『ザ・クリエイター/創造者』

2014年に公開された『GODZILLA ゴジラ』には度肝を抜かれた。
それはもちろん、ハリウッドのVFXで再構成された、ゴジラの重量感や破壊される街、水しぶきの細かさなど、日本の特撮では描写できなかった表現の素晴らしさも大きかったのだが、視覚的なものだけではないゴジラの描き方にあった。
日本人にとってゴジラとは怪獣であることはもちろんだが、怒れる神とも呼ぶべき存在であり、核や戦争という歴史の負の側面を背負った存在でもある。圧倒的な存在に対して畏怖と共に敬いの気持ちも持つのは日本人らしい感性とも言えるだろう。

1998年に公開されたローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』は視覚効果こそ日本の数倍上を行く出来栄えだったが、ゴジラを単なるモンスターとして描いたことで、ファンからの評価は芳しいものではなかった。

2014年の『GODZILLA ゴジラ』はその点でも申し分なかった。ゴジラと核兵器の繋がりを描き、ゴジラをモンスター以上の存在として捉えることに成功していた。ゴジラというキャラクターは日本人以外には理解されづらいのではと思っていたが、そうではなかった。『GODZILLA ゴジラ』の監督はギャレス・エドワーズ。日本の怪獣、西洋のモンスター、その違いを絶妙なバランス感覚でスクリーンに表現してみせた。
ギャレス・エドワーズは今回紹介する『ザ・クリエイター/創造者』の監督でもある。

『ザ・クリエイター/創造者』

『ザ・クリエイター/創造者』は2023年に公開されたギャレス・エドワーズ監督、ジョン・デヴィッド・ワシントン主演のSF映画だ。
今作の舞台は2075年の近未来。AIがロサンゼルスを核攻撃したことをきっかけに、AIを禁止した西側諸国と、AIと共存している「ニューアジア」との戦いを描いた作品だ。
核攻撃から10年後、ニューアジアに住む主人公のジョシュアは妻のマヤとともに生まれてくる子供を心待ちにしていた。このシーンで流れているのはジャズのスタンダード・ナンバーでもある『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。
『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は多くの映画でも挿入歌として使用されている。このサイトで紹介した中では『ウォール街』のオープニングで使われている。
オリジナルは1954年に発表されたナンバーだ。「私を月に連れて行って」という歌詞は当時の時代を反映したものだ。当時は宇宙開発が盛り上がっていた時代。月に人類が行くこともそう遠くない未来だと思われていた。ジョシュアとマヤのこれからにも何の不安もないように映る。

そこにアメリカ軍が攻め入る。ジョシュアは軍の特殊部隊所属の潜入捜査官であり、AIの創造者である「ニルミータ」を探していたのだった。マヤはジョシュアの「退役した」という言葉が嘘だったことに激しく憤る。
しかし身分を偽りながらも、ジョシュアの妻への愛は本物だった。裏切られた妻のマヤはジョシュアの呼びかけを拒否し逃亡する。だがそこにアメリカ軍の空飛ぶ軍事要塞であるノマドが爆弾を落下させ、ジョシュアの目の前でマヤは爆発に巻き込まれる。

妻を失って5年後、ジョシュアは清掃員としてAIをロサンゼルスの爆心地近くで捕獲していた。「娘はどこだ?」そう人間のように泣き叫ぶAIの電源をジョシュアは躊躇なく切ってオフにしていく。戸惑う同僚にジョシュアは言う。「人間らしくしているが、所詮は機械だ」
そんなジョシュアに軍へ復帰の依頼が持ち上がる。ニューアジアで戦争を終わらせる威力を持った兵器が開発されたとの情報があったのだが、その開発拠点であるラボの場所はジョシュアしか知らない。
一度は断るジョシュアだが、最近撮影されたという映像には、死んだはずのマヤが映っていた。
ジョシュアは妻と再会するために軍へ復帰する。
軍はニューアジアに踏み込むが、彼らは無抵抗の人々を銃で脅し、強制的に尋問していく。後のシーンには無抵抗の僧侶を殺害するシーンもある。これらには『プラトーン』や『地獄の黙示録』などの戦争映画を思い出させる。 アメリカがベトナム戦争やイラク戦争で実際に行ったことだ。
このシーンを観ると、AIを禁じているアメリカ軍が正義とは直感的に思えなくなる。ギャレスはこの映画をそういう作りにしている。

多くの隊員の犠牲を払いながらその兵器の場所にたどり着いたジョシュアだったが、その兵器は子供の姿をしたAIだった。軍からジョシュアに「兵器」の殺害命令が下るが、ジョシュアは指令に背き、殺害を止めると、その子供型のAIの詳細を調べるために馴染みの工場へ向かう。ニューアジアの警察はもちろんのこと、軍の殺害指令に背いてしまったことからジョシュアは軍からも追われる身となってしまう。

名作SF映画からの影響

ギャレス・エドワーズは映画監督となる前にはVFXアーティストとして多くの映画に携わってきた。幼い頃から多くのSF映画に触れてきたギャレス・エドワーズらしく、『ザ・クリエイター/創造者』には様々なSF映画の名作の影響見られる。
おそらく最も大きな影響を受けているのは『ターミネーター』と『ブレードランナー』『アイ,ロボット』ではないかと思う。
まず、AIが人間に反旗を翻してロサンゼルスに核攻撃を行うという設定は『ターミネーター』シリーズの「審判の日」を彷彿とさせる。ニューアジアと西側諸国が戦争状態になった後に、西側諸国は10年かけて空飛ぶ軍事要塞を完成させる。AIを上空から検知して破壊するノマドだ。ノマドにはハンターキラーと繋がるものがある。また戦争の鍵を握るのが子供というのも『ターミネーター2』のジョン・コナーを思い出させる設定ではないか。
一方で1984年に公開された『ターミネーター』ではサイバーダインに代表されるようにAIは全て悪であったし、カイル・リースは「ロボットを信じるな」とサラに強く言い聞かせるが、AIが日常の中に浸透しつつある今の時代にあっては前時代的な感覚と言わざるを得ない(もちろん1984年の作品なので当時としては当たり前の感覚なのだが)。
『ターミネーター』に限らず、それまで人間として接していた相手でも、正体がロボットだとわかると途端にモノ扱いしてしまうなどの描き方が当たり前だったように感じる。

時代の経過とともにAIの描き方に顕著な変化のあった作品としては『マトリックス』シリーズを例にしたい。
1999年に公開された『マトリックス』ではAIは完全に敵であり、それどころか多くの人間はAIの作り出したマトリックスという仮想現実空間の中で一生を終えるという、当時のデジタル社会の風刺とも言える作品だったが、2021年に公開された『マトリックス レザレクションズ』では人類の敵であるAIと人類と共存しようとするAIの戦いが描かれている。人類としてもAI=悪という単純な向き合い方ではなくなっており、共に植物の再生を研究を行うなど仲間として共存している。
『ザ・クリエイター/創造者』の世界観もこちらに近い。 AIを敵視する西側諸国に対してニューアジアではAIが人間と同じように愛され、コミュニティの一員として人間と同等の存在として暮らしている。

『ザ・クリエイター/創造者』のアジア地域が世界の脅威となるという設定について、最初は今の時代の中国の発展がベースになっているのかと思いながら観ていたのだが、看板や言語は日本語の割合も多く、恐らくは『攻殻機動隊』や『アキラ』などの影響もあるだろう。日本語のニュースや看板、ネオンの描写などには言うまでもなく『ブレードランナー』の影響が一目瞭然だ。

天国行きの資格

ジョシュアとアルフィーは二人で旅を続ける。監督のギャレス・エドワーズによると今作の親子連れの旅という設定には『子連れ狼』の影響があるという。また、能力者の子供との旅という意味では2017年に公開された『LOGAN/ローガン』にも通じるものがある。
旅の途中でアルフィーはジョシュアに「天国って何?」と訊く。
「善人だけが行ける、穏やかな場所だ」
あなたは行けるかとアルフィーは更に問う。
「俺は行けない。悪人だから」
「私も行けない。人間ではないから」
ジョシュアは最も大切なマヤを裏切った。アルフィーは人間ではない。
だが、本当にそうだろうか。ジョシュアはアルフィーがジョシュアとマヤの子供をもとに作り上げたAIだと聞かされる。つまりアルフィーの母親がマヤ、つまりマヤはニルミータと関わっていたのではなく、マヤこそがニルミータだったのだ。またアルフィーはジョシュアに愛情を持つようにプログラムされていた。そしてアルフィーは周囲のマシンを操るだけでなく、AIとしても他者への共感能力まで備えるなど、人間と変わらない思考と情緒を備えていた。であれば、人間とAIの違いは何になるのだろうか。

ジョシュアはニューアジアの武装組織のリーダーで旧知の仲のハルンと手を組み、マヤのいる神殿を目指す。その過程でロサンゼルスの核攻撃はAIが仕組んだものではなく、人間のヒューマンエラーが原因であったことをハルンから聞かされる。
AIの望みは人間を滅ぼすことではなく、人間と共存したいだけなのだと。

たどり着いた神殿ではマヤが生命維持装置につながれたまま、昏睡状態で横たわっていた。
ジョシュアは悩んだ末にマヤの生命維持装置を外し、マヤを天国へ送る。
AIは人間を傷つけることができないため、その役割を果たせるのは人間のジョシュアだけであった。
だが、そこにもアメリカ軍の手は伸びてきていた。壮絶な戦闘の中、ジョシュアとアルフィーは軍に捕らえられ、ジョシュアはアルフィーをオフにすることを命じられる。
葬儀まで付き添いたいというジョシュアの気持ちを汲んで、廃棄場所まで向かうが、その途中でアルフィーが覚醒。
ジョシュアはアルフィーをオフにしていたのではなく、スタンバイの状態にしていたのだ。
二人は敵の最大の戦力であるノマドに向かう。

しかし、ノマドの爆破作業中にジョシュアの保有する酸素はごく僅かまで減っていく。アルフィーは助けを呼ぶためにノマド内を走り回る。そこでアルフィーは母親と同じ外見のAIを見つける。そこにアメリカ軍が持っていたマヤの脳のデータをインストールするが、マヤは目覚めない。
なんとか酸素を得ることに成功したジョシュアだが、さらに軍はジョシュアに攻撃を仕掛け、脱出ポッドへ向かうことを妨害する。
脱出ポッド一足先に乗り込んでいたアルフィーに別れを告げ、ジョシュアは壊れ行くノマドと運命を共にすることを決意する。
「天国へ行ける」
ジョシュアはそう言う。なぜ天国へ行けるのか。それは二度目は妻を裏切らなかったからだ。
ジョシュアはノマドの中庭で起動したマヤと再会し、抱擁を交わす。
そしてノマドは二人と共に崩壊し、ポッドで地上にもどったアルフィーはニューアジアの人々から熱狂的に迎え入れられる。

『ザ・クリエイター/創造者』では人間と遜色ないほど高度化したAIが描かれるが、それらが実際に誕生する可能性はほぼないだろう。
そういった意味ではリアリズムよりも、一つの「もしも」の未来をファンタジーとして楽しむべき作品でもある。
監督のギャレス・エドワーズは『ザ・クリエイター/創造者』で描かれるAIは異なる価値観を持った人々のメタファーだと言う。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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