『パシフィック・リム』デル・トロの怪獣愛が詰め込まれた名作を読み解く

空の大怪獣 ラドン』のレビューでいかに本多猪四郎が世界で愛された映画監督かを書いたつもりだ。
しかし、一つエピソードを書き忘れた。
2013年に公開された映画『パシフィック・リム』にも本多猪四郎の名が登場することだ。

『パシフィック・リム』

『パシフィック・リム』は2013年に公開された怪獣映画。監督はギレルモ・デル・トロ、主演をチャーリー・ハナムと菊地凛子が務めている。また菊地凛子演じる森マコの幼少期を芦田愛菜が演じたことでも話題になった。
幼い頃から日本の特撮やアニメに親しんできたギレルモ・デル・トロ。『パシフィック・リム』はそんなデル・トロの怪獣愛、ロボット愛がこれでもかと詰め込まれた映画になった。
本多猪四郎の名が出てくるのはエンドロールだ。「この映画をモンスター・マスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧げる」との謝辞が挿入されている。
レイ・ハリーハウゼンは1950年代から70年代を中心に活躍したアメリカの特撮映画監督。彼が特撮を担当した『原子怪獣現わる』は『ゴジラ』にも多くの影響を与えている。そして『ゴジラ』の監督を務めたのが本多猪四郎だ。

デル・トロは幼い頃はいじめられていたという。そんな彼の孤独を癒したのがモンスター達だった。同級生が怪獣をやっつけるヒーローに夢中になっていた時にデル・トロは殺されていくモンスターたちに共感を覚えた。2017年に公開された『シェイプ・オブ・ウォーター』はそんなデル・トロの嗜好が最もストレートに表現された作品だろう。
今作『パシフィック・リム』も怪獣や巨大ロボットなど、デル・トロが幼い頃から夢中だったものへの偏愛に満ちている。『パシフィック・リム』のキャンペーンで日本に来日した際にはそのオタクっぷりを存分に発揮し、自費で怪獣フィギュアを買い漁ったり、本物のバルタン星人の登場に大興奮する様子が放送された。バラゴンやカネゴンのフィギュアを見つめて「ビューティフル!」と呟いていたのが印象的だ。
「日本の怪獣はヒーローにも悪役にもなる」そうデル・トロは語る。

日本の怪獣映画へのオマージュ

『パシフィック・リム』はその設定(怪獣はモンスターではなく、カイジュウと日本語の発音のまま呼称されている)もさることながら、随所に日本の怪獣映画へのオマージュが感じられる作品となっている。『パシフィック・リム』では怪獣は海底にできた裂け目の中にある異次元空間から出現するが、最初に怪獣と遭遇するのが民間の船というのは『ゴジラ』と同じだ。もともと『ゴジラ』そのものがマグロ漁船の第五福竜丸が被爆した事件に影響を受けている。ゴジラは原水爆のメタファーでもあるため、ゴジラの最初の犠牲者は船に乗った漁師たちだった。これは1998年に公開されたローランド・エメリッヒ版の『GODZILLA』にも引き継がれている。そもそも怪獣が海から登場するという設定も『ゴジラ』シリーズと共通する。

怪獣の出現により、人類は環太平洋防衛軍(PPDC)を結成。人類側のロボット型兵器「イェーガー」と怪獣の戦いが沖合いで繰り広げられる(ちなみにイェーガーとはドイツ語に由来し、ハンターを意味する)。イェーガーは操縦士者の神経を接続してロボットに伝達することで操縦するのだが、一人では負担が大きくなるために、二人一組で操縦するようになっている。
先に述べた民間の船が遭遇する怪獣「ナイフヘッド」は『ガメラ』に登場するギロンそっくりだ。ナイフヘッドを倒すために出動したイェーガー「ジプシー・デンジャー」に搭乗していたのはローリー・ベケットとその兄のヤンシー・ベケット。二人は多くの怪獣を撃退した名パイロットだった。
しかし、激しい戦闘にジプシー・デンジャーの機体は破壊され、兄のヤンシーは殺される。ローリーは一人でイェーガーを操り、ナイフヘッドを撃退する。

その後、地球に登場する怪獣は巨大になっていき、イェーガーでの攻撃は段々と怪獣に通用しなくなる。イェーガーでの怪獣撃退策「イェーガー計画」は中断され、環太平洋の国々の沿岸に防護壁「命の壁」を築く「命の壁計画」が怪獣対策の中心になっている。このように沿岸に壁を築いて脅威から国を守るという設定はデル・トロが影響を公言している押井守監督の『機動警察パトレイバー』とも共通する。
だが、建設中の命の壁も巨大になりつつある怪獣の前には無力に破壊されていく。こうした中、PPDC司令官のスタッカー・ペントコストは再びイェーガーで今度は怪獣が現れた海底の裂け目を爆破するべく、兄が亡くなってから命の壁の建設現場を転々として暮らしていたローリーを再びパイロットとして計画への参加を求める。
ローリーが香港にあるPPDCの基地へ向かうと、そこには4体のイェーガーが残っていた。怪獣との戦いを生き延びたロシア、中国、オーストラリアのイェーガーと、修理されたジプシー・デンジャーだ。
ロシアのイェーガー、チェルノ・アルファは『機動戦士ガンダム』に登場するザクがイメージの元になっているという。

他にも特撮映画からの影響は大きい。劇中では他の怪獣も登場するが、例えばワニ型の怪獣ライジュウには『ウルトラマン』に登場するガボラの影響が、オオタチには『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』のギャオスや『ウルトラマン』のゴモラなどの影響も感じられる。
だが、恐らく参考にしたのは日本の怪獣だけではないだろう。強酸性の血液は『エイリアン』シリーズのエイリアンを、血液が蛍光色なのは『プレデター』シリーズのプレデターを彷彿とさせる。また、オオタチの口の中にさらに口のような触手があるのもエイリアンに似ている。

ギレルモ・デル・トロの戦略

だが、ギレルモ・デル・トロはただのオタク監督ではない。デル・トロのフィルモグラフィーには『ブレイド2』などのアクション映画もあるが、押井守によるとデル・トロはそういった映画には本来興味がないのだという。だが、それは「ハリウッドで求められたものに対してしっかり結果を出す」という意味では必要だ。そうしてハリウッドで自らの地位を確立していった、デル・トロなりの戦略なのだ。そういった意味では『パシフィック・リム』はハリウッドでデル・トロのやりたいことを叶えられた作品なのだと思う。
巨大な怪獣が登場したら、どうなるのか。その大きさや破壊力の凄さをどう表現するのか。波しぶきのディテール、壊れるビルの破片と煙の描写など『パシフィック・リム』はまた怪獣描写のレベルを数段階上に押し上げてしまった。
私自身、子供の頃に『ゴジラvsキングギドラ』を観ていて、映画がどうやって撮影されているか、幼心にずっと不思議だった。「きっとこれはドキュメンタリーなんだ、どこかに本当にゴジラはいるんだ!」と思っていた。映画の中の都市が精巧に作られたミニチュアだと知ったときは本当に驚いた。本物にしか見えなかったからだ。
だが、今ではそんな日本の特撮技術もハリウッドの技術や演出と比べるとどうしても見劣りしてしまう。言い換えれば、子供の頃に観た特撮映画の安易なトレースで終わらない所にデル・トロの本当の特撮映画へのリスペクトがあるのだろう。ちなみに描写やディテールはアップグレードされているが、怪獣はスマートな動きというよりも中に人がいるような「着ぐるみ的な重厚感」を重視して作っていったと言う。

信頼と協調

冒頭でイェーガーは二人で操縦するロボットだと述べたが、この設定はギレルモ・デルトロが最初からこだわっていた部分でもある。

「同じロボットに乗ったからにはどれだけ仲が悪くても互いを信頼しなくてはいけない。私たち人類も同じロボットにみんなで乗り込んでいると言える。」

『パシフィック・リム』のテーマは信頼だという。怪獣を倒すためにも世界各国の国が協力しながらそれぞれのイェーガーで立ち向かうのだ。

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そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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