なぜデヴィッド・リンチは『フェイブルマンズ』でジョン・フォードを演じたのか?

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フェイブルマンズ』はスティーヴン・スピルバーグの自伝的な作品だ。
レディ・プレイヤー1』のようなエンターテインメントでもなく、『ジュラシック・パーク』のような迫力もなく、『プライベート・ライアン』のような衝撃もない。
はっきり言ってしまえば、地味な作品だ。だからだろう、私が映画館へ足を運んだ時、公開からまだ間もないはずなのに『フェイブルマンズ』のスクリーンはガラガラだった。
数少ない観客ではあったが、その時の観客の多くはおそらく「スピルバーグの撮った映画」よりもスピルバーグ個人に関心があったのだろう。
スティーヴン・スピルバーグと言えば数多くの作品の中で「両親が離婚した子供」が登場することで有名だ。スピルバーグの両親もまた離婚しており、「両親が離婚した子供」はスピルバーグ自身の投影でもあったのだろう。
だが、今回はそれを真正面から描いている。『フェイブルマンズ』の主人公のサミー・フェイブルはスピルバーグそのものなのだ。
サミーの映画との出会いや、自分で映画を撮るようになるきっかけ、そして映画へいかに情熱を注いできたかがサミーの幼少期から青年期を通して語られる。

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しかし、映画ファンはラストシーンでそれらを上回るインパクトを受けたに違いない。

大学生になり、ハリウッドで父親と暮らすサミーだが、サミーは学業に興味が持てず、大学をやめて映画業界へ片っ端から自分を売り込んでいく。
ついにある日、製作会社から声がかかる。テレビ映画製作で監督の助手の助手だったが、サミーにとっては紛れもない夢への一歩だ。
そしてサミーが通されたドアの中には映画監督ジョン・フォードの姿があった。フォードはサミーが幼い頃夢中になった『リバティ・バランスを射った男』の監督でもあり、『怒りの葡萄』や『静かなる男』などの作品でアカデミー賞の監督賞を史上最多となる4回受賞という記録も持つなど、紛れもない映画界の伝説的存在である。

そんなフォードを演じているのは俳優ではなく、映画監督のデヴィッド・リンチだ。

なぜスピルバーグは俳優ではなく、リンチを起用したのだろうか?

スティーヴン・スピルバーグとデヴィッド・リンチ

個人的には両者は驚くほど対照的だと思っている。
スピルバーグは世界興行収入を度も塗り替え、長年にわたって人気作を生み出し続けるヒットメイカーだ。
かたやデヴィッド・リンチの作品は難解であり、観る人を選ぶ。なにしろデビュー作が難解かつ不気味でシュールなモノクロ作品『イレイザーヘッド』。その後『エレファント・マン』で一般的な評価も手にしたものの、その後は『ブルーベルベット』や『マルホランド・ドライブ』など再び難解な作品を多く手掛けている。そんなリンチの異名は「カルトの帝王」だ。

この二人は幼少期も対照的で、スピルバーグはユダヤ人ということと読字障害(難読症)があったことでクラスでいじめを受けていた。
「幼少期はアリゾナでいじめに遭い、カリフォルニアではもっとひどいことがあった。学校側はその責任を認めないけど」
そんなスピルバーグにとって救いとなったのが映画だった。13歳の時、クラスメートたちと40分の戦争映画『エスケープ・トゥ・ノーウェア』を制作し州全体のコンテストで最優秀賞を受賞した。
勉学では賞賛されることのないスピルバーグにとっての武器は「映画」だった。その後の監督作に多くの人を楽しませるエンターテインメント作が多いのもこうした体験によるものだろう。

一方で、リンチはハンサムでクラスで一番の人気者だった。両親の仲も良く(スピルバーグの両親は離婚していることでも有名)、家庭には穏やかな時間が流れていた。
「僕の少年時代は完璧だった」
リンチはそう言う。
「いや、完璧すぎたんだ…」
リンチは少年時代を過ごした1950年代を「あらゆる問題を表面だけ取り繕ってやり過ごしている時代だった」という。1960年代になると、隠しきれない膿がメディアに流され始めた。ベトナム戦争、ケネディ暗殺など、残酷な現実は幸せそうなCMと並んで放送された。
少年期のリンチは樹木の裏でひしめく醜いアリの群れに魅了されたという。リンチが映画監督として追求したかったのは、現実の醜さではなかっただろうか。デビュー作の『イレイザーヘッド』では絶え間ないノイズと「スパイク」をはじめとするシュールで不気味な映像で構成されている。

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ないものねだりの二人

両者の関係を見ているとまさにないものねだりと言いたくなってくる。

映画監督の押井守監督はリンチが自身の作品とスピルバーグの作品を比べて以下のように述べていたと語っている。
「私もスピルバーグも同じはずだ。自分が見たいものを作っているだけなのに、向こうは私の100倍も観客がいる。なぜだ?」
その答えはここまで読んでもらえたなら、あえてここで述べるまでもないだろう。
押井守によるリンチ評は、リンチの本質は芸術家であり、その表現は映画という枠を無視してリンチという表現になっているとのことだ。

このリンチ評を念頭に置けば、スピルバーグがリンチをどう見ていたかが明らかになる。
デヴィッド・リンチは惜しくも2025年1月に没してしまうが、スピルバーグはリンチへの追悼メッセージとして、「デヴィッドの大ファンだった」と述べている。
「私はデヴィッドの作品の大ファンだった。『ブルー・ベルベット』『マルホランド・ドライブ』そして『エレファント・マン』―。これらは、手作り感あふれる独特の世界観で、彼が唯一無二のヴィジョンを持つ夢想家であることを証明した」
スピルバーグは『ジュラシック・パーク』のVFXや『プライベート・ライアン』の生々しさ溢れるオマハビーチの戦闘など、それまでの映画表現を塗り替えるような革新的な表現を自身の映画に取り入れてきた。
だが、そもそもの作品の世界観となると、オーソドックスなものが多い。押井守がリンチを芸術家と評したが、リンチの作品の世界観はリンチでなければ発想できないようなものだばかりだ。その部分ではスピルバーグもリンチには比肩できないという思いがあったのだろう。

ジョン・フォード役のオファー

そもそもスピルバーグは当初ジョン・フォード役は誰か俳優にオファーしようと考えていたという。
「私はある俳優にジョン・フォード役を依頼するつもりだった。しかし、脚本家のクシュナーの夫、マーク・ハリスがデヴィッド・リンチに頼んだらどうだろうと提案してきたんだ。私は『それは、いいアイデアだ』と思い、すぐに電話をした」
スピルバーグからのそのオファーを、リンチは喜びはしたものの、ノーと答えた。スピルバーグは、リンチが自身が俳優ではないこと、またジョン・フォードのような偉大な映画監督であり、それに値する人物になれなかったらどうしようと不安に感じていたと述べている。

リンチは「最初はやりたくなかった」と告白している。
「演技に関しては、意図的に遠ざかろうとしてきた。ハリソン・フォードやジョージ・クルーニーのような人たちにキャリアのチャンスを与えるためにね」

そこでスピルバーグはリンチの親友でもあるローラ・ダーンに、リンチを説得してほしいと頼んだという。
「私は、頼みの綱として彼の親友ローラ・ダーンに相談した。デヴィッドと話して、二週間以内に説得して欲しいとね」
ローラ・ダーンは『ジュラシック・パーク』のエリー・サトラー役でも知られているが、スピルバーグ作品への出演が『ジュラシック・パーク』だけであるのに対して、リンチの作品には『ワイルド・アット・ハート』『ブルーベルベット』『インランド・エンパイア』と出演している。

そしてついにリンチはジョン・フォード役を承諾したが、二つの条件を出した。一つは撮影の二週間前までに衣装を提供してほしいということ、そしてもう一つは撮影現場にスナック菓子のチートスを用意することだったという。

地平線のアドバイス

さて、『フェイブルマンズ』でサミーはジョン・フォードとの邂逅を果たす。フォードはサミーにこうアドバイスする。

「画面の中では、地平線を”上”か”下”に配置しろ。中央はダメだ」

このアドバイスも実際にフォードからスピルバーグが言われたことだという(ちなみに実際にスピルバーグがフォードに会った時は15歳であった)。

ちなみにジョン・フォードを演じたデヴィッド・リンチは、このように述べている。
「ジョン・フォードは、あの若い青年に短時間の教育で、さまざまなことを教えることができただろう。だけど、彼は地平線を選んだんだ」「でも、彼の言ったことは本当なんだ。真ん中の地平線なんてクソつまらない」
この言葉からもなぜスピルバーグがリンチをフォードや役に選んだかがわかるような気がする。

そして2025年1月15日、デヴィッド・リンチは78歳でその生涯に幕を下ろす。

私のヒーローの一人

最後に、スピルバーグのデヴィッド・リンチの追悼文は以下のように続いている。

「『フェイブルマンズ』でジョン・フォード役を演じてもらったとき、私は彼と知己を得た。私のヒーローの一人であるデヴィッド・リンチが、私の別のヒーローを演じる―。それはとても現実離れした、まるで彼自身の映画の一場面のような不思議な体験だった。世界はこれほどまでに独創的で、ユニークなヴォイスを失うことになってしまった。しかし彼の映画は既に時代を超えて生き残っており、これからもずっとそうあり続けるだろう」

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BLACK MARIA NEVER SLEEPS.

映画から「時代」と「今」を考察する
「映画」と一口に言っても、そのテーマは多岐にわたる。
そしてそれ以上に観客の受け取り方は無限大だ。 エジソンが世界最初の映画スタジオ、通称「ブラック・マリア」を作った時からそれは変わらないだろう。
映画は決して眠らずに「時代」と「今」を常に映し出している。

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