
※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています
ホラー映画は苦手だ。そもそも怖いのが苦手な上に、いきなり大きな音を出したり、驚かすような演出(ジャンプスケア)に至っては、もうそれはただびっくりさせたいだけで、純粋な恐怖とは別の目的での演出のような気さえする。
それでも時にはおおっ、と思わせてくれる作品に出会えることもある。それは「哀しみ」のある作品だ。愛する者が無残に奪われるなど、ホラー映画には「悲しみ」がつきものだが、哀しみを讃えたホラーはそう多いものではない。このサイトで紹介しているものであれば、『キャリー』、『ザ・フライ』はその一つだと思う。それ以外だと、例えば『バスケットケース』などもそうだ。
『ペット・セメタリー』
そして今回新たに紹介したい作品が1988年に公開された『ペット・セメタリー』だ。
監督アリー・ランバート主演デイル・ミッドキフ、原作はスティーヴン・キングの『ペット・セマタリー』。
こちらもラストシーンが強烈に頭に焼き付いていて離れない。
Pet Sematary
物語の舞台はメイン州。この地に医師のルイス・クリードとその妻であるレイチェル、娘のアイリーン、そして生まれて間もない息子のゲージが越してきたところから始まる。
家の前は大型トラックが昼夜を問わず往来しており、あやうくゲージが道路に飛び出して轢かれそうになる。それを止めたのは向かいに住む老人のジャドだった。
妻のレイチェルは裏道の先に何があるのかをジャドに尋ねる。ジャドは一家をそこへ案内する。その先に会ったのは、子供たちが作った、亡くなったペットたちの墓地だった(本作のタイトル『ペット・セメタリー(Pet Sematary)』のスペルが間違っているのは、この看板のスペル間違いをそのままタイトルにしたからである)。
ジャドは道路を行き交うトラックのせいで、多くのペットが犠牲になっていると言い、アイリーンの飼っている猫のチャーチも動き回らないように去勢したほうがいいと勧める。
ペット・セメタリーの向こう側
ルイスの勤務初日、頭部に重傷を負った若者が運ばれてくる。もう助からないことを分かっていながらもできるだけのことは行うルイス。すると若者は目を開き、「男の心は岩のように固いものだ。ルイス、またお前の前に現れる」と伝えた後に事切れてしまった。
その夜、ルイスが自宅で寝ているとその若者(パスコウ)の幽霊が現れる。パスコウはルイスを墓地(ペット・セメタリー)へと案内する。そして、その墓地の向こう側には決して足を踏み入れてはならないと警告する。ルイスは戸惑いながらもこれは夢だと信じていた。
次の瞬間、ルイスは、目覚めるとベッドの上にいた。だが、その足元は泥で汚れているのだった。
感謝祭の日、家族はレイチェルの家族のいるシカゴへ向かったが、義理の父と折り合いの悪いルイスは、一人留守番をすることに、するとジャドから一本の連絡が入る。
「家の庭先で死んでいる猫はチャーチではないか?」
ルイスが確認すると、それは紛れもなくチャーチだった。トラックに轢かれたのだ。
「2、3日行方不明になったということにしよう」そう話すルイスに、ジャドは「もっといい方法がある」という。それはペット・セメタリーの向こう側にある、ミクマク族の埋葬地にチャーチを埋葬することだった。
スティーヴン・キングの悪魔祓い
原作の『ペット・セマタリー』はスティーヴン・キングの実体験から生まれた。「超常現象が起こる前までの物語は、すべて実際に起こったことだ」そうキングは話す。
1978年、スティーブン・キングはメイン大学で1年間教鞭をとるため、メイン州のオリントンに引っ越す。そこは映画と同じくトラックが頻繁に行き交い、近くには子どもたちが作ったペット・セメタリーがあった。ある日、飼い猫のスマッキーが近くの道路で車に轢かれた。
「娘の飼っていたネコが死んでしまい、ペット・セメタリーに埋めたことがあったんだ。その時に、もし埋めたはずの動物たちが蘇ったらどうなるんだろうと考えはじめた」
そして1983年には2歳の息子オーウェンが、同じ道路でトラックに轢かれそうになったという。「あと5秒遅かったら、子どもを1人失っていた」キングは後にそう述べている。
『ペット・セマタリー』は1979年にはすでに完成していた。しかし、出版されたのは1983年だ。それに関して、しばしば「あまりの恐ろしさに発表を見合わせている」という理由が囁かれていた。確かに恐ろしい内容であることはキング自身が認めている。だがそれはストーリーに関してではない。「自分の子供の死」というアイデアを小説のテーマとして表現してしまったからだ。
「ある晩、親ならだれでもするように、子どもたちがちゃんと寝てるかいるかどうか見にいったときに、とんでもないことを考えることがある。子どもたちのひとりが死んでいるのを発見するんじゃないかってね。優れた想像力は、持ち主によいことばかりもたらしてくれるわけではない。想像力は、自分の子どもが死んでいるのを見つけることを、たんなる小説のアイデアだけにとどめておいてはくれないんだ。そうした状況を総天然色で鮮明に描いて見せる。
そして、自分の子どもの死という、考えに取りつかれてしまう。こうしたことが、考えつくことで最悪のことであれば、作家はそのアイデアを作品に書き込むことによって、一種の悪魔祓いをするんだ」
キングが幼い頃に、実の父親が失踪している。そのために母は女手一つでキングとその兄を育てなければならなかった。そんな母が、いつもキングに対して口にしていた教えがある。
「最悪のことを考えていれば、それが現実となることはない」
だからだろう、『キャリー』では一人の少女が町全体を破壊する(キャリー・ホワイトのモデルはキングの高校時代のクラスメイトだ)。『イット』では10歳にも満たない子供が殺人鬼ペニーワイズに殺される(ペニーワイズのモデルは「キラー・クラウン」と呼ばれた実在の殺人鬼、ジョン・ウェイン・ゲイシーをモデルにしていると言われる)。
チャーチを埋葬したあと、ジャドがルイスの家に訪ねてくる。
「男の心は岩のように固い」
「あれは秘密だった。女にも秘密があるが、男の本当の心はわからん。男の心は岩のように固い」
翌日、チャーチが生きた姿で庭に現れるが、以前のチャーチとは異なり、攻撃的で死臭をまとっていた。
その夜、ジャドは、埋葬地の秘密はルイスの娘への同情心から教えたこと、そしてかつて自分も幼い頃同じことをしたが、飼い犬は以前とは違う「何か」になって戻ってきたことを話す。
「男の心は岩のように固い」なぜこのセリフをジャドは口にしたのか。個人的には、パスコウの幽霊はパスコウ自身ではなく、善なる存在がパスコウの霊を通して、ルイスに警告を発しつつ付けているのではないかと推測している。
そうでなけれは、ただの若い学生が面識もないルイスに古い土地のことなど話すだろうか(そもそも若者がミクマク族の埋葬地の秘密など知っているだろうか)?
おそらくその善なる存在は、同じように誰かの姿を借りて、幼いジャドの前に警告をしに来たのではないか?だからジャドもパスコウと同じ言葉を口にしたのだろう。
「人間を埋めたことは?」
ルイスの問いにジャドは激しく取り乱して否定する。
「時には死の方がいい」
しばらくして、次はゲイジがトラックに轢かれて死亡する。前述のようにこれもキングの経験が元になっている。
ジャドは再びルイスがミクマク族の墓を使って失った息子を蘇らせようとしているのではないかと推測する。そしてルイスに秘密を打ち明ける。かつて地元の男がベトナム戦争で戦死した息子をミクマク族の墓地に埋めたというのだ。息子は蘇って戻ってきたが、やはり以前とは全く違っていた。
「向こうの穴から出てきた人間は、もう人間ではないんだ」
「あの土地は腐ってる、埋葬地は邪悪なんだ。時には死の方がいい」
そして、ジャドら数人で、ティミーとその男ともども家に火を放ち殺害したという。
メイン州は確かにミクマク族を含むいくつかの先住民族が定住している。だが、その中においてミクマク族の占める割合は少数派だ。
なぜ、少数派の部族をキングが取り上げたのかは不明だが、キングにとってミクマク族が身近な存在だったのか、もしくは埋葬地のレイアウトが儀式的な要素を感じさせるものであったからではないかと個人的には想像している。
ゲイジの葬儀を終え、家族はルイスを残して一旦妻の実家に向かうことになる。ルイスは表向きはゲイジの死亡に関する後処理で3、4日後には妻の実家へ向かう予定ということになっていたか、その真意は別にあった。
アイリーンは父が何か悪いことを行う予感がすると言い、父を引き止めようとする。
本作の中でアイリーンは他にもチャーチの死やゲイジの復活を予言していたりもする。それは単なる夢とは呼べないだろう。
本作には『シャイニング』との関連も感じられる。
『シャイニング』と『ペット・セマタリー』
『シャイニング』の舞台となったオーバールック・ホテルはもともと先住民族の土地を潰して建てられた土地だ。その先住民族たちの怨念がホテルに取り憑いているとされている。これも『ペット・セメタリー』における、「先住民の邪悪な土地が災いをもたらす」という設定と共通する。
また、アイリーンの持つ能力は、ダニーの持つ「シャイニング」を連想させる。
もともと『シャイニング』と『ペット・セマタリー』が同時期に書かれた作品というのもあったのだろうが、その設定には共通する部分も多い。
ウェンディゴ憑き
ルイスはジャドやパスコウの忠告を無視し、ゲイジの墓を掘り起こす。
「こんなの間違いだ、ひどすぎる」
ルイスの行動が愚かであることは誰もが理解できる。しかし、誰がルイスを責められるだろうか?
やがてケイジもまた「邪悪な何か」となって相手へ帰ってくる。
「ペットだけでなく人間も復活させたいと思い、北米のインディアンに伝わる邪悪な精霊“ウェンディゴ”について調べ、融合させることにしたんだ」
『ペット・セメタリー』について、キングはこのように述べている。
ウェンディゴは、主にカナダの先住民たちに伝わる 飢えや寒さや病をもたらす妖怪的な存在の精霊のことだ(ミクマク族はカナダで数が多い)。
地域によってウェンディゴの設定には差異があり、人間を捕らえて氷漬けにして食べるというものや、ウェンディゴに取り憑かれた人間は食人衝動が現れ、自らもウェンディゴと化すとも言われている。
またミネソタ州では死を予兆する幽霊とされているほか、カナダのネイティブ・アメリカンの間では、まれに人を殺して食う者が出たらしいが、そのような状態をウェンディゴ憑き(ウェンディゴ症)と呼んでいたという(原作ではそうして食われた人の骨が埋められたのがかの埋葬地であり、そのために「土地が腐っている」設定になったという)。
ゲイジはルイスのメスを手にし、ジャドを惨殺する。この時、ゲイジはジャドの喉に噛みついているのだが、これはウェンディゴに憑かれた者が食人衝動を持つということと重なってくる。
そして、ゲイジはさらに、心配して戻ってきた母親を惨殺する。
監督のアリー・ランバートはゲイジを演じたミコ・ヒューズ(なんとこの時2歳!)を絶賛している。
「ミコにとって、それは常にゲームのようなもので、彼もグループの一員でした」とランバートは回想する。
「フレッド・グウィンはミコと素晴らしい共演をしてくれました。『さあ、ゲームをやろう。私は床に寝転がる。君は私に飛びかかるんだ! よし、ベッドの下から出てきて私を怖がらせてくれ! ブー!』と。ベッドの下から飛び出して怖がらせるか、部屋を横切って犬のように唸るか。ミコがそれをやると、私たちは皆拍手して、彼の素晴らしい演技を褒めました。彼はまさにその瞬間、スターそのものでした」
一方で、撮影現場ではミコに血の流れる場面は見せないようにと言う配慮もなされていたようだ。
なぜゲイジは「ずるい」といったのか?
ルイスはゲイジからの不吉な電話を受け取る。
「ジャドの家でジャドと遊んで、その次はママと遊んだ。次はパパと遊びたいな」
ルイスはジャドの家へ向かう。そこで惨殺されたジャドとそして妻レイチェルの遺体を見つける。すべては手遅れだった。ルイスは、ゲイジに微笑みかけ、致死量のモルヒネを注射する。
「ずるいよ、本当にずるい」そう言ってゲイジはよろめき、再び死ぬ。
ずるい、この言葉は何を意味するのだろう?
劇中で、ルイスの使用人であるミッシーが病を苦に自殺する。ジャドは「なぜ若いミッシーが死に、私が生かされているのか」とその死を嘆くが、ルイスはそれを「神の御心」だと呼び、自分たちには手の届かない領域なのだとジャドに伝える。
しかし、ルイスはそれすらも捻じ曲げてしまった。運命を自らのために変えてしまったのだ。しかも、その結果を「失敗」と見なすと、再びゲイジを死の世界へ送り返してしまった。
ゲイジの立場に立てば、「ずるい」というのも納得できる(ここで、ジャドが言っていたように本当にゲイジが元の人格を残さない「邪悪なもの」になって戻ってきたのかは疑問が残る)。
自らの過ちですべてを失ったルイスは、ジャドの家に火を放ち、妻の遺体を抱いて再度あの埋葬地を目指す。死んで間もない遺体ならまだ間に合うのではないかー。
ルイスの耳にはもうパスコウの忠告もも届かない。
エンディングの違和感
そして真夜中、妻のレイチェルは戻って来る。目は抉れ、脳汁を垂れ流しながら。そんな妻でもルイスは愛おしげに微笑み、キスをする。しかし、レイチェルの左手はテーブルの上のナイフへ伸びていたー。
キングは『ペット・セマタリー』を「この本には悲しみがあふれている。つらくなるほどにね」と振り返る。
ルイスは過ちを蹴り返す愚かな男だ。しかし、誰が彼を責められるだろうか?誰が罰することができるだろうか?
ここまで書いて、私はエンディングの違和感に気づいた。
なぜルイスはわざわざナイフをテーブルに置いたままにしていのか?ゲイジのケースから、凶器は前もって閉まっておくのが普通では?
ルイスはもしかしたら、あえてナイフをテーブルの上に置いていたのかもしれない。もしも最後の希望が潰えた時は、愛する者の手によって他ならない自分を罰するためにだ。
作品情報
『ペット・セメタリー』公開年:1989年
上映時間:103分
スタッフ
監督メアリー・ランバート
脚本
スティーヴン・キング
原作
スティーヴン・キング
『ペット・セマタリー』
製作
ジンジ・クーグラー
セヴ・オハニアン
ライアン・クーグラー
製作総指揮
リチャード・P・ルビンスタイン
キャスト
デイル・ミッドキフフレッド・グウィン
デニーズ・クロスビー
ブレーズ・バーダール
ミコ・ヒューズ
ブラッド・グリーンクィスト