
※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています
「私は未だかつて嫌いな人に会ったことはない」そう公言していた映画評論家の淀川長治が唯一嫌いな人だと名指ししていたのが、北野武だ。
「はっきり言って、あの人ほど嫌いな人はいなかった。毒舌はいいとして、雑誌社に殴り込んだり、ハッタリで世の中渡っている感じで・・・」
ここまで北野武を嫌悪していた淀川長治が一変して熱烈なキタノ映画のファンへとなったのが、今回紹介する『あの夏、いちばん静かな海。』だ。
『あの夏、いちばん静かな海。』
『あの夏、いちばん静かな海。』は1991年に公開された、北野武監督の三作目となる映画だ。主演を真木蔵人、大島弘子が務めている。
淀川長治は今作を「ほんまにあのたけしが撮ったんかいなってね、心の底からビックリした。・・・ナイーブで、やさしさが映画の中に溢れんばかりに満ちていて、たけしはやさしい、やさしい人間なんやなぁと感じました」と絶賛している。
個人的にも北野武の映画では最上級の出来だと思う。
主人公は聾唖(耳が聴こえない)の若者、茂だ。茂はある日、ごみ収集の仕事の中で、先端の欠けたサーフボードが捨てられているのを見つける。
茂はサーフボードを持ち帰り、発砲スチロールをつなげ合わせて修理する。そして、恋人で同じく聾唖者の貴子とともに海へ向かう。
汚い海
ここで驚かされるのが、2人で向かう海がお世辞にも綺麗とは言えない海だ。そこにあるのは白い砂浜・・・ではなく、黒い砂浜。砂浜にある白いものと言えばおそらくはペットボトルや発砲スチロールなどのゴミだけだ。
本作の公開年は1991年。登場人物が当たり前のようにタバコをポイ捨てしたり、環境意識、マナーという意味でも今とは全く違う。
なぜ北野武はこれほど汚い海を堂々と撮ってみせるのか。
耳の聴こえない2人には、たとえ汚い海でも、普通の人とは違うように見えているかもしれないと感じたと北野武は述べている。
次作となる『ソナチネ』では、対称的に沖縄の美しい白い砂浜と青い海が描かれる。死と隣り合わせの日々のなかで、主人公らは童心に帰ったように他愛のない遊びを繰り返していく。『ソナチネ』における海とは、死と生を内包する母のような存在ではないか(後の『HANA-BI』のラストシーンの海も同じ意味合いに受け取れる)。
北野武の映画と言えば、バイオレンスをイメージする人も少なくないだろう。『アウトレイジ』シリーズはセリフとセリフの間を極限に詰め、まるでしゃべくり漫才のようなテンポで怒声が飛び交う。北野武は『アウトレイジ』シリーズについて、「高倉健さ[…]
そう考えると、『あの夏、いちばん静かな海。』の海は「日常」を表しているのではないか。ゴミだらけの砂浜。透き通るなんて程遠い海。しかし、茂はその海に足繁く通い、サーフィンに熱中していく。
『稲村ジェーン』と『あの夏、いちばん静かな海。』
『あの夏、いちばん静かな海。』は極端に静かな映画だ。今作の公開前年にはサザンオールスターズの桑田佳祐が監督を務め、同じくサーフィンをテーマにした『稲村ジェーン』が公開されているが、北野武は『稲村ジェーン』を
「音楽映画なのに邪魔なセリフがありすぎて音楽を殺している」
「音楽と絵でやったほうがインパクトの強いものになる」
と評している。
『あの夏、いちばん静かな海。』が『稲村ジェーン』批評への自己解答なのかはわからないが、『あの夏、いちばん静かな海。』はその通りの「絵と音楽」だけの映画になった。
2003年に公開された『座頭市』や2005年に公開された『TAKESHIS’』を観ると、北野武は映画作家として、さまざまなテクニックを身に着けていることがわかる。
『座頭市』 『座頭市』と言えば、一般には勝新太郎の代表作と言えるだろう。 勝新太郎の『座頭市』シリーズは映画では26作、ドラマでは3作、舞台版も制作された。 だが、1987年生まれの私としては、『座頭市』と言えば、北野武が頭に[…]
だが、『あの夏、いちばん静かな海。』はまだそんな小手先のテクニックよりも、北野武の培ってきた感性がそのまま瑞々しく映画に反映されているように思える。
北野武のセンス
周知のように、北野武はお笑いの世界から映画界へ入ってきた人間だ。それまでに映画を観たこともほぼなく、子供の頃に観た数少ない映画の一つとして兄と映画館へ観に行った『鉄道員』を挙げている。しかし、作品内容も陰鬱なものであった上に、帰り道にカツアゲにも遭ったことからトラウマ映画であると認めている。
また、監督として映画を撮り始めたころには、それまでの映画製作の常石を無視したスタイルだったことから、現場のスタッフとの衝突が絶えなかったという。
北野武といえば、晩年の黒澤明との親交でも知られているが、北野武自身、世界で評価されるようになってようやく黒澤明を意識し始めたと述べている。
北野武が初めて世界で評価されたのは『ソナチネ』からだ。つまり、『あの夏、いちばん静かな海。』は既存の映画を研究したり、参考にして撮影された映画ではなく、ほとんど北野武がそれまでに培ってきた感性やセンスで作り上げられた作品だ。
松本人志の映画と北野武の映画
そして、そのベースには「お笑い」によって養われた唯一無二のものがある。
例えば「間」だ。漫才では言葉を発するタイミングが間だが、映画はカットとカットの切れ目、つまり編集こそが間を決める作業となる。
北野武は「間」について以下のように述べている。
「芸人にとっていちばん重要な才能は〝間〟だ。ときどきこの間の取り方が、とんでもなく悪い人がいる。間が悪いというやつだ。これは天性のものらしい。人を笑わせるにも、泣かせるにも、この間がモノをいう。極端にいえば、1秒の何分の一か間が狂っただけで、笑える話も笑えなくなる。
映画もまったく同じで、絵がいくら上手に撮れていても、間が悪いと観客を映画に引きずり込むことができない」
『あの夏、いちばん静かな海。』もまた「間」の映画だ。映画全体の静けさとも相まって、並に揺られているような独特の浮遊感すら感じる。
同じお笑い芸人出身の映画監督といえば、ダウンタウンの松本人志が思い浮かぶ。
だが、松本人志があくまで「芸人」として映画を撮り続けたのに対して、武はあくまで、一人の映画作家として映画を撮り続けた。
松本人志の映画評論書『シネマ坊主』を読むとわかるが、松本人志の映画評は「お笑い芸人 松本人志」としての視点から、あくまで感想レベルのものに留まっている。
一方の北野武は、お笑いの中で培った間やカメラワークなど一つ一つの要素を映画に転用して自らの映画を作り出している。
どちらがいい悪いという話ではないが、このスタンスの違いがそのまま一般的な映画の評価の違いに表れているようにも思う。
ラストシーンの意味
最後に、ラストシーンについても解説していこう。
サーフィンの大会で、茂はファイナリストとして入賞し、貴子とともに記念撮影をする。
後日、貴子が海へ向かうと、そこには茂の姿はなく、茂のサーフボードだけがあった。
茂のサーフボードを抱えた貴子は、大会が開かれた海へ向かうと、サーフボードに二人の写真を貼って、海へと流す。
北野武によると、女性の方サーフボードを海へ流すというシーンがまず頭の中にあり、そのシーンへ辿り着くように、ストーリーや設定を考えていったという。
茂は死んだのか?
先に述べたように「茂のサーフボードだけが浜辺にある」という見せ方について、武はのちに「あれが致命傷だった」と悔やむ発言もしている。
観客からは「いい映画だけれどあそこだけはよくわからなかった」という反応が多かったそうだ。
私もおそらくキタノ映画だから、茂は死んだのだろうと最初は思っていた。しかし、サーフィンの途中に亡くなったとしたら、リーシュコードが完全な状態であることが不自然に思える。茂はサーフィンと貴子を「卒業」したのではないか?そうも思った(淀川長治氏もその可能性に言及している)。
武の頭の中では缶ビール片手に運転している二人組のバカな男が、ふと前をみるとボードを持って歩いている茂に気づく。
慌ててクラクションを鳴らすも、聾唖者である茂は気づかずにそのまま轢かれて死ぬという物語があったという。