『コカイン・ベア』はただのB級映画なのか?その元ネタになった実話を解説

※以下の考察・解説には映画の結末のネタバレが含まれています


『コカイン・ベア』は実は前から気になっていた作品だ。もともとカルト映画好きなのもあって、こういうどうしようもなくくだらないB級映画には否応なしに惹かれてしまう。
物語の舞台は1985年。麻薬密売組織が森の中に落としたコカインを、熊が食べてハイになるという筋書きのホラーコメディだが、この筋書きには元ネタがある。

『コカイン・ベア』の実話

実際に1985年の9月に麻薬密輸業者のアンドリュー・C・ソーントン2世は共犯者であるビル・レナードともにセスナ機でコカインをアメリカに持ち運ぼうとしたが、機体に対してコカインが超過重量となっていたために、コカインを荒野へと投下。それを追ってソーントンもパラシュートで降下するはずだったのだが、パラシュートが開かず、そのまま転落死している。
ソーントンの遺体は、テネシー州ノックスビルの近所の私道で発見されたが、ソーントンは暗視ゴーグルを付けて、防弾チョッキを着し、グッチのローファーを履いていた。他にも現金4500ドルに加えて銃2丁、ナイフ数本、飛行機の鍵も所持していたという。

後にジョージア州捜査局はソーントンの転落死の原因は、飛行機から飛び降りた際に「機体の尾部に頭を打ち付け」たために、パラシュートを開くことができなかったためと断定した。
このソーントンのコカイン投下と転落死は『コカイン・ベア』の冒頭でもほぼそのまま映画化されている。
問題はその後だ。『コカイン・ベア』ではこの投下されたコカインを摂取した熊がコカインにハマり、ハイになって人を次々に襲い出す。

真実の『コカイン・ベア』

実際のコカイン・ベアは誰も襲うことなく、傷つけることもなく、ただコカイン中毒となって死亡する。
ソーントンが操縦していたセスナ機はその後、ノースカロライナ州の山岳地帯に墜落しているのが見つかった。当局が飛行機の飛行経路をたどったところ、テネシー州とジョージア州の州境の南、チャタフーチー国立森林公園内でコカインが詰まったダッフルバッグ9個、そして死亡している一匹の熊を見つけた。

この熊はアメリカクロクマと呼ばれる種類で、本来、人を襲う種類ではないことは、映画の中でも伝えられている。
検死の結果、熊の胃はコカインで一杯であった。しかし、血液に吸収されていたのはわずか3%程度。
このことから、熊はコカインを摂取して間もなく死亡したと考えられる。

この熊の検死を行った検死官は次のように語っている。

「胃は文字通りコカインでいっぱいでした。こんな状態で生き残れる哺乳類は地球上に存在しません」
「脳出血、呼吸不全、高体温、腎不全、心不全、脳卒中。何でも、あのクマは患っていたんです」

冒頭にも述べたように『コカイン・ベア』はB級ホラーコメディ映画だが、その真実を知ると、可哀想な熊に同情を禁じ得ない。

『ゴジラ』と『コカイン・ベア』

今作の監督を務めたのは、女優としても活躍しているエリザベス・バンクス。彼女は『コカイン・ベア』についてこう語っている。

「これまでに多くのジャンルと、自分にとって魅力のある作品で仕事が出来てすごく幸運でした。
『コカイン・ベア』もコロナ禍で私の所へ話が来たんです。みんな閉じこもっていたから、映画の中にある遊び心が気に入りました。自分が観たいと思った映画だったし、自然が滅びることに対する人類の責任についてメッセージが込められていたので、色々な面で私に語りかけてきたんです」

『コカイン・ベア』は単なるB級映画ではないと思う。

個人的には、作品の構造自体は怪獣映画の不朽の名作『ゴジラ』に非常によく似ていると感じている。

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ゴジラ』に登場するゴジラは、太古の水棲爬虫類が人類が行った核実験によって安住の地を追われ、日本に出現するという設定がある。
『コカイン・ベア』も同じだ。それまで人間と関わることのなかった熊が、人間が作り出したコカインを摂取したことで、ハイになり、人間を襲うようになる。
『ゴジラ』が公開から70年以上経った今でも、映画史における金字塔として存在し続けているのは、(当時としては)画期的だった着ぐるみ演出や、エンターテインメント性の高さだけではない。そこには時代を超えて普遍的なメッセージがあったからだ。

核兵器を生み出したことによって、人間は人間という種を自ら絶滅させるほどの力を持つことになった。いわばパンドラの箱を開けたと言っていいだろう。その圧倒的な力の裏にどれほどの痛みや苦しみがあるかはヒロシマやナガサキで示された通りだ。
『ゴジラ』は人類に対する行き過ぎた行為への警鐘でもある。

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ゴジラが熊に、核兵器がコカインになっただけで、『コカイン・ベア』にも同様のメッセージを感じてしまう。
コカインに限らず、人間が熊の生息地を狭めたことで、逆に熊と接触する機会が増え、人間の被害も増え続けている。今の日本はまさにこのような状態だろう。もちろん、熊は猛獣であり、駆除も仕方ないとは思うが。

人間の愚かさ

さて『ゴジラ』では通常兵器では傷一つつかないゴジラに対して、一人の科学者が自らの犠牲も厭わず、核兵器をも凌ぐ超兵器を使用してゴジラを滅ぼす。
『コカイン・ベア』の結末は対照的で、熊が人間たちを森から追い出すのである。今作の悪役はマフィアのボスであるシド。シドは熊の危険性なとものともせずに、熊に持ち去られたドラッグ入りのボストンバッグを回収しようとする。
熊には自分の持ち物に強く執着する習性があり、熊に奪われたものを取り返そうとする行為は自殺行為だ(実際、1970年に起きた、福大のワンダーフォーゲル部が熊に襲われた事件は部員が熊に奪われた荷物を取り戻そうとしたことが発端となっている)。
それを知ってか知らずかお構いなしにドラッグに執着するシドは部下や息子にも見限られ、熊に生きたまま腸を引きずり出されて殺されていく。

シドを演じたのはレイ・リオッタ。マーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』の役などを代表作として持つリオッタだが、2022年に映画の撮影のため滞在していたドミニカ共和国で死去。本作がリオッタの遺作となってしまった。
ちなみにこのレイ・リオッタ、リドリー・スコット監督の『ハンニバル』ではクラリスを陥れるために暗躍する司法省の役人、ポール・クレンドラーを演じている。

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『ハンニバル』のエンディングでクレンドラーはそれらの行いの報復として、レクターに薬品で意識を朦朧とさせられた挙句、開頭されて生きたまま脳を調理される(クレンドラーも自身の脳を味見している)。
個人的には『コカイン・ベア』でのシドの最期は『ハンニバル』へのオマージュではないかとも感じている。

『コカイン・ベア』の監督であるエリザベス・バンクスはレイ・リオッタの存在感を称賛するとともに、本作は「人間の愚かさ」を描いた作品でもあると語っている。

「『コカイン・ベア』はとてつもないリスクよ」
「私のキャリアを終わらせてしまうかもしれない」

エリザベス・バンクスは『コカイン・ベア』についてそう語る。タイトルのせいで子役もなかなか決まらなかったという(実際にはマーベル・スタジオの『アントマン&ワスプ:クォンタマニア』を超える興行収入を上げるなどそれなりにヒットしている)。

しかし、バンクスは真剣なまなざしでこうも述べている。
「この映画は、あの熊の復讐劇になるかもしれないと思ったんです」

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映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
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映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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