※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています
1954年に公開されたエリア・カザン監督の『波止場』にはキリスト教の要素が色濃く盛り込まれている。カザン本人はキリスト教を忌み嫌っていたが、ギリシャ移民であり、元共産党員でもあったカザンは赤狩りの時代のアメリカで非米活動委員会の公聴会に呼ばれた。公聴会の場に呼ばれてなお映画人としての活動を続けるには共産党員の名を密告するほかなかった。そうして仲間を売ったカザンだが、マイノリティの出自を持つカザンがアメリカで認められるにはキリスト教的な道徳を映画の中に入れ込む方が得策だった。かくして『波止場』は1954年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演女優賞など8部門を受賞する名作となる。
さて、そのカザンのこの策は思わぬ副産物を生み出す。
薬箱のマーティ
同じ頃、ニューヨークの聖パトリック教会のプリンシペ神父は聖職者を目指すある少年を映画館に連れていき、『波止場』を見せた。
その少年の名はマーティン・スコセッシと言った。
幼い頃、リトル・イタリーで暮らしたスコセッシは持病の喘息などの薬が手放せず、病弱なためいつもいじめにあっていたと言う。つけられたあだ名は「薬箱のマーティ」。
そんな彼の救いは映画と教会だった。スコセッシは牧師を目指してイエスズ会のフォーダム大学を受験するが失敗、ニューヨーク大学の英語科を専攻するが、のちに映画学科を専攻するようになる。
スコセッシはのちに聖職者の道は諦めたものの、カザンは映画の道へ進んだスコセッシの師になった。
『最後の誘惑』のイエス像
スコセッシは自身の映画には常に宗教があるという。『タクシードライバー』、『レイジング・ブル』、『グッドフェローズ』、『ディパーテッド』など多くの作品を代表作として持つスコセッシだが、1983年に公開された『最後の誘惑』で描かれたイエス・キリストの在り方には強い批判が巻き起こった。原作はニコス・カザンザキスの小説『最後の誘惑』(日本語訳では『キリスト最後のこころみ』)。製作当時から小説『最後の誘惑』はすでにカトリック教会から禁書扱いを受けていた。
スコセッシは70年代から『最後の誘惑』の映画化を切望していたが、映画もまた製作段階から福音派の団体から妨害を受けている。
それはなぜか。イエスを女性と性的な関係を持ち、家族を築く人間として描いたことで、保守派の唱えるイエスの純潔性を否定したからだ。だが、人間としての根元的な欲求を絶ち切り十字架に死すという生き方こそがスコセッシにとっては真の救世主としてのイエスの姿であった。
著名な映画評論家のロジャー・エバートはスコセッシ同様、カトリックの家庭で育ってきた。『最後の誘惑』はキリスト教保守派、福音派から激しい批判や抗議を受けたのだが、エバートはスコセッシを擁護している。
スコセッシとロバートには第2ヴァチカン公会議以前のカトリック教育を受けたという共通点がある。
そこでは「人間としての自由は神によって制限されており、カトリック教会が唯一正しい」というものだ。
イエス・キリストの目線から物語が描かれていること。そして、イエスを私たちと同じような葛藤を抱えた一人の人間として描いたことで、多くの宗教関係者から抗議が巻き起こった。後にスコセッシは『最後の誘惑』についてこう述べている。
「私はこの映画を神への祈り、あるいは礼拝のように作った。私は司祭になりたかった。私の人生はずっと映画と宗教が占めていて、それ以外は何もないんだ。」
だが、スコセッシのこの思いは当のカトリック教会には理解されなかった。
『最後の誘惑』が公開されると、キリスト教保守派、福音派を中心に激しい抗議活動が起きた。キリスト教メディアからは酷評され、劇場の爆破予告まで起こった。さらにはレンタルビデオ店にもこの映画は置かれなかった。
「当時は私の信仰心が揺らいでいて、何か納得がいかなかった。」そうスコセッシは語っている
そんな時にポール・ムーアという大司教から手渡されたのが遠藤周作の小説『沈黙』だった。
信仰とは何か、人間のありようとは何か、スコセッシが考えていたことは遠藤周作の『沈黙』のテーマでもあった。スコセッシは黒澤明の『夢』に出演するために滞在していた日本で原作小説を読んだ。スコセッシの日本滞在は『最後の誘惑』に対する批判から逃れるためでもあった。
『沈黙』と弱き者たち
遠藤周作は作品を通じて生涯、日本人とキリスト教の在り方を問いかけ続けた。遠藤周作が『沈黙』を書いたきっかけは長崎に旅行した時に江戸時代の隠れキリシタンの展示物を見学したことだった。
そこには凄まじい拷問を受けても決して信仰を捨てず殉教したキリシタンたちの記録があった。
遠藤周作自身もキリシタンではあったが、それは幼い頃にさせられたものであり、決して信仰に篤かったわけではなかった。遠藤自身はキリスト教を出来合いの洋服を無理やり着させられたようなものと述べている。
殉教したキリシタンについて「殉教した人々は私の眼からみると意志も強く信念ある強者である」と遠藤は書いている。
もし、同じことをされたなら自分のような弱虫ならどうするだろうか?
遠藤は殉教者達よりも拷問に耐えかねて棄教した転びキリシタンの方に興味を持った。
このような経緯があり書かれたのが『沈黙』だ。
キリスト教は世俗化したユダヤ教に反発したイエスによって始まった。ユダヤ教では貧しい者、病人、卑しい仕事に就いている者はみな宗教的な罪人とされたが、イエスはそうした罪人と積極的に交際したり食事したりしていた。イエスは彼らのような者の中にも神聖さを見いだしていた。
『最後の誘惑』ではイエスがマグダラのマリアと結婚する描写がある。マグダラのマリアは一説によると新約聖書のルカによる福音書に登場する「罪の女」と同一人物であり、その出自は娼婦なのではないかとする見方もある(『最後の誘惑』でもこの見方に近い描写をしている)。
ユダヤ教の世俗化への反発から始まったキリスト教だが、その広まりとともにキリスト教もまた世俗化する。16世紀にはマルティン・ルターによって宗教改革が起きる。カトリック教会がこれを買えば天国へ行けるとされる「免罪符」を売り出すなどの堕落した行為を行っていたからだ。
従来のカトリックに対してルターの唱えたキリスト教はプロテスタントと呼ばれた。プロテスタントの勢いが増す中で、カトリック教会はイエズス会を立ち上げ、海外へと布教を広げていくことになる。
こうした波は当然日本にも及ぶことになる。
幕府がキリスト教を迫害した理由
なぜ江戸幕府はキリスト教を迫害したのか、まずはそこから紐解いていこう。
江戸幕府を開いた徳川家康は、豊臣秀吉とは異なり、当初キリスト教の布教には寛容的だったが、後にキリスト教は完全に禁教となる。江戸時代以前の戦国時代、キリスト教の信徒は日本の人口に対して2〜4%で存在していたとされる。
しかし、当時の布教は貿易とセットでもあった。日本と貿易をするにはローマ法王の許可が必要であり、そのためにはキリスト教の布教が条件であったからだ。
当時は幕府はなく各藩の大名と直接貿易を行うことも多く、キリスト教の布教を許してしまえば、大名が幕府より大きな経済力を持つ場合も出てくる。加えて大名や幕府より上の存在に神を置くキリスト教の考え方は、自らの支配力の弱まりと、民衆に反乱させる原動力になってしまうこともキリスト教が禁止された大きな理由だった。
また、一説には当時の植民地支配のやり方としてまず、最初に宣教師を送ってその国をキリスト教化し、次に軍隊を送りこみ、その地を征服し植民地にするという政策をスペインやポルトガルが取っていたことから幕府がキリスト教を禁止したのではないかという意見もある。
これは「キリスト教奪国論」と呼ばれ、宣教師が西欧諸国による日本侵略の尖兵であるという考え方で、当時の民衆には広く信じられていた。
『沈黙 -サイレンス-』
『沈黙 -サイレンス-』は1640年の長崎が舞台だ。物語は日本で布教していたクリストヴァン・フェレイラ神父が信徒への拷問の様子を報告する手紙から始まる。イエスズ会のによるとセバスチャン・ロドリゴが師でもあるフェレイラ神父が布教先の日本で棄教して、そのまま日本人として暮らしているという。
フェレイラ神父は実在の人物であり、日本管区の管区長代理として日本布教活動の中心的な人物でもあった。
フェレイラ神父が来日したのは、1609年だが、すでにキリスト教の布教は難しい状況になっていた。加えて1614年には、全国に発布された禁教令のためキリスト教宣教師は身を潜めざるを得なかった。そして1633年、ついにフェレイラ神父は長崎で捕縛される。そして他のキリシタンらとともに穴づりの拷問にかけられる。他のキリシタンが殉教していくなかで、フェレイラ神父だけは拷問に耐えきれず棄教を選び、信仰を捨てた。
このことは当時のイエスズ会とヨーロッパのカトリック教会でも衝撃を持って受け止められた。 踏み絵を踏んで棄教したフェレイラ神父は、沢野忠庵という名と妻を与えられ、日本人としてその生涯を送った。
セバスチャン・ロドリゴとフランシス・ガルペの二人の宣教師は師であるフェレイラの棄教を知り、危険を承知で長崎へと向かう。
史実でもフェレイラ神父の棄教により、多くの宣教師が日本への潜入を希望したという。その中の一人がジュゼッペ・キアラであり、キアラは『沈黙』のロドリゴのモデルになっている。
中継地点のマカオでロドリゴとガルペはキチジローという日本人を案内役として紹介される。酔いつぶれて薄汚れたその男に二人は不審な目を向ける。
キチジローの案内で二人は長崎のトモギ村に辿り着く。そこでロドリゴらが目にしたのは貧しくもキリスト教を心の拠り所として慎ましく暮らす村人と、役人による彼らへの容赦ない弾圧だった。
キチジローはかつてキリシタン弾圧により家族の中で自分のみが棄教し、目の前で家族全員を火あぶりで殺されていた。キチジローはずっと家族と主を裏切った罪の意識を持っていたとロドリゴに告白する。
やがてトモギ村にロドリゴとガルペが潜伏していることを嗅ぎ付けた長崎奉行の井上が二人の身柄を要求しに来るが、村人達は彼らを必死に匿い、その代償としてキリシタンであることが明らかになった村人3人が処刑される。
イエスの沈黙
彼らの死を見届けたロドリゴらは苦しむ彼らを前になおも神か沈黙を続けていることに疑念を抱く。
「神は死にゆく彼らの祈りを聞いた。でも叫びは聞こえたか?
これほど苦しむ彼らに神の沈黙をどう説明する?」
キチジローの密告によりロドリゴは捕縛され、通辞(通訳を指す)からやんわり棄教を勧められる。
「仏陀は人間と同じように死ぬが、イエスは永遠の存在なのだ。」
そうしてロドリゴはキリスト教の優位性を説く。
捕らえられたロドリゴの前にキチジローが懺悔を求める。ロドリゴを売り、主を裏切ってなお、神にすがろうとするキチジローにロドリゴは軽蔑を隠せない。
「悪には悪の強さや美しさがある、だが、この男には悪と呼ぶ価値もない」「なぜ主はこのような男でも愛せるのか?」
夕暮れになり、通辞はロドリゴを寺に連れていく。彼の前に現れたのは棄教し、沢野忠庵と名を変えたフェレイラ神父だった。 フェレイラ神父は日本を「沼のような国」という。キリスト教を広めようとしても根を張らず腐っていく国という意味だ。
だが、フェレイラ神父が布教したときは確かに苗が育ち葉を広げていたのではないか?ロドリゴはそう問うが、フェレイラは「日本で受容されているキリスト教は本来のものとは変質してしまっている」と語り、キリスト教における御子の概念も、日本人にとっては息子ではなく、太陽のことであり、彼らの信じる神はもはや教会の神ではないという。そして、その現実を知るにつれて、日本での布教に意味を感じなくなったとロドリゴに語る。
もっともフェレイラ神父やロドリゴが信仰するカトリックも当初のキリスト教とは変容しているという反論もできるだろう。だからこそカトリックへの反発でプロテスタントが生まれた(もちろん仏教にしても中国からそのままの形で信仰されているわけではないが)。
真のクリスチャン
その夜、ロドリゴは牢に入れられる。
ロドリゴは役人のイビキで寝ることができない。通辞を呼び止め、役人を注意してくれというロドリゴだが、しかし通辞から告げられたのは、その音はイビキではなく、拷問を受けているキリシタンたちの呻き声という事実だった。彼らはフェレイラ神父と同じように穴吊りにされていた。何度も棄教を誓った彼らだが、拷問はロドリゴが棄教するまで終わらないという。
ロドリゴの元をフェレイラ神父が訪ねる。今や「裏切り者」となったフェレイラ神父の声にロドリゴは耳を貸そうとしないが、フェレイラ神父は今なお拷問を受けている百姓を救えるのはキリストではなく、ロドリゴの棄教に他ならないという。「祈ってあの者たちの苦しみが終わるなら祈るがいい」「お前はイエスに自分を重ねている。拷問されている彼らを苦しませる権利はあるのか?」「キリストがここにいたら、人々を救うために棄教しただろう」
自らも棄教をしなければ弱き彼らがより苦しむ。信仰と棄教の間で追い詰められたロドリゴの足元に置かれた踏み絵のキリストは「踏みなさい」と初めて沈黙を破り声をかける。
踏み絵に足をかけるとき、ロドリゴの足に重い痛みが襲う。それはイエスが背負った罪と受難の痛みではないか。
スコセッシはロドリゴが踏み絵を踏むことによって、彼の中にあった誤ったキリスト教に対する考え方が覆されたのだという。「彼はそこで自分を空にした。そして『私は仕える人になるのだ』と自分を変えていった。そうやってロドリゴは真なるキリシタンになっていった」と述べている。
どういうことだろうか。
小説の『沈黙』ではロドリゴは自身が転んだことを「愛の行為」という口実を使って、自分の弱さを正当化したのかもと自身を疑い、そして自分自身がキチジローと同じ弱者になったと気づく描写がある。そんな弱者をカトリック教会は見捨てるだろうが、「踏みなさい」と語りかけてきたイエスはどうだろうか。
イエスは人の罪を購うために十字架にかけられる。
ロドリゴは自らと信徒に降りかかる苦しみをイエスの苦しみと同じであり、苦しんだ分だけ、主へ近づけると考えていた。そうして殉教した「強き者」こそ天国へ行けると思っていた。だが、それは殉教者となる自分に酔っているだけではないのか?現世の信徒の拷問の苦しみはロドリゴの棄教だけですぐに拭い去ることが出来る。
また、冒頭でロドリゴらが日本への渡航を決意したとき、ガルポは「(棄教した)フェレイラ神父の魂は呪われている」と口にする。彼らの信仰するキリスト教の厳格さと偏狭さを彼ら自身は自覚できていないことを示唆するセリフでもある。
スコセッシは『沈黙 -サイレンス-』の来日記者会見でこう語っている。「とあるアジア人のイエズス会の神父が言っていたことだが、隠れキリシタンにされた拷問というのは暴力ではあったが、同じように西洋からやってきた宣教師は暴力を持ち込んだのだと。『これが普遍的な唯一の真実である』としてキリスト教を持ち込んできたわけだが、それこそが暴力なのではないか」
棄教したロドリゴは岡田三右衛門と名を変え、江戸で暮らす。余談ではあるが、ロドリゴのモデルとなったギアラも史実では岡本三右衛門と名を変えている。
江戸でロドリゴはキチジローを召使とし、妻子と生活していた。
「一緒にいてくれてありがとう」そうキチジローに日本語で礼をいうロドリゴ。その言葉を聞いたキチジローは唐突に告解をロドリゴに求める。
ロドリゴは「もう自分は司祭ではない」というが、キチジローはロドリゴを「あなたはこの国で最後の司祭だ」という。
キチジローについては遠藤周作の短編小説『雲仙』にも登場している。
ここでもキチジローは殉教者となれずに棄教し、火炙りの拷問によって死んでいく仲間から目をそらしている。「例えば自分が信仰自由の時代に生きていたならば、決して転びものにはならなかっただろう。もちろん聖者にはなれなかったかもしれぬが、平凡に進行を守る人間だったろう。ただ、不幸にも迫害の時代にめぐりあわせ、こわかったから帰郷を誓ってしまったのである。
人はみな聖者や殉教者になれるとは限らぬ。しかし、殉教者になれなかったものは生涯裏切り者の烙印を押されねばならぬのだろうか。」
ロドリゴは何も言わずにキチジローを抱く。
実はこの場面は小説にはない。遠藤周作は「キチジローは怒って泣きながらロドリゴのもとを去った」と書いている。
「弱いものが強いものより苦しまなかったと誰が言えるのか?」
裏切った弱いユダもイエスは愛したのではないか。弱きものこそ救われるべきではないか。そう悟った瞬間、ロドリゴは今までの自分の人生が今のこの為にあったことを知る。
「私の今までの人生はずっとあの方について語っていた」
弱いもの、罪人、異教徒、全てを許し、愛する境地にロドリゴは辿り着く。それがスコセッシがたどり着いたイエスの教えの本質ではないだろうか。
許しの境地
時が経ち、年老いたロドリゴは亡くなる。仏教としての葬儀が行われるが、その手にモキチから渡された十字架が潜ませてあった。
穿った見方をすれば、スコセッシからのキリスト教への目配せと言えなくもないが、ロドリゴが「真のクリスチャンであった」ことを端的に示す場面でもある。
遠藤周作は『沈黙』から27年後に『深い河』を発表する。
インドを舞台にあらゆる人生をも包み込む広い救済を描いた。それは『沈黙』から辿り着いた、許しの境地でもあった。