『バーベンハイマー』に見る日米の原爆観の違い

2023年のハリウッドの夏のヒット作は『バービー』と『オッペンハイマー』になりそうだ。
これを書いている8月1日の時点では『オッペンハイマー』の日本公開日は未定だ。一方で『バービー』は8月11日に日本での公開が決定している。
『バービー』の主演は日本でも人気の高いマーゴット・ロビー。そして何より子供の頃にリカちゃん人形とともにバービーでも遊んだという女性は多いはずだ。九州のド田舎のうちにさえ、バービー人形はあったのだから。
『バービー』の日本でのヒットもほぼ決まりだろうと思っていたが、ここに来て暗雲が立ち込めている。

バービーと原爆

それが『バービー』と『オッペンハイマー』の二大ヒットを受けてネットユーザーが作った『バーベンハイマー』と呼ばれる作品で、アメリカのネット上でミームとして流行し出したのだ。
『バーベンハイマー』で多い構図は笑顔のバービーらの後ろに『バービー』のテーマカラーであるピンク色のキノコ雲があるというもの。かわいいバービーの後ろに原爆というギャップがウケているのだろう。

『バーベンハイマー』

だが、元々バーベンンハイマーとはバービーと原爆を組み合わせた作品ではなくて、『バービー』と『オッペンハイマー』の2作品を総称する語だったに過ぎない。全く逆のジャンルの作品が同じ日に公開されるアンバランスな面白さがあったのだ。
個人的には『オッペンハイマー』の日本公開を楽しみに待っていた。ハリウッド映画には今も原爆が敵を倒す最終手段として設定されていることが多い。それは「最大級の破壊力」を示す記号であり、放射能やそれによる後遺症などはほとんど考慮されない。 だが、最新のアメリカは原爆をどう考えているのかを『オッペンハイマー』を通じて知りたかったのだ。
だが、残念なことに映画を観る前にそれはわかってしまった。

『バーベンハイマー』の流行は敢えて露悪的な趣味なのかと思ってもいたのだが、『バービー』公式ツイッターが『バーベンハイマー』に対して「忘れられない夏になりそうだ」と肯定的なメッセージで返信したのだ。
もちろん日本のツイッターには「バービー」「オッペンハイマー 」「原爆」などがトレンド入りし、『バービー』公式ツイッターには批判が殺到。ワーナージャパンも抗議文を寄せている。その後、『バービー』公式アカウントからは謝罪の言葉か発表されたものの、今回の炎上がどれだけの影響を与えるかは予想できない。

個人的には今回の騒動に関して残念に思う気持ちと「やっぱりか」と思う気持ちの両方がある。

日本のポップカルチャーにおける原爆

そして、かつての日本もそうだったと思うのだ。
詳しくは『ゴジラ』のコラム(「『ゴジラ』シリーズに見る核・原子力のイメージの変遷」)で述べているが、日本のポップカルチャーとそこに登場する核兵器の関係について注目したいところがある。昔は日本でも原爆は「最大級の破壊力」を示す記号でしかなかったという点だ。
意外に思うかもしれないが、戦後間もない時代においては原爆の惨状やリスクに言及する声はほとんど見られない。
山本 昭宏著『核と日本人 – ヒロシマ・ゴジラ・フクシマ』にはその事例としていくつかの漫画が紹介されている。例えば1952年から連載された福井英一の柔道マンガ『イガグリくん』には主人公のライバルの熊皮の必殺技として原爆投げが登場する。このネーミングは原爆の破壊力にあやかったもので、放射能や被曝などのマイナスイメージは感じられない。
1951年の漫画 謝花凡太郎の『ピカドン兄さん』もそうだ。この作品では主人公は慌てると家のものをひっくり返すという理由で、「ピカドン」と呼ばれている。言うまでもなくピカドンとは原子爆弾の俗語だが、そこには原爆の悲惨さは同様に感じられない。戦後間もない時期において、原爆のイメージは今とは大きく変わっていたことは確かだ。

それが大きく変わるのは1954年に起きた第五福竜丸被爆事件からだ。1954年にビキニ環礁でキャッスル作戦と呼ばれる水爆実験が行われた。キャッスル作戦 で使用された水爆は当初の三倍もの破壊力を示し、避難区域外にいた第五福竜丸の乗組員は全員被爆してしまう。中でも久保山愛吉無線長は被爆から半年後に死亡。「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」が彼の最期の言葉であったという。
その後、情報伝達網が発達したことで、日本中に原爆の本当の惨状が明らかになっていったというのが本当のところではないか?

『オッペンハイマー』に期待するもの

『バーベンハイマー』以外でも『バービー』『オッペンハイマー』関連は度々ネットニュースになっている。
『オッペンハイマー』では広島と長崎への原爆投下は描かれないという。原爆を取り扱った作品に「反核」や「反戦」のメッセージまで求めるのはやり過ぎだと思う。
現実においては、核兵器を保有することで戦争の抑止力が成立しているという側面もある。
「非核三原則」の見直しや議論すら拒否される日本の姿勢には疑問を感じることもあるが、ただ、原爆の本当の姿を世界が知れば、互いに原爆を保有するリスクもわかってもらえるはすだ。その時は『バーベンハイマー』なんて言えなくなるだろう。
ロシアの核兵器使用の可能性が高まるにつれて、日本の原爆資料館を訪れる海外の人か増えているという。
願わくば、『オッペンハイマー』が原爆を理解し直すきっかけになってくれたらいいなと思う。もし、世界が原爆の本当の姿を知ったとしたら、その時こそま『バーベンハイマー』は笑えないジョークになるのだろう。

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映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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