
「キムタクは何を演じてもキムタク」
木村拓哉にはそういった評価が常につきまとってきた。このことは『TOKYOタクシー』の作品解説でも述べているが、個人的には全く見当外れの意見だと思う。
確かに木村拓哉の演じてきたキャラクターに似通ったものが多いのは否定できない。
しかし、その枠から飛び出した役を演じたとき、木村拓哉の役者としての才能の高さが垣間見えるのである。
『武士の一分』
2006年に公開された、山田洋次監督の『武士の一分』はまさにそんな作品だ。原作は藤沢周平の『隠し剣秋風抄』に収録されている短編『盲目剣谺返し』。木村拓哉は主人公で藩主の毒見役を務める小侍、三村新之丞を演じている。
新之丞は決して裕福ではないが、妻の加代と父の代からの奉公人である徳兵衛とともに、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日の毒見で、つぶ貝の毒に当たってしまい、倒れてしまう。三日間寝込んでいた新之丞だが、目覚めた時に、自身が失明したことに気づく。
新之丞は盲目となったことで、自身の夢も潰え、仕事もお役御免、家禄も取り上げられるだろうと絶望し、自害しようとする。
しかし、一方で加代は家禄のために藩の有力者である島田に体を許してしまう。その事実を知った新之丞は、怒りのあまり加代を離縁する。だが、家禄の存続は島田の力ではないことを知り、新之丞は盲目ながら島田に果し合いを挑む。
「キムタク」ではない木村拓哉
本作で木村拓哉が演じる新之丞は世間の思う「キムタク」ではない。何しろ、いきなり盲目になった男だ。弱さを見せずにいられないわけがない。寡黙だが、自分のこれからの長い苦難と目の前の困難に直面する下級武士。そんな繊細で難しい役柄を木村拓哉は見事に演じて見せた。
時代劇の人気が低迷する今にあって、『武士の一分』は40億円を超える大ヒットとなる。私も好きな作品の一つだが、本作がなぜここまで多くの人の心を掴んだのか、解き明かしてみたい。
時代劇の隆盛と衰退
まずは『武士の一分』が一般的な時代劇とどう違うかだ。ここでは春日太一氏の著作『なぜ時代劇は滅びるのか』も参考にしながら進めていきたい。
大前提として、今、時代劇の人気はほぼない。いや、大きな流れでいくと、1960年代からテレビの普及とともに時代劇映画の衰退は徐々に始まっていた。
1970年代には、時代劇がテレビ番組の一つのコンテンツとして量産されるようになる。しかし、次第にそれらはマンネリ化してゆく。映画とは違い、基本的に無料で観られるテレビは、得られるスポンサー料と制作費の差額が収益となり、そのためにはできる限りお決まりのパターンの量産で安く作った方が得だからだ。
視聴者もそのようなマンネリで満足でしているうちはそれで問題なかった。事実『水戸黄門』はそれで成功した時代劇であった。だが、メインの視聴者層が企業の望む購買層とならない高齢者であることがわかった時点で、スポンサーは時代劇番組への出資に慎重になった。当然、テレビ局側でも時代劇の企画は通りにくくなる(唯一、『水戸黄門』だけは、ナショナルの一社提供になる番組だったこともあり、テレビ局の干渉を受けることがなかったという)。
こうして消えゆく時代劇
時代劇の衰退に関しては、私の幼少期を振り返っても思うことがある。私は1987年生まれだが、幼稚園生の頃は確かに時代劇はよく目にする番組の一つだった。
おそらく再放送だと思うが、祖父がよく夕方に放送されていた時代劇のテレビ番組を観ていたからだ。『水戸黄門』『遠山の金さん』『大岡越前』などが今も記憶に残っている。幼児にとっては夕方の時間帯こそがゴールデンタイムだ。「月9」の時間帯はすでに寝る時間であって、トレンディなドラマには触れることもなかった。
だが逆に言えば、企業が視聴者層として望む若者や社会人にとっては、時代劇などメにも入らないコンテンツになっていたということだ。彼らにとっての夕方は学校や仕事の時間であり、夜は夜でバラエティや旬の俳優を使った人気ドラマが放送される。
私も生活時間が夜遅くまで伸びるに伴って、時代劇を観ることは自然となくなった。19時からの本当のゴールデンタイムの時間帯には、それまでの時代劇とは比較にならないほど刺激的な番組やコンテンツであふれていたからだ。志村けんの『バカ殿様』ですら、マンネリ化した時代劇よりもはるかに笑えて面白かった。
こうして見ると、私が時代劇に親しんでいたのは幼児の頃までであったと言える。当然幼かったために、演じた俳優の顔は覚えていても名前までは覚えていない。これでは時代劇の人気が世代を超えて継承されるはずもない。衰退も当然のことだ。
山田洋次の手腕
では、なぜ『武士の一分』はここまでヒットしたのだろうか?
今までのことを踏まえても、時代劇映画は作られる本数こそ激減したものの、全くヒットしない映画というわけでもなかった。
中でも山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』は、国内外で多くの賞に輝いた。同作は時代考証へのこだわりと、それまであまり描かれることのなかった下級武士の暮らしを丹念に描いたことも新鮮だった。そして人間ドラマだ。殺陣などのアクションをメインに据えるのではなく、多くの人が共感し、感動できる、ドラマの部分をメインに据えたのだ。
言うまでもないが、代表作である『男はつらいよ』をはじめとして、山田洋次は人間ドラマの名手だ。その手腕を時代劇にうまく転化させたのが『たそがれ清兵衛』であった。
原作『盲目剣谺返し』との違い
それは『武士の一分』でも同じだ。藤沢周平の原作とは、ほぼストーリーも同じではあるが、原作に比べて、剣術や復讐への重心は明らかに抑えられている。代わりに描かれるのは、新之丞と加代の夫婦愛であり、日常の風景だ。
それを象徴するのが、原作からの二つの改変だ。どちらも剣に関することだが、一つは新之丞の剣技の向上を示すために、庭に多くの虫の死骸が落ちているシーン。
原作では新之丞の友人が新之丞宅を訪れた際に、庭に虫の死骸がたくさんあるのを発見する。そして、それは新之丞が鍛錬の果てに暗闇の世界で虫の気配を感じ取り、木刀で叩き潰すことができるようにななったことを示している。
映画版では、かつての剣術の師に再度教えを請い、盲目でも剣の腕を取り戻していくのだが、その腕前は小説ほどではなく、相討ちならば上等という程のものだ。
そもそも小説版だと、普通に考えて、目の見えない状態で虫を殺したとなぜわかるのかが疑問だ。カラスならまだ刀を伝って「打った」感覚がわかるだろうが、「虫」である。そのあたりの批判を映画ではあらかじめ避けたと判断もできそうだ。
もう一つは果たし合いの結末だ。原作では島田の頸動脈を斬り、即死状態にさせているのに対して、映画では左腕を斬っただけだ(その後島田は自分で切腹している)。
ここに山田洋次のヒューマニズムがあると私は見ている。いくら江戸時代の話とはいえど、おそらく山田洋次は新之丞を人斬りにはしたくなかったのだ。
『武士の一分』は、復讐を終えた新之丞が再び加代を交えて日常へと回帰していき、物語は終わるのだが(そこは小説も映画も共通している)、その時に新之丞が「殺人者」であるのか、そうでないのかは物語の後味として決定的な違いを残すのではないか。
『セント・オブ・ウーマン
今作で木村拓哉は盲人を演じるにあたり、山田洋次監督から『セント・オブ・ウーマン』を参考にするように言われたという。『セント・オブ・ウーマン』は1992年に公開されたドラマ映画。今作で主人公の盲目の退役軍人を演じたアル・パチーノはアカデミー主演男優賞を獲得している。
本作でのアル・パチーノの演技は「瞳を全く動かさない」という驚くべきものだったが『武士の一分』を観ると、木村拓哉も同様に失明してからは瞳がほとんど動いていない。そのために文字通り「光を失った」ように見える。私たちが日ごろ無意識で瞳を動かしているのを考えると、やはり木村拓哉の演技も驚嘆すべきものだ。
『武士の一分』が描きたかったもの
山田洋次監督は、本作で描こうとした世界観について以下のように述べている(以下、オフィシャルサイトのコメントより抜粋)。
「江戸時代の二百七十年間、日本では戦争らしい戦争はなかった。その頃ヨーロッパでは国境を接した国々が戦争に明け暮れていたことを思えば、大変な違いです。天下泰平と称された江戸時代の平和は、徳川幕府の圧政によるものではあったが、反面、二百七十年の平和な停滞はこの国の文化に独特な特徴を与えることになります。
幕末に大勢の欧米の知識人たちが日本を訪れ、数多くの見聞録を残しました。それらの書物には日本人は穏やかで謙虚で礼儀正しく、その暮らしぶりは貧しくとも清潔であり、農村の風景の美しさにいたっては、ユートピアを見るようだとさえ語られています」
清廉という言葉があるが、まさに山田洋次は江戸時代の小侍の慎ましい生活のありのままを描こうとしたのだろう。
そこには従来のテレビドラマのような不自然な時代劇の様式は存在しない。失明してから、それまでキレイに剃り上げリていた新之丞の月代には髪が生え出すなどの細やかな演出が本作の説得力をさらに深めている。
対称的に新之丞の眉がいつもキレイに整えられているのを見ると、木村拓哉が役者である以前に国民的なスターであることを改めて思い知らされる。
私は常々、役者よりも脚本のほうが重要だと言い続けてきた。しかし、『武士の一分』に至っては、木村拓哉という男の魅力を無視することができないのだ。
もちろん、脇を固める俳優がいずれも実力派なのも、いい意味で木村拓哉の粗を隠してもいるのはあるだろうが、本作の華は間違いなく木村拓哉だ。