『トゥルーライズ』が描いてしまった本当の嘘とは?

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


これを書いているのは2023年の8月6日だ。今も『バーベンハイマー』での炎上が収まる気配はない。

『バーベンハイマー』

『バーベンハイマー』とはもともと『バービー』と『オッペンハイマー』という作風がまるっきり違う二作が アメリカで同時公開され、どちらもヒットしていることに対して、その二作を総称するための呼び名だった。
だが、『バーベンハイマー』はネットユーザーの作ったバービーと原爆の組み合わせ画像が話題になるにつれて、そういった画像を指す言葉として世界に広まっていった。
笑顔のバービーのヘアスタイルが原爆のキノコ雲になったものや、バービーの後ろに原爆の爆発が描かれたものなど、『バーベンハイマー』の画像は多岐にわたる。
もちろん、被爆国である日本と日本人にとっては不愉快であることは当然だが、『バービー』の公式SNSアカウントがそうしたバーベンハイマー画像に好意的な返信をしたことで、日本国内でさらに批判が強まっている。
ここにあるのは日米の原爆観の違いだ。原爆投下についてアメリカでは今でも「原爆投下によって、日本との戦争を早く終わらせ、被害者を少なくすることができた」と考える人が過半数を超えている。
日本で同じように原爆投下を擁護する人はほとんどいないだろう。原爆投下については、そもそも戦争そのものが悪いという考えと、アメリカによる必要のない大量殺戮であると考える人ほとんどではないだろうか?いずれにせよ、原爆が後世にも多くの苦しみを残す非人道的で忌むべき存在であることは共通している。もちろん私も戦争そのものを否定はしないが、原爆の投下は既に必要のないことだったと考えている。
だが、『バーベンハイマー』が示したものはまだまだ唯一の核使用国であるアメリカでは核兵器の恐ろしさをわかっていないのではないかということだ。

『トゥルーライズ』

そこでにわかに再注目されているのが1994年に公開された『トゥルーライズ』だ。監督はジェームズ・キャメロン、主演はアーノルド・シュワルツェネッガーが務めている。『ターミネーター』、『ターミネーター2』に続くキャメロンとシュワルツェネッガーのコンビとなる作品だ。
タイトルは本当の嘘という意味になる。この作品にはいくつかの嘘が登場する。例えばシュワルツェネッガー演じるハリー・タスカーとの夫婦生活に退屈を感じ、スパイを名乗る男とのデートに刺激を感じる妻のヘレン。彼女はもちろんスパイ男とのデートについてはハリーに嘘をついて隠している。
だが、ここで言う本当の嘘とは、ハリーがセールスマンではなく、国家直属のスパイ組織オメガのトップエージェントだということだ。

家族には仕事についてコンピューター関係のセールスマンという建前にしているのだが、そのせいで家族からは退屈な夫、つまらない父と思われてしまい、前述のようにヘレンは浮気に走り、娘は非行を覚えつつあった。
一方でハリーはテロ組織の「真紅のジハード」を追っていた。ハリーは組織のリーダーであるアジズを追うが、間一髪で逃げられてしまう。
ある日、妻の職場を訪れたときに妻の不倫に気づいたハリーはスパイとしての権限を最大限に活用して、妻の動向を探る。妻が日々の生活に刺激を求めていると知ったハリーは、妻を拉致し、素性を隠したままスパイとしての任務を与えることにする。
だが、そんな中、アジズの一味がハリーらを襲う。二人は一味に拉致され、フロリダ湾沖の島にある、彼らのアジトへ連行される。「真紅のジハード」の目的はアメリカ軍をペルシャ湾から撤退させること、その要求が受け入れられない場合はアメリカを核攻撃するという。ハリーはアジズの指示で渋々自身の正体を妻に明かす。

荒唐無稽な原爆描写

元々はフランス映画の『La totale!』を観て気に入ったシュワルツェネッガーがキャメロンにリメイクを持ちかけたことが本作の企画のきっかけだ。
さて、ではなぜ『バービーハイマー』と同時に『トゥルーライズ』が注目されているのかという点だが、それは『トゥルーライズ』における核兵器の描写が荒唐無稽だったからだ。もちろんハリウッド映画で核の恐ろしさが十分に描かれないのは『トゥルーライズ』に限ったことではないが、それでも『トゥルーライズ』はそのいい加減さが際立った作品ではないだろうか。

ヘレンとハリーはテロリストたちの監禁から抜け出し、核攻撃を止めようとするが、またしてもヘレンはテロリストの人質になってしまう。彼らはヘレンを連れて第一の攻撃目標であるフロリダを目指した。
ハリーはテロリストの手から間一髪でヘレンを救出する。
その時、彼らのアジトの小島に仕掛けられていた核ミサイルが爆発する。キノコ雲をバックにハリーとヘレンは口づけを交わす。映画を観る限りでは恐らく爆心地まで数キロもないはずだ。遮るものの何もないはずなのに、彼らは閃光を直視しないようにしているだけで、他に核爆発へ特別の備えをしている様子は見られない。「これだけやっていれば他は問題ない」とでも言うようだ。

言っておくが、この作品は真面目なアクション映画ではなく、コメディだ。
そのために「深紅のジハード」にも笑いを感じる場面が設けられている。例えば「深紅のジハード」のリーダーがアメリカ政府を脅迫するためのビデオメッセージを撮影する場面、最も大事なところでテープが切れてしまう。が、それに気づかず最後まで情熱的な演説をする場面は笑いどころの一つであるし、他のスパイ映画やアクション映画への目配せも多い。
序盤のダイビングスーツから一瞬でタキシードへ変身する場面は『007』シリーズを彷彿とさせるし、ヘレンがハリーの戦闘能力の高さを目の当たりにし、「私の夫はランボー?」と呟く場面もある。これはもちろん、シルヴェスター・スタローンの代表作である『ランボー』シリーズを指す。ちなみに1980年代の肉体派アクション映画全盛期にはシュワルツェネッガーとスタローンは強烈なライバル関係にあり、映画の中で何人殺したかなどを競いあっていたと言う。

また『トゥルーライズ』は後のアクション映画に様々な影響を与えてもいる。
2019年に公開された『ジョン・ウィック:パラベラム』ではキアヌ・リーヴス演じる凄腕の殺し屋、ジョン・ウィックが馬に乗ってバイクに乗った刺客達と戦うのだが、恐らく『トゥルーライズ』の影響は多かれ少なかれ、確実にあるのではないかと思う。『トゥルーライズ』では馬に乗ったハリーが、バイクで逃亡するアジズを縦横無尽に追いかけ続けるシーンがある(馬に乗ったハリーを思わず二度見してしまうアジズがコミカルだ)。

9.11後の世界とテロリスト

実は『トゥルーライズ』はサブスク全盛の今の時代において最近まで配信されていなかった作品であり、1994年に公開された映画の中でトップ3に入る成功をしているのだが、Blu-rayも発売されていない。続編の計画もあったのだが、その後に起きた世界同時多発テロ(9.11)によって続編企画は無くなってしまった。
に影響を与えたのはハリウッドの映画であるという論評を目にしたことがあるが、逆に言えばあのテロが起きるまで「こんなテロ攻撃が現実に起きるはずはないだろう」という思いを大なり小なり皆が抱いていたということだろう。
だが、それは9,11によって現実となり、『宇宙戦争』のように次は映画が現実世界のテロに影響を受けるようになってしまった。ソ連とともに崩壊した冷戦だが、中東のイスラム原理主義のテロ組織が新しいアメリカの敵となった。
ジェームズ・キャメロンは「9.11後の世界ではテロリストをコミカルに描くことはできない」と述べている。そう、本当のテロの恐怖をアメリカが知った後では。

本当の原爆の恐怖

そういった意味では本当の原爆の恐ろしさをアメリカはまだわかっていないのではないかと思う。いまなお『バーベンハイマー』が受け入れられていることがそれを示している。

冒頭の8月6日は広島に原爆が投下された日だ。
爆心地から1.2kmの中にいた人々は半数がその日のうちに亡くなり、また3㎞の距離でも電柱や樹木は丸焦げになったという。間違っても目を閉じる程度では原爆被害は防げない、死んでいても全くおかしくはない。
だが、それでもアメリカでは不自然とは思われなかった。それがアメリカ人にとっての原爆のイメージなのだろう。もちろん、私も子供の頃に『トゥルーライズ』を観たときには不思議には感じなかった。だが、改めて原爆被害を学ぶとどうしてもこの場面は不自然に映る。

『トゥルーライズ』の本当の嘘

一点、『トゥルーライズ』を擁護するならば、ジェームズ・キャメロンが原爆被害を知らないはずはない。『ターミネーター2』ではサラ・コナーの悪夢として、「審判の日」の瞬間が描かれる。審判の日とはスカイネットが核ミサイルをロシアに向けて発射した日だ。その報復としてアメリカはロシアから核攻撃を受け、世界規模の核戦争へと突入していく。
ロサンゼルスに核ミサイルが落ちた瞬間、サラの体は炎に包まれる。そして超高温の熱線により一瞬で体は炭化、そして次に来る爆風で骨と化す。恐らく、ミサイルが落ちて骨になるまで数秒もないだろう。
また、ジェームズ・キャメロンは2009年に来日した際に長崎と広島の両方で被爆した「二重被爆者」である山口彊氏に面会したという。キャメロンは『アバター4』の公開前に原爆についての映画を撮るだろうとも発言している。
『トゥルー・ライズ』の本当の嘘は原爆の恐ろしさを矮小化したことではないか。
8月6日の空を見上げながら、そう遠くない未来にこの日がアメリカにとっても悼むべき日として刻まれることを願う。

最新情報をチェックしよう!
NO IMAGE

BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

CTR IMG