『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』ワインスタインとジャニーズに思う被害者と共犯者の境界線

ジャニーズの性被害問題

ジャニーズタレントの性被害問題は昔から囁かれていた事だが、ここに来てようやく大手メディアが取り上げるようになった。
ジャニーズ事務所の創業者が過去40年以上にわたって事務所の男性アイドル達に性的虐待やセクハラを加えていたという事件だ(この容疑者は2019年に既に亡くなっている)。

今まで週刊文春などがこの問題を取り上げてきたり、元ジャニーズタレント達が告発本を出版したりという動きはあったのだが、大手メディアはどこもその動きを黙殺して大々的に取り上げることはなかった。それが変わった発端がBBCの特番でジャニーズトップによる性犯罪が報じられたという「外圧」なのが情けないが、それでもこの「犯罪行為」が世間一般に知れ渡ったことそのものは良い事だったと思う。前述のように、これまでどれほど被害者たちが声を上げようが、裁判で有罪判決が出ようが、それをメディアが取り上げることはほとんどなかったのだから。
ただ、このようなエンターテインメントの世界においては、性被害の話は氷山の一角なのかもしれない。エンターテイメントの世界が世間一般とは大きく違うのはわかるが、それでも権力を盾に成功を夢見る若者たちの心身を凌辱する行為は卑劣な犯罪以外の何ものでもない。

個人的にはジャニーズの性犯罪問題は大手メディアが取り上げる前から知っていた。ゴシップの類かと思っていたら、裁判で有罪認定されていて驚いた記憶がある。だが、そこまでの裏付けがありながら大手メディアがどこもジャニーズのその問題を取り上げてこなかったことには長年不満があった。
今はもう完全に風向きは変わった。世間の注目を集める主要なニュースの一つとも言えるだろう。となるとこの問題についても賛否両論様々な意見が飛び交うようになった。
主流は「創業者の男性について、ショービジネスの才能はあったが、その功績と性犯罪はわけて考えるべきで、ジャニーズ事務所はしっかりした責任をとるべき」という意見だろう。
だが、中には「偉大な才能を冒涜するなんて!」「中学生と言えど自己判断できただろうから、わかっていて、もしくは覚悟の上で性被害に甘んじたのではないか」という意見もあった。
個人的にはそうした意見には違和感を覚える。一方で「何らかのセクハラや性的な行為を受けた人」の全てが被害者ではないと思ってもいる。

ハーヴェイ・ワインスタインによる性犯罪

海を越えたアメリカのハリウッドも数年前に同様の性犯罪が大きな注目を集めた。ハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラやレイプまでを含む性暴力だ。
ワインスタインは映画界で多くの映画をアカデミー賞に送り込み、ヒットさせるなど絶大な権力を持つ大物として君臨してきたのだが、その裏では長年に亘って女性達に性的虐待を加えていたことが明らかになった。ワインスタインの悪質さは彼を訴えた被害者がいても、秘密保持契約や示談金によって法的にほとんどを解決してきたことだ。そのため、改めて被害を名乗り出ることやワインスタインを訴えることは契約に反することになってしまう。
だが、2017年にニューヨーク・タイムズ誌がそれまでのワインスタインによる長年の性暴力を告発する記事を掲載し、少し遅れてニューヨーカー誌も同様にワインスタインの性暴力と、その揉み消し工作や妨害工作について報じた。
これを機に多くの女性がそれまで暗黙の了解や権力を盾にまかり通っていた性暴力に声を上げていくようになった。
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』では、ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪がどのようにして明るみに出たのか、記者たちの奮闘とそれを阻止しようとするワインスタイン側の攻防が描かれる。

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は2022年に公開された伝記映画だ。監督はマリア・シュラーダー、主演はキャリー・マリガンとゾーイ・カザンが務めている。
ゾーイ・カザンは映画監督のエリア・カザンの孫にあたる。エリア・カザンで知られる名匠ではあるものの、ハリウッドでは赤狩りに屈し、仲間を売った「裏切り者」としても有名だ(だが、これについては一概にカザンばかりを責めることはできない。詳しくは『波止場』の解説を読んでほしい)。だが、ゾーイが演じるのは決して自分の信念を曲げない強さを持ったニューヨーク・タイムズ誌のジャーナリストのジョディ・カンターを演じている。同様に、キャリー・マリガンもニューヨーク・タイムズ誌のミーガン・トゥーイーを演じている。
映画は1992年にある女性がアイルランドである映画の撮影現場に遭遇する場面から始まる。ちなみに劇中では明かされないものの、この映画は1992年に公開された、マイク・ニューウェル監督の『白馬の伝説』という作品だという。製作にワインスタインが弟ともに立ち上げたミラマックスも加わっている。撮影クルーの女性と目が合い、親しくなり、彼女も撮影クルーに加わるようになる。

だが、次のシーンでは彼女は泣きながら服を抱えて町中を走っている。何が起きたのか、描写がなくても観客にはわかる。そしてこのシーンがこれから始まる映画の内容を強く暗示している。
大統領の陰謀』、『グッドナイト&グッドラック』、『ニュースの真相』ハリウッドは昔から現在に至るまで、素晴らしいジャーナリズムの映画を作ってきた。

世間を騒がせた事件に関しても、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のように数年後にはそれが映画となり、エンターテインメントとして多くの人に考えるきっかけを与えているのは素晴らしいと思う。
ただ、今作は記者たちを等身大の姿で描こうとしている。監督のマリア・シュラーダーは反面教師として『大統領の陰謀』を参考にしたという。『大統領の陰謀』はウォーターフロント事件を明らかにしたワシントン・ポスト誌の二人の記者を主人公にした作品だ。二人の記者が真実を明らかにするために強大な権力に立ち向かうということや、そして権力者側からの尾行や盗聴、取材妨害などの経緯も重なる部分がある。しかし、『大統領の陰謀』の二人が実際には家族がいたにも関わらず、独身者のように描かれているなど、彼らが「孤独な環境で孤軍奮闘した男たち」という印象を観客に与えるように改変されているのは事実だ。

ワインスタインへの告発者たち

ニューヨーク・タイムズ誌のジョディ・カンターはフェミニスト団体からの情報提供を受け、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪疑惑を調査していた。
女優のローズ・マッゴーワンやアシュレイ・ジャッド(なんとアシュレイ・ジャッド本人が出演している!)が自らの生々しい性被害を告白するが、あくまでオフレコなので記事にすることができない。ローズ・マッゴーワンは新進気鋭の女優として将来を期待されていた23歳の頃、ワインスタインにレイプされたと言う。だが、その被害を周囲の人に話してもなにも変わらなかったという。

ローズ・マッゴーワン。個人的には女優としての代表作よりもマリリン・マンソンの元婚約者というイメージが強いが、彼女が女優としていまいちブレイクできなかったのも、ワインスタインの影響が関係していたとしたら残念なことだ。
ローズ・マッゴーワンは2007年に公開されたロバート・ロドリゲス監督の映画『プラネットテラー in グラインドハウス』で主演を務めているが、当初はロドリゲスの映画には出られないと思っていたという。ロドリゲスとワインスタインは2005年に公開された『シン・シティ』でタッグを組んでおり、マッゴーワンは『シン・シティ』を気に入ってはいたが、ワインスタインのブラックリストに名前が載っていたために出演は叶わなかった。
ロドリゲスはその経緯を知って、ワインスタインに思い知らせるためにあえてマッゴーワンを主役に『プラネットテラー in グラインドハウス』を製作した。ちなみにその後ロドリゲスとマッゴーワンは交際に発展するも破局。ロドリゲスにはマッゴーワンを主役として『バーバレラ』のリメイク作品を撮る構想があったが、こちらの企画も中止になってしまった。

また映画には姿こそ表さないが、告発者の一人としてグヴィネス・パルトローも登場する。
彼女はワインスタインのプロデュースした『恋に落ちたシェイクスピア』でアカデミー賞主演女優賞を獲得するが、その裏ではやはりワインスタインから性被害を受けていた。グヴィネスがその事を当時のパートナーであったブラッド・ピットに告白すると、ブラッドはワインスタインの胸に指を突きつけ、「二度と俺の彼女にあんなことをするな」と言ったという。なお、今作『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の製作総指揮にはブラッド・ピットが名を連ねており、製作もブラッドの映画制作会社である「プランBエンターテインメント」が担当している。

被害者は誰か?

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を男性対女性の構図で見てしまうと本質を見誤るかもしれない。
本質は性犯罪が起きてしまい、しかもそれが隠蔽されてしまう構造をいかに崩し、真実を明らかにするかだ。そこは性別ではなく、個人一人一人それぞれの被害やトラウマがある。もちろん、女性だからという問題ではないし、声を上げなかった人たちが非難されるのも違うだろう。

さて、日本のジャニーズ問題だが、著名人の擁護意見の中には「男色は日本の伝統」という意見もあった。流石にそれとジャニーズの性犯罪とは区別するべきだろう。仮に両者が心からの合意の上で同性愛関係になったとしても、今の刑法では未成年への性行為はれっきとした犯罪だ。ジャニーズの中ではそうした性被害に遭ったことを少年たちが笑いながらあっけらかんと話すこともあったという。
だが、彼らはジャニーズ外の友人達にも同じように笑いながらその話をできるのだろうか?心を守るために自嘲的な笑いが生まれ、同じ境遇にいる仲間だからこそ話すことかできたのではないか?個人的にはジャニーズの性犯罪への非難は遅すぎるくらいだが、ひとつの正義として肯定的に見ている。
擁護意見で唯一頷けるのは、ジャニーズの性的な行為を受けた少年の全てが被害者ではないという点だ。
ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪は罰せられて当然だが、中には逆にワインスタインに積極的に性的なサービスをした見返りにキャリアを得た人物もいるのではないかと思う。
その意味では『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』にはどうしても偏りは見られる。

被害者と共犯者の境界線

フランスを代表する女優のブリジット・バルドーは一連のセクハラへの女優たちの告発を「偽善的」と非難したことで話題になった。
彼女は「ほとんどのセクハラ告発者は、偽善者ぶっている。なんてバカバカしい」「プロデューサーに思わせぶりな態度を取り、役をもらうとする女優はたくさんいる。それなのに彼女たちは口を揃えて『性的被害を受けた』と主張している」と述べた。
この発言は当然大批判を浴びたわけだが、個人的には「中にはこのような人もいるかもしれない」とは思う。それはジャニーズの問題にしても思うことだ。

そうした人々は加害者にとってある種の免罪符を与えてしまう。他の人の何気ない仕草やファッションにすら、お互いの了解があると思わせてしまう危険性もある。大多数は性犯罪の被害者であると思うが、ある意味では性犯罪を利用したごく少数の人々はむしろ共犯者と言えるのではないだろうか。もちろん、メディアの沈黙もその一つだ。ニューヨーク・タイムズ誌は沈黙しなかった。日本のメディアにも真実を求める強さを持ってほしいと思う。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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