名言だけではない『コマンドー』に見る1980年代のアメリカ

1984年に公開された『ターミネーター』でアーノルド・シュワルツェネッガーは主人公を殺しに来る殺人アンドロイドを演じ、一躍ハリウッドの人気俳優に仲間入りした。
その人気ぶりを反映して1991年に公開された『ターミネーター2』では一転して味方の側のアンドロイドを演じている。

『コマンドー』

正義の味方ということで言えば『ターミネーター』の翌年に公開された『コマンドー』でシュワルツェネッガーは引退した元コマンドー部隊の隊長を演じている。監督はマーク・L・レスターが務めている。

かつて元コマンドー部隊の隊長を務めたジョン・メイトリックスは現在は軍を引退し、人里離れた山奥で娘とともに平穏な日々を暮らしていた。だが、メイトリックスの元を訪れた元上官のカービーはかつての部下たちが次々に暗殺されているとメイトリックスに告げる。
そしてカービーはメイトリックスの家に護衛の部隊を配置して去っていく。
だが、その部隊も直後に強襲してきた敵組織によって壊滅させられ娘のジェニーは拉致される。そしてメイトリックス自身も組織に連行される。

この一連の襲撃事件の犯人は、メイトリックス率いるコマンドー部隊に失脚させられた、南米の社会主義国家バル・ベルデ共和国の独裁者であるアリアスであった。さらにはその中にかつての部下であり、過去に死んだとされていたベネットも加わっていた。
アリアスらは娘の命を引き換えにメイトリックスにバル・ベルデの現大統領を暗殺させようとする。メイトリックスはバル・ベルデへ向かう飛行機に乗せられるが、機内で組織の一員であるエンリケスを暗殺し、脱出に成功する。

そして一味の一人であるサリーに絡まれていた客室乗務員のシンディも巻き込み、メイトリックスは娘を取り戻すために行動を開始する。

『コマンドー』は日本ではアクション映画というよりもその支離滅裂さ、迷言ともいえる台詞の数々を楽しむカルト映画としての側面も大きい。いくつか紹介しよう。

『コマンドー』の名セリフ・迷言

「礼状はあるの?」

「ジェニー、お父さんと大事な話がある んだ」
「そう、令状はあるの?」
「きついジョークだ」
メトリックス宅を訪れたカービーに対する娘のジェニーの応答だ。
ジェニーは11歳の設定だが、カルチャークラブを見て「なんでこの歌手がボーイ・ジョージなんだ?ガール・ジョージにすればすっきりするのに」というメイトリックスに対して「もう、パパったら古いんだ」などのおマセで辛辣なセリフが多いことでも知られている。

「あれは嘘だ」

ベネットの部下のサリーを拷問する時のセリフ。
崖の上に立ち、腕一本で人間を逆さ吊りにするというシュワルツェネッガーの肉体を活かしたシーンだ。
連行中の飛行機の中ではサリーに対して「気に入った、殺すのは最後にしてやる」と話していたメイトリックスだが、前述の台詞について「あれは嘘だ」と言い、足を掴んでいた手を放して殺す(その後シンディに「あいつはどうしたの?」と聞かれると「放してやった」と返すのもなかなかの名言だろう)。

「OK」

「言うこと聞かないと娘が死ぬ。OK?」
「OK!」(射殺)
「OK」と言った直後に撃つという『コマンドー』らしさ溢れるシーン。
実は原語ではメトリックスは「wrong」と言っているが、テレビ朝日版の翻訳を行った平田勝茂の判断で「OK」という吹き替えになったそうだ。

「筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」

しかし、いちばん有名なのは「筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」だろう。
このセリフはベネットの部下とメイトリックスがショッピングモールで戦っている時に警備員がメトリックスを表したしたセリフ。このセリフは他にも訳によって「筋肉隆々のそりゃ物凄い大男だ」などのセリフがあるが、やはり「筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」に代わるインパクトある台詞はなかなかないだろう。
ちなみに英語での元々の台詞だと「He’s one gigantic motherfucker.」。こちらはくそったれのデカブツという意味になる。

また台詞以外にも、敵の拠点のどこに娘がいるかもわからない状況でメイトリックスが建物を片っ端から爆破していくなどの何も考えていないかのような行動も見受けられる。

『コマンドー』に見る1980年代のアメリカ

だが、コマンドーはただの荒唐無稽なアクション映画でも、2ちゃんねる系のネタ映画でもない。もちろんそれらもコマンドーの一面ではあるが、1980年代のアメリカをある意味で端的に表している作品でもある。

当時のアメリカ大統領のロナルド・レーガンは銀幕出身の大統領だ。レーガンはしばしスピーチの中に映画の台詞を混ぜ込むなど、自らの出身との親和性をみせていた。
また人工衛星を使った防衛は通称「スター・ウォーズ計画」とも呼ばれた。
レーガンの中ではソ連は銀河帝国のように映っていたのだろう。
実際にレーガンはソ連を「悪の帝国」と呼んだり、さらにはラジオのサウンドチェック中に「アメリカ国民の皆さん、私は今日、ロシアを永遠に非合法化する法案に署名しました。5分後に爆撃を開始します」というジョークを飛ばしてしまい、ソ連とアメリカの緊張関係を加速させてしまったこともある。

世界のリーダーとしての「強いアメリカ」

レーガンは「アメリカを再び偉大に!」のキャッチフレーズで大統領選挙を勝ち抜いた。偉大なアメリカ、それはアメリカが経済の面でも軍事力の面でも世界のリーダーとして君臨するということだ。
レーガンはフォード以来の共和党の大統領であったが、1980年代のアクション映画もレーガン政権に呼応するかのような作品が増えていた。

例えば『ランボー』シリーズもその一つだろう。最初の『ランボー』はシリアスで止むに止まれず戦い続けるというすとーりーではあるし、その人物像も屈強な元軍人というだけではなく、その素顔は繊細で多くのトラウマや傷を負っているという設定ではあるが、「ベトナム戦争の帰還兵への同情」という視点は市民というよりも国家としての目線に近いものだ。その後の『ランボー』シリーズが回を増すごとに無敵の元軍人として描かれるようになったのは言うまでもない。
三作目の『ランボー3/怒りのアフガン』ではアフガニスタン侵攻のゲリラ兵士たちをソ連侵攻に抵抗する正義の存在として描いたが、現実ではその後彼らの中からタリバンなどのイスラム原理主義が台頭し、アメリカにテロを仕掛けるというのはなんとも皮肉だ。

このように主人公は好戦的で、一人で大勢の敵を倒すヒーローのように描かれている。そして善と悪がはっきり分かれているものも多い。
『コマンドー』もその一つではないかと思うのだ。『ランボー3/怒りのアフガン』は101分の本編中で108人が死ぬことから最も暴力的な映画として当時のギネスブックにも掲載されたが、『コマンドー』も92分の本編で74人が死ぬ。

もっとも、この当時アーノルド・シュワルツェネッガーとシルヴェスター・スタローンは強烈なライバル関係にあり、アクションスターとして互いに強く意識し合っていたという。
スタローンとシュワルツェネッガーが初めて本格的に共演した作品である『大脱走』の公開時のインタビューでシュワルツェネッガーは以下のように述べている。
「1980年代の僕たちは若かったし、2人ともお互いのことを脅威だと感じていたと思う。どちらが先に面白い作品を作るか、どちらの興行成績の方が良くて、どちらが金を稼いでいるのか・・・。そしていつしか、どっちがよりデカい銃をぶっ放したか、どっちの筋肉がすごいのか(笑)となっていった。全ての面で『あいつには負けたくない』と思っていたし、お互いにライバル心を燃やしていたんだ」
当然、映画の中で何人殺したかも競っていたという。

バル・ベルデとレーガンの反共姿勢

話を『コマンドー』に戻そう。今作は反共という意味でもまたレーガン政権との親和性が見られる。
若い頃、レーガンはハリウッドの俳優の中でも政治的に保守的な人物だった。
俳優時代から赤狩りに協力した。

赤狩りをテーマにした映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の中にもレーガンは赤狩りへ積極的に協力する人物として登場している。
もちろん大統領になってからもレーガンは強烈な反共主義者だった。
先に述べたスター・ウォーズ計画も、ソ連も対抗して軍事に国費を使うことによりソ連の経済状況を悪化させ、民衆に体制への不満を募らせてソ連の崩壊が起きやすくすることが目的だった(スター・ウォーズ計画自体は失敗になるが、それ以外はほぼレーガンの想定通りに事が運んでいる)。

また中南米の社会主義国化も問題であった。外交に関して穏健だった前大統領のカーターと違い、レーガンは積極的に社会主義政権の誕生を阻止しようとした。
その具体例がニカラグアだ。1979年に革命が起き、ニカラグアは社会主義国家となったが、その直後に反政府組織との内戦が勃発した。レーガンはニカラグアの内線に積極的に介入し、反政府組織への支援を行っている。

『コマンドー』の舞台となるバル・ベルデは架空の国家ではあるが、こうした冷戦の最前線となったニカラグアなどの国家に通じるところがある。同じくアーノルド・シュワルツェネッガーが主演した『プレデター』の舞台もバル・ベルデだ。やはり同作でもバル・ベルデは危険な地域として認識されており、この地に墜落したヘリに乗っていた閣僚たちはゲリラ組織によって拉致される。それを救出しに来たのがシュワルツェネッガー演じるダッチ率いるアメリカの特殊部隊なのだ(もっとも彼らはゲリラより恐ろしいプレデターの襲来に遭ってしまうが)。

ベネットのゲイ的な描写

最後に本作の悪役であるベネットについても私見を述べておこう。
『コマンドー』の批評の中でしばしばこのベネットの外見がゲイ的であると指摘されていたようだ(クイーンのフレディ・マーキュリーに似ているという声も多い)。
あえて敵をそのようなルックスにしたというのは考えすぎかもしれないが、レーガンが同性愛を敵視していた可能性も無視できない。

レーガンの大統領就任をバックアップしたのはキリスト教福音派の牧師として政治的に絶大な影響力を持っていたジェリー・ファルエルだった。ジェリー・ファルエルは1979年にロビー活動団体「モラル・マジョリティ」を設立し、1980年の大統領選挙では保守主義者であるロナルド・レーガンを強力に後押しした。
そのファルエルはエイズを「同性愛への天罰」だと考えていた。レーガンも同じ考えだったかは定かではないが、レーガンはエイズに対して、有効な手立てを取ることがなく、ワクチンすら認可しなかった。そのためにエイズの封じ込めに失敗し、感染者は爆発的に増えた。
レーガンがエイズ対策を国家の優先事項として認めたのは友人でもあるロック・ハドソンがエイズで亡くなったことがきっかけだった。ちなみにロック・ハドソンが亡くなったのは1985年10月。つまり『コマンドー』製作時点ではレーガンはエイズ対策をそこまで重視してはいなかったのだ。

他にもハリウッド映画とレーガンの関連性については「ハリウッドとロナルド・レーガン」の記事にまとめているので気になる人は参照されたい。

『コマンドー』の名前を聞けば、数々の名言(迷言)が想起されて思わず笑ってしまいそうになるが、一方では1980年代という時代がどんな時代だったのか、滲み出てくるような作品でもあると思う。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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