『シンクロナイズド・モンスター』アン・ハサウェイが戦った「ハサヘイター」

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


今日(2024年3月26日)のネットニュースでアン・ハサウェイが自身が映画の世界を干されていた時に、クリストファー・ノーランに救われたと語った記事を見た。

ハサヘイター

2010年代のはじめ、アメリカではアン・ハサウェイ叩きは社会現象にすらなっていた。アン・ハサウェイとヘイトを組み合わせた「ハサヘイト」という造語すら作られ、彼女を非難する者たちは「ハサヘイター」と言われた。
なぜそれまでにアン・ハサウェイは嫌われたのだろうか?

アン・ハサウェイと言えば、『プリティ・プリンセス』や『プラダを着た悪魔』、『マイ・インターン』など日本でも人気の作品に多く出演している。それらで見せたコメディエンヌとしての才能はもちろん、2012年のミュージカル映画『レ・ミゼラブル』ではもの減量と丸刈りにする度胸、そして歌唱力を発揮した。同作で売春婦を演じたアン・ハサウェイは絶賛され、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞の助演女優賞を受賞し、名実ともにハリウッドのトップ女優となった。

だが、授賞式でのスピーチが「わざとらしく」「芝居がかっている」と観る人をイラつかせてしまった。
アン・ハサウェイはバッシングの標的となり、SNSでは、#Hathahate(ハサウェイ嫌い)というハッシュタグが流行するまでになってしまった。
「なぜ私たちはアン・ハサウェイが嫌いなのか?」そんなコラムまで掲載された。
美貌はもちろん、スタイル、才能、全てにおいてアン・ハサウェイは完璧だった。だからこそ、嫌われやすい素質は整っていたのだ。優等生過ぎたのだ。

大衆から嫌われる女優が売上に貢献できるはずもない。アン・ハサウェイが映画から干されかけたというのはビジネスの論理からいけば当然と言えば当然と言えた。

そんな彼女が再びヒロインとして起用されたのが2015年に公開されたクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』だ。アン・ハサウェイ個人は無冠に終わるも、作品自体はアカデミー賞の視覚効果賞を始めとしていくつもの賞を受賞した、2010年代を代表するSF映画になった。
「その出演が発表された途端に、ありがたいことに、私の電話はまた鳴り始めた」そうアン・ハサウェイは語っている。

『シンクロナイズド・モンスター』

そして2017年にアン・ハサウェイが主演したのがナチョ・ビガロンド監督の『シンクロナイズド・モンスター』だ。
作品自体はちょっと不思議でコミカルな怪獣モノ。怪獣が敵でも味方でもなく、アン・ハサウェイの分身であるのが面白い。

さて、本作でアン・ハサウェイが演じるのはある事件が元で都会から地元へ帰郷することになったグロリアという女性だ。
グロリアはウェブライターをやっていたが、自身が書いたネット記事が炎上し、それが原因で会社を解雇される。アルコール依存で飲んだくれてろくに職探しもしないグロリアに同棲している彼氏もうんざり。彼氏の家から追い出されたグロリアは都会から地元の田舎へ引っ越すことになる。
この設定がハサヘイターに苦しめられていたアン・ハサウェイ自身の投影に思えるのは偶然ではないだろう。
そんなグロリアに救いの手を差し伸べたのは、幼馴染のオスカーだった。仕事のあてもないグロリアに仕事を紹介し、優しく接する。しかし、その職場というのは酒場だった。当然グロリアのアルコール依存は増すばかりだった。そんな時、韓国で怪獣が暴れまわっているというニュースが届く。

ある時、怪獣の動きが自分の動きとにていることに気づいたグロリアは、怪獣が自分の分身としてシンクロしていることを知る。自分がが酔って公園に入ったせいで多くの犠牲者が出たことに憔悴したグロリアはもう公園の砂場に入らないことを誓い、ハングルでソウル市民に謝る。しかし、暴れていたのは怪獣だけでなかった。巨大ロボットもソウルに出現していたのだ。その正体はオスカーだった。オスカーは人知れずグロリアを支配したいという要望を抱いていたのだが、グロリアがのと仲良くなるにつれて、その想いは嫉妬に変わっていった。グロリアと違い、オスカーは好んで暴れまわる。そして、ソウル市民を人質に取り、自分の欲求を通そうとする。

グロリアのダークサイド

それは優しさの影に隠れたオスカーの本性だった。
オスカーにとっての韓国も、現実世界にとってのネットの世界も同じようなものではないかと思う。オスカーの分身がロボットであるのと同じ様に、ネットは誰かの分身で溢れていて、自分にとって遠い存在である有名人への罵詈雑言を書き込む。
映画の序盤、オスカーがを隠すシーンがある。それはオスカーの「男性主義」を表すものたちだ。

オスカーは都会で成功したグロリアを内心妬んでいた。
いわばグロリアのヘイターがオスカーなのだ。そして、人生に迷い込んでいたオスカーはグロリア自身のダークサイドでもあった。それを受け入れたグロリアはオスカーに戦いを挑む。

この『シンクロナイズド・モンスター』は製作資金すらままならない状態で企画がスタートした。それでもアン・ハサウェイは真っ先に本作への出演を了承したという。監督のナチョ・ビガロンドは「アン・ハサウェイのおかげで全てがやりやすくなった」という。
一方のアン・ハサウェイも「ナチョ・ビガロンドの脚本はとても斬新で、こういう映画をずっとやりたかった」と語っている。
ーステラー」とタイプの異なる作品に出演してきたが、本作への参加においては「“怪獣とロボット(の出る映画)なんて”と周りから言われた」と必ずしも好意的な意見ばかりではなかったようだ。だが、本人は「よくわからなかったけどやってみたかったの。脚本の中で起きる魔法だと思えば、深く考える必要はないのよ。そういう世界だと受け入れるだけ」

ちなみに、アン・ハサウェイは2018年の映画『オーシャンズ8』でもかつての自分を反映したような「嫌われものセレブ」のダフネ・クルーガーを演じている。より自分に近い役柄を演じたのだ。
彼女は過去のバッシングを振り返ってこう述べている。
「でももし誰かが言ったことが響いたときには、自分のためにそれを取り入れてきた。そういう意味では成長する上でたくさんの近道が得られたと思う。自分で選んでそういうことを経験したわけではないけれど、それに感謝している」
『シンクロナイズド・モンスター』はそれを体現したような作品だ。また、同作はオスカーのような有害な「男らしさ」の犠牲となっている女性のための映画だとも思う。

『プラダを着た悪魔』でアン・ハサウェイと共演したメリル・ストリープは、かつて「40歳になったとたん、魔女の役を3つもオファーされた」と語ったことがある。
「40歳を越えた女はハリウッドではグロテスクなものと見なされるのよ」
40歳を超えた男性は主役として若い女性とラブロマンスを演じているのに、だ。
2020年に公開されたロバート・ゼメキス監督の『魔女がいっぱい』では当時38歳のアン・ハサウェイが嬉々として魔女役を演じていたのが印象的だ。もちろんグロテスクではなく、エレガントで美しかった。

ハサヘイターへの決別宣言

オスカーの正体は何だろうか?ハサヘイターなのか、「男らしさ」なのか、それとも他の何かか。
オスカーの本当の正体は「社会」だと思う。そこには自分らしさを妨げる様々な鎖が隠れている。
グロリアはオスカーを止めるためにソウルへ行く。すると、今までとは逆で砂場のオスカーの前に怪獣が現れる。グロリア(怪獣)はオスカーを掴み、遠くへ投げ捨てる。
『シンクロナイズド・モンスター』はアン・ハサウェイの堂々たるハサヘイターへの決別宣言なのだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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