『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』ジェームズ・ボンドから解き放たれる時

※以下の考察・解説には映画のネタバレが含まれています


No time to die=まだ死ぬときではないというタイトルとは裏腹にダニエル・クレイグは今作をもってジェームズ・ボンドから引退する。
『007/スペクター』の頃から引退を公言していたダニエル・クレイグだが、本作はもう二度と彼がジェームズ・ボンドを演じることはないのだと思い知らされる内容になっている。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は最後にして最高の『007』映画だった。
歴代最長の164分という上映時間を持つ今作だが、その長さを感じさせることはない。

ジェームズ・ボンドはマドレーヌ・スワンと甘いひとときを過ごしていたが、バカンス先で敵の攻撃を受ける。自信の行動か筒抜けになっていたことでボンドはスワンを疑い、必死に否定するスワンに二度と会わないと告げ、別れる。
5年後、007を引退したボンドはCIAのフィリックスからある依頼を受ける。それはテロ組織に拉致された生物兵器の研究者の救出だった。
ボンドはその帰り道、ある黒人女性と知り合う。その正体は彼の後を継いで007を名乗る新しいMI6のエージェントだった。

女性蔑視という批判

また、『007』シリーズはしばしば女性蔑視的だと批判を受けてきた。
その象徴がボンドガール。ボンドガールの平均年齢は26歳であり、ボンド役の俳優より大幅に若いことが多い。また、彼女たちのネーミングも初期の頃は性的な意味を連想させるものがチラホラ見受けられた。その最たるものが『007/ゴールドフィンガー』に登場したプッシー・ガロアだろう。このボンドガールの名前を日本語に訳すと「女性器がいっぱい」という意味だ。(もっともプッシー・ガロアを演じたオナー・ブラックマンはこのネーミングについて「ただのジョークなのに、変な意味に捉える方がいやらしい」と一蹴している)

「わたしはボンド・ガールじゃない。ボンド・レディかボンド・ウーマンと呼んでほしい」
2015年に公開された『007/スペクター』でボンドガールのを演じたモニカ・ベルッチはこう述べている。
モニカ・ベルッチは1964年生まれ。『007/スペクター』の時点で51歳であり、歴代最年長のボンドガールとしても話題になった。それでも「イタリアの宝石」と称された美貌は健在だ。
また、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』製作中にはボンドガールではなくボンドウーマンと呼ぶようにしていたと監督のキャリー・フクナガは明かしている。

さて、ボンドガールが女性蔑視的だという批判はどうだろうか。確かにガールという呼称に極度の若さを求める意図は潜在的にあるのかもしれない(英語圏ではガールは18歳までの少女を指す言葉だ)。だが、実際は前述のプッシー・ガロアを演じたオナー・ブラックマンは当時38歳で、これはボンドを演じた当時33歳のショーン・コネリーより年上である。
また、『007』シリーズのボンドガールは以前からボンドに劣らぬ優秀で勇気のある強い女性であることも多い。

実際に『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でボンドガールのパロマを演じたアナ・デ・アルマスはその美しさと抜群のアクションシーンが絶賛された。登場シーンはキューバに赴いたボンドと共に拉致された科学者を救うための潜入活動の場面のみではあったが、その姿は女を武器にしその魅力を存分に発揮しながらも、ボンドと対等に渡り合える強い女性の姿だった。
恐らくポリティカル・コレクトとしてはパロマよりも007のコードネームをついだノーミの方に比重が置かれていたと思うが、彼女は必要以上にボンドに敵対心があるようにも見えた。ボンドがMI6に復帰するときに、彼の番号が何番になるのか、Mにしつこく訪ねていたシーンにそれは象徴される。「番号なんてただの数字」と言っていたのはノーミの方だったのだが。ノーミのキャラクターには昨今のフェミニスト像が投影されているのかもしれないが、個人的にその試みは成功したとは言いづらい。

女性蔑視的に見えるのはボンドガールがボンドにとってその時限りの女性であるからだろう。
しかし、ボンドが家族を持つことは許されない。それはジェームズ・ボンドというキャラクターの根幹を崩してしまうからだ。

原点回帰する007

もっとも、ダニエル・クレイグの演じるジェームズ・ボンドはそれまでの華やかでゴージャスなジェームズ・ボンド像とは一線を画している。
ピアーズ・ブロスナンは2002年の『007/ダイ・アナザー・デイ』でジェームズ・ボンド役を引退した。
その年に生まれた新しいスパイアクション映画が『ボーン・アイデンティティー』。マット・デイモン主演の『ボーン』シリーズの一作目だ。『ボーン・アイデンティティー』の監督のダグ・リーマンは『ボーン・アイデンティティー』は『007』へのアンチテーゼだと語っている。

「僕はジェームズ・ボンドに共感しない。彼は1960年代の価値観を持ったミソジニスト(女性を蔑視する人)。人を殺して笑ってジョークを飛ばし、マティーニをあおっている」

従来のジェームズ・ボンドというキャラクターは確かにこういう一面もあったろう。『007』シリーズのプロデューサーであるバーバラ・ブロッコリは『007』を時代に合わせることを重視しているという。
実際に2006年に公開された『007/カジノ・ロワイヤル』はそれまでの『007』シリーズと異なるリアルでシリアスな作品だった。

規定通り、二人を殺したジェームズ・ボンドは英国諜報部内で昇格し、「殺しのライセンス」である007のコードネームを与えられる。
007としてボンドに与えられた任務は国際テロ組織の金の流れを断つことだった。航空機爆破テロを防いだボンドだったが、それによってテロ組織の資金を運用するル・フッシルは大損に。
テロ組織に脅迫されたル・フッシルとカジノで対決することになる。これに負ければボンドはテロ組織の資金集めに協力したことになってしまう。
またボンドには見張り役として金融活動部(FATF)からヴェスパー・リンドという女性が送り込まれてくる。

ダニエル・クレイグが自身の演じたジェームズ・ボンドでのお気に入りのシーンは『007/カジノ・ロワイヤル』でヴェスパーとボンドが服のままシャワーを浴びる場面だという。この場面はホテルの廊下でいきなりテロ組織の人間に二人が襲われた直後のシーンだ。
当初の予定ではヴェスパーは下着姿でシャワーを浴びる予定だったのだが、放心状態の人間は服のまま浴びる方がリアリティがあるとダニエル・クレイグが変更を要求したのだという。
「僕は暴力を扱うなら、たとえジェームズ・ボンド映画であっても現実味が必要だと考えた」

過度にエンターテインメント化した『007』シリーズをダニエル・クレイグのボンドは原点回帰させたとも言えるだろう。『007 スカイフォール』では引退状態だったボンドがテストを受けるのだが、結果は散々、お情けで合格させてもらうような有り様だ。原作であるイアン・フレミングの書いたジェームズ・ボンドも不摂生がたたって、尿酸値過多、肝疾患、リウマチ、高血圧、頭痛などを患っている。

ダニエル・クレイグが共同プロデューサーに加わった『007/スペクター』ではさらにその傾向が強まる。何しろタイトルがスペクター、『007』シリーズ一作目の『007/ドクター・ノオ』から12作目『007/ユア・アイズ・オンリー』まで追い続けていた犯罪組織を敵としてリバイバルさせたのだから(正確には『007/ユア・アイズ・オンリー』までの7作品にスペクターは登場する)。

ダニエル・クレイグの演じるジェームズ・ボンドは一貫して大きな孤独に囚われている。それは『007/カジノ・ロワイヤル』で心から愛した女性であるヴェスパー・リンドを亡くしたからだ。
『007/カジノ・ロワイアル』の直接的な続編である『007/慰めの報酬』ではボンドは自らを不眠症だと明かす。埋められない時間と孤独をボンドは酒でまぎらそうとする。その酒の名前はヴェスパー。ボンドの心にいつもありながら決して取り戻すことのできない存在だ。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でボンドガールのマドレーヌ・スワンを演じたレア・セドゥは本作を愛についての映画だという。ボンドがついに愛に巡り合うからだ。

寝ないボンドガール

『007』シリーズを通してボンドは様々な女性と一夜を共にしてきた。それはシリーズの不文律であり、一つの様式だった。しかし、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でボンドは誰とも寝ない。(冒頭にスワンとの一夜を示すシーンはあるが、これはボンドの定型からは外れるだろう)。
ある任務の中でスワンと再会したボンドは自身の思いを伝え、再びスワンと愛し合うようになる。いつもであればここでベッドに向かうはずが、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』はそうならない。
ここで登場するのはスワンの子供のマチルドだ。終盤でマチルドの父親はジェームズ・ボンドだと明かされる。これまでの刹那的な一夜の愛が、愛情の結晶である子供に敵うはずがない。
そして家族を知ったボンドはもう孤独ではない。

だが、その瞬間にジェームズ・ボンドはジェームズ・ボンドではなくなる。『007は二度死ぬ』ではジェームズ・ボンドは自身の結婚式の日に花嫁を殺される。ようやく永遠の愛を手に入れた瞬間にまた逆戻りだ。ボンドは孤独でなければならないのだ。

ジェームズ・ボンドから解き放たれる時

007/慰めの報酬』のラストでカミーユはボンドにこう声をかける。「あなたに自由をあげたい、地獄はこの中」そう言ってボンドの顔をなでる。
だが、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でついにボンドは孤独という地獄から解放される。

ボンドは敵との戦いの中で触れるものすべてを死に至らしめる生物兵器「ヘラクレス」に感染した。治療はできない。さらにヘラクレスの工場を爆破するために島に向けてミサイルが発射された。残り時間はもうない。生き延びたところでもう誰にも触れられないのだ。ボンドは最後に愛する女性、マドレーヌ・スワンと交信する。

エンドロールを観るまでまさかボンドが死ぬとは信じられなかった。エンドロール後も何食わぬ顔でボンドがどこかのバカンス地で遊んでいるのではないかとどこかで期待していた。
だからこそ、結末は衝撃だった。ボンドは愛するもののために死を受け入れる。だが、その心は満ちていたはずだ。

ジェームズ・ボンドはそれまでのジェームズ・ボンドから解き放たれた。そしてその未来はボンドと同じ青い瞳のマチルドへ受け継がれていく。

エンドロールの終わりには「JAMES BOND WILL RETURN」のメッセージが流れる。新しい時代のボンドも気になるが、今はまだこの素晴らしい作品の余韻に浸っていたいと思う。

「No time to die」そう、死ぬにはまだ早すぎるのだ。

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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