『宇宙戦争』9.11の衝撃と恐怖

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


この映画はアメリカイズムの否定だ。

大人になってようやく『宇宙戦争』で描かれているものがわかるようになってきた。
高校生の頃にリアルタイムで映画館でも観たが、超大作の割には暗く、カタルシスの少ない映画だなと思い、当時はあまり評価できない作品だった。

『宇宙戦争』は2005年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演のSF映画だ。原作は1898年に出版されたH・G・ウェルズの同名小説だが、1938年のラジオドラマ版や、その後の1953年に公開された映画『宇宙戦争』にも影響を受けている。

港で働く港湾労働者のレイは別れた妻のもとで暮らす子供たちを週末に預かる。息子のロビーとその妹で娘のレイチェル。
だがレイはそんな子供たちと上手く関係性を築けない。
レイの家の回りで同じ場所に何度も稲妻が落ちる。レイチェルとともに自宅に避難するレイ。
翌朝、町は停電になり、車をはじめとしてあらゆる電気器具が動かなくなっていた。雷の落ちた場所には多くの野次馬が集まっていた。すると突然その場所から地割れが起こる。地面のなかで何かが動き出す。
そして、地面の中から三本足のマシン「トライポッド」が動き出す。トライポッドはビームを出し、一瞬で人々を灰にしていく。
レイはロビーとレイチェルに1分で荷物をまとめるように言い、二人を連れて車で街から離れる。
だが、その時すでにトライポッドは世界中で猛威を奮っていた。

ここでは『宇宙戦争』が描こうとしたものは何か。そのヒントを探っていこう。

ヒーローの対極

『宇宙戦争』の公開は2005年だが、その約10年前の1996年には『インデペンデンス・デイ』が公開されている。『インデペンデンス・デイ』は『宇宙戦争』を現代版にリメイクした作品で、これぞハリウッドというSFエンターテインメント作品に仕上がっている。
『宇宙戦争』で宇宙人を倒すのは人間ではなく古来から地球上に存在する微生物だが、『インデペンデンス・デイ』では人間が作ったコンピューターウイルスだ。
ウィル・スミス演じるヒラー大尉もジェフ・ゴールドブラム演じるデイヴィッド・レヴィンソンも能力はあるがどこか冴えない人物だ。だが彼らは敵の母船へ向かい、前述のコンピューターウイルスでもって敵を壊滅させるという、アメリカ映画の主人公らしい活躍を見せる。

だが『宇宙戦争』ではそうではない。主人公のレイを演じるのはトム・クルーズだが、今作では『ミッション・インポッシブル』に代表される世界の危機を救うアクションスターというイメージからは対極の男を演じている。
元々トム・クルーズはアクション俳優ではなく、演技派の若手俳優として注目されていた。『卒業白書』ではゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネート、『7月4日に生まれて』ではゴールデングローブ賞主演男優賞受賞、アカデミー賞主演男優賞ノミネートなどの高い評価を得ている。その演技力で今作のようなダメ親父役でも自然に見せることが出来ている。個人的にはあの端正なマスクも頼りなさという意味では役柄に説得力を与えているようにも思うが。

さて、このレイだが、世界を救うような活躍をするわけではない。まずここが従来のハリウッド的な主人公像とは大きく変わるところだろう。レイは宇宙人に立ち向かわず、子供たちを連れてひたすら逃げる。
スピルバーグもこのレイのキャラクターについて「トムは逃げて隠れるけど、それはすべて家族を守るためなんだ。質問のとおり、これは彼にとっては今までとは全く違う役どころだよ。彼はこれまでスーパー・ヒーローを演じてきたけれども、今回はスーパー・ファーザーなんだ。」

2007年の映画『アイ・アム・レジェンド』は『宇宙戦争』と同じく古典的なSF映画をリメイクした作品だが、主人公はやはり英雄的な存在として描かれる。
主人公のロバート・ネビルはウイルスによって人類のほとんどが死に絶えた世界で生き残ったわずかな人類の一人だ。彼はウイルスによって凶暴化した人々(ダークシーカーズ)との戦いと彼らの治療を目指している。
ネビルとダークシーカーズの争いは熾烈を極め、もはや手立ての無くなったネビルは自分の命と引き換えに、人類を救うきっかけとなる血清を仲間に託すという主人公らしい結末が用意されている。

レイはこのような英雄的な動きをするわけではない。宇宙人から逃れるために娘と共に民家へ逃げ込む。そこにいたのは救急車運転士のオグルビーという男だ。オグルビーは娘を亡くし、レイのように守るものもなにもない。盛んに宇宙人と戦おうとするオグルビーをレイは諌める。
これまでのSF映画であれば、逃げようとする怯えた人々を尻目に一人敵へ立ち向かう姿が主人公らしい勇気のはずだ。だがレイはまるで逆だ。レイには守るべき家族がいる。

親子の物語

スピルバーグは自身の映画について、どれも「私の映画は、両親が離婚した子供たちに向けられたものだ」という。スピルバーグの映画には物語を通じて親子が成長していく作品が多い。
ジュラシック・パーク』では子供嫌いだったアラン・グラントはハモンドの孫のティムとレックスを恐竜達から命がけで守っていく。そして彼らは擬似的な親子とも言える絆で結ばれていく。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は実在する詐欺師、フランク・アバグネイルの前半生を描いた作品だが、フランクが詐欺をしてまで成功を目指した理由には愛する父に幸せになってほしい一心からだった。
『宇宙戦争』もそうだ。子供が来ることになってもレイの家の冷蔵庫にはマトモな食べ物がなく、リビングには彼の趣味であろう車のエンジンが大きなスペースを占めている。いわばレイは大人になりきれない男なのだ。だがトライポッドの来襲によって、彼は子供たちと初めて向き合い、父親として彼らを必死に守り抜こうとする。
前述のように、スピルバーグもレイの人間像についてヒーローではないと明言している。『宇宙戦争』はレイを敵に立ち向かう英雄ではなく、家族を守るために行動する一人の父親として描いている。

翌朝、オグルビーは叫びながら穴を掘っていた。窓の外ではトライポッドが人間の血液を吸収し、辺りには彼らのものと思われる赤い植物(レッド・ウィード)で埋め尽くされていた。
「俺の血は絶対やらねぇ!」そう言いながらオグルビーは穴を堀り続ける。
「お前のせいで俺の娘は死なせないぞ」そう言うレイだったが、オグルビーはなおも声を発し続ける。彼は恐怖に苛まれ、精神に異常を来していた。
「この穴は地下鉄に通じてる。そこに軍隊を隠して奇襲をかけよう!」
靜かにできず、またオグルビーも暴力性を見せ始めたことで、レイはオグルビーを殺す決断をする。ほかでもない、愛する家族を守るために。

ここではっきりとレイはアメリカのヒーロー像から異なることを示して見せた。

9.11の衝撃とテロの恐怖

ではなぜこの映画はアメリカらしさを否定しているのだろうか?それは『宇宙戦争』はSF映画の体裁をとりながらも9.11の衝撃と恐怖を描いた作品でもあるからだ。
『インデペンデンス・デイ』はタイトルからしてそうだが、アメリカを礼賛するような作品とも言える。そこに見えるのは冷戦が終わり、世界のリーダーとなったアメリカの姿だ。
戦闘機での宇宙人への最後の総攻撃の前にアメリカ合衆国大統領のホイットマンが、パイロット達にこう呼びかける。

「勝利を手にしたら7月4日はアメリカの祝日だけでなく、人類が確固たる決意を示した日として記憶されるだろう。
我々は戦わずして絶滅はしない!我々は生き残り存在し続ける!
それが今日我々が称える人類の独立記念日だ!」

彼は一国の大統領に過ぎないのだが、それでもアメリカの大統領であるということは世界のリーダーの役割も同時に背負うということなのだろう。

だが、9.11を経た後のアメリカはガラリと変わる。
中東の反米組織がソ連に代わる新たな敵となった。そしてまたいつアメリカに新たなテロが起きるかも知れない。そういった恐怖を『宇宙戦争』は作品に反映させている。
車で街から逃げる途中、窓の外の崩壊していく街並みを見ながらレイチェルは「テロなの?」と叫ぶ。世界貿易センタービルに旅客機が衝突していったように、『宇宙戦争』でも旅客機の墜落シーンが描かれる。
スピルバーグは本作について「僕たち自身がテロリストたちに攻撃されるかもしれないことをどれほど恐れているかを反映している」と述べている。

等身大のアメリカの「今」

9.11のテロはそれまでのアメリカの在り方が否定された出来事でもあった。
皮肉なことにアメリカが推し進めてきたグローバリズムがあったからこそ9.11のテロは実行できた。国境を越えた人の移動が容易だったからこそテロリストはアメリカに入国できた。だが、それまでアメリカが信じていたものは世界貿易センタービルと同時に崩れていく。ヒーローではないアメリカ。レイを通してスピルバーグは2005年の等身大のアメリカを写そうとしたのではないか。

2005年当時、9.11に端を発するイラク戦争は形式的には終わっていたが、まだイラクではまだ実質的には戦闘状態が続いていた。
アメリカは9.11の報復として、サウジアラビアを空爆。そしてタリバンを支援していたと目されるイラクと2003年に開戦。しかし、そこに待ち受けていたのは第2のベトナムと呼ばれるほどの終わりの見えない戦争だった。イラク戦争ではのべ50万人の兵士がPTSDになったという。
なぜスピルバーグが『宇宙戦争』という映画を撮ったか。

アメリカが先頭に立ち、未知の敵を倒す『インデペンデンス・デイ』、比べて『宇宙戦争』はアメリカはなす術なく、立ち往生している。
『宇宙戦争』で宇宙人を倒したのは核兵器でも人間の科学技術でもなく、古来から地球にあった微生物であった。
オグルビーはトライポッドの脅威についてこのように述べる。
「世界最強の国が2日でこのザマ」
超大国であったアメリカを震撼させたのはもまた、たった5つの旅客機だった。

『宇宙戦争』はテロの恐怖に直面したアメリカを示しているのではないか。冒頭に述べたような「強いアメリカ」の仮面を剥がし、アメリカのリアルな現実を刻み込んだ作品だと言えるだろう。

 

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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