
オリバー・ストーンは限りなく現実に近づきながらも、そこへ沈むのではなく、理想の方へ落ちていく、そんな映画監督だと思う。
現実と理想の間
ストーンの代表作では、『プラトーン』『ウォール街』が有名だが、主人公はどちらも純粋な若者だ。彼らは純粋が故の野心であったり、理想を抱いて、現実に向かう。それがベトナムの戦場であったり、ニューヨークのウォール街だったりするだけのことだ。
『プラトーン』では、主人公のクリスのモノローグで作品が締めくくられる。
「今から思うと、僕たちは自分自身と戦ったんだ。敵は自分の中にいた。僕の戦争は終わった。だけど、思い出は一生残るだろう。エリアスとバーンズの反目は、いつまでも続くだろう。時として僕は、彼らの間の子のような気さえする。ともかく、生き残った僕らには、義務がある。戦場で見たことを伝え、残された一生、努力して、人生を意義あるものにすることだ」
エリアスとバーンズとは、どちらもベトナムでのクリスの上官であった人物だ(実際にベトナム戦争へ従軍経験のあるオリバー・ストーンは戦場での実在の人物をモデルにして彼らのキャラクターを創造した)。
バーンズは冷徹無比な戦場の鬼、比べてエリアスは人間らしさもあり、慈悲も持ち合わせた人物だ。やや極端な言い方をすれば、クリスにとっては悪の象徴がバーンズ、善の象徴がエリアスだ。その間にいるのが自分なのではないかとクリスはモノローグで述懐している。
『ウォール街』では、大物投資家であるゲッコーに弟子入りした若き証券マンのバドが主人公。彼は人一倍の野心を抱き、ゲッコーの元で手段も問わずに、成功へ向かって突き進んでいくのだが、経営の苦しい父の会社をゲッコーの元で再建させようとした時に、ゲッコーの真の計画に気づいてしまう。ゲッコーは再建などサラサラ頭になく、会社を分割して売り払い、企業積立金を自分の懐に入れることが目的だった。ゲッコーの真意に気づいたバドは、父を救うために反旗を翻す。
『ウォール街』のバドの父親には同じく株の仲買人であったオリバー・ストーン自身の父親が反映されていると言われる。
『プラトーン』のクリスのように、ストーンもまた現実主義者の父と理想主義者の母の間に生まれた。
現実は辛い。だが、理想を求めなければならない。
ストーンの作品はこのように基本的には「善」の映画だと思っていた。
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を観るまでは。
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は1994年に公開された、オリバー・ストーン監督、ウディ・ハレルソン主演のバイオレンス映画。禁酒法時代にメディアで時代の寵児となったボニーとクライドのようなカップルの殺人と逃避行を描いている。
原案としてクレジットされているのはクエンティン・タランティーノ。元々『ナチュラル・ボーン・キラーズ』はタランティーノがデビュー前のレンタルビデオ店員時代に書き上げたものだ。
タランティーノの誤算
当時20代前半で将来への焦りもあったタランティーノは『トゥルー・ロマンス』と『ナチュラル・ボーン・キラーズ』という2本の脚本を書き上げた。1989年にはアメリカ脚本家協会へ脚本を提出し、バイト仲間だったランド・フォスラーとともに『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の映画化を目指して資金集めに奔走した。脚本は高値とはいかないが、なんとか売ることができ、タランティーノはバイト生活から抜け出すことができた。
しかし、フォスラーはミスを犯していた。フォスラーは予算調達に名乗りを上げたプロデューサーのジェイン・ハムシャーとドン・マーフィーは監督権まで譲渡してしまったのだ。
この二人によって脚本は大手スタジオのワーナーブラザーズに売り渡された。この脚本は多くの映画監督の興味を引いた。その中にはデヴィッド・フィンチャーやブライアン・デ・パルマの名前もあった。中でも強い興味を示したのが俳優のショーン・ペンだった。彼は1991年に『インディアン・ランナー』で映画監督としてデビューしており、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を2本目の監督作にしたいと考えていた。
だが、そこに我もと手を挙げたのがオリバー・ストーンだった。当時、すでにオリバー・ストーンは『プラトーン』、『7月4日に生まれて』で二度のアカデミー賞監督賞を受賞、問題作とされた『JFK』でも撮影賞と編集賞を受賞、映画監督として輝かしいキャリアと地位を築いていた。
スタジオとしては映画監督としてはまだ駆け出しだったショーン・ペンより、ストーンの方が遥かに「間違いのない」選択だった。
オリバー・ストーンはなぜ『ナチュラル・ボーン・キラーズ』に惹かれたのか?
当時のストーンはベトナム三部作とも呼ばれる最後の作品『天と地』がシリアスかつ高い評価を受けていたことの反動でもあったようだ。ストーンのフィルモグラフィを見ればわかるが、その前も『7月4日に生まれて』『ドアーズ』『JFK』などシリアスな作品がこれでもかと続いている。
そして、プライベートでも当時の妻であったエリザベスとすれ違いが起きていた。エリザベスとの離婚調停も難航していた中で、ストーンは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』でその苛立ちを発散させようとしたのだ。劇中で誰かれ構わず撃ちまくるミッキーとマロリーはストーン自身の反映だったのかもしれない。
妻のエリザベスに言われば、なぜそんな映画を撮りたいのかわからなかった。息子のショーンは子役として『ウォール街』や『』にも出演したが、エリザベスは「そんな不道徳な映画には出さないでほしい」とストーンに頼んだほどだった(しかし、ストーンはマロリーの弟役としてショーンを起用している)。
余談だが、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』では、テレビリポーターのウェイン・ゲールが妻とこんな会話を交わすシーンがある。
「ミンってどこの女よ!」
「どこって……それは女の名前じゃないよ……その、中華レストランの名前だよ! お前は夫の机の中を勝手に見るんじゃないよ!」
そういってゲールは不倫をごまかすが、実はこの当時、ストーン自身も中国人の女性スタッフと不倫関係に会った。映画の後半でゲールは「!」と半ば開き直って不倫を認めるが、それも当時のストーンの心境だったかもしれない(『ナチュラル・ボーン・キラーズ』制作中の1993年にストーンとエリザベスは離婚が成立している)。
『トーク・レディオ』『ドアーズ』『JFK』および『天と地』までNaijo no Ko(内助の功)としてクレジットされていたエリザベスの名は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』には残されていなかった。
私の作品が好きなら、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を見るな
さて、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の当初の脚本ではリポーターのゲイルの目線で物語が進行していくストーリーだった。主人公もミッキーとマロリーではなく、ゲイルだった。「結婚したばかりの2人がなぜ大量殺人犯になってしまうのか」ゲイルが調べる内に徐々に彼らのキャラクターが鮮明になっていくという作りだったのだ。
バイオレンスとミステリの融合という意味では、タランティーノのデビュー作である『レザボア・ドッグス』に通じるものがある。
しかし、オリバー・ストーンはそこにメディア批判を加えた。
当時、O・J・シンプソン事件、メネンデス兄弟事件、トーニャ・ハーディング/ナンシー・ケリガン事件(『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』として映画化されている)、ロドニー・キング事件、ウェーコ包囲事件といった事件が次々と発生していた。ストーンは、これらの事件にはメディアが深く関わっており、視聴率を上げるために暴力と苦難を煽る存在になっていると感じたからだ。
そして主人公はミッキーとマロリーになり、彼らの無軌道さと残忍さを描きながらも、ネイティブ・インディアンのパートやミッキーやマロリーが浮気しそうになる場面を加え、映画が「道徳的に見える」ように調整も行った。
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は映画の内容以上にその製作過程も混乱していた。
内容の変更を知ったタランティーノが激怒し脚本を返せと訴訟に踏み切ったのだ。
しかし、ストーンの守りも完璧だった。ストーンは最初から脚本のリライト権を盛り込んだうえで、監督業にサインしていたのだ。そして、すでに『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は当時のタランティーノには手の届かないビッグプロジェクトにまで発展していた。
「もっと低予算で、自分たちが作りたいものを作ろう」そこから生まれた作品がタランティーノのデビュー作となる『レザボア・ドッグス』。
この経緯からしても『ナチュラル・ボーン・キラーズ』と『レザボア・ドッグス』に共通点を見出すのは当たり前かもしれない。
だが、タランティーノは自分の脚本をズタズタにされた『ナチュラル・ボーン・キラーズ』には否定的だ。
タランティーノはこの作品について「あのクソ映画は嫌いだった。私の作品が好きなら、あの映画を見るな」 と発言し、『レザボア・ドッグス』に出演したスティーブ・ブシェミとティム・ロスに対しては『ナチュラル・ボーン・キラーズ』に出演した場合、二度と自分の映画には使わないと通達を出したのだ。
ちなみに『レザボア・ドッグス』でラジオDJ、K‐ビリーの声を演じていたスティーブン・ライトは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』にも出演しているが、彼がその後タランティーノの映画に出演したことはない。
2021年にもタランティーノは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』でミッキーやマロリーが浮気しそうになる場面を「そんなことは絶対にありえない。二人は一緒にいるためなら、自分らを虐待する家族だって殺すこともいとわない、そんな彼らの本質をすべて見落としている」と批判している。
殺し屋の息子
撮影もまた波乱含みだった。まず、主演に抜擢されたウディ・ハレルソンとジュリエット・ルイス。彼らはオリバー・ストーンからホワイト・トラッシュ(白人貧困層)に見えるという理由でキャスティングされていたが、特にウディ・ハレルソンに関しては実の父親は殺人犯として収監されていた。
ウディ・ハレルソンの父親、チャールズ・ハレルソン、息子ウディが4歳の時に家族を捨てて失踪、その4年後に逮捕される。その後殺人容疑で2度ほど逮捕されているが、どちらも有罪には至っていない。判事殺しの妻で服役。服役中には息子との関係も修復させた。ウディ・ハレルソンは毎週末けぃ所へ父親の面会に来ていたという。
。ウディは刑務所で父親チャールズを定期的に訪問しましたが、チャールズは2007年に心臓発作で亡くなりました。チャールズハレルソンは、亡くなった69歳でした。
一方のマロリー役のジュリエット・ルイスには役作りが必要だったりストーン望んだのは『ターミネーター2』のサラ・コナー
逆にマロリー役のジュリエット・ルイスには心と体の準備が必要だった。ストーンが彼女に望んだのは『ターミネーター2』のサラ・コナーのような激情的な女戦士像。しかし、ルイスはその準備ができていなかった。肉体的にも精神的にキツい撮影に慣れていなかったのだ。ハリウッドでのキャリアの浅い彼女には無理もないことだった。売れっ子女優の階段を駆け上がり、鼻っ柱が強くなっていたルイスは、狂ったストーンとしばしやり合うことになる。
ウディの父チャールズ・ハレルソンは「元プロの殺し屋」で、テキサス州の判事を殺害し終身刑で服役の後、獄中死。更に、父親は生前「ケネディ大統領を暗殺したのは自分だ」と主張していた事が判明!(※後に発言は嘘だと発覚) 本作では、ケネディ暗殺直後に大統領に就任したリンドン・B・ジョンソンを演じているウディ、きっと色々考える事があったはず..残念ながら映画の公式資料ではその件について触れられておらず、真意は分かりませんでしたが、 実は別の作品で同じジョンソン役のオファーを断っていた事をテレビ番組出演時に語っていました!「ロブ・ライナー監督からオファーが来た時は断れなかった。この作品に出演を決めたのは、 彼と一緒に仕事ができる事は大変光栄な事だと思ったからだよ」と、ロブ・ライナー監督だからこ7歳のときに父親チャールズが家族を捨てて失踪。4年後、父親が殺人罪で逮捕されたと警察から母親に連絡が! 母親は父親の犯罪を隠していたが、ウディはラジオニュースで父親の裁判の様子を聞いて大ショック! ウディは殺人犯の息子と世間から後ろ指をさされる生活を送るが、辣腕弁護士の口八丁はもちろん、証拠不十分が幸いして父親は無罪放免に。しかし、逮捕に懲りずにまたもや殺人を請け負い、保険金狙いのビジネスマンの依頼で彼のパートナーを殺害。でも60年代のテキサスの法制度は緩かったらしく、今度は裁判自体が無効になるハプニングが発生! それでも殺し屋の息子のそしりは免れず、ウディはかなり辛い少年期を送るハメに……。2度ともチャールズを無罪放免にした州検察局は大いに反省したらしく、5年後、判事殺害容疑でチャールズを裁判にかけて有罪を宣告。15年の服役で真人間となった父親とウディとの和解には時間がかかったのも不思議じゃないけれど、いい関係を築いたのだそう。許しは誰にも必要ということですね。。ウディは刑務所で父親チャールズを定期的に訪問しましたが、チャールズは2007年に心臓発作で亡くなりました。チャールズハレルソンは、亡くなった69歳でした。
悪魔がこの映画を作らせた
映画のようなカップルの模倣犯は各地で多発した。特に1995年に、犯行前に同作のビデオを繰り返し見ていた若者カップルが、ミシシッピ州とルイジアナ州で次々と発砲した事件では、銃撃を受けながら助かったコンビニ店員の女性パッツィ・バイヤースが、監督のオリバー・ストーンと映画会社のタイム・ワーナーに対して、犯罪を誘発したとする損害賠償の支払いを求める訴えを起こした。この銃撃事件で友人を失ったベストセラー作家のジョン・グリシャムがアドバイスしたのであった。1999年、最高裁は訴訟は可能であるとの判断を示したが、2001年3月、オリバー・ストーンらに暴力を引き起こした明白な根拠はないとして、訴えは棄却されている。
またコロンバイン高校銃乱射事件の犯人もミッキーと同じ服装で犯行に及び、映画のセリフを叫ぶなど影響を受けていた。
ナチュラル・ボーン・キラーズには悪魔が潜んでいる。悪魔がこの映画を作らせたんだ。なぜだかわからない、俺は引き寄せられたんだ。