『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』キラーサボテンの正体とは?

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


筋肉少女帯の楽曲に『トリフィドの日が来ても二人だけは生き抜く』という曲がある。
多くの星の降る夜に植物が人々を食べる事件が発生。しかしクラスの地味な女子はそんな内容の小説を読んでいたために助かった。そして、その方法を愛する人一人にしか教えないと誓っている、そんな歌だ。
この曲の元ネタは1962年の映画『人類SOS!トリフィドの日』だろう。流星群の夜、多くの人が空を見上げたが、流星群を見た人は翌朝盲目となった。時を同じくして、トリフィドと呼ばれる植物が盲目となった人々を襲い始める。
『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』を観ていると、頭にこの『人類SOS!トリフィドの日』が浮かんだ。

『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』

『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』は2015年に公開された『クレヨンしんちゃん』劇場版第23作となる映画だ。
監督は橋本昌和、声の出演は矢島晶子らが務めている。

野原ひろしは会社からメキシコにある非常に美味なサボテンの果実を収集するように命じられる。
課長から部長への昇進つきの話ではあったが、日本から遠いメキシコということもあって、家族を日本において単身赴任を考えていた。
しかし、妻みさえからの「家族はいつも一緒」の言葉によってしんのすけ、ひまわり、シロの野原一家全員でメキシコに引っ越すことに。

メキシコに到着した野原一家だが、そこは事前に渡されていた豪華な住まいではなく、まだ完成してすらいない田舎のボロ家だった。
不安な中、新しい生活が始まるが、ある日、開催された「サボテン・フェスティバル」の中で突然サボテンが人々を襲い出す。

異色のホラー・パニック映画

今作は『クレヨンしんちゃん』の劇場版としては異色のホラー・パニック映画にもなっている。
序盤はよくある友との別れを描いた感動的なシークエンスになっている分、そのあとの展開とのギャップが強調されている。
幼稚園の先生や友達、近所の人たちとの別れの挨拶のシーンはもちろんのこと、突然の引っ越しに戸惑い、つい反抗的な態度をとってしまう風間くんの姿が印象的だ。風間くんは最後まで別れの挨拶に姿を見せなかったが、しんのすけが乗っている電車から窓の外を見ると、そこに走りながら電車に向かって名前を呼び掛ける風間くんの姿があった。
さすがに最終的に転んでしまうのはちょっと既視感に溢れたありきたりな演出だとも思ったが。

野原一家がメキシコに到着してからは序盤こそ他愛のないシーンが続くものの、サボテン・フェスティバルのシーンからはホラー・パニック色が強くなる。
本作に登場する人食いサボテン(キラーサボテン)は無限に増殖し、一定の条件以外の方法では死なないという点はゾンビ映画のようでもある(生存者が一ヶ所に逃げ込むというのも『ゾンビ』と同じだ)。
また、粉々になってもそれらが集まって再びキラーサボテンとして復活を遂げるのは『ターミネーター2』の液体金属型ターミネーターのT-1000を思わせる。
余談だが、『人類SOS!トリフィドの日』はゾンビ映画の元祖とも言える『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』にも影響を与えている。

だが、『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』は本当にそれだけの映画なのだろうか?

キラーサボテンは何を意味しているのか?

キラーサボテンは原発のメタファーではないかという声もある。

3.11の東日本大震災以降、原子力発電所の安全神話は崩壊した。
2021年に東京新聞をはじめとして地方紙14紙がアンケートを行った結果、実に8割以上の人々が脱原発を望んでいるということが明らかになった(もちろん、その中にはすぐに原発を全て止めることは難しくても、将来的には原発が無くなることが望ましいと思っている人も含んでいる)。
原発から漏れた放射能で福島県の一部は人間が立ち入ることのできない地域になっている。日本にもチェルノブイリのようなそんな地域ができてしまったのだ。
だが、一方で原発マネーがその自治体を潤してきたことは事実だ。

『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』で描かれるキラーサボテンにもその二面性がある。
キラーサボテンが発生したマダクエルヨバカ町にとってもキラーサボテンは世界中からその果実を求める人が訪れる町になっており、町長にとってもキラーサボテンは町おこしのための重要な特産品でもあった。
マダクエルヨバカ町は野原一家の言葉を借りると「すごい田舎」であり、ほとんどの田舎がそうであるように町おこしで観光客の増加や特産品のPRをやっていかなければ、決して発展することはない(現実的に考えるとマダクエルヨバカ町は交通の便も悪いために企業誘致も難しいだろう)。
マダクエルヨバカの町長も、原発と同じように、リスクを抱えながらも(正確には人的被害が発生している以上、もはやリスクで収まる範囲ではなくなっているが)キラーサボテンでの町おこしに拘る人間として描かれている。人間の欲深さを象徴するようなキャラクターだが、空腹のしんのすけにおやつをあげたり決して悪人ではないところは人間味があってリアルだ。

キラーサボテンが原発のメタファーではないかという点はもうひとつあって、水が弱点という点だ。
放射能汚染物質を除染する方法は様々あるが、水で撹拌することもその一つだ。元々生物的にサボテンは水に弱いわけではなく、種類にもよるが、夏と冬以外は頻繁に水を必要とする植物でもある。
となると、やはりキラーサボテンが原発のことを暗喩しているという意見には説得力がある。

ちなみに、今作のメキシコへのお引っ越しという内容もあって、現実世界でも野原一家が春日部市に転出届けを提出し、メキシコ大使館へビザを申請するというイベントが行われた。
また、今作はメキシコでプレミア上映会も実現している。
映画ではキラーサボテンによる町おこしの野望は潰えたが、現実ではメキシコとの国際交流の発展に『クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 〜サボテン大襲撃〜』は貢献していたのだ。

created by Rinker
バンダイビジュアル
¥4,073 (2024/05/20 12:02:55時点 Amazon調べ-詳細)
最新情報をチェックしよう!
NO IMAGE

BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

CTR IMG