『マトリックス レザレクションズ』全ては愛から始まる

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


小学生のときに公開された『マトリックス』は言葉通り衝撃だった。世界観、音楽、アクション、その全てが圧倒的だった。
マリリン・マンソンやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを知ったのも『マトリックス』がきっかけだった。
当時はまだ仮想現実の概念も浸透してない時代であったから、必死で作品の設定を「予習」して映画館に向かったものだ。

『マトリックス レザレクションズ』

あれから20年以上の時が過ぎて、また『マトリックス』はスクリーンに帰って来た。
今作は続編でもなければリブートでもないと言われていた。最も多かったのは「青の薬を選んだらどうなっていたか」のもしもを描いた作品ではないかという予想だ。
しかし、蓋を開けてみれば紛れもなく『マトリックス』三部作の続編であり、リブートでもあった。

今回監督を務めたのはラナ・ウォシャウォスキー。かねてから『マトリックス』の続編をスタジオに要求されていても断っていた彼女がなぜ『マトリックス』を復活(レザレクション)させることにしたのだろうか。
まず、『マトリックス レザレクションズ』とはどういう映画なのか、ストーリーを交えて見ていこう。

『マトリックス レザレクションズ』は『マトリックス』シリーズの続編とは書いたが、単純な続きの物語ではない。
物語の始まりは一作目の始まりと全く同じだが、最初のショットはSWATが水面に鏡写しになった姿だ。鏡はマトリックスの世界の中では別の世界へ飛び込むキーだ。

『マトリックス』と全く同じに見えても、その世界は『マトリックス』とは少しずつ違う方向へ動き出していく。本来ならエージェントから逃げ延びるはずのトリニティはエージェントに捕まってしまう。実はその世界はマトリックス内のモーダルと呼ばれる進化シミュレーションのプログラムの中であった。
青い髪の女性、バッグスはマトリックス内のモーダルへ侵入していた。しかし、エージェントに侵入が見つかり追われる羽目になる。鍵屋に身を隠したバッグスだが、そこでエージェント・スミスの姿をしているモーフィアスと出会う。モーフィアスはバックドアを使い、バッグスを安全な場所へ連れていく。それはトーマス・アンダーソン(ネオ)がかつて住んでいた部屋だった。バッグスはネオがきっかけでマトリックスの存在に気づき、マトリックスから解放された人間だった。モーフィアスもまたマトリックスの中で暮らすプログラムだったが、ある時ネオの存在を感じ、この世界がプログラムであると気づいていた。
「我々はいつの間にか奇妙なループの中にいる」
予告編でも使われたモーフィアスのセリフだが、この言葉は全編に対して深い意味を持つ。
バッグスはモーフィアスに赤い薬を飲ませ、スミスではなくモーフィアスとして彼を自由にすることに成功する。バッグスもかつて赤い薬を飲むことを躊躇した。しかし、ある女性の言葉によって赤い薬を選び、現実世界で目覚めることができたという。ドアを開けるとそこには再びエージェントたちの姿が。モーフィアスを連れてなんとかバッグスはマトリックスを抜け出すことに成功する。
だが、バッグスの中には誰がこのモーダルを作ったのか?という疑問が残った。

現実の鏡としてのトーマス・アンダーソン

一方、ネオは今回は再びトーマス・アンダーソンとして仮想世界の住人に舞い戻っている。
その世界ではトーマス・アンダーソンが開発した大ヒットゲームの内容が『マトリックス』三部作だったという設定になっている。過去のシリーズは現実ではなく、フィクションだったというわけだ。
トーマスは『マトリックス』のアップデートのために、進化シミュレーションである「モーダル」を作成していたが、そのモーダルに何者かが侵入し、システムの一部がクラッシュしてしまう。必死にバグを直すトーマスだが、気づけば侵入者はどこかへ消えていた。

ゲームと映画という違いはあるものの、『マトリックス』が誰かの作り上げた商品であるという意味ではこの設定は私たちの暮らす現実の強烈なメタフィクションでもある。
子供の頃に『マトリックス』を観た人なら誰しも「自分たちのこの生活もまた仮想現実なのでは?」と思ったことがあるだろう。しかし、大人になってもネオにはなれず、トーマス・アンダーソンとして日常を生きるという現実を知ることになる。所詮『マトリックス』は映画の話と気づくときが来る。
その意味で『マトリックス レザレクションズ』のネオになれなかったトーマス・アンダーソンは今の私たち自身の写し鏡とも言える。

さて、トーマスは世界的なゲーム・デザイナーとして成功しているが、『マトリックス』の内容と現実が混同してしまう症状に苦しみ、自殺未遂をした過去もあり、アナリストのセラピーを受診している。トーマスには精神の安定を保つ青い薬が書かせない。
ある日、トーマスは良くカフェで見かける人妻のティファニーと知り合う。軽く挨拶を交わしただけだが、ティファニーは「どこかで会った? 」とトーマスに尋ねる。トーマスはティファニーに『マトリックス』のキャラクター、トリニティの面影を重ねる。

『マトリックス』とは?

そんな時に『マトリックス4』の企画が持ち上がる。『マトリックス4』を作らなければ、親会社であるワーナー・ブラザーズとの契約を切られるという。トーマスのビジネスパートナーであり、ゲーム会社デウス・マキナの社長であるスミスはこう言う。
「ワーナー・ブラザーズ は我々抜きでもマトリックスを作ることができる。しかし、協力しないと契約を切られるだろう。」

ここも現実に『マトリックス レザレクションズ』製作に至るまでの背景がメタフィクション的に説明されている。今作以前から『マトリックス レボリューションズ』に続く新たな『マトリックス』の映画の話は何度か報じられてきた。ワーナーから圧力を受けたのはフィクションであるらしいが、実際に2017年の段階でワーナーがウォシャウォスキー姉妹抜きで『マトリックス』の続編企画を考えていると報じられることもあった。ある時期においてはワーナーとの関係が良くはなかったのは事実だろう。

社内会議でメンバーは『マトリックス』がどんな作品だったかを改めて確認していくのだが、「難解」「哲学的」などの批評が述べられる。
マトリックスになぜ人は夢中になったのか?「自分の灰色の世界に啓示の光を求めている」そうスタッフは言う。
そして続編については「リブートの方が売れる」などの意見も飛び交う。

ではラナはどんな『マトリックス』を作っていくのか?

『マトリックス』の復活宣言

ラナが選んだのは『マトリックス』三部作のリブートでもあり、続きでもあり、前日譚でもある、そんな『マトリックス』だった。
新たな『マトリックス』の復活宣言だ。

トーマスは『マトリックス4』のプレッシャーからまた症状が悪化していく。精神が追い詰められ、青い薬も飲めずにいる日々が続く。
「現実を葬るのは夢を捨てるより簡単だ」そんなトーマスが目にする言葉だ。

そんな日々の中、トーマスは再びカフェでティファニーに声をかける。二人は会話を楽しみ、ティファニーはゲームのトリニティ同様、バイクが好きなこと、そして夢の話をトーマスに伝える。たくさんの警官隊に追われ、トーマスをバイクに乗せて逃げる。しかし、最後は追い詰められてビルの屋上から飛ぶことに。そこでティファニーの夢は終わる。

ある日、会社に少年からの爆破予告が届き、全員がオフィスから避難することになる。
その時、トーマスの携帯電話にテキストメッセージが入る。「真実を知りたければ奥の部屋へ」
(このメッセージは『マトリックス』でモーフィアスから電話指示を受ける場面のセルフオマージュだ。「奥の部屋へ」という指示も全く一緒である。)
果たして奥の部屋に向かったトーマスの前に現れたのはモーフィアスだった。なぜゲームのキャラクターが現実に?狼狽するトーマスにモーフィアスは赤い薬を見せる。
オフィスは予告通りに爆発し、警官隊がやって来る。モーフィアスは警官隊と銃撃戦となり、ビジネスパートナーだったスミスはエージェントとなり、トーマスに銃を向ける。絶体絶命の危機だが、トーマスが気づくとアナリストの部屋にいた。今までのことは全て自分の妄想だったのか?
その夜、またもビルから跳ぼうとするトーマスをバッグスは間一髪で引き留め、「真実が知りたいならついてきて」とモーフィアスの元へ案内する。そこでトーマスは赤い薬を選び、再びネオとして現実世界で生きることとなる。

なぜネオは機械に繋がれたままなのか

今作は『マトリックス』のコアなファン向けの映画だ。少なくともシリーズ未見の人はおそらくほぼ楽しめないのではないか。随所に過去作のキャラクターや引用、オマージュが含まれ、『マトリックス』シリーズを観ていない人は全く意味がわからないだろう。

現実世界で目覚めたネオはなぜまた機械がマトリックスを作っているのかという疑問を抱く。
『マトリックス レボリューションズ』でネオが機械との取引を行った結果、人類は一旦マトリックスから解放され、機械との和平が結ばれた。劇中では新たな電力として植物が利用されることが示唆されているが、それでは電力の供給が低下しマシンシティは電力不足に陥った。
その結果、機械同士の争いに発展し、その中でザイオンは消滅。新たにアイオという人間と機械が共存する世界が生まれ、そこの最高指導者にはナイオビが就任していた。

今作は単純な善悪の二元論を語る作品ではない。ナイオビは戦争を否定し、マトリックスに繋がれた人々の解放も望んではいない。彼女はもっぱら失われた自然の回復に専念している。(そのことをバッグスに「人の命よりもイチゴが大事」「人々を見捨てた」と言われている。)また、ナイオビの部下のシェパードも、「かつては誰もが自由を望んでいた。だが今は違う」とネオに語る。
人間と共存する機械(劇中ではシンシエイトと呼ばれている)のように「機械との戦争」という根本の設定も単純な機械=悪というものではなくなっている。

人工知能が身近になった今、こうした設定の映画も増えている。
例えば『ターミネーター ニューフェイト』では任務を果たしたTー800は自分の意思で人間とふれあい、人間らしさを学んでいく。そして善良な一市民として、自らの過ちを悔いながら人間社会に完全に同化して暮らしている。

『マトリックス レボリューションズ』で死んだかに思われていたネオだったが、新たにマトリックスを作るに当たってネオのコードが必要になり、新たにマトリックスの設計者となったアナリストによって再びネオの肉体は復活させられていた。救世主も機械によって予定されたプログラムであることを踏まえると、ネオには特定のコードがあることも不思議ではない。
だが、ネオだけでは新たなマトリックスは維持できなかった。トリニティの存在があって初めてマトリックスは安定する。それもあってトリニティの肉体もまた機械によって再生され、ネオの近くでプラグに繋がれていた。

ネオはトリニティをプラグから外し自由にしたいと言う。それはマトリックスの崩壊を意味し、これまでの秩序が崩れていく可能性を含んでいた。ナイオビはネオの主張を却下するが、バッグスらが内密にトリニティの救出に向けて動き出す。
バッグスは自由を求める人は自由にしたいと考えている。それを実現するためのひとつの鍵は「救世主」ネオだった。

マトリックス内のトリニティのガレージに侵入したバッグスらの前にエージェント・スミスやかつての放浪プログラム、メロビンジアンが現れる。彼らを戦い、なんとか彼らを退けるネオだったが、トリニティに会えた直後にアナリストがネオの前に現れる。アナリストこそ、ネオとトリニティを復活させた張本人であり、新しくマトリックスを設計した、新たな「設計者」でもあった。ネオがトーマスとしてゲームの中で使ったバレットタイムをアナリストはマトリックスの中でも利用し、ネオに力の差を見せつけて消える。

新しい救世主

規則を破ったバッグスらの行動はナイオビの知るところとなり、アイオに戻らねばならない事態に。
アイオに戻ったネオはかつて地下鉄のホームで出会った少女のプログラム、サティーに再会する。彼女はマトリックス内でカフェの女性としてずっとネオとトリニティを見守っていたのだ。
サティーの父はポッドを設計したが、アナリストに殺害されており、トリニティの救出に協力するという。
しかし、もしトリニティが自由になりたいと言えば彼女を連れ戻すが、この答えがノーであれば、ネオは再びプラグに繋がれることを覚悟する。

再びマトリックス内でアナリストと対峙したネオはアナリストの前でティファニーに自由になるか、それともこのままマトリックス内で暮らしていきたいのかを尋ねる。家族からのメッセージもあり、一度はこのままの暮らしを選んだティファニーだったが、思いとどまりトリニティとして目覚めることを選択する。

アナリストがそれを許すはずもなく、トリニティを殺害しようとするが、エージェント・スミスがそれを阻止する。
だが、スミスの能力はマトリックス内の誰にでもなれることでもある。
トリニティとネオはバイクにまたがり、スミスに乗っ取られたマトリックスの人々から逃げていく。
追い詰められたネオとトリニティは高層ビルから跳ぼうとする。

跳べるか?ネオの体はぐらつき、必死でもがこうとするが、トリニティは―。新しいマトリックスの救世主はトリニティだった。彼女は空を飛び、ネオを救い出す。
彼女が見ていた悪夢も、『マトリックス リローデッド』でネオが見ていた予知夢だったと言えるのではないだろうか。

我々はいつの間にか奇妙なループの中にいる

『マトリックス レザレクションズ』は『マトリックスレボリューションズ』からの時系列に連なる続編でもある。しかし、プラグに繋がれたままのトーマスが目覚めるまでは『マトリックス』のリブートと呼べるし、新たなザイオンであるアイオやメロビンジアンとその部下の登場は『マトリックスリローデッド』からの要素だ。マトリックスの終わりまでを描いている点では『マトリックス レボリューションズ』の要素もある。つまり『マトリックス』三部作のリブートと言ってもいいだろう。

さらには新しいマトリックスで一番最初の救世主を描いたという意味では前日譚であるとも言える。『マトリックス レザレクションズ』冒頭でのモーフィアスの言葉をもう一度思い出してほしい。

「我々はいつの間にか奇妙なループの中にいる」

『マトリックス レザレクションズ』は確かにアクションやVFXの点で過去作がもたらしたような衝撃には乏しい。この点ではおそらくオタク分野やエンターテインメントの面で強みを見せていたリリー・ウォシャウォスキーの不参加が影響しているのかもしれない。
だが、その多重構造、循環構造に気づいたとき、『マトリックス レザレクションズ』の革新性が理解できるはずだ。

先に述べたように、冒頭でモーダルに侵入したバッグスはモーフィアスにある女性に言われて赤い薬を飲んだと話していた。
誰が彼女にその薬を飲ませたのか。可能性のある女性はナイオビがトリニティくらいしかいないのだが、ナイオビはマトリックスから人間を救うことをそもそも志向していない。
バッグスを現実の世界へ導いたのはトリニティではないのか?ループであれば、この先起こることをすでに体験していてもおかしくはない。

全ては愛から始まる

ではそのループの始まりは?
エンドロール中にラナのメッセージが流れる。

「パパとママへ
全ては愛から始まる。」

今回の『マトリックス レザレクションズ』の製作のきっかけ両親の死であったとラナ・ウォシャウスキーは語っている。
どうしようもない悲しみを慰めてくれたのがネオとトリニティというキャラクターであり、彼らがまだ生きているというアイデアは、ラナ自身の慰めにもなったという。
『マトリックス』でネオは一度死んで、トリニティの愛によって復活する。それはイエス・キリストにも通じるが、『レザレクションズ』ではそうしたドラマティックな死や奇跡は描かれない。ただ、ネオとトリニティの愛情があるだけだ。それこそが本当の奇跡であり、全てを始まらせる原動力でもあるからだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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