『図鑑に載ってない虫』三木聡の魅力満載!ダメ人間たちが輝く脱力系コメディー!

叶井俊太郎と倉田真由美の共著『ダメになってもだいじょうぶ—600人とSEXして4回結婚して破産してわかること』を買って読んでいるが、1ページ目から爆笑してしまった。「うっかり父の不在に気付かずのびのび育つ」そんなことってある?!
短くシンプルな文書だが、インパクトと笑いを誘う名文だ。
同著では叶井俊太郎が自身のダメっぷりを赤裸々に(とはいっても明るく)書いているのだが、その振り切ったダイナミックさが読んでいて楽しい(※)
※当記事は書評サイトではなく、この後きちんと映画のことも書くのでご安心頂きたい。念のため。
個人的には昔からどうもダメ人間とされる人々に惹かれてしまう性質らしい。

私自身決して器用な方ではないが、地元の県立普通高校を卒業して、隣県の国公立大学へ進んで、そつなく単位をとって、普通に卒業して就職した。立派ではないものの、表向きはそれなりに小綺麗なレールの上に乗っていたのだ。だが、訳あって就職した会社を半年で去ることになった。当時はリーマンショック後の不況真っ只中。「一度堕ちたら這い上がれない」そんな言葉が呪文のようにそこかしこで囁かれていた。
もちろん、私自身その言葉に恐怖心を抱いていたのは事実だが、いざレールを降りてみると、眼の前に真っ白なキャンパスが広がるような自由を感じたのは確かだ。もちろん物凄く生活は困窮したが、それでもかけがえのないキラキラした時間を過ごせたとも思う。
ベンジャミン・バトン』の記事でも書いたが、そんな中でも大きな意味を持っていたのが映画だ。
確かに自由は自由だった。しかし、金は無い一方で不安はあった。その不安とは人生に対する不安だ。当時まだ24歳。人生なんて何も始まっていないと今なら思うが、それだけにそこから始まる予想もつかない人生の大きさに怯えていたのだろう。
そんな中で日々出会う映画達は様々な人生を見せてくれた。

その中でも特に大きな出会いだったのが三木聡監督の映画達だ。もともとは大好きな麻生久美子の主演映画『インスタント沼』のDVDジャケットを見て、思わずレンタルしたのが三木聡監督作品との出会いだった。
三木聡監督は「脱力系コメディ」と呼ばれるジャンルの代表的な監督だ。いい意味でユルく、いい意味でマトモな人が少ない三木聡監督の作品は笑い以外にも憧れや夢、励ましなど様々なものを届けてくれた。

すっかり前置きが長くなってしまった。
今回紹介したいのは、そんな三木聡監督の2007年の作品『図鑑に載ってない虫』だ。

『図鑑に載ってない虫』

主演は伊勢谷友介、松尾スズキらが務めている。
主人公は 売れないルポライターの「俺」。友人のアルコール中毒のオルゴール職人エンドーとともに一度死んでも生き返られる虫、「シニモドキ」を求めてさまようロードムービーだ。
彼らの旅の途中で様々な人々と出会って共に旅をするようになっていくのだが、その出会う人々が売れないリストカッターの元SM嬢(ちなみに演じているのは撮影当時『バベル』でブレイクする前の菊地凛子)であったり、いつも腹を透かせている変なやくざの師弟であったり(ちなみに子分を演じているのはふせえり。この役作りのために実際に角刈りにして泣いたという)、社会の枠組みから離れた人々ばかりなのが楽しい。

セオリーを無視した、いい意味でくだらない映画

「塩辛でできたニコラス・ケイジ」や「ゼリーで出来たジュリー藤尾(ゼリー藤尾)」などのバカバカしい小道具や小ネタもシュールで実に魅力的だ。もともと三木聡監督の作品はそういう小道具だったり子ネタなどが多く登場するのだが、特に『図鑑に載ってない虫』はその割合が多い。

主演の伊勢谷友介は今作に出演したきっかけを「『セオリーを無視した、いい意味でくだらない映画』ってそうそうないなと思った」と述べている。その言葉の通り、この作品はストーリーの魅力で観るものではないからだ。
三木聡監督の代表作と言えばテレビドラマの『時効警察』が有名だ。『時効警察』のオフィシャル本でうろ覚えだが、オダギリジョーか豊原功輔が「三木聡監督の映画にはどれもロードムービーのような漂っている感覚がある」と答えていた。
特に『図鑑に載ってない虫』は舞台が夏ということもあって、大人が子供のような日々を過ごしながら楽しく過ごす夏休みのような雰囲気もある。実はこの雰囲気こそが今作の一番の魅力かもしれない。

三木聡監督の映画に共通するメッセージ

そして、三木聡監督の映画にはその根底に共通するメッセージがあるように思う。
それは少し角度を変えれば、世界はとても面白いということ。
『亀は意外と速く泳ぐ』では平凡な主婦がスパイ募集の張り紙に応募することで、何気ない日常が刺激を帯びていく。『インスタント沼』では水道の蛇口をひねり、浴槽が満杯になるまでに食事を済ませるなどのちょっとした遊びで退屈な日常を楽しむ術を学んでいく。そして『図鑑に載ってない虫』では、「俺」がシニモドキで死後の世界を体験することによって「生きてることも死んでることもそう変わらない」との事実に気づく。そして蘇生して生きていることを喜びとともに改めて実感するのだ。

少し短いが、今回はここで終わろう。あとは実際にこの唯一無二の世界観を体験してみてほしい。
『図鑑に載ってない虫』は少し肩の力を抜いて生きることを教えてくれる、そんな作品だ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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