『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』ブラッド・ピットも惚れ込んだ東宝特撮の怪作

※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています


「なぁ、イノさんは海外では俺より有名なんだぞ」
黒澤明はそう言って、盟友の本多猪四郎に海外で映画を撮ってみないかと誘いを向けた逸話がある。

日本で黒澤明の名前を知らない人は少ないだろう。だが、本多猪四郎となると、知っている人の方が少ないかもしれない。

1960年代を中心に、日本の特撮映画は外貨獲得の手段として、積極的に海外に輸出された。
円谷英二が率い、確立させた日本の特撮技術は、当時は実際に世界トップクラスであったことは間違いない。
スティーヴン・スピルバーグや、ジョン・カーペンターをはじめとして、世界にファンを生んだ『ゴジラ』は言うまでもないが、『マタンゴ』は幼いスティーヴン・ソダーバーグをキノコ嫌いにさせ、『ガス人間第一号』に至っては日本よりも海外で大ヒットしている。

『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』

そして今回紹介する『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』もまた多くの映画人に影響を与えている。
2012年のアカデミー賞では、ブラッド・ピットが本作への熱い思い入れを語っているほか、クエンティン・タランティーノは、『キル・ビル Vol.2』でブライドとエルが戦う場面の参考として俳優たちに本作を観せたというエピソードもある。

実はこの記事で名前を出した『ゴジラ』、『マタンゴ』、『ガス人間第一号』、『サンダ対ガイラ』はいずれも本多猪四郎が監督を務めており、冒頭の黒澤明の言葉もあながち嘘ではないのだろう(実際に黒澤明の作品『夢』に出演したマーティン・スコセッシは、黒澤明を素通りし、助監督として参加していた本多猪四郎に握手を求めたというエピソードもある)。
ちなみに1995年に公開された『ガメラ大怪獣空中決戦』でも、本作の設定がガメラとキャオスの設定にも影響を与えたことを監督の金子修介が公言している。
少し長いが、金子修介の『ガメラ監督日記』から引用しよう。

「怪獣という奴は1匹でも出てくると大変な事態であるはずなのに、怪獣大国の日本では、『対決怪獣モノ』というジャンルが確立していて、1匹だけの怪獣映画だと観客の満足度が低くなってしまう場合がある。しかし、このジャンルの歴史をひもとくと、ストーリーに無理があるものが多い。大嘘を一つの映画の中で二つもつかなければならないから、やがて破綻してしまうケースに陥りやすいのだ。 その点、『サンダ対ガイラ』は一つの細胞から生まれた兄弟怪獣が戦うことになるという悲劇で、2匹の怪獣が存在することに無理がない世界観があり、現在、大人が見てもかなり面白く見られる」

私はこの最後の一言にヤられた。ハリウッドの第一線で活躍する映画人たちに影響を与え、なおかつ大人が観ても面白いのか?それは是非にもこの目で確かめてみたい。

トラウマ作『サンダ対ガイラ』

だが、『サンダ対ガイラ』は幼い私にとってもトラウマ作であった。
幼い頃からゴジラ好きであった私は、ゴジラ百科(大全集だったかな?)みたいな本も持っていた。ゴジラの全シリーズの紹介はもちろん、傍作として、『海底軍艦』や『妖星ゴラス』、『キングコングの逆襲』などの東映特撮映画も紹介されていたのだが、その中にあった『サンダ対ガイラ』の写真が怖すぎたのだ。まだ生まれて10年も経っていない当時の私の怪獣に対する認識は「カッコいいもの」であり、サンダとガイラ(特にガイラ)の造形は、ただただ不気味でグロテスクだった。さらに、百歩譲って悪役であるガイラはそんな見た目でも仕方ないと思えたが、善玉であるサンダに至っても同じようにカッコよさ、カワイさゼロの造形だったのである。
ちなみにモンスターデザインは『ウルトラマン』をはじめとするウルトラシリーズのデザインを手がけた成田亨。
「奇形、醜いものは作らない」成田亨らしからぬデザインであるが、今思えば、もしかしたら、同時期にデザインしていた「ウルトラマン」の反動のデザインとも言えるのかもしれない。

ヘンリー・G・サパースタインとベネディクト・プロ

『サンダ対ガイラ』だが、東宝特撮に対してゴジラ映画のようなものとイメージしている人は軽く裏切られるかもしれない(かくいう私とその一人だが)。
音楽を含め、冒頭からかなりのホラーテイストであり、本作のターゲットが果たして子供層なのか疑問に思うほどである。
もともと『サンダ対ガイラ』には、前作として1965年にに公開された『フランケンシュタイン対地底怪獣』という映画があり(とは言っても同じ世界観を共有しているかは謎だが)、その企画を持ちかけていたのが、アメリカの映画配給会社である、ベネディクト・プロだった。

ベネディクト・プロを率いていたヘンリー・G・サパースタインは、1960年頃にアメリカのテレビ局がSF映画を欲しがってあることを知り、日本の東宝にアプローチをかける。交渉の結果、サバースタインはゴジラ映画のテレビ・劇場配給権とマーチャンダイジング権の取得に成功する。
1960年代中盤からゴジラは子どもたちのヒーローへとそのキャラクターが変容していくが、これにはサバースタインの働きかけもあったようだ。
さらに、サバースタインは自身の会社であるベネディクト・プロと東宝の提携で映画の製作も行うようになる。それらの作品が『フランケンシュタイン対地底怪獣』や『サンダ対ガイラ』であった。
これらの作品では脚本段階から映画づくりにかかわるかわりに、製作費の半分を負担するという契約条件があった。しかし、製作そのものは日本のやり方を尊重するものだった。また、本多猪四郎によると、作品のプロデューサーである田中友幸の発案により、監督の撮影したものはあとから変更できないという条件も加えられていたという。しかし、『サンダ対ガイラ』あたりから、ベネディクト・プロと東宝との軋轢が目立つようになっきていたとも本多は述べており、結果的には『サンダ対ガイラ』がベネディクト・プロと東宝の提携した最後の作品となった。

本多猪四郎は「フランケンシュタイン」の権利(これが名前の権利に留まるのか判然としないが)も当時ベネディクト・プロが持っており、それを借り受ける形だったと回想している。また、『フランケンシュタイン対地底怪獣』で主演を務めたニック・アダムス、『サンダ対ガイラ』で主演を務めたラス・タンブリンはそれぞれベネディクト・プロからのプッシュであり、ある程度アメリカでも知名度のあった俳優を使うことで、アメリカでのヒットをより確実にする目論見があったという。
これは余談だが、ニック・アダムスが日本の共演者やスタッフたちと積極的に交歓したのに対して(共演者の水野久美には妻帯者でありながら熱烈にアプローチし、これがニック・アダムスの離婚の原因になったとも言われている)、ラス・タンブリンは全く交流せずに、芝居も自分勝手にセリフを変えてしまうなどの行為が目立った。タンブリンは温厚なことで知られる本多猪四郎とも口論になり、その様子をチーフ助手として作品に参加していた谷誠二は、「あのときは本多さんは本当に我慢しなくてはいけなかった。タンブリンは本当に嫌な奴だった」と述べている。水野久美も、タンブリンの態度にはヒステリーを起こすこともあったという。
ちなみに本作で歌手のキップ・ハミルトンが出演しているのも、ベネディクト・プロの要求であったらしい。

本多猪四郎作品の魅力

映画に話を戻そう。
本作は『サンダ対ガイラ』というタイトルではあるものの、本編の前半はガイラがひたすら暴れまわる。サンダとガイラは兄弟だとしている解説も多いが(私が子供の頃に見ていた本もそう書いてあった)、実際はサンダの細胞が海に流れつき、タンパク質などを補給して、クローン体であるガイラに成長したということらしい。
この荒唐無稽な設定には苦情してしまうが、公開当時はこのようなクローン技術が注目され出した頃であり、実際に1952年にはカエルのクローンの作製、1963年には魚類のクローン作製にそれぞれ成功している。本多猪四郎にとって『サンダ対ガイラ』はそうした科学技術に警報を鳴らす作品でもあった。

実は本多映画の魅力はここにあると思う。本多猪四郎という監督は非常に温厚かつ謙虚で、そういった人柄が作品にも出ているのであろう、息子である本多隆二は、本多猪四郎の作品にについて、監督自身のメッセージが前面に出てくるような作品ではないと述べている。
だからこそ、物事に対する解像度が低い子供の頃は本多映画を純粋にエンターテインメントとして楽しむことができる。一方で大人になってからはその作品に込められた本当のメッセージに気付かされることも多い。
『ゴジラ』には原水爆の恐怖が、『マタンゴ』は薬物の恐ろしさが、『サンダ対ガイラ』には行き過ぎた科学技術への批判が込められている。
ガイラもまた恐ろしいだけの怪物ではなく、人間の犠牲者でもあるわけだ。

『バスケット・ケース』

自衛隊に攻撃されているガイラを救ったサンダは、ガイラが人を食い殺していると知るやいなや、ガイラを敵とみなして攻撃する。サンダはガイラへ説得を試みるが、知性を持たないガイラはただ怒りのままにサンダを攻撃しつづける。唯一の血の繋がった同族で戦い合わねばならない二人の姿はどこか哀しい。

個人的にはフランク・ヘネンロッター監督の名作『バスケット・ケース』を思い出す。内気な健常者の弟のデュアンと、奇形で暴力的な兄のベリアル。基本的には望まぬ分離手術を受けた兄弟の復讐劇なのだが、弟のデュアンに恋人ができたことをきっかけに、ベリアルは嫉妬を募らせ、兄弟にすれ違いが生じていく。
そしてベリアルはとうとう、デュアンの恋人をレイプし殺してしまう。ついに兄弟で殺し合う二人。だが、デュアンがビルから落ちようとするその時、ベリアルがデュアンの手をつかむ。憎しみ合っていても、やはり兄弟なのだ。そして二人は共にビルから落下する。

『サンダ対ガイラ』の結末

そんな哀しみが『サンダ対ガイラ』にもある。サンダとガイラの戦いは街中を抜けて海へとなだれ込む。
その時、海では海底火山の噴火が起きており、激しい勢いでマグマを吐き出していた。サンダは火山に目をやると、やがてガイラとともに噴火に飲み込まれていく。
実際に本作公開の3年前にはスルツェイ島で同様の噴火が起きており、海底噴火により新島が形成されている。おそらくそういった出来事も脚本のモチーフになったのだろう。

ブラッド・ピットは3歳の頃に本作を鑑賞したと言い、クライマックスでのサンダの自らを犠牲にする場面では、畏敬の念を抱いたという。
ギレルモ・デル・トロは、日本の怪獣について、「悪役にもヒーローにもなれる」とその日本人特有の怪獣観を語っている。

「イノさんは海外では俺より有名なんだぞ」

ギレルモ・デル・トロは自身の監督作『パシフィック・リム』にて、エンドクレジットに「この映画をモンスターマスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧ぐ」と本多猪四郎への献辞をささげた。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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