っていく。
竜の正体は鳥の集合体だったのだ。

なぜ竜には無数の弓矢が刺さっているのか

ではなぜ竜が鳥になるのか。なぜ、竜には無数の弓矢が刺さっているのだろうか?
竜の正体が鳥であることから、竜が悪人を始末する存在とも言えまい。ただの鳥がそのような人間的な善悪の概念を持ち合わせているとは考えづらい。
あくまで仮説だが、竜はその人の憎しみや怒り、暴力などの反映ではないか。それがしきい値を超えると、竜として姿を現す。竜に襲われた人々も盗賊や裏切りなど、おそらくは自身の悪の部分には気づいている。その悪の部分の集合体が竜であり、人が悪に染まりすぎるとその反動として雷を落とすのではないか。つまり、鳥を竜に変えるのはあくまで人間ということだ。

それならば全身が矢で覆われているのもしっくりくる。

 

『果てしなきスカーレット』で争うスカーレット
© 2025 Sony Pictures Entertainment Japan
兵士と争うスカーレット

『果てしなきスカーレット』は復讐の物語だ。その根幹にあるのは争いによって理不尽に奪ったものと奪われた者の連鎖だが、矢はまさに復讐を生む「争い」の象徴ではないだろうか。
竜に刺さったについて、最初は地獄でも人間は竜相手に「神殺し」をしていたのかと思った。いや、もしかしたらそうかもしれないが、それよりもその矢は現世で過去や未来にわたって実際に争いに使われてきた、何万、いや何億という矢なのではないか。矢もまた放たれたあとはその役割を終えるだろう。しかし、矢に込められた憎しみが地獄でよみがえり、竜の姿を形成しているのかもしれない。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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