『タイタニック』時代考証の凄さと隠されたウソ

『タイタニック』の解説を書いた。『タイタニック』を恋愛映画としてではなく、フェミニズム映画として解説を試みたのだが、『タイタニック』について当時の制作秘話やインタビューを探っていくうちに、これはフェミニズムという側面からだけでは到底語り尽くせない作品だと痛感した。
だから、解説の方の『タイタニック』は、フェミニズム映画として解説していると断言するにはいささか撮影裏のエピソードやちょっとしたトリビアに紙幅を割き過ぎている気がしなくもない。
だが、それでもまだ足りない。いかに『タイタニック』が時代考証にこだわって作られた作品なのか、登場人物に至るまで思い切り解説してみたい。
また、傲慢にも『タイタニック』と史実の違いまで調べてみたいと思う。
それではもう少しだけ、『タイタニック』の世界にお付き合い頂きたい。

沈まない船タイタニック

タイタニックは年竣工された豪華客船だ。やはり有名なのはその安全対策であり、に区切られた区画の中でも4区画までは浸水しても沈まない構造から「沈まない船」と呼ばれていた(『タイタニック』でもしばしばこの言葉は使われている)。
タイタニックの建造にはハートランド&ウルフ社の3000人もの作業員が関わっており、その建設費用は750万ドルと言われている。現代価値にして2億ドル、約244億円だ。
タイタニックのこの安全対策は21世紀の基準でも極めて安全だと言われている。

海上の不動産

また『タイタニック』でも描かれているがタイタニックの船内の豪華さも特筆に値する。
『タイタニック』でジャックとローズが待ち合わせた一等客室専用の大階段はまさにその目玉とも言えるもので、ウィリアム&メアリー様式を基調としたデザインとなっている。
また『タイタニック』には登場することはなかったが、船には室内プールやスチームサウナまで備えられていたという。
そんな一等客室だが、片道の料金は今の価格にして8万ドル。その事からタイタニックはもっとも高額な海上不動産とも呼ばれていた。

三等客室の客

タイタニックは豪華客船には違いなかったものの、実質は移民の移送船という役割も負っていた。三等客室の乗客がそれにあたり、アイルランド人の乗客が比較的多かったという。
タイタニックが沈没前に立ち寄った最後の寄港地がアイルランドのコーヴだった。ここで123人の男女がタイタニックに乗船するが、そのほとんどはアイルランド人だった。
『タイタニック』ではローズがジャックに誘われて3等客室の人々のパーティーに参加する様子が描かれているが、やはりそこの音楽もアイルランドのもの。
また三等客室では楽器を演奏できる人達も多くいたため、三等客室の大広間では毎晩パーティーが開催されていたという。

本物へのこだわり

ジェームズ・キャメロンが現実のタイタニックとほぼ同じ大きさのタイタニックを作り上げたのは『タイタニック』を語るうえでも有名なエピソードだが、他にもこだわりを追求した逸話が多くある。
実物大のタイタニックに関連して、そのタイタニックが収まるスタジオも建設、またロングショット用にミニチュアも複数用意された。沈没シーンの撮影では全長18メートルものミニチュアが作られ、撮影用に専用のプールまでも作られたという。
他にも例えば小道具の食器類。黒澤明が『羅生門』で4000枚の屋根瓦一枚一枚に年号を彫ったのは有名な話だが、キャメロンも映画には映らない食器の一つ一つにホワイト・スター・ライン社の字がつけられていた。
また、その他にも様々な小道具が正確に再現されている。完璧な再現のために染料まで復元したというから驚きだ。
ちなみにビル・バクストン演じるトレジャー・ハンターのブロック・ロベットの助手を演じるルイス・アバナシーはジェームズ・キャメロンの知り合いでもあり、実際の海洋学者でもある。

登場人物の驚くべき描写

『タイタニック』には登場人物の一人一人に至るまで、名前とその人物の簡単なプロフィールまで設定されていたという。
『タイタニック』では沈みゆく船に対して逃げ惑う人や船と運命をともにする人、最後まで愛する人と過ごす人など様々な人間模様が描かれた。時間にしてほんの数秒の登場だが、そのような人物でさえも実在の人物を描いているのだから、その細かさには驚くばかりだ。ここではそのうちの数名をピックアップしてみたい。

ジョン・ジェイコブ・アスター4世

ジョン・ジェイコブ・アスター4世はアスター家の財を築いたジョン・ジェイコブ・アスターの曾孫にあたる人物で、タイタニックに乗船した客の中で最も裕福だと言われている。1909年には妻と別れ、1912年に後妻ととなるマデリンと再婚する。当時の上流階級の人間にとって、離婚はタブーであったことから、アスターの行為は大スキャンダルとなる。アスターはそれから逃れるために妻とともに長い新婚旅行にでかけ、その帰路でタイタニックへ乗船することになった。にはアスターが身に着けていた金時計がオークションにかけられるということでニュースにもなった。

ベンジャミン・グッゲンハイム

『タイタニック』の中で、沈没への恐怖からパニックになる人々の中で死を覚悟し、冷静に「ブランデーをもらえるかな」と声をかけていた紳士がベンジャミン・グッゲンハイムだ。
ベンジャミン・グッゲンハイムは1865年に生まれ、父から莫大な財産を引き継いだ。しかし、商売の才能までは引き継ぐことなく、財産は次第に少なくなっていったという。
グッゲンハイムは愛人やその秘書らの計4名でタイタニックに乗船した。
沈みゆく船の中でも最後まで紳士然とした態度を崩さなかったのは先に述べた通りだ。そして、以下のような伝言を残している。
「女性・子供分のボートしかないのなら、私は男らしく残ろうと思う。獣のように死ぬつもりはない。ジョンソン。もし私も秘書も死んで君が助かったら、妻に最期まで立派だったと伝えてほしい。ベン・グッゲンハイムが臆病なために船に残される女性があってはならない」

イジドー・ストラウスとアイダ・ストラウス

『タイタニック』では沈みゆくタイタニックの中で寄り添って眠る老夫婦の姿も印象的だが、彼らもまた実在の人物だ。アメリカで百貨店のメイシーズを経営していたイジドー・ストラウスとその妻であるアイダ・ストラウスである。

チャールズ・ジョーキン

チャールズ・ジョーキンはタイタニック号でパン職人として働いており、タイタニックの悲劇から生き残った一人でもある。ジョーキンを今日有名にしているのは、彼が2時間近く海中にいてそれでも生き残ったという事実のためだろう。事故当時は極寒であり、ほとんどの人が海中に投げ出されてから20分ほどで息を引き取っているが、ジョーキン大量のアルコールを飲んでいたためにあまり寒さを感じることなく2時間近く泳ぎ続け、救助されたという。映画『タイタニック』の中では沈没の際に垂直になった、安全策の外側でスキットルに口を付けている人物として描かれている。

その他にもタイタニックが氷山に激突した後に数名がその氷塊でサッカーに興じる場面があるが、これも実際に起きたことだという。

ローズは実在した?

ケイト・ウィンスレット演じるローズ・ブーケターは架空の人物であるが、前述のパン職人と、海に浮かぶ扉の上に横たわっていた人との二人だけが助かっている。
扉に横たわっていた人がタイタニック沈没後のローズのモデルになったのは想像に難くない。
ちなみにタイタニックから生還した後のローズに関してはベアトリス・ウッドの人生をモデルにしたと言われている。
ベアトリス・ウッドは1893年生まれ。若い時は絵画学校で芸術への関心と画の知識と技術を身に着け、また演劇も学んでいたという。その後1918年にモントリオールで、劇場に出演するようになり、女優の道を歩む。それからニューヨークで女優活動を行い、その後はカリフォルニアで陶芸の世界に進んだという。
タイタニック』では年老いたローズがスクリーンに登場したとき、彼女は陶芸を行っており、また若い頃は女優として活躍したとの経歴が語られている。
このことからもベアトリス・ウッドがローズのモデルとなったのは確実だろう。

余談だが、『タイタニック』でしばしば議論になるのはジャックも扉の上に乗ることができたのではないかということだ。ケイト・ウィンスレットはテレビ番組で「そう思う」といい、実際に司会者の男性をジャックに見立てて実演してみせた。また、視聴者からの「『ジャックの手を離さない』と言いながら最後は離しましたよね?」という質問には「ええ、渡しは嘘をつきました!」と答えるなどチャーミングな一面を覗かせている(実際にはジャックはその時には死んでおり、ジャックとの別れの演出上、必要なことだったと言える)。

『タイタニック』のウソ

ここからは『タイタニック』のウソについても見ていきたい。
最も大きな訂正すべき嘘はマードックに関するものだろう。

マードックの人物像

ウィリアム・マードックはタイタニックの一等航海士だ。映画ではタイタニックの沈没の危機に際してパニックになるを誤って射殺してしまい、自らの頭を撃ち抜いて自殺するという最期が描かれたが、史実では最後まで乗客の避難誘導を行っていたとも言われ、後にジェームズ・キャメロンは遺族に謝罪している。

エドワード・ジョン・スミス船長

スミス船長はタイタニックの処女航海が最後の仕事だと語られているが、史実ではその後も航海の仕事を続けていく予定だったという。ちなみに『タイタニック』エドワード・ジョン・スミス船長を演じたバーナード・ヒルは2024年5月5日の朝に79歳で死去している。

ボイラー室

出航のときすでにボイラー室では火災が発生していたという。だとすれば、ボイラー室に迷い込んだジャックとローズはそこでの火災を目撃来たはずだが、映画では描かれない。

三等客室のパーティー

ジャックはローズを誘って、二人は三等客室のパーティーに参加するが、そこで演奏されていた太鼓のような楽器がバウロンだ。このバウロンだが、戦いの際や祝いのときに用いられていたもので、音楽を演奏する楽器として使われ出したのは1960年代からと言われている。

 最後の曲

『タイタニック』では船が沈没し初めても演奏家たちは職務を全うし、演奏を続けていた。これは史実の通りだが、映画では最後の曲に讃美歌320番『主よ身許に近づかん』が演奏されているのに対して、実際には『秋』という楽曲だったのではないかという声も根強い。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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