
『Vフォー・ヴェンデッタ』
2005年に公開された『Vフォー・ヴェンデッタ』の主人公はガイ・フォークスの仮面を被った、「V」と名乗る素性不明の男だ。
作品の舞台は第三次世界大戦後のイギリス。そこではイギリス世界一の覇権国家となると同時に全体主義国家となり、秘密警察がはびこる監視社会にもなっている。
劇中を通して一度もその素顔が映されることはないが、それだけにガイ・フォークスのマスクはマスクという役割を超えて「V」のアイデンティティにまで達していると思う。
ガイ・フォークス
ガイ・フォークスは一般には1605年11月5日に実行予定だった火薬陰謀事件の実行犯の一人として知られている。日本ではそう知名度のある人物ではないが、イギリスでは毎年ガイ・フォークス・ナイトが開催されるなど著名な人物だ。
英語圏で男性をガイ(GUY)と呼んだりするが、これもガイ・フォークスから来ている。しかしガイ・フォークスは当時の政府にとってはテロリストの一人でもある。
なぜそんな人物が一般名詞の元になるなど広く受け入れられているだろうのか?
11月5日の蜂起
『Vフォー・ヴェンデッタ』の中で「V」はマスクのみならず、テロの決行日を火薬陰謀事件の実行予定日と同じ11月5日と予告し、ロンドン市民に共に立ち上がろうと呼びかける。
「平穏な毎日は確かに捨てがたい。同じことの繰り返しは確かに安全だ。私もそう思いたい。だがその一方で過去の出来事を思い出す。権力に逆らい地に染まった出来事は今や国民の祝日になった。しかし、11月5日の精神は忘れ去られてしまった。皆さんにもう一度思い出してもらいたい。それを抑圧するものもいる。警棒で言葉を抑圧することも可能だ。だが言葉には力がある。意義もある。真実を明らかにすることもできる。
真実とはこの国に大きな間違いがあることだ。暴虐 、不正、弾圧、それがこの国だ。
かつては自由に考え、しゃべることができた。今は検閲や監視が横行し服従が求められる。誰がこうしたのか?
程度の差はあれ、責任は多くの者にある。真の責任者を知りたければ鏡を見るだけでいい。気持ちはわかる。恐れたからだ。テロ、疫病、、恐れて当然だ。多くの出来事が判断力と良識を奪い去ったのだ。
恐怖とパニックのなかで議長サトラーに希望を託した。彼は秩序と平和を約束し、代わりに沈黙と同意を求めた。
昨夜私は沈黙を破った。
記憶を呼び起こすために裁判所を爆破したのだ。400年以上前、ある市民が我々の記憶に刻み込んだ11月5日を。
彼は伝えようとした。『自由と正義は言葉ではない、それは生き方だ』と。
あなたにとって政府の犯罪が許されるのであれば、11月5日を忘れていただいて結構だ。だがもしあなたが私と同じように感じ立ち上がるというなら1年後私と共に議事堂の正面に立とう。
そして11月5日の記憶を再び記憶に刻み込むのだ」
なぜVはこれほどガイ・フォークスに共感しているのか、いや正しくはなぜVはこれほどガイ・フォークスに重ねられているのか。
崇高な目的のためなら、非道な行為も許されるのか?
原作における『Vフォー・ヴェンデッタ』のテーマは「崇高な目的のためなら、非道な行為も許されるのか?」というものだ。映画の多くはイーヴィーの視点から語られるが、序盤ではイーヴィーはVと交流しながらも、その存在を不審にも感じている。Vの理念には共感しつつも、その手段には否定的で、Vの復讐のターゲットに先回りにしてVの来襲を伝えたりもしている。
確かにVというキャラクターにはヒーローの要素もある。仮面という物理的な要素もそうだが、決して理念を曲げない強さでファシストと化した政府へ立ち向かう。
だが、その行動はテロリストそのままだ。ターゲットの家に侵入し、一人一人殺していく。それはヒーローというよりも暗殺者に近い。
ガイ・フォークスの信仰
ガイ・フォークスも同じだ。その前にまずガイ・フォークスを語るには、前提として彼の信仰は避けて通れない。ガイ・フォークスは1570年にイングランドのヨーク、ストーンゲートで生まれた。生まれた日は不明だがおそらくは4月13日だと言われている。
この当時のイングランドはエリザベス1世の統治下で、イングランド国教会が宗教の中心となった。
ガイ・フォークスは幼少期はイングランド国教会を信仰していたが、両親が離婚し母親の再婚後、イングランド国教会に否定的なカトリックを信仰するようになる。これはもともと母親の家系がカトリックを信仰していたことと、母親の再婚相手もカトリックの信徒だったからだ。
ジェームズ1世の即位
しかし、1603年にエリザベス1世が亡くなり、ジェームズ1世がイングランド国王に即位する。ジェームズ1世は1604年、ハンプトン・コート会議を開催し、カトリックとピューリタンの両極を排除することを宣言した。そしてジェームズ1世はカトリック教徒に対して圧政を敷くようになる。当時のイギリスでは市民にイングランド国教会を強制しようとしており、イングランド国教会の礼拝に参加しない者に対して罰金や財産の没収、投獄などさまざまな罰が設けられた。それによって多くのカトリック信者が刑死していた。
ロバート・ケイツビーによる暗殺計画
こうした中で一部のカトリック信者は国王と国教会派の貴族の暗殺計画を企てる。
その陰謀の中心となったのがロバート・ケイツビー。彼は議事堂にて国王その側近たちを大量の火薬で爆死させるという計画を立てる。
その実行犯に選ばれたのがガイ・フォークスだ。ガイ・フォークスにはスペイン戦争に10年間従事した経験があり、火薬の扱いには慣れていた。
フォークスは貴族院の地下に大量の火薬を運んで計画の準備を進めていた。しかし、仲間のひとりが、計画を密告してしまい、実行前日にフォークスは逮捕される。
拷問と最期
逮捕されたフォークスは取り調べにも堂々として振る舞い、当のジェームズ1世にも「ローマ人のようだ」と評されている。フォークスの旧友であるイエスズ会士オズワルドテシモンドはフォークスを「会話や振る舞いが楽しく、喧嘩や揉め事を避け、友達に誠実である」「軍事に精通している」と評価している。
逮捕されてもフォークスは自らを「ジョン・ジョンソン」と名乗り続け、共謀者をかばって何も話そうとはしなかった。
しかし、ジェームズ1世はフォークスらをロンドン塔に移送することを命じる。フォークスはロンドン塔で日中は激しい拷問を受け、夜は暗い独房で横になることも許されなかった。立つことも横になることもできないような独房に入れられた。日中は引きずり出されて拷問を受けるという日が続いた。フォークスはそれでも口を割らず、さらに過酷な拷問を受けることとなった。
さすがのフォークスも余裕を失い、遂には首謀者の共謀者の名前を吐いてしまう。そしてフォークスとその他8名に死刑が宣告される。
この時代の処刑は庶民の娯楽でもあったが、フォークスはもはや一人で歩けないほど衰弱していた。フォークスは絞首刑の後の鳥葬を嫌がり、自ら絞首刑から飛び降り、首の骨を折って死亡した。35歳の生涯だった。
その後のイングランド
皮肉なことにガイ・フォークスの処刑後、カトリックに対する弾圧は一層激しくなった。その後200年にわたってカトリックへの差別は続いたのである。
そして、11月5日は今ではイギリスでは「ガイ・フォークス・ナイト」として祝日になっている。とは言え、ガイ・フォークスを讃える日ではなく、国王の暗殺が未然に防げたことを祝う日である。
『Vフォー・ヴェンデッタ』の公開後、ガイ・フォークスのマスクは世界的に抗議活動のアイコンとなった。『Vフォー・ヴェンデッタ』の作画者・共著者のデヴィッド・ロイドは次のように述べている。
「ガイ・フォークス・マスクは今や有名なブランドとなり、専制政治に対する抗議活動で使うのに手頃なプラカードとなった。 … 人々がこの仮面を被った様子はユニークで、大衆文化のアイコンがそのように使われるのは嬉しいことだ。アノニマスの人たちは、自分たちを没個性にし、かつ個人主義への支持を象徴するという、多目的なビジュアルを必要としていたのだと思う。 … 『Vフォー・ヴェンデッタ』は社会システムに対して立ち向かった一人の男の物語だ。もともと主人公の V は生体実験を受けさせられた強制収容所から脱走することになっていたが、私は彼が狂気の最中であのマスクを着けて、この国の偉大な歴史的革命家であるガイ・フォークスの使命を帯びるという構想を持っていた」