『もののけ姫』室町という「近代」ー なぜタタラ場には子供がいないのか?

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映画監督の宮崎駿は『もののけ姫』の舞台である室町時代を「古代と近代の境目だ」と述べていた。

「20世紀の理想の人物」

『もののけ姫』の登場人物の中で、近代を代表する人物はエボシ御前だ。エボシ御前に関しては、その過去も含めて『もののけ姫』の解説にも書いている。改めて簡単に説明しておこう。
映画には出てこないが、エボシ御前は倭寇(朝鮮・中国地方の海賊)の頭の妻にされたが、その頭を殺し、明の兵器を持ち帰ってタタラ場を興したという豪傑な過去を持つ人物である。またエボシ御前にはその服装から出自は遊女だったのではないかもいう意見もある。
宮崎駿はエボシを「20世紀の理想の人物」と述べている。「目的と手段を使い分けて非常にヤバイこともするけれども、どこかで理想は失っていない。挫折に強くて何度も立ち直ってというね、そんな風に勝手に僕は想像したんです。」
確かにエボシ御前は自らの出自や境遇に屈することなく、自らの手で人生を切り開いてきた女性であり、そんな生き方は現代的だとも思う。

そんな現代人が作り出す社会の姿を彼女が治める「タタラ場」に見ることができる。タタラ場はその名の示す通り、製鉄を生業にした人々とその家族で成り立つ集落だ。ただ、実際には独立した自治区とも言える場所で、巨大な製鉄炉を囲むように民家が建てられており、タタラ場の周囲は堀と塀で簡単には侵入できないようになっている。またタタラ場の住人たちはいざという時は武装して町を守っており、軍事要塞のような面もある。
タタラ場を見ると宮崎駿がエボシ御前を「20世紀の理想の人物」と言った理由がよく分かる。
タタラ場は今の日本社会そのものを反映しているようにも思えるからだ。

なぜタタラ場には子供がいないのか?

タタラ場には子供の姿が見えない。これはまだタタラ場の歴史が浅いことも表しているのだが、多くの家族もタタラ場で生活していることを考えると、それだけでは子供がいない理由としては説得力に欠けるように感じる。

タタラ場の主たる産業は前述のように製鉄だが、それを担うのは女性たちだ。
「絶対に火を落としてはいけない」ためにタタラ場では女性達が三日三晩を踏む。彼女達が歌う歌にそれがどれだけキツイ仕事なのかが表れている。
「一つ二つは赤子も踏むが三つ四つは鬼も泣く泣く
タタラ女は黄金の情け
溶けて流れりゃ刃に変わる」
それほどのハードワークを女性が行うのであれば、まず家庭に時間を割くことは難しくなるだろう。
やはり室町時代を舞台にしながらもタタラ場は現代の日本の未来の姿に思えてならないのだ。

経済発展と女性の社会進出

今の日本で少子化が叫ばれて久しいが、有効な解決策は打ち出せないままでいる(まぁ素人の私から見てもトンチンカンな政策が目につくが)。ただ、少子化は日本だけの問題ではなく、先進国の多くの国が頭を抱えている問題でもある。
少子化には経済発展と女性の社会進出に大きな要因があると言われている。

タタラ場は近隣の国や武士達からも狙われるほどの豊かな資源と技術を備えた、経済発展を遂げた「都市」だと言える。
先に述べたようにタタラ場は軍事要塞化しているが、それはこのような外からの脅威に備えるためだ。実際に戦闘になった場合は女性も石火矢銃で前線に立って応戦している様子も描かれている。

また『もののけ姫』公開時は1997年だが、当時は今のような働き方改革もなく、一方で1986年には男女雇用機会均等法が思考されるなど、女性の社会進出のための法整備は前進していた時代だ。ちなみに『もののけ姫』の公開から2年後の1999年には男女雇用機会均等法による禁止規定の改正により、募集・採用、配置・昇進、教育訓練、福利厚生、定年・退職・解雇において、男女で差をつけることが禁止された。

『もののけ姫』が示す「現代」

宮崎駿監督は『もののけ姫』の主人公であるアシタカに現代人の姿を投影したと述べている。詳しくは『もののけ姫』の解説を見てほしいのだが、アシタカがタタリ神から受けた「呪い」は今の若者が受ける理不尽さを表しているという。それは不況や環境問題など、自らの意思や選択とは関係なく降りかかる災難だ。
一方で子供がいない、タタラ場の異質さも今の日本を暗示しているように感じる。
『もののけ姫』が公開されてから30年近くになろうとしているが、良し悪しはともかくも、この日本社会が年々タタラ場に近づいているように思えてならない。『もののけ姫』は室町時代を舞台にした作品でありつつ、「今」を言い当てた作品でもあるのだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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