ウディ・アレンに見るキャンセル・カルチャーの問題点

映画好きを自認する人でウディ・アレンの名を知らない人はいないだろう。
映画界でもトップクラスの功績を持ちながらも、よハリウッドには背を向け続け、『アニー・ホール』のアカデミー賞授賞式の日でさえもウディ・アレン本人は毎週月曜日の演奏会のためにニューヨークにいたという伝説を持つ。
私もウディ・アレンのファンだ。ウディ・アレン自身は決して器用な監督ではないと思うが、その分、はっきりとした作家性が作品全体に漂っている。
そして、どの作品も終わり方が非常に心地よいのだ。きちんと終わりらしい終わりを用意してくれている。このサイトでも『ミッドナイト・イン・パリ』を始めとしてウディ・アレンの作品は紹介しているので、是非観てみてほしい。
だが、約60年にわたるウディ・アレンの映画人としてのキャリアは、今消えかかろうとしている。

ウディ・アレンとキャンセル・カルチャー

ウディ・アレンは自身の監督作品に主役として出演することも多いが、神経質かつ皮肉屋でナイーブなキャラクターを演じることが多い。
だが、そんなキャラクターとは対称的ににウディ・アレン自身は実に恋多き男としても知られている。
ウディ・アレンは今までで3度の結婚を経験している。その別れの前後にはほぼ別の女性と浮気しており、また結婚まで至っていないパートナーも数多い。有名なところでは『アニー・ホール』でヒロインを演じたダイアン・キートン。そもそも『アニー・ホール』は(ウディ・アレン自身は否定しているが)キートンとの恋愛がそのモチーフとも言われており、ホールという姓はダイアン・キートンの本名でもある。その後には『カイロの紫のバラ』『ハンナとその姉妹』『ラジオ・デイズ』ら多くのウディ・アレン作品に出演したミア・ファロー。ミア・ファローは10人の養子を迎えるが、その中の一人スンニとは1992年から交際に発展。、ミア・ファローとは籍を入れることはなかったが、スンニとは1997年に結婚し、二人の関係は今に至るまで続いている。

#Metoo

2022年に公開された映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』でも描かれているように、2017年にハリウッドで絶大な権力を持っていたハーヴェイ・ワインスタインが長年にわたり女優やスタッフへ性加害を繰り返していたとして告発された。それを機にあらゆる女性達が「#Metoo」の声を上げ始めた。
それと同時に大きくなったのがキャンセル・カルチャーと呼ばれる動きだ。
もちろん「#Metoo」の動きを批判する訳ではないが、
キャンセル・カルチャーの負の側面を考えた時にウディ・アレンのケースは非常に参考になるからだ。
ウディがパートナーであるミア・ファローの娘と交際を始めたというだけでもスキャンダラスだが、さらには1992年にウディがミアの当時7歳だった娘のディラン・ファローに性的虐待を加えたと言われる事件が起きた。
当時は一大スキャンダルに発展し、ウディ・アレンもキャリアの全てが終わってしまうのではないかという危機感を覚えた。
当初からウディは行為を否認しており、無罪を主張していた。
この事件は警察も捜査することになるが、結局証拠不十分でウディは無罪になり、キャリアにもほぼ影響することはなかった。
だが、「#Metoo」の動きのなかで過去に女性への性暴力の疑いがありながら何の咎めも受けていない人物としてロマンポランスキーやウディ・アレンの名が再び注目されるようになった。

ロマン・ポランスキーはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のモチーフとなったシャロン・テート殺害事件によって最愛の妻を殺された悲劇の映画監督である一方、それから8年後の1977年には13歳の少女をレイプした罪で有罪判決を受けている(ロマン・ポランスキーは一度は罪を認めるが、のちに無実だと主張するようになった)。その後ポランスキーは収監を恐れてアメリカからフランスへ移住する。
有罪判決を受けたポランスキーはともかくとしても、無実を訴え続けたウディ・アレンに対しては真偽は誰にもわからない。だが、グリフィン・ニューマン、レベッカ・ホール、エル・ファニング、コリン・ファース、グレタ・ガーウィグら多くの俳優が、ウディ・アレンを批判し、そして決別を宣言した。
ウディと4本の映画製作の契約を結んでいたAmazonも一方的にウディ・アレンとの契約を打ち切った(ウディ・アレンは後にAmazonを告訴し、和解している)。

ウディ・アレンの性的虐待疑惑については猿渡由紀氏の著書『ウディ・アレン追放』が最も参考になると思う。同著はウディ・アレンの側にもミア・ファローの側にも過度に肩入れすることなく、お互いの主張や疑惑、スキャンダルを生い立ちから含めて丁寧に描写している。そして何よりも両者を冷静かつ公平に取り扱おうとしている。
読めば読むほど真実は分からなくなってくる。
だが、その感覚こそ一つの答えではないかと思う。
そもそも、真実を吟味せずにウディ・アレンを批判するのはいささか勇み足ではないかと思えてくるのだ。

キャンセル・カルチャー

キャンセル・カルチャーという言葉が広まって久しい。

はだが、問題点も多い。
まず1つ目は法を逸脱した罰を下すことになる点だ。法には基本的にという原則があり、それより以前のことや、ある。そもそも法的に犯罪を立証できない場合、それは罪ではない。
キャンセル・カルチャーはこれらの法原則を大きく逸脱してしまう可能性もある。
2つ目は双方の当事者の声を保証できないことだ。キャンセル・カルチャーにおいては、被害者の声は大きく報道される一方で、加害者の発言の機会は十分に与えられない場合も多い。ウディ・アレンの

 

ディズニーからキャンセルされたジョニー・デップ

2016年には俳優のジョニー・デップが元妻のアンバー・ハードからDVで訴えられる事件が起きた。デップは告訴内容を否認したが、ウォルト・ディズニーはジョニー・デップを『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズから降板させたことを発表した。
また、『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ映画である『ファンタスティック・ビースト』シリーズのゲラート・グリンデルバルド役からもジョニー・デップは降板する羽目になった(後任はマッツ・ミケルセン)。
後にジョニー・デップが無罪を勝ち取った時にディズニーは2000万ドルでジョニー・デップへ復帰をオファーしたのだが、ジョニー側はこの申し出を固辞している。
疑惑が晴れたジョニー・デップだが、この件でハリウッドのメジャースタジオに不信感を募らせたジョニー・デップは以前とは打って変わって小ぶりな映画作品の出演を主に選んでいるようだ。

ジャニーズ叩きはキャンセル・カルチャーか?

ジャニーズの性加害問題で、企業がジャニーズの所属タレントとの契約を見直したり、連日批判的な報道が加熱することに対してキャンセル・カルチャーではないかとの声もある。
だが、すでに故人ではあるものの、性加害を行ったとされる人物には裁判で有罪が下されていることに加えて、以前から複数の暴露や告発は行われていた。個人的には遅すぎたくらいだが、それでもようやく本来行われるべきことが行われているという感じがする。
ジョニー・デップの件もそうだが、疑惑があり、しかし、本人がしている場合でもキャンセル・カルチャーが一度発動すれば人生は大きく変わる。
真実は当事者以外はわからない。だからこそ法があるのだろう。

ウディ・アレンの性的虐待疑惑について、『ブルー・ジャスミン』に主演したケイト・プランシェットは以下のように述べている。

「告発は裁判所ですでに審議されていると思うけれど、もし再び審議されるのであれば、私は司法制度と判例を信じています。もし裁判が再び行われるのであれば、心から全面的に支持する」
「SNSはこの問題に対する意識を高めるうえで素晴らしいもの。でも裁判官や陪審員ではない」

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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