『ニュースの真相』21世紀最大のメディア不祥事から見るべきこと

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


アメリカの放送局、CBSニュースは2004年9月8日にある疑惑を放送した。それは当時のアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュが自身の経歴を詐称しているのではないかという疑惑だ。
「ブッシュは父親の権力を使ってベトナム行きを逃れ、テキサスで」がその内容だが、私自身高校生の時にリアルタイムでこのニュースには触れている。日本のマスメディアもこのことを騒ぎ立てたが、しばらくしたら聞かなくなった。もしかしたら私が忘れているだけかもしれないが。
この顛末はどうなったのか?
それを描いたのが今回紹介する『ニュースの真相』だ。

『ニュースの真相』

『ニュースの真相』は2015年に公開されたジェームズ・ヴァンダービルト監督、ケイト・ブランシェット主演のドラマ映画。CBSテレビのニュース番組『60ミニッツ』のプロデューサーであるメアリー・メイプスが主人公だ。原作はメイプス自身が出版した『大統領の疑惑』。
メアリー・メイプスはイラク戦争のアブグレイブ刑務所での捕虜虐待などのスクープを報じてきたCBSの敏腕プロデューサーだ。

2004年の大統領選挙の数ヵ月前、彼女の元にブッシュが軍歴詐称しているのではないかという情報が入る。もし、それが本当なら大統領選挙の結果をも左右するビッグ・ニュースだ。メイプスは調査チームを編成し、ブッシュの疑惑を追及していく。証拠となる文章も入手し、鑑定家からの保証も得た。複数名の証言も得た。そしてCBSの名アンカー、ダン・ラザーがブッシュの疑惑を60ミニッツで発表する。
このスクープは大統領戦を控えたアメリカに衝撃を与えた。
だが、一つのメールが、メイプスらの運命を大きく変えて行く。
「番組で取り上げられた証拠書類ははマイクロソフトのワードで作られたものではないか?」それは匿名のブロガーからの指摘だった。
これを発端に、メイプスらの情報の裏取りこの不完全さが浮き彫りになり、メイプスらは一気に窮地に陥ることになる。

ここからメイプスやラザーがどう疑惑と向き合っていくかが『ニュースの真相』で描かれる。
監督のジェームズ・ヴァンダービルトは今作についてできるだけ公正な視点から描いたという。一方でCBSは今作に批判的であり、『ニュースの真相』のテレビCMを一切流さなかった。この事件は21世紀最大のメディア不祥事と呼ばれている。

『グッドナイト&グッドラック』

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『フロスト×ニクソン』『グッドナイト&グッドラック』…パッと頭に浮かんだものだけでも実際のジャーナリズムをテーマにした映画はこれだけある。
いずれも政治的な問題を扱った作品だ。
中でも2005年に公開された『グッドナイト&グッドラック』は同じCBSが舞台であり、『ニュースの真相』とのつながりも深い。

『グッドナイト&グッドラック』は赤狩りに対して初めて批判報道を行い、赤狩りを終わらせるきっかけとなったCBSキャスターのエドワード・R・マローを取り上げた作品だ。
赤狩りとは、1948年頃より1950年代前半にかけて共和党右派のジョセフ・マッカーシーが中心となって推し進めた行われた、アメリカ国内の公職から共産党員、およびそのシンパを排除しようとする動きのことだ。少しでも共産主義と関わったとみられる者は職を追放される。その極端なヒステリックさに辟易する国民も少なくなかったが、表立って声を上げることには相当のリスクも孕んでいた。
共産主義との戦いを盾にして正当な根拠なく人々を追い詰めていくマッカーシーの横暴さに対してマローはこう言う。
「これはマッカーシー議員一人の責任でしょうか?彼は恐怖を生んだのではなく利用しているに過ぎない。カシアスの言う通り、悪いのは運命の星ではなく我々自身なのです」
赤狩りを止められなかったのは運命ではなく、自分達国民のせいだとマローは言う。

ダン・ラザーはCBS入社当時からマローが憧れの人であったという。
「CBS社内でエド・マローの名がどれほど頻繁に出てくるか、外の人間には信じられないだろう。事あるごとに『エドならどうかっただろう…』というように」
ラザーはマローについてそう語っている。

どちらもCBSの報道番組の話であるのも同じだ。『グッドラック&グッドナイト』はシーイットナウ」、『ニュースの真相』では「60ミニッツ」。どちらも「メディアの在り方」を問いかけた作品だ。
『 グッドラック&グッドナイト 』は果敢に権力に立ち向かい、勇気を持って成果を収めた。逆に『 ニュースの真相』は権力に立ち向かったが、足元を掬われ自滅していく様が描かれる。
この二つの映画で描かれていることは、いわばメディア、ジャーナリズムの光と影のように思える。
メディア、それが指すものは時代によって変わるだろうが、いずれにしても、そこには一層の慎重さが求められる。それがメディアを扱う者の責任だろう。なぜメイプスはブッシュの報道において慎重さを欠いてしまったのだろうか?

公共と私

実はブッシュの経歴詐称疑惑は1999年の大統領選挙の際にも噂があった。しかし、決定的な証拠が挙げられずに大々的に報じられることはなかった。
ではなぜ、メイプスは報道に踏み切ったのか。「真実を伝えること」を大義名分にしながらも、功利に逸ったのではないかとも思える。もちろん、真実を伝えることで国民に公平な判断を促すことは必要だと思うが。
CBSは元々リベラルで民主党寄りのテレビ局でもある。イラクの捕虜虐待を告発することは正義感からの行為だっただろうが、ブッシュの軍歴詐称は果たして正義感からだったのか?
オリバー・ストーンの『ブッシュ』で描かれているように、ブッシュは決して優秀な大統領とは言えない。
だが、それを自らの政治的な立場から攻撃しようとするのは正義とは言えないだろう。

メイプスは事件後、次のようにコメントしている。「放送に間に合わせるために大急ぎで取材するか、または全く放送しないかだったのだと思う」
当時、CBS以外にも複数のメディアがブッシュの経歴詐称を追っていた。そのような状況の中で、他社に先駆けてなんとしても結果を出したい気持ちは理解できる。
『ニュースの真相』の公式サイトで、ジャーナリストの手島氏はアメリカのジャーナリストについて「アメリカのメディアに働く者は想像もできない過酷な競争に曝されている」と述べている。さらにそのようなジャーナリストの目指す頂が三大ネットワークの有力ニュースだという。つまり、本作のメイプスの位置なのだ。
確かにメイプスらは過ちを犯した。動機や過程が何であれ、不完全な情報を放送したのは事実だ。

だが、そうした実際のジャーナリズムの現場を知る人間からはメイプスに同情的な声も上がっている。
メイプスの上司であり、番組のエグゼクティブ・プロデューサーであったジョシュ・ハワードは監督のジェームズ・ヴァンダービルトの取材に対して「この話に本当の悪役はいないと思う。みんなそれぞれの仕事を全うしただけ」と答えた。
また、今作でダン・ラザーを演じたロバート・レッドフォードは1978年の映画『大統領の陰謀』でも実在のジャーナリストのボブ・ウッドワードを演じている。ボブ・ウッドワードは同僚のカールバーンスタインとともにウォーターゲート事件におけるホワイトハウスの関与を明らかにし、当時の大統領であるリチャード・ニクソンを辞任に追い込んだことで有名になった。
かたや誤報の責任をとってアンカーを辞任、かたや国民的英雄、この違いはなぜ生まれたのか。
レッドフォードはこう言う。「『大統領の陰謀』は上司の助けを得られたのに対して、『ニュースの真相』のダン・ラザーはそうではなかったということだ」

結局、ブッシュは2004年の大統領選挙で再選を果たす。対抗馬のジョン・ケリーとは得票率わずか2.46%の大接戦だった。
もし、メイプスらの誤報が真実だったなら、アメリカの大統領は変わっていたかもしれない。

真実の価値

メイプスは著書『大統領の疑惑』でキリアン文書に対して十分な検証を行った上で放送に踏み切ったこと(それでも急いだことは過ちだったと語っている)、そしてジャーナリズムという仕事に対してこう述べている。
「報道機関は完璧ではないけれど、他と比べたらはるかに上をいっていることを再認識してもらえたら嬉しい。レポーターとして働いているあらゆる人たちに思い出してもらいたい。あなたは世界で最高の仕事についていることをー真実を語ることができるのだから」

『ニュースの真相』のような映画が価値を持ち続けるアメリカ社会を羨ましくも思う。アメリカには実際の事件を取り上げた、社会的なメッセージ性の強い作品が多くある。国民の間でもそれだけ政治への関心、真実への関心が高いのだろう。
「顔がいいから」「クリーンなイメージだから」そんな理由で指導者は支持されないということだ。そこにはジャーナリズムへの価値の違いもあるように思える。

監督のジェームズ・ヴァンダービルトはジャーナリズムについてこう述べている。
「ジャーナリストは本当に崇高な職業だと思っている。懸命に取り組み、話を組み立て、調査をし、そして、力を持つ人への疑問を投げかける、そういったことがジャーナリストの肩にかかっているからだ。(この事件がきっかけで番組の降板に追い込まれた)ニュースキャスターのダン・ラザーに起きたことは、誰にでも起こる可能性があって、僕にも起こり得ることだ。ジャーナリストは、それでも勇敢に立ち向かい重要な問題を提起する。だから、希望があると思う。しかしながらその立場は危ういものになってきていると思う。調査報道という立場が脅かされていることには、注意していかなくてはならないと考えている。」
反権力に固執することが全てではないが、何にも媚びず、イデオロギーにすらなびかずに真実を追及することは価値があると思う。

メイプスらの誤報が明らかになると各局がその報道で持ちきりになり、本来の焦点だったブッシュの軍歴詐称問題の真相は忘れられていった。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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